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第六十九話 チョロ

「あ~、クソ! なんで俺がこんな目に! あのクソジジイ、今に見てやがれ!」


 ガイゼンに有無を言わさずに放り投げられ、自身の意志とは無関係に空を駆け抜けるジオ。

 抵抗のしようもなく、ただ勢いに身を任せていながらも、ガイゼンに対する愚痴だけは止まらなかった。


「だいたい、あんな女どうなろうがどうだっていいだろうが……あいつは……大魔王の……」


 そもそもなぜ自分がこんなことをしなければならないのか? 相手は憎き大魔王の血を引く者だ。恨みこそ持てど、お節介な気を使う必要などない相手である。

 しかしそれでも、ガイゼンは些細なことだと笑い、そして自分もまた本気で拒否すればできたはずが、アッサリとこの役目を受け入れてしまい、自分自身に対してもジオは少しだけイラついていた。


―—ねーちゃん……


 イラつく原因は分かっている。魔に落ちたメムスのために涙を流すロウリと、そのメムスを連れ戻そうとする村人たち。

 その姿が……


――ジオ……ごめんなさい……


 決別した過去を嫌でも思い出させるからこそ、ジオはイラついていた。

 

「……おっ……見つけた。まったく、随分とドンピシャでコントロールもいい……バケモンか、あのジジイは? いや、バケモンでいいのか……」


 そのとき、徐々に投げられた勢いが失速し始めそうになった瞬間、先ほど見た黒い翼を羽ばたかせた魔族の背が見えてきた。

 まだ飛び慣れていないであろうぎこちない翼の動きゆえ、簡単に追いつけたのだろうと思い、ジオが声を上げようとしたとき、ジオはあることに気づいた。


「ん? そういや……どうやって止まれば……」


 投げられたまま飛ばされてきたジオ。だが、ジオは空を自由に飛ぶことは出来ない。

 なら、このまま……


「ちょ、おま、ぶつか―――」

「えっ!? ……あ……」


 そのとき、ようやく自分の後に迫った気配に気づき、メムスが泣き顔のまま振り返りそうになった瞬間、もう遅かった。


「ごへっ!?」

「きゃっ!? こほっ!?」


 背中に衝撃を受けて、メムスが思わず咳き込む。


―――ムギュッもみ♪

 

 勢いよくメムスの背中に激突するジオは、無我夢中で腕を伸ばしてメムスの体にしがみ付く。

 

「あっ……」

「あ、んつっ!?」


 ジオのその伸ばした手は、正に隙間を縫うようにメムスの服の隙間を滑り込み、片手はメムスの胸を鷲掴み。

 

「…………こ、れは……」

「んひっ!?」


 もう片方の手は、メムスの下半身の、下着の中に滑り込み、掌で『何か』を擦った。

 

「ふぇっ!? な、なに!? ジオどこからなんで!? あんっ……ッ!?」

「ま、まて、メムス……お、俺ガイゼンに投げられお前に聞きに来たのでワザトジャナイやわらか久々女のチチマタシリ!?」


 泣きながら、何故か自分の肌に触れ、しかも後ろから羽交い絞めのようにされて、更にメムスの尻に固いナニかが押し付けられ、思わずメムスから艶っぽい声が漏れた。

 そしてジオもまた、女の生肌に、特に生の胸などに直接触ったのは数年ぶりであり、思わず全身の血がナニかに集中した。


「ひゃ、や、やめ、われになにするーーーーー!」

「うご、や、あばれん、ちょっ!?」

「ど、どこさわって?! ちょ、なんか、我の尻にあたって、んはっ?!」

「ちょ、手ェどかすから、いったん落ち着きなさい!」

「ふぁっ?! つ、翼がッ!? んひっ!?」


 それは、生娘のメムスが生まれて初めて受けた感覚であり、生れて初めて他人に触れられた場所であり、無意識で身を捩じらせて暴れた。

 だが、ジオに背中から強くしがみ付かれているため、翼もうまく動かず、二人はそのまま失速して、山のなだらかな中腹に落下し……


「ちょっ、ぐっ、おりゃっ!」

「んひっ!?」


 このままでは二人とも頭から落下してしまう。ならば、態勢を変えなければと、ジオは無理やり空中でメムスの背中から正面へと回り込んだ。


「おら、これで大丈夫だろう!」

「……え? もごっ?!」

「飛べええええ! イケえええええ、もごっ!?」

「もごもごもひいいい!」


 ジオもあまりにも無我夢中であったため、メムスの正面に回り込んだものの『互いが上下逆さまの状態』になってしまったが、それでもこれならメムスの背中は自由になる。

 メムスは何かを顔に押し付けらて思わず嗚咽するが、それでもこのまま落下すれば二人とも危ないと本能で理解して、背中の翼を羽ばたかせ、ようやく落下していた二人は減速する。


「ふ~……もご……もご!? もごごもごっ?!」


 なんとか地面直撃ギリギリで減速して、ゆっくりと背中を地面に降ろすメムス。

 だが、直撃は免れたものの視界が真っ暗になり、同時に何かが喉の奥まで突き刺さる感覚に窒息させられそうになった。


「んおごっ!? 白っ!? なにこ、ぬれ? な、ん、あったか、湿……?」


 一方で、ジオも何とか無事に着陸できたのだというのは分かったが、メムスに体を密着させて顔をどこかに押し付けていたために、ソコがどこなのか分からず、ただモガモガしていただけだったが、ようやく落ち着いて顔をゆっくり離すと、目の前には真っ白く細く綺麗な太ももと、三角形の白い布が目に入り……


