第八十七話 帰さない
多くの人が行き交うメイン通りから外れた、狭い路地裏通り。
薄暗く、あまり前も見えず、何も目的が無ければ普通は通らないだろうと思われる道を歩く三人の少女たちと、その後についていくジオとチューニ。
すると、通りの先に人の気配をジオは感じた。
「……あそこあそこ、ア・ソ・コ!」
そう言って、少女の一人がいやらしい笑みを浮かべて寂れた建物を指差す。
室内からの明かりは一切無く、店の外には錆び付いた看板が立っているだけで、とても営業しているようには見えなかった。
「んっ? よう、お帰り。お客さんかい?」
店の前の小さな段差に腰を下ろしている一人の男が居た。
緑の短髪という派手な頭をして、シャツとズボンと一応正装はしているが、体格もよい強面である。
「いらっしゃい、今、店開けますから」
ジオとチューニの姿を見て、軽く会釈だけして店の扉を開ける男。
指先で軽く炎の魔法を灯して、部屋に明かりをつける。
明かりのついた店内は、掃除もしてあって、それなりに清潔ではあるものの、小さなカウンターと、五人程度が座れるソファーと椅子とテーブルが二つしかない、こじんまりとしたものであった。
「……まっ、こんなもんだろうな」
「ん? リーダーさん、どうしたん?」
「いや……」
ジオは店内に大して思うことも無く、「こんなものだろう」と頷いた。
(学生がコソコソやってるような店。潰れた店でも安く買い取ってんだろうな……)
予め想定していた、「ぼったくり店」そのものだとジオは苦笑した。
そんなジオの苦笑に気づかず、少女たちは奥のソファーへとジオとチューニを誘う。
両端に逃げ道を塞ぐように少女二人、そしてジオとチューニの間にもう一人少女を座らせて、ガッチリと固める。
「リーダーさんと、チューニくんは何を飲む? あっ、もしよければだけど~、私たちも飲んでいい?」
「えっ? おねーさんたちも? 普通に飲めばいいと思うんで」
「……ちげーよ、チューニ。そうじゃなくて……まぁ、いいや。好きなもん飲みな」
今の少女たちの「自分たちも飲んでいい?」は、「驕ってくれ」という意味なのだが、チューニはそこまでは理解できていない様子。
「「「やったー! ゴチ~!」」」
だが、別に断る理由も無いので、ジオは了承した。
すると……
「……いらっしゃい」
「あ~、今日も研究疲れたぜ」
「ほんとダリイぜ」
先ほどまで裏通りに人影は殆ど無かったはずが、ジオとチューニが店を訪れた瞬間、別の客が店内に入ってきた。
魔法学校と思われる制服を着た男二人。二人は特に案内されるでもなく、慣れた様にそのままカウンター席へ座る。
二人とも、チューニの元クラスメートたちのような気品や育ちのよさはまるで感じさせない、少し荒っぽさを感じさせる容貌だった。
そんな二人が、少しだけチラッと振り返ってジオとチューニの顔を見て、その隣に居る少女たちに軽くアイコンタクトをしたのをジオは見逃さなかった。
(この二人もグルか。最後に支払いで揉めたら、こいつらが出てきて暴力振るったり脅したりして、力ずくで金を取る算段か……優等生が集うトキメイキモリアルの生徒にしちゃ、使い古されたオーソドックスなことをするんだな……)
ここまで想定したとおりだと、却って拍子抜けだと思いながらも、ジオは気づかぬフリをして店のボーイを呼んだ。
「おい。注文いいか?」
「はい、なんでしょう?」
「この店で……一番高い酒を持って来い。あと、チューニはジュースか?」
「ぷじゃけちゃダメなんで、リーダー! 僕は、リーダーに今日はついていくって決めたんで、僕もお酒なんで!」
とりあえず、注文をとジオが手を上げると、なんと酔っ払いチューニまで便乗して挙手。
その様子に呆れながらも、「まあ、もう俺も知らねえ」と開き直ったジオは、好きにさせることにした。
すると、「高い酒」と聞き、ボーイの男の目が急に光だし、丁寧に腰を下ろしてジオに……
「御客様。それでしたら、ロマネポンティがありますが?」
「ほ~う。すげえ酒じゃねえか……(んなもんが、こんな店にあるわけねーだろうが)」
「リーダー!? それって、すごい高いお酒でしょ!? 僕も聞いたことあるんで! 一口でいっぱいおっぱいな値段だって!」
