第八十六話 ○○やってみた
ジオの気分としては、「兄弟盃」のようなものであった。
もっとも、そこまで格式ばったものではなく、気分がノッたのでやってみたものであり、そこまで深い意味は無い。
「うぷっ!?」
「どうだ? マジーか?」
だが、それでもあのチューニが一口でも酒を口にしたのが何だか嬉しくなったジオは、笑みを浮かべながらチューニの顔を覗き見る。
するとチューニは……
「……まじゅい……」
「くははは、まぁ、仕方ねーか!」
顔を青くして、瞳に涙を浮かべていた。
ある意味で想像通りの反応で、ジオはまたおかしくなって笑った。
だが……
「……コンさんの……ヒック……コンさんのチューの方が……おっぱいの方がおいしかった……ひっく……」
「そーか! そいつは残念……? ん? ……ん?」
チューニは真っ青な顔から急に顔を真っ赤にし、目じりが垂れ下がり、何故か露骨にしゃっくりを繰り返す。
そんなチューニを見て、ジオは目を見開きながら、空になったコップとチューニの顔を交互に見る。
「お、お前……まさか……」
「う~、コンさん……」
「一杯で?」
「一杯じゃないんで! おっぱいなんで!」
たったの一杯で酔っ払ったのか? とジオが尋ねる前に、チューニはテーブルを強く叩いて叫んだ。
「う、うわああん、それなのに、僕はなんで! なんで、あんな失敗を……暴発なんて!」
「いや、チューニ、おま、ちょ、見られてる見られてる。少し落ち着け……」
「僕のバカ! 僕のほんとアホなんで! どうして勇気を出して、もっとおっぱいおねだりをできなかったんだって感じなんで!」
「だから、おちつ……あ、すんません! 俺の連れが……いや、騒がして悪い! すぐに金払って帰るから!」
たったの一杯。しかし、それで完全に酔っぱらってしまったチューニは己の失敗談と後悔を叫び続ける。
ジオは怪訝な顔をする周りの客に謝りながら、急いで金を払って、チューニを引っ張って外に出ようとする。
しかし、チューニの暴走は止まらない。
「だいたい、リーダーもリーダーなんで! お嬢様とか、メムスさんとか、オシャマとか、あんなに美人だし可愛いしリーダーにラブなのに硬派ぶって手を出さないとか、ほんと不良の風上にもおけないんで!」
「いや、別に俺は不良ってわけじゃ……」
「だまらっしゃいなんで! とにかく、リーダーも恥ずかしがってヘタレてないで、やりたいことをもっとやってみたなことをする必要があるんで!」
席を立たせようとするジオに抵抗し、むしろ説教を始めるチューニ。
その普段見れないチューニの荒れた姿に、ジオも思わずたじろいでしまった。
「だからこそ、僕はリーダーに提案があるんで」
「あ、ああ? 何のだよ?」
「勿論、ガイゼンとマシンとの対決に勝つ作戦なんで!」
すると、チューニは酔っ払った勢いのまま、ジオの説教だけでなく、今回の勝負を絡めての方針までも示し始める。
「今回の買い物、僕は今まで買った事ないものばかりで満足だったし、試しに食べてみた肉もすごく美味しかった……だからさ、僕たちのお金の使い方もこういう……『試しにやってみた』……みたいなものにもっと使っていくべきなんで!」
チューニの提案。それは、「何にお金を使う?」、「どんなものを買う?」、「どんなことがやりたい?」ではなく、「これまでやったことのないことを、やってみる」というものであった。
「えっと……つまり……」
「うん、僕もリーダーもやったことのないものに、お金を使って色々とやってみる。それでどうなるのか……つまり検証なんで! そう、検証! 重要だから二回言ったんで!」
「あ……ああ……なるほどな。つまり……金に糸目をつけずに、やったことないことをやってみて、それを発表するわけか。確かにそれなら面白そうで……票も取れるかもしれねーな」
チューニが面倒くさいぐらいに酔っ払って示した提案。
しかしそれは意外にも、悪くない提案だとジオも素直にそう思った。
それどころか、「今までやったことのないことを試して検証する」というのは、面白いと思った。
「チューニにしたら、いい案だ。さっそく、明日からやってみようじゃねぇか。」
「ほんと?」
「ああ。とりあえず今日はもう遅いし、宿にでも泊まって、金さえあればできそうで、でも今までやったことが無いことを色々と考えてみようぜ」
ジオはチューニの案に頷いた。
チューニからすれば、初めてジオパーク冒険団で自分の意見が通ったような気がして、嬉しくて身を乗り出した。
だが、酔っ払いチューニには「明日から」というのは生温く……
「リーダー! 明日じゃなくて今なんで! そう、今こそ僕はもっと色々な経験を積みたいと思うんで!」
「お、おお、そうか」
「そう、試しにやってみた! それをどんどんやりたいんで!」
「ああ、いいと思うぜ。お前は自由なんだからよ、どんどんやれ!」
「それなら、早速、おっぱいのお店に行きたいんで! リーダー、おっぱいのお店!」
「分かった分かっ……なに?」
「連れてって欲しいんで! 連れて行ってくれないと……チューニスペシャル撃っちゃうんで!」
「ちょ、おまっ、お前ッ!?」
「コンさんの巨乳しか知らない僕は、もっと色々ないっぱいおっぱい経験したいんで! おっぱい店行きたいんで!」
ジオはさっさと会計を済ませて、チューニを外へ引きずり出す。
店の外を出ても叫び続けるチューニに頭を悩ませながら、ジオはチューニを担いで宿屋に向かおうとするが、チューニは抵抗して「おっぱい」と連呼して抵抗し、魔法まで放ちそうな勢いである。
