第九十二話 舎弟
地上世界の人類の英知が集結する地。魔導学術都市トキメイキモリアル。
魔導の道に優れた者たちが更にその先の領域を目指し、ある者はその魔導の深淵や未開の境地を追い求める等、一種の狂人たちが本来は生息する世界とも言える。
都市全体が学び舎や研究施設となっており、商業地区には魔導に関連したものなどをメインに扱っている。
都市の中央には、世界的に有名で神秘的な存在とさせる、天まで届かんとする巨大な大木・世界樹が構えており、数百年に及ぶ魔界との戦乱でも一切傷つくことなく、太古の昔から世界の歴史の生き証人のような御神木として、多くの者たちから崇められている。
地上世界でも珍しい独立中立都市となっており、人類及び魔族の権力にも一切屈することのない地として、今日に至るまで存続し続けた。
「お、お~……あれが世界樹……僕も初めて見たんで」
「俺もだな。試験も帝国でやってそのまま落ちたから、俺も一度もここには来たことなかったんだよな」
整備された街道を進む、真っ赤に染まった派手な馬車。それを引く馬もまたエネルギーに溢れて跳ねるように駆け抜ける。
ヤシーブ都市で調達した、高級馬車オフェラーリに乗ったジオとチューニは、新たに結成されたチューニ親衛隊三人と共に、トキメイキモリアルへと近づいていた。
「すごいっしょ、伝説の樹。私らからすれば、もう慣れちゃったけど、初めて見た人とか新入生とかは皆びっくりするしね」
「そうそう、知ってた? チューニくん。実はさ、卒業式の日にあの樹の下で告って結ばれたカップルは永遠に幸せになれるんだって」
「チョーロマンだよね~」
壮観な世界樹を前に思わず感嘆するジオとチューニに、ニヤニヤとしながらチューニ親衛隊が俗っぽい話をする。
その話に、チューニはどこかまんざらでもないのか、少しだけ「素敵な話だ」と呟くも、ジオは冷めた様子で……
「だから、お前らそういうのにうつつを抜かしてないで、勉強しろよ」
「「「リーダーさん冷める!!」」」
そんな下らない伝説にはしゃいでないで、本分である勉強をしろとツッコミ入れるジオに、チューニ親衛隊は抗議した。
だが、そんな会話をしているうちに、馬車はトキメイキモリアルの都市入り口にもう少しの所までたどり着いた。
しかし、その時だった。
「ん? なんか、騒がしくね?」
「ほんとだ。つか、なんか、入り口のところに、皆集まってね?」
「マジじゃん! どったの!?」
都市の入り口に近づくにつれて騒がしい声が聞こえてきた。
何事かと思って、馬車の窓を開けて顔を出すガヴァたち。
すると、都市の入り口付近に、数百人以上の若者たちが声を荒げて叫んでいたのである。
「ざけんな! なんで、退学なんだよ! 横暴だろうが!」
「ちょっと授業さぼって、成績悪いからってよ、今までこんなこと無かったじゃんかよ!」
「不純異性交遊だとか、チョーつまんないこと言うなってーの!」
都市の入り口に集まっている大勢の男女。
それは、ほとんどが魔法学校の生徒なのか、皆がそれらしい制服を着ている。
ただし、その恰好はチューニ親衛隊のようにはだけただらしのないもので、無駄に化粧をしたり、アクセサリーをじゃらじゃらと身に纏い、ヘアスタイルなどをオシャレにしている者たちばかり。
彼らは皆、怒ったように叫び、そして「退学不服!」などの看板を掲げて抗議の声を上げていた。
「ちょ、みんな、何してんの!? こんなとこに集まって!」
馬車から慌てて飛び降りたガヴァたちが、すぐに集まってた者たちに何があったのかと尋ねる。
すると、集まっていた若者たちは振り返り、ガヴァたちを見て慌てたように叫んだ。