ボーイが進めたのは、酒を知らないチューニですら知っている世界的に有名なものであった。
もっとも、ジオは「どうせ偽物」と見抜いているが、チューニは興奮して大はしゃぎ。
「え~、ポンティ? ポンティがあるの? 飲みたい飲みたい~!」
「あーしも! ポンティを入れて~、入れて入れて~♪ あーしに、ポンティいれて~」
「あは、ウケる~、やらしー! でも、ポンティ欲しいな~、ポンティ」
少女たちも「なんとしても注文させよう」とジオの腕にまとわりつき、胸の谷間にジオの腕を挟んで擦り付ける。
それを受けて、ジオもあえて乗ってやろうと笑みを浮かべて、ボーイに堂々と告げる
「じゃあ、全員分頼むぜ!」
「かしこまりました! ポンティ入ります!」
その瞬間、少女たちとボーイと、カウンターに座る男二人は一斉に親指を一瞬突き上げていた。
大方、「カモが掛かった」と思ったのだろう。
「う~、ね~、リーダー?」
「ん? なんだよ、チューニ」
「リーダーは、ロマネポンティ飲んだことあるの~?」
「あ……ねーよ。(ほんとは、あるけどな……一口だけ口移しで飲ませてもらったな……ティア……ナ……はどうでもいい。どうでもいい)」
正直、ジオは本物の酒を飲んだことあった。だが、それを言うと周りの者たちは警戒するだろうと思って、あえてウソをついた。
「お待たせしました」
そして、ボーイが早速グラスに入れて持ってきた酒は、色も薄く、香りも大して無い、ジュースのような酒であった。
ジオはそれを見て「やっぱり」と思うも、それは言葉にせずに黙ってグラスを受け取った。
「じゃぁ、今日は~、リーダーさんとチューニ君との出会いを祝して~」
「乾杯じゃね?」
「うん、それでいいじゃん?」
「お姉さんたち、後でおっぱい……」
「……もういいや、お前は好きにしろ」
まずは乾杯。少女たちとグラスを付けて、運ばれた酒に口をつけるジオ。
それは案の定、安っぽい普通の酒であり、ジオ自身は特にうまいとも思わなかった。
「はう~、これがポンティ、ブドウジュースみたいで美味しいな~」
しかし、チューニはそれを感動したように飲み、少女たちも露骨に大はしゃぎして、ジオたちにじっくり味合わせないようにまとわり付いた。
「すっご、ちょーおいしいー!」
「もう、リーダーさん、チョーヤルし~! ポンティもうんまいし、チョー感動!」
「ねぇねぇ、今日はとことんしょ? ねぇ、ウチら帰りたくないし~」
ジオにとっては、少女たちの言葉は「搾り取るだけ搾り取ってやる」という風にしか聞こえなかったが、そこは笑って頷いておいた。
「あ、そいや、自己紹介まだじゃね? 私、ガヴァね」
「あーしは~、ユルイね」
「自己紹介今更とか、ちょーおせえ。ウチはヤーリイね?」
そう言って、今更ながらと自己紹介をする、ガヴァ、ユルイ、ヤーリイという三人の少女。
自己紹介ということなので、せっかくだからジオも聞いてみることにした。
「お前らは、トキメイキモリアルの魔法学校の生徒か?」
「そうそう。あーしら、トキメイキにある、キラメイキ魔法高等学校ね」
「結構な優等生だろうが。ベンキョーしなくていいのかよ?」
「え~、リーダーさん、説教タイプ~? それ、チョー気分下がるからやめよーよ~」
当初の目的であるトキメイキモリアルの情報収集。
正直、少女たちは勉強や学校の話題はあまり好きではないのか、一瞬メンドクサそうにするも、ここでジオの機嫌を損ねても仕方ないと思ったのか、話をしていく。
「まぁ、ぶっちゃけ~、ベンキョーはもうアホらしくてやってらんないって感じ? あーしら、『黒姫』に憧れてっし」
「黒姫……?」
「そっ。今、あーしらと同じ学校居んだけど、ダークエルフって奴なんだけど、チョー美人で、胸もデケーし、服のセンスもあるし、セクシーだし、チョーヤバイんだから」
「はっ!? えっ? ……ダークエルフ?」
思わぬ情報。黒姫という異名を持った、ダークエルフの存在。
ソレを聴いた瞬間、ジオも「まさか」と驚いた。
「黒姫さ~、トキメイキの連中の服がセンスねぇとか、勉強ばっかでつまんない~とかってことで、マジで色々パーティーとかイベントとかやってさ~。あーしらも、ほんとはメガネかけたユートーセーだったけど、スゲー毎日つまんなかったんだけど~でも、今は毎日楽しいし~」
