拝啓、大嫌いな両親へ。
冬の寒い日、マフラーの隙間から白い息が漏れる。
青に変わった信号と通り過ぎていく人と自動車。
横断歩道を歩きながら、またため息をつく。
冷えて赤くなった手を制服のポケットに突っ込み、マフラーに顔を埋める。
横を通り過ぎる若いカップルや夫婦を見る度に、やけに心が重くなっていく。
昔から私は愛されることがなかった。
運動も勉強も苦手で、小さい頃から周りについていけないことが多かった。
小学生の頃、母親に九十点代のテストを見せても目の前でテストを破り捨てられた。
「百点以外はただの紙でしょ、もっと勉強したら?」
中学生になれば、テストの点はどんどん下がっていった。
母親には呆れられ、父親は見向きもしなくなった。
一緒に食事をしても、私をいない存在のように振る舞っていた。
母と父は、出来ない私より、できる弟を選んだのだ。
勉強も運動もできて、顔もそれなりに悪くない。
高一の私とまだ小学四年生の弟。
小さいからきっと愛でているんだと、そう思っていた。
でも、私は弟と同じ歳の頃には突き放されていた。
両親が希望していた男の子だったからだろう。
仕方ない、子供を愛するのは親の特権。
誰を愛し、誰を嫌うかはその人の勝手。
それでもやっぱり、私だって誰かに愛されたかった。
誰かを愛し、誰かを愛することで、自分の存在する意味を確かめることが出来る。
誰かを愛せず、誰かに愛されない私は、存在する意味などない。
高校生活が悪いわけではなかった。
友達という友達もいない、一人で昼食をとるようなつまらない日常だったけれど、別にいじめられるようなこともなかった。
駅の階段を登り、改札口を通り抜ける。
駅のホームは多くの人で賑わっていた。
階段を降り、黄色い線の内側に立つ。
到着して数分で、電車の来るアナウンスが鳴った。
今日はいいタイミングだった。
こんなにも人がいて、こんなにもタイミングよく電車が来てくれるなんて、そうそうない。
ここにいる全員に証人になってもらおう。
息を大きく吸い、口を開く。
「私のことを見ない両親なんて、大嫌いだ」
それなりの声で言ったものの、聞こえていたかは分からない。
聞こえていなくても、その目に焼き付いていればいい。
私という存在が、誰かの中にどんな形であっても残っていれば、私は幸せになれる。
近づいてきた電車の音。
黄色い線の前に立ち、鞄を線路に落とす。
「あーあ、落としちゃった」
それじゃあ、取りに行ってきます。
跳ぶように地面を蹴り、線路に飛び込む。
拝啓、大嫌いな両親へ。
お母さん、お父さん、私は貴方達に育てられてとてもとても貴重な体験をさせて頂きました。
来世では、こんな人生よりもっと素敵な人生になるように祈っています。
新しい私はきっと、今の私みたいな笑顔をして、友達もいることでしょう。
今だから言えることですが、私は貴方達両親をとてもとても、心の底から嫌っています。
新鮮味のない日常から抜け出して、新しい世界で、新しい自分を育ててくれる、いい親に会えるように神様に祈ります。
さようなら、私が存在していた世界。
さようなら、私が大嫌いだった世界。