第七話 自由への誘い
ガイゼンの唐突な誘いに対し、一瞬心が震えたジオだったが、すぐに頭を振る。
「何言ってんだよ、テメエは。暴れたければ一緒に? なんだよ、お前……ひょっとして、戦争でもしようとしてんのか?」
今の世界に憂い、鬱憤を晴らしたいという気持ちは分からなくもない。
だからこそ、ガイゼンの誘いは今の世界を壊してその鬱憤を晴らすことなのかと思ったが、ガイゼンは呆れたように笑った。
「分かっとらんの~……戦なんて、人類も魔族も気づけば勝手にやるもの。わざわざ自分で起すまでもあるまいし、特に理由のない戦などやってもむなしいだけ。そんなものより、自分の欲求に従って好き勝手に生きて暴れる方がよっぽどよかろう」
ガイゼンは戦争を起す気までは無いようだ。だが、なら何がしたいのかがジオには良く分からなかった。
「なに、別になんでもいいんじゃ。冒険をしたい、ムカつく組織や賞金首でも討ちとりたい、これまで誰も達成できなかったクエストへの挑戦、伝説の秘宝や真偽の探求。この広い世界、探せば面白そうなことぐらい星の数ほどあるであろう?」
「な……おいおい、マジかよ。ジジイ……数百年も封印されていたくせに、目覚めていきなりそんなことほざくのか? どんなロマンティストだよ」
「ぐわはははは、ロマンに世代も種族も関係あるかい! それに幸か不幸かワシらは居場所のない身。それはすなわち、しがらみもなく、誰にも文句を言われる筋合いのない自由奔放な身。なら、世界を自由に生きて何が悪いッ!」
このとき、ジオは目の前で瞳をキラキラさせて自由を語るガイゼンに圧倒されそうになった。
まるで、夢を抱いた子供がそのまま屈強な老人になったような感じだ。
そんな子供みたいな話に、どこか心が揺れ動いている自分も居ることを、ジオは否定できなかった。
(おいおい、なんだよこのジジイ……バカだが……ギラついてんじゃねぇか……)
ガイゼンの持つ強烈なインパクト。
かつて自分もそうだったかと思えるぐらいに、ギラギラして、それでいて燃えるような生命力。
やさぐれていた今の自分には逞しく見え、それでいて自分の小ささを感じさせる。
「…………」
それは、死にたくても死にきれずにここまで来たマシンにとっても同じだったのだろう。
何か思いつめたかのように、しかし何かを感じ取っているように、ガイゼンの言葉を聞いていた。
「けっ、つまり俺に冒険者チームの仲間になれってか? 将軍まで上り詰めたこの俺に、その日暮らしの流浪人みてーな輩になれとは、甘くみられたもんだぜ。テメエが俺の部下にでもなるんだったら、考えてやってもいいがな」
だが、ジオ自身はどうしても素直になれず、鼻で笑いながら憎まれ口を叩いた。
相手は、神話に名を残すほどの怪物。
そんな条件を了承するはずがないと分かり切っていたジオだったが……
「ん? つまり、チームを組む場合はウヌがリーダーをすると? 別にそれは構わんぞ?」
「って、うおおおおおいいっ!!??」
部下という意味では少し違うかもしれないが、ジオを頭に据えることに、ガイゼンは何の迷いも無くアッサリと了承したのだった。
「……あの、闘神ガイゼンが……」
「いや、あの、僕……いま、スゲーやり取りを目の当たりにしてるんだけど、本当にここに居ていいのか教えて欲しいんで。てか、ほんと怖いから帰らせてほしいんで」
流石に、ガイゼンのノリにはマシンもチューニも驚きを隠せずにうろたえた。
「だってお前、大魔王に下剋上恐れられたとかいうぐらいだから、地位に固執してんじゃ……」
「ぬわ~に、別にそんなこだわることでもあるまい。地位や名誉なんぞ、現役時代に十分に得たし、今さら欲しいとも思わん。それに昔も、ワシはそんなものに興味もなかったが、スタートのクソガキが勝手にビビっただけじゃわい。まっ、今はただ……自由にはしゃぎたい。それだけじゃ」
「い、いやいやいやいや! だからって、伝説の男が簡単に人の下に付くとか言うなよな!? つか、何で俺なんだよ! 別に自由にしたけりゃ、それこそ一人で自由に勝手気ままに生きりゃいいだろうが!」
「ふむ、なんでか……その理由は二つしかないな。単純に、ウヌが面白そうなのと……」
神話に登場するほどの伝説の怪物。
その男が、誰かの下についてでも、誰かと共に生きたいと思う理由。
その理由を、ガイゼンは何の恥ずかしげもなく堂々と大声でぶちまける。
「一人じゃ寂しくて、つまらーーーーーーーーーーーーん!」
そのあまりにもストレート過ぎる理由に、ジオたちは額をテーブルに打ち付けてしまった。
「おま、それが理由か?! そんなのが理由か!? 伝説の男が一人は寂しいとか、つまんないとか言ってんじゃねーよ!?」
ガイゼンのあまりにも単純すぎる理由に、ジオも呆れて物申さずにはいられなかった。
だが、ジオが怒鳴った瞬間、ガイゼンは少し真面目な顔をして……
「そうかのう? 一人は寂しくてつまらない……意外とバカにできないものだと、ウヌにはよく分かるのではないか?」
「ッッ……」
「孤独との戦いは……意外と、魔王や勇者と戦うよりつらいもんじゃと……そう、思わんか?」
ガイゼンの言葉に、ジオも思わずハッとなった。
そう、孤独というつらさは、確かにジオも苦しいほど分かっていた。