「そうそう。黒姫のカリスマ、チョー神だから!」
「飲んだり、騒いだり、踊ったり、エッチッチしたりしてるほうが、マジウケルし! でもさ~、最近、マジメなハーフエルフとかが黒姫に向かってウザイ文句言ってんだよね~」
三人の話を聞いていて、ジオはポルノヴィーチの話を振り返っていた。
一人のダークエルフが、学園どころか都市全体に影響を及ぼす存在になっており、それが他のエルフたちにとって厄介だと思われていると。
その話を最初聞いたとき、ジオはその影響の意味をもっと別のものだと思っていた。
しかし、今の話を聞いていると……
「……ひょっとして、ダークエルフの存在が悪影響って……」
とてつもなくしょうもないことが起こっているのではないかと、ジオは嫌な予感がしてたまらなかった。
「おねえさん、おっぱい……」
「ちょ、あんたやめろっての。ここ、そういう店じゃねーし!」
「ダメ?」
「ダーメダーメ。もっと仲良くなんないとダーメっしょ」
と、そんなジオの心境をまるで知らぬまま、チューニはより酔っ払って顔を赤くしながら、隣に居た少女の胸の谷間を凝視して「おっぱい」と呟く。
だが、最初から「そのつもり」が全くない少女たちは少し怒った態度を見せると、急にしょんぼりとしたチューニは、まだ店に入って間もないというのに、ジオに告げる。
「リーダー……僕、もうさっさとおっぱいの店に行きたいんで」
「はやっ!? つか、おま……もう少し段階を踏めよ……」
「コンさんは段階全部すっ飛ばしてたし! 今更段階とか僕無理なんで!」
かつて自分で「段階」とか「交換日記」とか言っておきながら、もっと仲良くなってからと告げる少女たちをめんどくさいと思ったのか、チューニはすぐにでも店を変えたいと叫ぶ。
ジオとしてはもう少しここで情報収集をしたいとも思っているのだが、チューニの機嫌を損ねる方が面倒だと思い、どうするべきかと頭を悩ませる。
すると、「帰る」と叫んでるチューニを見て、ボーイの男が紙を持ってジオの元へと近寄ってきた。
「おやおや、御客様……もう、お帰りですか?」
「ん? ん~……まだ、一杯だけだしな~……」
「ちなみに、もうお帰りの際は、金額はこのようになりますが……」
そう言って、ボーイの男がニヤニヤとしながら、ジオの紙を差し出す。
その紙には、「900,000マドカ」と書かれていた。
「ん~……90万マドカ~? なんだろうな~、俺も酔ってるのか、ゼロの数が違って見えるぜ」
「御客様。これが当店の適正価格となっております」
「ほ~……偽物のロマネポンティが1本でか……」
偽物という言葉を強調しながら、笑みを浮かべるジオ。
すると、ボーイが途端に豹変したかのようにジオを睨みつける。
「おい、あんた。何をイチャモンつけてんだ? あ? あんたらが飲んだのは紛れもない本物だぜ? 1本100万以上は本来すんだぞ!? それをこの格安価格で提供してやってんだぞ? それを偽物だ? 営業妨害で更に賠償金請求すんぞゴラァ!」
怒鳴り声を上げるボーイ。少女たちもジオたちを嘲笑うかのように笑みを浮かべている。
そして、次に何かあれば動けるようにと、カウンターに座っている男二人もスタンバイしている。
だから、ジオは……
「そうかい。くははは、でも、ゼロの数が違って見えたのは本当だぜ? だって、俺……900万マドカぐらいすんのかと思ったからよ~」
「……へっ?」
そう言って、ジオは服のポケットからパンパンに詰まった金貨の一部を取り出して、それをボーイに手渡した。
「安いな。たった90万か」
「えっ? はっ、へっ……ほ、本物……」
まさか、ジオがすんなり支払うとは全く予想していなかったのだろう。
ボーイも少女たちも、スタンバイしていた男二人も呆気に取られた表情をしている。
そんな皆の反応を見ながら、ジオは意地の悪い笑みを浮かべて……
「ほんとは、一晩中騒いで金をばら撒きたかったが、仕方ねぇ。ほれ、チューニ。ここには、テメエの求める乳はねーんだから、店を変えるぞ?」
「ういっ、っく、了解なんで!」
そう言って立ち上がろうとするジオとチューニ。