「ガヴァ! お前ら、今まで何やってたんだよ! 昨日から大変だったんだぞ!」
「えっ? そなの? 昨日は朝からサボってヤシーブに居たから……」
「バカ! あのな、昨日の朝、トキメイキ上層部から緊急の通達ってのが出されたんだ……」
「えっ? つーたつ? な、なんの?」
自分たちが居ない間に何があったのかと、ガヴァたちが緊張した顔を浮かべる。
すると、それは……
「一斉追放だよ!」
「つ、ついほー?」
「ああ! 魔法学校の生徒なら、成績、出席日数、素行、不純異性交遊とか問題な奴ら……他の研究者たちは、過去数年間の研究成果や論文発表の実績とか、そういうのが一定に満たない奴らは、全員トキメイキからは追放処分だってんだ!」
「なっ!? ちょ、ま、マジで!?」
「ああ。俺らは全員そうで……つか、お前らも三人とも退学になってるぞ!」
「はっ!?」
予想外の事態であった。
これから、トキメイキの中などを案内してもらい、黒姫のことも色々と教えてもらう予定だった、ガヴァたちチューニ親衛隊。
しかし、その三人が意気揚々とトキメイキに戻ってみたら、既に三人は退学処分になっていたというのである。
「そんでよ、追放処分を受けた奴らは今日中に全員都市から出てけってことで、俺らは無理やり外に追い出されたんだ!」
「そんな、いきなり?!」
「だろ? だから、俺ら皆で抗議してんだよ!」
「うそでしょ……なんで急にこんなことに」
「どうせ、白姫派がやったんだよ! 孤児院とか作ったり、真面目に勉強してる奴らの迷惑だからって、黒姫派の俺らを一掃しようとしてんのさ!」
それは、あまりにも突然すぎる通達であり、この場に居る者たち誰一人として納得していないものであった。
だからこそ、都市の外へ出されるも、誰もがそこから立ち去るわけでもなく、都市入り口にて留まって、怒りの抗議をしているのであった。
しかし……
「ちょっと店の商品パクったぐらいで、一発退学とかヒデーだろうが!」
「俺は成績悪い訳じゃねえ! たまたまカンニングが見つかって、前回のテストだけゼロ点扱いだっただけだ!」
「なよっちい奴をイジメたぐらい、何だってんだ! イジメられる方が悪いんだよ!」
「酒で酔わせた女とヤって退学とか、ふざけんなよ! 女だって男にホイホイついてくるのが悪いんだよ!」
「授業さぼって出席日数が足りないとか、全然大した問題じゃないだろうが!」
「俺は別に論文書いてなかったり、研究してねーわけじゃねーんだ! 魔法学校の女子更衣室に忍び込んで、学生が穿く下着の傾向とか研究を……」
各々個人的な訴えをしているものの、それを聞いていたジオとチューニは非常に冷めた表情で……
「お前ら学ぶ気ねーじゃねえか」
「というか、自業自得だと思うんで……てか、そんな生活してんのに、トキメイキに居る理由って何かあるのか疑問なんで……」
別に仕方ないのではないか? それが、ジオとチューニが抱いた素朴な感想だった。
しかし、その疑問に対してガヴァたちは……
「「「魔法学校卒業とか、トキメイキの研究者って肩書は、国の外に出ても職に困らないから………」」」
「「もう、やめちまえ」」
あまりにも身勝手すぎる理由。流石に、ジオとチューニもフォローする気にもならず、呆れたように溜息を吐いた。
だが、そこで一つジオが気になることがあった。
「ん? ちょっと待て。今思ったけど、ひょっとしてこの騒動からして、その黒姫もクビになってんのか?」
自分たちはそもそも黒姫の力になるために、この地を目指してきたのである。
しかし、その黒姫自身も既に退学になり、この街から追放されていたら?