ジオも流石にそれはまずいと思い、チューニを力ずくで気絶させようかと思った……
だが、その時だった。
「ん?」
「……ふぁっ!」
店を出たジオとチューニ。空は暗いものの、街はまだ賑わっており、メイン通りには酒を飲み終えた男たちがフラフラと歩いている。
そんな中、異質な存在が二人の目に入った。
「あれは……」
「うん、間違いないんで、リーダー!」
建物の壁際に腰を下ろして座っている三人の年若い女。チューニより少し年上ぐらいだろう。
三人は、魔法学校の制服を着ていると思われるが、その制服を非常に着崩していた。
ダラダラとした靴下。短すぎるスカートは、かつてのチューニのクラスメートの女子たちよりもさらに短いものであった。
シャツもボタンをギリギリまで外して胸の谷間をはだけさせている。
指輪やネックレスなどのアクセサリーで着飾り、化粧も厚く、三人とも金髪だったり、茶髪だったり、黒髪だったりとバラバラの色の髪を、各々毛先をふわふわさせている。
「……おい……チューニ……」
「うん……みみみ、見えちゃってる……黄色が……おパンツさんが見えてるんで!」
「……いや、そっちじゃねーよ!」
「そっちじゃない? あの白のおパンツさん? それとも、紫のおパンツさん!?」
「それじゃなくて、さっきの店員の話だよ!」
三人の少女は街を行き交う男たちを物色するかのように観察している。
ジオは三人の少女を見て、「アレが正にそうなのだろう」と直感で理解した。
一方でチューニは、壁際に座っている少女たちの短いスカートの中身にしか目がいってなかった。
「きっと獲物を物色してるんだろうな……」
「うん、……でも、セクやコンさんの方が美人で可愛いんで」
「……一応ロウリも加えてやれ……」
「今はそんなことより、おっぱいなんで! リーダ! おっぱい! おパンツ様より、パイ神様なんで!」
「……だから落ち着けって……あ~……まいったな……」
あの少女たちが「ぼったくり」をする少女たちなのだろうと察するジオ。
だが、今は騒がしいチューニの介抱でそれどころではなかった。
「……ねえねえ、アレ……どうかな?」
「いいんじゃね? もう酔ってるみたいだしさ……つか、ガキ? 隣に大人いるけど、強そうくない?」
「でも、結構いい服着てるっぽいし、金はあるんじゃね? それに、もし後で暴れても、男子らに任せれば、大丈夫じゃね?」
そのとき、騒がしいチューニとジオに気づいた少女たちが笑みを浮かべる。
そして三人でコソコソと話をして互いに頷き合い、満面の笑顔を見せてジオとチューニに近寄ってきた。
「こんばんは~、お兄さん見たことないけど、ここの人? うわ、てか、魔族じゃん!」
「ほんとー、じゃ、ヤバくね?」
「いーじゃん、てか、隣に居る子は人間じゃね? 二人友達? 変な組み合わせ。なんかウケるし」
初対面にも関わらず、敬語も一切ない馴れ馴れしい言葉遣い。
ジオは多少イラっとしたものの、酔っ払いチューニは急に態度をコロッと変えて答えた。
「そうなんで。僕とリーダーは旅をしてて、今日来たんで。お金たくさんあるから、二人でやりたいことして遊ぼうって話してたんで」
「おい、お前!?」
いつもは女相手だと縮こまるチューニも、今はそんなことはなく、むしろノリで「金がたくさんある」を少女たちに言ってしまった。
すると、最初はジオが魔族であると気付いた瞬間、若干目じりが動いた少女たちも、金の話を聞いた瞬間に目の色が変わり、次の瞬間には猫なで声でジオの腕にじゃれるようにまとわりついた。
「ほんと~? えー、すごくない? じゃーさ~、私たちと一緒に飲もうよ~」
「この街初めてなら、あーしらが、チョーおすすめの店に連れてってあげるし。ね~、リーダーさ~ん」
「そうそう。うちら、トキメイキに普段居るから、魔族にもケイエン? ってのないし、よくねよくね?」
少女たちは「カモを見つけた」と思ったのか、三人ともアイコンタクトをして頷き合った。
もちろん、ジオは面倒なので断ろうとした。
だが……
「あ~、俺らは別に――」
「おっぱいある店を教えて欲しいんで」
「ぶっ!?」
目がトロンとしながらマジメに聞くチューニに、ジオの言葉は遮られてしまった。
すると少女たちは、自分より年下と思われるチューニからの大胆な質問に一瞬驚くも、すぐにいやらしく笑った。
「ぎゃはははは、ねーし! そういうお店じゃねーし!」
「でもさ~、もし~、あーしらと仲良くなって気分良くなったらさ~?」
「ねぇ? そうだ、『将軍様ゲーム』でもする? 将軍様の命令はぜった~い」
思わせぶりなことを告げながらチューニの頭を撫でる少女たち。
それでもうチューニの意思は決まったようだ。
「リーダー! 僕は戦場へ赴きたいと思うんで!」
「おまっ……」
ジオにビシッと敬礼し、直後にフラフラとしながら少女たちに駆け寄るチューニ。
その姿を眺めながらジオは頭が痛くなるも、すぐに諦めたように苦笑し、むしろ……
「まっ、もういいか。これもチューニの社会勉強。それに……あいつらがトキメイキの奴らなら、ついでに情報収集も兼ねられるし、……それに……」
この少女たちがこれから向かうトキメイキの生徒なのだとしたら、事前の情報収集が出来る。
それに……
「それに、例の『やってみた』ってやつだな……ぼったくりの店で、あえて大量に金を使ってみた」
ここまで来てしまったら、自分も観念して楽しもう。
ジオはそう考えて、チューニと少女たちの後を追った。




