第12話 五月
久し振りの投稿でございます。
まだ何とか生きてます。
弥生さんと同棲し始めて、半月ほどが経った。
俺は、弥生さんが仕事の日は、隠居老人の如く、何もすることがなかった。ラボに呼び出されることも特になかった。
行動の制限も、特になかった。携帯電話を持ち歩くことが条件だったが、マンションからも自由に外へ出て良いことになっていた。ああ、病院には行くなと言われたな、話がややこしくなるし。
暇なので、初めは家事でもしようかと思っていたのだが、流石に若い女性の下着を勝手に洗濯したり、部屋をごそごそするのもどうかと思いやめた。
自由にしても良いとは言われても、お金を持っている訳でもないので、本当に何も出来ないのだ。近所に公立の図書館があったのが救いだ。あとは散歩くらいだろうか。
ちなみに、弥生さんが休みの日も、特に変わりは無かった。食事は俺も弥生さんも嗜好レベルで必須というわけでは無く、睡眠も同じく特に必要ない。下手すると彼女は文字通り寝食を忘れてアンデッドの情報をネットでひたすら調べたりしていた。なんか、若い女の子と同棲しているという雰囲気には程遠いな、スキンシップ以外は。
その日も、俺はひたすらアンデッド板に張り付いている弥生さんを放置し、図書館に向かった。一週間もすると、何となくでも顔は覚えるものだ。俺は午前中暇な受付のお姉さんと世間話をする程度にはなっていた。食事やトイレに行くこともせずに一日中座って本を読んでいる俺を、余程の本好きと見たのか、受付のお姉さんは色々と流行の本を教えてくれた。しかし、若い子向けの本ばかりだったので、中身が定年間近のおじさんとしては、その選択はちょっと辛いというのは内緒だ。
そんな司書っぽいお姉さんとのハートフルなやりとりで癒されて、俺は夕方に弥生さんのマンションに帰ったのであった。
「ただいま~」
俺が玄関の扉を開けると、見慣れない靴があった。ああ、来客でもあったのかな、そりゃ友人の1人や2人はいるだろうしな。そう言えば、弥生さんは彼氏はいなかった、んだろうな、きっと。うん、考えないことにしよう。
「おかえり~」
弥生さんの声が聞こえた。どうやら今日はヘッドホンをしていないようだ。普段はヘッドホンでデスメタル聞いてるから、俺が帰ってきても分からないらしい。デスメタルって、おい縁起でもないからその表現はやめろ。
「おーい、入って大丈夫か?」
リビングに入る前に、俺は一応確認した。旧友との話とかなら、部外者は居ない方が良いだろうしな。場合によっては暫く散歩に出ても良いし。
「いいよ~、むしろ入ってきて~」
むしろ入れだと?アンデッド同好会のメンバーでも来てるんじゃないだろうな、と思いながら、俺はリビングに入った。
「おかえりなさいご主人様~、こちらはサツキちゃんだよ~」
紹介された『サツキちゃん』は、これまた弥生さんとは系統が違う、綺麗系の美人さんだったが、弥生さんを見て顔を引きつらせていた。そりゃそうだろ、突っ込みどころが多すぎるぞ弥生さんや。
「は、初めまして。景山五月と言います。弥生とは大学の同期でして、今はコンサル業をしている者です」
景山さんこと五月さんは、淀みなく俺に名刺を渡してきた。おお、慣れてるな。
「あ、どうもご丁寧に。私は……」
「私のご主人様だよ、さっちゃん」
俺の自己紹介に、間髪入れず弥生さんが横槍を入れた。しかもその言い方は、色々と気まずいだろ。
案の定、五月さんの周囲には微妙な空気が立ち込めていた。
「初対面の人の前でさっちゃんはお願いだからやめてって。あと、ご主人様って、あなたまさか結婚してたの?」
「ううん、結婚なんてしてないよ。私はご主人様の僕だよ~」
五月さんは、胡散臭そうな顔で弥生さんと俺を交互に見た。
「しもべ?はあ?あなた何言ってるの?」
「そうだ、さっちゃんも僕になったら?いいですよね~、ご主人様~」
だからそこで何故俺に話を振る。五月さんの冷たい視線が痛いです。
「あ、いや、僕なんて表現すると誤解を受けるから止めなさいって、三上さん」
俺は何となく危険を察知し、名字を言った。三上で合ってたよな、確か。
「なんで三上さんなの?いつも弥生さんって言ってるのにー?」
「そりゃ初対面の相手がいるからに決まってるでしょう。学生の恋人同士じゃあるまいし、あなたはフランク過ぎるのよ、弥生」
俺を見てプーッとむくれている弥生さんに、五月さんが間髪入れず突っ込んだ。
なんか、久し振りに常識人に会ったような気がするのは気のせいだろうか。
次はいつになるかねぇ(苦笑)