無駄骨どころか、自分たちはポルノヴィーチの課題をクリアできなかったということになる。
そうであった場合、色々と状況が変わってしまうだろうと、ジオは気になった。
するとその時だった。
「いい加減にしろ、お前ら! 退学になったというのに見苦しい! これ以上、歴史ある学術都市の品位を穢すんじゃない!!」
ジオの疑問に誰かが答える前に、抗議の声を一斉に打ち消すかのような怒号が響き渡った。
それは、学校の生徒なのだろうが、抗議している者たちとは一切違い、ピシッと制服を正しく着こなし、更にはガッチリとした体格と、厳格な表情をした男たち。
「もう、お前たちは追放処分を受けたはず! 二度とこの地に戻ってくるな!」
「この地は再びかつての由緒正しい知の都となるのだ!」
「真面目に勉学や研究にいそしむ者たちのため、戦争で不幸に見舞われた子たちが安心して学ぶことができるような環境にするため、学ぶ意思のない奴らはさっさと立ち去れ!」
「勘違いするな! 我々は黒姫派を追放しているわけではない。追放の対象となるクズたちのほとんどが、黒姫派だったというだけだ!」
まるで軍人のように背筋と膝をしっかり伸ばし、群がる数百人の追放された者たちに一切怯むことなく、厳しい表情で強い言葉を叫ぶ。
その男たちに、追放された者たちは悔しそうにしながら、舌打ちする。
「ちっ! 『生活改善委員会』の奴らめ!」
「んだよ、人間のくせに、白姫の親衛隊気取りの犬どもが!」
「あんな冷血なハイエルフに尻尾振ってんじゃねえよ!」
「そうだそうだ! あんな潔癖の男嫌いのハイエルフなんかより、気さくな黒姫の方が何倍も良い女だぜ!」
「けけけ、っていうかああいうクールな女ほど一皮むけば、スゲー淫乱だったりするんだけどな!」
「ひょっとして、あいつらはあのハイエルフにご褒美でももらってんじゃねえのか?」
怒りに任せて、醜く品のない罵声や挑発の声が飛び交う。
その矛先は、今この場に居ない、噂の白姫にまで及んでいた。
すると、罵声に酷く憤りを感じたのか、追放した側の男たちの表情が憤怒に染まった。
「白姫を愚弄するな、クズどもが! 白姫は黒姫なんかとは違うのだ! 生まれたままの奇跡の『純潔』なる存在。黒姫のような『淫乱』でも『頭がおかしい』わけでも、『自分勝手』でもない、常に他人を思いやる心優しさがあり、『打算』など一切ない……お前たちや黒姫のように、『性に狂うみだらな動物』のような奴らが、白姫と同じ空間に居ること自体が罪である!」
人間とハイエルフという種族の違いはあれど、人間の男たちが白姫というハイエルフに深い想いを抱いていることが分かるほどの叫び。
そして、そこまで感情的に声を荒げれば、またもう一方もそれに対して汚く罵り合う。
正直、堂々巡りであり、ジオとチューニもさすがにいつまでも見ていられない。
どうするべきかと、二人でため息を吐いていた、その時だった。
「ちょっと、お勉強や試験の成績や、研究成果とかがいいからって調子に乗ってんじゃねえぞ、白姫派ッ!」
今度は、白姫派に向けて、場に響き渡る大声が発せられた。
その声の主に皆が振り返ると、そこには、三人の男が立っており、その先頭の男は頭や顔を包帯などで覆った痛々しい姿をしていた。
その姿を見て、ジオとチューニがハッとした。
それは、昨晩のぼったくり店でボーイをしていた男と、客のフリをして店に留まっていた男二人。
特にボーイの男は、オシリスたちに痛めつけられた傷が、まだ残っている。
「デクノーボ! あんた、病院じゃ……」
ガヴァたちが心配そうにボーイだった男、デクノーボと呼ばれた男に駆け寄る。
昨日の今日で、まだ痛みは当然あるのだろう。だが、デクノーボは心配いらないと前へ出た。
「一斉追放の話は聞いてら。そんな話を聞いて、病院でオチオチ寝てられねえ」
「デクノーボ……」
「それに、こうなった以上、俺らのやるべきことは一つだけ。だったら、それをやるのが男ってもんだ!」
