第20話 次は欧米か
五月さんの実家に行ってから、俺は同じことを悶々と考えていた。そう、今の俺の立ち位置だ。
成り行きとはいえ、弥生さんと五月さんを僕にしてしまった以上、彼女たちの人生?には責任を持たなくてはいけないだろう。というか、持たざるを得ない。彼女たちは定期的に私と交わらないと朽ちるというのだから、扶養家族どころの騒ぎではない。
が、聞いたところで何かが変わるわけでもないだろうし、いつまで続くか分からないが、今はこの怠惰な生活を楽しむというのもありなのかもしれない。ということで、俺は問題の先送りを続けていた。なんだかんだ言いつつ、イイのだから仕方ない。
そんな感じで何日か過ぎたころ、マンションに来客があった。モニター越しの感じでは、荷物の配達では無いっぽい。なんかキャリーバッグ持ってるけど、宗教勧誘か訪問販売、はたまた保険のセールスか?
「お客さんだよ、弥生さん」
「い、今良いところなんで、出てもらえます~?」
はあ、出るのは良いんだが、相手の素性が良く分からんしな、勧誘とかだったら帰ってもらえば良いか。そう考えながら、俺はモニターに話しかけた。
「はい、どちら様ですか?」
「あ、ワタクシ、グレイシア=ローゼンタールと申します」
モニターの小さなスピーカーではあるものの、そこから物凄く透明感のある、要は育ちの良いお嬢様っぽい声が響いた。
「はあ、ローゼンタールさんですね、こんにちは」
「はい、こんにちは。突然の訪問となり恐縮なのですが、こちらに、ヴァンパイアの方がいらっしゃるとお聞きし…」
「はいはい~、入ってからお話ししましょうね~」
外人娘の声は、後ろから突っ込んできたアンデッドマニアに遮られた。
◇◇◇
今、どう見てもリビングには場違いな妖精が、俺の目の前に座っている。
「はい、ローゼンタールさん、いや、グレイシアちゃん」
いきなり掴みに行った弥生さんにも負けず、ローゼンタール嬢はふんわりと笑った。
「はい」
次の瞬間、俺と弥生さんは硬直した。本当に人間なのか、この娘。
「と、尊い!!」
うん、弥生さんや、気持ちは分かる。気持ちは分かるが、そこでエビ反りは不審者感が半端ないからヤメレ。
「で、尊いグレイシアたんは、ヴァンパイアに何の御用なのかしら~?」
弥生さんいきなりのど直球に、今度は俺がのけ反りそうになった。いや、その前に聞くこと色々あるんじゃないのか?なあ、色々と!
「はい、ワタクシを眷属にしていただきたいのです」
俺は、状況を理解するのを放棄した。
◇◇◇
弥生さんとローゼンタール嬢の会話を横で聞いていたのだが、二人が途中から外国語、多分ドイツ語かな?で話し始めたため、内容が全く分からなくなった。しっかし、あんな早口で喋ってるのに付いていける弥生さんって、やっぱり才女なんだろうなぁ、と思っていると、当の弥生さんがこちらを見てにっこり笑った。『もっと褒めてもいいんですよ~』とでも言いたげである。
なんか最近、以心伝心というか、思考が漏れてるような気がするが、気のせいだろうか。
ひとしきり話し終えたのか、弥生さんはいきなり立ち上がると、俺の腕を引いた。
「ん?どうしたの、弥生さん」
「そんなの決まってるじゃないですか~」
弥生さんは、ニコニコと笑っている。思わずローゼンタール嬢の方を見ると、頬を染めて目を逸らされた。
は?まさか…。
「い、いやいやいやいや、幾ら何でも駄目だから、こんな初対面の知らない外人の、しかもどう見ても未成年とだなんて、流されるにも程があるから!」
「え~、今更じゃないですか、ご主人様~」
「だからご主人様はヤメレ」
「こーんな、妖精みたいなコとなんて、これ逃すともう無いですよ~」
いや、何だよその呼び込みの勧誘みたいな言い方は。
「それとも、パツキンじゃないから嫌、とかですか~?」
なんでそうなる。確かにローゼンタール嬢は金髪碧眼、いわゆるゲルマン系の容姿ではなく、プラチナブロンドの長い髪にグレーの瞳、つまりはスラヴ系とでも言うのだろうか、そういう容姿である。欧州人にしては目鼻立ちが濃すぎないので、俺の好みど真ん中ではあるが、あるが!
「いや、俺はそういう話をしているわけじゃないんだけど!」
「じゃあ本人の希望なんだし、いいじゃないですか~」
「いや、だから未成年だってい…」
必死に言い募る俺に、弥生さんの悪魔の一言。
「それって、日本人の話では~?」
直後、ローゼンタール嬢に抱き着かれ、紅潮した頬に潤った瞳で見上げられた俺は、抵抗空しくタガを外してしまったのであった。
このお話はフィクションです(今更)