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羊は黒色を纏う

 目を開いて驚いた顔をした後、私たちの笑った顔につられたのか、牧師様…いえ、エルミニスターさんも笑い始めました。

 屈託の無い笑顔。ゲームでは向けたことの無い、心底幸せそうで楽しそうな笑顔。

 年下の子供に見せる優しい面を被った顔でもなく、ゲームで見せた何かを抱え込んだままの笑い方でもなく、喜びだけを宿した笑顔。

 隣で揺れている黒髪を見て、私は唐突に分かりました。

 ゲームのヒロインですら全てを救えなかったエルミニスターさんを、とっくの昔に芥川は救い出していたということを。

 歪み。私よりも前に、芥川がゲームの世界を歪ませていたのです。そうしてエルミニスターさんを救って、それが巡り巡ってここまで繋がったのでしょう。



 エルミニスターさんが、微笑みを私たちの方に向けて、


「よろしくお願いしますね」


 と言ったのと同時に、カチャン、と悪役令嬢シルヴィアの歯車も壊れた音が聞こえたような気がしました。



 芥川は、すごく嬉しそうな顔をすると、エルミニスターさんに飛びついて肩を叩きはじめます。

 エルミニスターさんも笑っていましたが、芥川の力が強かったのか手をバシッと止めると、反撃とでも言うように芥川の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜはじめました。

 そして顔を見合わせると、声に出して笑い始めました。

 二人とも嬉しそうで楽しそうで、私は、ずっと涙が止まらなくて、でも…すごく、胸がギュッとなって嬉しくてたまらないです。

 私もいつの間にか、二人と一緒に泣きながら笑っていました。


 誰にも好かれることなく一人で頑張り続ける、ゲームの悪役令嬢シルヴィアを辿るはずだった私の道をぶっ壊したうえに、一人の攻略対象をすでに助けてしまっている張本人は、げらげらと笑いながら私の肩も叩いてきます。

 あなたは多分自覚がないのでしょうね。芥川はゲームに登場しなくて、しかも異世界人で、だからこそ歯車を知らず知らずのうちに踏み壊して歩いてきたのでしょう?

 私もエルミニスターさんも、芥川の方を見て笑いながら髪に手を伸ばして、ぽんぽんと叩きました。不思議そうな顔をしていたのがおかしくて、私たちは笑い続けました。



 ────こうして、私にはこれからずっと先まで、それこそ私が寿命を迎えて微笑みながら亡くなるまで、ずっとずっと仲間でいてくれる大切な友達が、出来たのです。



 ーーーー


「まずは王子との婚約を無くせばいいんじゃねえの?」


「王から持ちかけられた婚約ほど断れないものはないんですよ。いくらお嬢さんが公爵令嬢だとしてもです。」


「しかも一番の婚約者候補なんて言われてしまってますし…」


「よく分かんねえんだけどさ、なんで第一王子なのにまだ婚約が決まってねえの?こういうのって産まれた時に決められるって聞いたんだけど」


「第一王子は呪われている、…まあ、根も葉もない噂ですけどね。ずっとそう言われてきたんですよ」


 アルヴィン・ニコラス・ヘンダーソン様。

 このフェルテサル王国の第一王子であるにも関わらず、ゲームのシルヴィアが王子の12歳誕生日パーティで一目惚れをするまでは婚約者がいなかったのです。

 よく考えてみればおかしいですよね。第二王子、第三王子はすでに婚約者が決まっているのに。

 私が行動を変えたので、まだ王子は婚約者がいません。

 そして、この理由はゲームの王子の状態にも繋がってくるのです。ゲームの王子は最初見た目は病んでる状態です。目にハイライトゼロがデフォルトでした。

 とはいっても、感情がないわけでもなく、心の中はちゃんと人なんですが…


 悪魔憑きと呼ばれる、気持ちや感情が表に出すことが出来ない病気なんです。感情が理由になると途端に体の制御が出来なくなるというものです。

 なので、普段は全ての事柄に興味を消して動いています。体の動きが止まっていたら興味を持っている、王子のパーティで挨拶を返してくださった時には興味がなかったと、そういうことです。

 最近になって医師たちが治療法を見つけるまであと一歩ぐらいのところまで来ました。なので、ゲーム最初では王子は病気のままなんですが、中盤から実は病気だったと明かされて治り始めます。

 余談ですが、実はヒロインに最初から興味を持っていたが悪魔憑きのせいで表に出せなかったのだと終盤で知るのです。



「最近になって分かったんですよ、悪魔憑きは時間をかければ治る病気だということを。第一王子は偏見のせいですぐに死ぬと思われてたのですが…」


「実は治ると分かって、ようやく婚約者が必要だと騒がれ始めたんだな?何ともまあ勝手な話だな…じゃあ、シルヴィアちゃんは?」


「私ですか?…私は、お母様とお父様が政略結婚で、お互いに恋のない結婚で悲しいと思っていたらしく…その、私が好きになった殿方と結婚してくれと言われまして。さすがに王様直々に婚約をお願いされたらどうなるかは分かりませんが」


「あはは、そりゃ面白ぇ!」


「こらアクタガワ、お嬢さんに向かってそういうことを言わない」


「いいですよ、むしろそういう方が気が楽です。」


「それと、もう一つ質問なんだけどさ…妹は?どういうことになってんだ?」


「…ええ。私が記憶を全部思い出す前は、シルヴィアに妹はいなかったはずです。でも、思い出してみると…」


「妹ちゃんが亡くなってしまうエピソードがあったと。けど、おかしいだろ?シルヴィアちゃんが前世を思い出して、行動を変えて、その結果が妹ちゃんのはずだ。矛盾してねえか?」


「もしかして…パーフェクトエンドまでのシルヴィアと…同じ道を辿っているのでしょうか…?」


「それは違うと思いますよ。芥川がいて、私も違っている。お嬢さんは王子に一目惚れをしていないですし、あの爆弾魔だっていなかったはずでしょう?確実にズレてきていますよ」


「それにだ。妹ちゃんの存在条件はシルヴィアちゃんの両親の勘違いを正すこと…極端な話、勝手に気づくことだってあるかもしれねえ」


「…ええ。…私、妹が大切です。私が生きている唯一のエンドへの道が妹が死ぬ事だとしたら、私は…それは、嫌なんです」


「シルヴィアちゃん、俺らで変えよう。妹ちゃんも、シルヴィアちゃんも生きている結末にしようぜ!」


「あなたは簡単にそういうことを」


「言うよ。多分俺が一番、このゲームをぶっ壊してる。だから、どうせならとことんやってやろう」


「…ありがとう、ございます」



 この世界は、私にはゲームに沿っているように見えます。けれど、もうすでに前提条件がおかしくなってきているのです。少しずつ変わってきていて、今はまだ少しでも、きっとそれは終わりを変えるのでしょう。

 芥川と、私と、エルミニスターさん。妹のリン、両親も確実に変わっています。


 私たち三人は、この世界にとって異分子なのでしょう?

 白い羊たちの中で、ぽつりと浮いた黒い羊のように。自分自身を黒く塗りつぶして、周りも巻き込んでいく。

 黒い羊は、ゲームの世界やヒロインから見ればそれこそ…悪役、でしょうね?

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