勇んでズカズカと突き進むデクノーボとそれに続く男二人。
その姿に、生活改善委員会の男たちも眉を顰めて睨みつける。
それは、正に一触即発の火花飛び散る状況。
だが、その時……
「ふっ、見つけたぜ」
「……へっ?」
突如、デクノーボは生活改善委員会たちから目を逸らし、足を止め、そしてチューニの目の前に止まった。
まさか自分に用があるとは思わず、チューニは急に顔を青くしてオドオドし始める。
しかし、そんなチューニに対してデクノーボたちは……
「「「チューニくん! 頼む、俺たちをチューニくんの舎弟にしてくれ!!」」」
「「「「「ッッッ!!!???」」」」」
「……ふぇっ?」
突如、強面のデクノーボが他二人と一緒に両膝ついて土下座をするような形でチューニに懇願したのだった。
その状況に周囲も、そしてチューニ本人も何が起こったのか分からずに目が点になっている。
すると、デクノーボは歯をむき出しにして笑いながら顔を上げて、チューニに言葉を贈る。
「俺たちゃ、あんたの強さに惚れた! 普段はナヨナヨしたり、ただのスケベ小僧のフリをして、一枚皮を剥げば大人にすらビビらないその度胸と、あのキスキ・ファミリーの荒くれ者たちを一瞬で黙らせるほどの大魔力! あんな圧倒的で激ヤバな魔導士を、同じ魔導の道を進む者として惚れねえわけがねえ! 俺たちゃチューニくんについていく! そして、俺たちと共に、この街を変えてくれ!」
公衆の面前だというのに、一切の恥も外聞も気にせず、自分よりも年下であろうチューニに土下座をして舎弟になりたいと懇願するデクノーボ。
その状況に黒姫派の者たちも騒然とし、「チューニ? 何者だ?」と騒ぎが広がり始めた。
「そして、俺はチューニくんの親衛隊をさせてもらう、デクノーボだ! チューニくん、一緒にこの街を黒姫派で制覇してやろうぜ!」
「い、いやいやいや、いや!? いや、あの、ぼ、僕に?! なんで!? いや、僕、普通に前の学校でもパシリみたいなもんで……」
「もちろん、チューニくんにおいしい話は持ってくるぜ。チューニくんは確か、おっぱい好きだったよな? 俺らは顔が広くて女友達も多い。チューニくん好みのおっぱいコレクション、パイコレをいくらでも提供するぜ!」
「そんなこと言われましても!? いや、おっぱいから離れてください! 昨日の僕は僕じゃないと言いますか……っていうか、僕はこの学術都市と何の関係もないんで!」
デクノーボの「やるべきこと」。それは、チューニを味方にし、自らの陣営に取り込むことであった。
昨晩のチューニの力を目の当たりにした以上、何が何でも味方にしたいと思うのは仕方ないことであった。
「ちょ、何言ってんだし、デクノーボ!」
「そうそう。チューニ親衛隊はあーしらだし!」
「チューニ君のおっぱいは、私らが居るし!」
「なに? そうか……なら、もう親衛隊じゃなくて、チューニ軍団にしちまうか?」
そして、デクノーボの言葉にはガヴァたちも反応。
だが、その反応が返って、「そんなにチューニって男はすごいのか?」という騒ぎがより大きくなった。
「お、おい、なんだ? 何の騒ぎだ? チューニ? 知らないな。あんなナヨナヨした暗そうな男が、そんなにすごいのか?」
「聞いたことないぞ?」
その騒ぎには、当然、生活改善委員会の男たちもざわつき始める。
そんな光景を見ながら、一人蚊帳の外になっているジオは、馬車に寄りかかって煙草を吸いながら……
「……おもしろそうだから、もうちょっと見物してみるか」
慣れないことで、既に不安で怯えて泣きそうになっているチューニを見ながら、ジオは助け舟は出さず、しばらくその場で眺めていた。
それは、かつて魔法学校でその才能を見出されなかったゆえに、嫌われ、見下され、イジメられ、そして追放された男が、どういうわけか、地上世界の英知が結集する魔導学術都市の魔法使いたちに、「自分たちの上に立ってくれ」と、祭り上げられるという光景だった。