だが、その瞬間、少女たちが焦った表情をしてジオとチューニの腕にしがみ付いた。
「も、もう帰るとか、なしじゃん!」
「そうそう。もっといよーよ!」
「ね? んもう、サービスしちゃう! チョーサービスすっから!」
彼女たちもボーイも、そしてスタンバイしていた男たちも同じことを思ったのだろう。「この二人はとんでもないカモだ」。逃がしてはダメだと。
「し、失礼致しました、御客様。私もとんだ粗相を……どうです? お詫びにフルーツの盛り合わせでも!」
ボーイも慌ててジオに謝罪し、カウンターの奥から皿の上に雑に乗せたフルーツの盛り合わせを持ってきた。
本来であれば、そんなものを謝罪として持ってこられても効果は期待できない。
しかし、そこで少女たちが……
「こんなたのしーのに、もう帰るとかチョーひどいじゃん? だからさ、はずかしーけどさ、ほら、チューニ君」
「ふぁっ!?」
チューニの隣に座っていた、金髪ふわふわのガヴァが、自身の谷間にバナナを挟んでチューニに差し出す。
「ほら~、これ、何か分かる?」
「ひっく、そ、それは……それは~……オッパナナ! オッパナナなんで!」
「そうそう、ほら~、ぱくぱくぱくぱく~! チューニくんのもっといいとこ見てみたい~!」
「そんなバナナ~、なんで!」
求めていたものをようやく差し出された。チューニは目を血走らせながら、バナナを頬張った。
ガヴァは豊満な谷間を寄せて、黄色いブラがはみ出しているが構わずに、挟んだバナナを差し出し、「帰る」と言っていたチューニの足止めに成功したことに「よしっ!」と声を出して笑った。
「あ~、ラブラブじゃ~ん。じゃ~、あーしも、リーダーさんとイチャイチャしよ~」
今度は赤いふわふわ髪のユルイがジオの膝の上に乗る。スカートの下の下着をジオのふとももにのせ、ジオと向かい合うようにしながら口元にサクランボを入れて寄せてきた。
「……うぷっ」
「ッ!? っ、ちょ、リーダーさん?」
「い、いや、なんでも……ちょっと、酒が……断じてヘタレ違う。でも、ちょっとそこどけ」
その瞬間、例によって微妙な吐き気を感じてしまったジオ。
胸の谷間攻撃までは大丈夫だったが、粘膜接触しようとしてくるものには反応してしまった。
チューニと違って、自分はなんと情けないと感じながら、ユルイから視線を逸らしてしまった。
一方で、ユルイもまさか口移しでサクランボを食べさせようとしたら、吐きそうな顔をされるとは思わず、少し驚いている様子。
そんな両者の微妙な空気を察し、ヤーリィが皆に提案する。
「ねーねー、仲良くすんならさ~、将軍様ゲームしようよ~! チョー際どい命令有りにしてさ~!」
ジオとチューニを意地でも帰してなるものかと、少女たちは懸命に体を張り始め、まだまだ長い夜が続く……
……続く……かに思われた。
だが、そんな盛り上がる店の外では、その盛り上がりを壊そうとする者たちが徐々に近づいていた。
「どうやら……ここでらしいですぜ? 『オシリス若頭』」
「例のガキどもが火遊びをしてる店ってのは……」
「マジメなガキが、アウトローな遊びに憧れて、けけけ、取り返しがつかなくなると」
裏通りを埋め尽くすように二十人近い男たちがゾロゾロと集結し始める。
誰もが血に飢えた獣のように鋭い眼光を光らせて、腰元には剣や鉄製の棒などを携えている、ガラの悪い男たち。
そんな男たちの最後尾には……
「僕様はあまり気が進まないね。僕様は平和を愛する大人だから……いくら、オイタをした子達へのお仕置きとはいえ、若い子達に壊れて欲しくないものだよ……」
ガラの悪い男たちとは全くの異質。
なよなよとした体つき。
薄紫のクセを付けたマッシュスタイルの髪型。
女かと見間違うような中世的な容姿。
一人だけ、舞踏会に参加する貴族のように、清潔な黒いスーツと蝶ネクタイをしている。
「でも、仕方ないか。大人の庭を踏み荒らす子たちには……大人の対応をしないといけないから……君様たちも、つらいだろうけど、これも仕事だと思って優しくケジメをつけてあげたまえ」
そう言って、ニッコリと微笑む一人の男。
その視線の先にある店からは、「将軍だーれだ!」という声が外まで響いていた。




