第14話 何故そうなる
色々日頃の鬱憤やら嫌な思い出やらで五月さんのヴォルテージが上がりまくった状態で、弥生さんがとんでもないことを言い出した。
「じゃあね~、どうせだから人間もやめてみない?さっちゃん」
「ええそうよ、人間だってやめてやるわ!……は?」
どうやら勢いだけで言ってしまった五月さん。一瞬呆けた後、あなた何言ってんの?とばかりに弥生さんの顔を思いっ切り胡散臭い目で見た。
「最初の話に戻るんだけど、ご主人様の僕になったら~?」
「は?そのシモベシモベって、何?まさか弥生、新興宗教とかハマってるんじゃないでしょうね」
「えー、違うよ~」
「じゃあ何なのよ一体、勿体ぶらずに教えなさいよ」
そう五月さんが言ったその瞬間、弥生さんが満面の笑みを浮かべた。あ、これは獲物を仕留める類の顔だ。絶対にロクでもないことを言うに違いない。
「さっちゃんって、仕事大好きなんだよね~。仕事に生きるキャリアの鬼、って感じ~?」
「女も医者もやめたから、仕事しかしてないですよ、どうせ」
あ、何か拗ねた。さっちゃん拗ねた。
「仕事が好きなんだよね~」
「な、何なのよ、何か引っ掛かるわね、その言い方」
怪しさ満載の弥生さんに、五月さんが訝しむ。
「寝ずに仕事出来たら、良いと思わない?」
ほら来た、何言ってるんだコイツ、馬鹿じゃないか。そんなこと普通の人間は考えるわけないよな。五月さんも若干困ってるぞ。
「いや、まあ、資料の締め切り直前とかだと、寝ずに仕事することもあるけど、しんどいから進んでやりたいとは思わないわよ」
そんなの当たり前でしょ、と五月さんは呆れたように言った。
「じゃあさ~、肉体的に疲れなかったらどう?」
「に、肉体的に疲れないって、あなたそれどういう意味?」
弥生さんが続けた言葉に、五月さんが更に困惑の表情を浮かべた。こんなこと言い出すと、俺ならヤバいドラッグでもキメちゃった感じなのか?とか思ってしまうが。
「ご主人様の僕になって、人間やめたら、エンドレスワーキングできちゃうよ~?」
ブラックを通り越して、何も受け付けないホワイトホールみたいなこと言い出しやがったわ、こいつ。今すぐ労基に通報してやりたい。
当たり前の話だが、五月さんはいよいよ持って怪しくなってきた話に、ドン引きしている。そりゃそうだわ、俺も友人がネズミ講にハマって熱心に勧誘してこられたことがあるけども、感覚的にそれに近いものがありそうだ。
これ以上はヤバいと、いよいよ席を立ちかけた五月さんに対して、弥生さんが何の前触れもなく、唐突に腕を突き出した。
「な、何?」
「さっちゃん、触ってみて~」
警戒感溢れる五月さんに、弥生さんがのんびりと語りかけた。そして、訝しみながら五月さんが弥生さんの手首の辺りを触る。
「何これ冷たいわね、あなた冷え性だったの……っ!!」
五月さんが、これでもかというくらいに驚きに包まれた。
それから、五月さんは弥生さんを質問攻めにした。時々専門用語も混じって、俺にはさっぱりな会話だったが、五月さんはどうやら、弥生さんが生物学的には死んでいるということを認めたようだった。
「な、なんて非常識極まりない……!」
「あはは~、でも48時間耐久チャットとか普通に出来るから楽しいよ~」
そんな馬鹿なことをやっているのはあなただけだと思います、弥生さん。
「しかしっ、それがいいっ!」
……何か、変な声が漏れたような気がした。
「あ、あの、景山さん?」
な、何か目がイッちゃってるけど、大丈夫なのか?
「わ、私も、し、僕になりたいっ!」
は?今なんつった?このひと。
……で、結論から申し上げると、五月さんは、結果的に、俺の僕になりました。
どうすれば僕になれるのか、という話になった時に、経験が無くて若干怖じ気づいた五月さんに向かって弥生さんが言った台詞。
「目ぇつぶって、ちょっと痛いの我慢したら大丈夫だから」
いや、お前それまるっきりヤリチンチャラ男の台詞だから!そんな騙すようなことしたらダメだから!
で、一番の常識人枠であった俺は、そんな無茶苦茶なと抵抗するも、異様に盛り上がった女子ふたりに押さえ込まれてしまいましたとさ。
どうしてこうなった、もう思考回路はショート寸前……。