「まぁ、本来ならめんこいオナゴと一緒に旅するのもいいのじゃろうが、こうして自由に生きられるのなら、一人のオナゴに固執するのではなく、土地土地のオナゴと一期一会の一夜を過ごしてみるのも楽しそうじゃしな♪ それに、男同士の方が旅の途中でも遠慮しなくてよいじゃろう!」
「……ったく……なんつージジイだ……なんか……色々考えるのがバカらしくなる……」
そして同時に、認めたくなかったが、気づいてしまった。
目の前の男は、とても大きな器で、それでいて自分の痛みを分かってくれているということを。
「……ちっ……まっ……暇だし……試すくらいなら……」
少しだけ、ジオも気持ちが軽くなった気がした。
気づけば、ガイゼンの勧誘に乗ってしまっていた。
そして……
「おい、で……マシンっつったな? テメエはどうする?」
「なに?」
「お前も俺たちと来るかって話だよ」
「な……自分も……かっ?」
「まっ、話の流れでな……」
自分は乗るが、お前はどうする? ガイゼンの言葉に何かを感じ、黙って聞いていたであろうマシンに、ジオは尋ねた。
「……どうして……」
「別に理由なんてねーよ。ただ、このままジジイと二人旅ってのもやだしよ」
「おお、よいではないか! どーせ、もう勇者のチームに戻れんのだったら、魔族と行動しても問題なかろう」
マシンを誘うことにガイゼンも異論はないようで、嬉しそうにガイゼンはマシンの肩を組んだ。
「悪い話じゃないぞ? ウヌがワシらのチームは入れば、ウヌはこのワシと同じ……チームのナンバー2じゃ! 今なら副リーダーのポジションじゃ!」
「……あなたが一番強いのにか?」
「ぐわははははは、確かにそうじゃな、ぐわはははははは!」
ガイゼンの豪快さに、マシンもどこか気が楽になったのか、少しだけ表情が和らいだ。
しかし、すぐに顔を顰めて……
「ジオ……ガイゼン……自分はかつて仲間に危険視されて……切り捨てられた」
「ん? ああ、らしーな」
「自分は……もう二度とかつての仲間に顔も合わせられないが、それは仕方のないこと。ただ怖いのは……また誰かと繋がり……そして、切り捨てられないかということだ……」
マシンは自身が抱いている恐怖を語った。また、悲しみを繰り返してしまわないかという恐怖だ。
だが、そんな想いに対し、ジオは鼻で笑った。
「けっ、俺らは仲良しの友達ってわけじゃねーんだから、別にいーんじゃねぇのか? 簡単に切り捨てられて、いざというときに迷わずぶっ殺せるような関係でもよ」
「……なに?」
「チームを組んで、一緒に何かをする。それだけだ。別に、俺たちは互いの命や背中を助け合うわけでも、共に何かの正義や信念を掲げて共有し合う同志でもねぇ。いざというときは、アッサリ縁切りできるぐらい薄っぺらでも、いいじゃねーかよ」
「……そう……なの……か?」
「ああ、それに……」
それに……。そう呟いて、ジオも少し恥ずかしそうにソッぽ向きながら……
「俺ももう、仲間だ友だ、絆だ友情だってのには……こりごりなんだよ。裏切られるのもな。だから……それなら最初から仲間じゃねーほうがいい。仲間にならない仲間になろ……ん? あれ? えっと……よくわかんねーけど、そういう関係だ!」
ジオもまた、仲間を新しく作るのも、また裏切られるのも怖かった。だからこそ、割り切った関係でいたい。そう答えた。
すると、ジオの要領の得ない不器用な説明に、マシンは……
「……あは……な……なんだそれは? ははははは……」
無表情だったマシンが、初めて笑った。
マシン自身も気づいていないのか、いつぶりなのかも分からないが、マシンは初めて純粋に笑っていた。
「ぐわははははは、バカじゃバカじゃ! ま、そうじゃな! ワシらは仲間というよりは……一緒に何かを企む、悪友ぐらいが丁度よいかの?」
「テメエにバカと言われたくねーんだよ!」
「よいではないか! のう、マシンよ。死にたがりでも、今は生きておるんじゃ。どうせなら、もうちょい弾けるぐらい生き切って、生きている証でも立ててから死ねい」
ガイゼンも機嫌良く笑い、ジオとマシンの肩をバンバン叩き……
「……ふっ……ああ……なかなか死ねぬのだから……そうしてみるのも悪くないかもしれないな……」
マシンもスッキリしたような顔をして、頷いた。
そして……
「よし、チューニよ。ワシらで冒険者登録したいんじゃが、手続き教えてくれ」
「えっ、あ、ああ……えっと、それは、どこの街でも……『身体魔能力測定』で一定の数値以上だったらとりあえずは……」
「測定? なんじゃ、そんなもんがあるのか?」
「そりゃー、戦後の就職難で元軍人や傭兵崩れ、無職の魔族とかが溢れてるから、最低限の基準を求めないと、冒険者飽和が起こるからということで……」
やるべきことが決まれば、次は手続き。
この中で一番、現在の情勢や常識に詳しいチューニから説明がされる。
そして……
「とはいっても、ワシらは大丈夫じゃろうが……チューニ、ウヌは……」
「……はっ? ……何で僕?」
「はっ? …………だって、ワシら三人がそういった基準をクリアできぬはずがなかろう。しかし、ウヌはヒョロそうじゃから、クリアできるか心配だったが……うむ、ウヌも大丈夫じゃろう」
「……いや、だから……なんで、僕?」
「なにって、これからワシら四人で遊ぶんじゃろ?」
「…………?」
チューニも無理やりメンバーに入れられたのだった。
チューニは断りたかった。
しかし、逃げられなかった。