「んぐっ!? ……な、えっ?」


 自分の体の下の方から昇りつめる奇妙で懐かしい快感に襲われ、ゆっくりと視線を下に向けると、自分の下半身がメムスの顔面に覆いかぶさっていたことに気づき……


「…………メムス……」

「こほっ、かはっ……ごほっ、ごほっ……はあ、はあ、ジオ……」


 体を上げてメムスの顔から自分の体をジオが離すと、メムスは顔を紅潮させてトロンとした顔でうつろな目をして……


「ジオ……って、なんで我の顔の上にお前は跨っている!?」

「ッ!??」


 ――ブスリッ!!


 そのとき、メムスがハッとして顔を起こす。しかし、その時だった。

 ブスリとメムスの額の角が、ジオの尻に突き刺さった。


「お、おごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!??」


 後になってジオはこの時のことを振り返り、「もしほんの少しずれていたら、とんでもないところに突き刺さっていたというか、入っていた」と気付き、「まだ運が良かった」と思うようになる。

 だが、今の時点では感じる痛みの方が重要であり、ジオは飛び跳ねてそのまま地面を転がってのたうち回った。


「わ、わ、ジオ!? あ、いや、我はワザとでは……いつもより角が伸びていたことを忘れてて……」

「いっ……な、なんで俺が……ご、……」

「……ぐっ……あ~、もう……なんなんだ……なんなんだ、もう……」

 

 この直前まで、この世の全てに絶望して発狂していたというのに、いきなり現れたジオとのこの数秒で頭を抱え、メムスはバカバカしくなって足を抱えて蹲って顔を落とした。


「はあ、はあ……ったく……俺もなんなんだよと言いたいが……とりあえず、悪かったな。だが、追いついた……」

「……ふん……」

「おい、聞いてんのか? テメエの所為でぶん投げられたんだよ。分かってんのか? つか、無視してんじゃねえよ、顔を上げろ。あと……色々と触ったり押し付けたり……まあ、色々とすまんかったな……」

「…………」

「とにかく、何があったかはお互い忘れようぜ?」


 痛む尻を押さえながら、蹲るメムスに歩み寄るジオ。

 すると、メムスは投げやりな顔を上げて、ジオを見つめ返した。

 

「で……真面目な話をするが……てめえはどうすんだ? このまま逃げるか……それとも戻るか……それとも、まだ答えが出ないままか?」

「…………」

「妹にも会わせる顔がねーのかもしれねーが……決別するならするで、ハッキリさせることだな」


 回りくどく言わず、ジオは今のメムスはどう思っているのかを正直に聞いた。だが、メムスはジオを睨みつけて立ち上がり、


「ダマレ……先ほどのことは忘れてやる。だから……もう我に関わるな……失せろ……」


 拒絶し、そのまま背を向け、山中の奥へと消えようとしていた。

 その言葉を受け、背を見て、ジオも溜息を吐いて、



「あ~、そうかい。まっ、それがお前の選んだことなら、勝手にしろよ。村の連中には……テメエらと二度と一緒に住みたくねえ、探すんじゃねえ、クソ野郎どもとでも言っておいてやるよ」


「ッ……」


「泣いてたお前の妹にも、ギャーギャーうるさい妹とも一緒に居るのが嫌だ、テメエの所為で姉ちゃんは家出したんだとちゃんと伝えておいてやるから安心しろ」



 そう告げて、ジオもメムスを追いかけずに背を向けて帰ろうと足を踏み出そうとした。

 だが、そのとき、慌てたようにメムスが叫んだ。


「ち、違う! 我はそのようなこと言ってはいない! ま、待て!」


 そのとき、背を向けながらジオは「チョロ」と呟きながら口元に笑みを浮かべていた。


「皆と一緒に居たくないはずがない……ロウリの所為なはずがない……我が……ただ……我が……」


 それ以上はどうしても言葉を言いきることのできないメムスであった。しかし、もうそれだけでジオには十分だった。

 自分とメムスは違う。それがジオにはハッキリと分かった。

 もう、一緒に居ることが出来ない。一緒に居たくない。そう思って過去と決別したジオ。

 本当はみなと一緒に居たい。そう思うメムス。

 なら、それでもう答えは出ているとジオは分かっていた。


「……なあ、ジオ……我は……こんな姿になってしまった……教えてくれ……我は……我は、普通の人間なのだろうか?」


 すがるように自身の体を見せるメムス。異形と化した片腕や、漆黒の翼、悪魔の尾。それでも自分が人間かと問うメムスに、ジオは……


「……いいや。バケモンだ」

「ッ!?」


 ハッキリと現実を突きつけた。

 その言葉に、支えていた心が粉々になったかのように、メムスは震えながら自分の唇を噛み締めた。


「あっ、わ、我は……や、やはり、……人間では……」

「そうだ。お前は人間じゃねえ。だからと言って、普通の魔族とも違う。人と魔の血が混じり合い、それでいてその流れる血は……かつて、魔界を支配した王の血族」

「ッ……うっ、……うっ……」

「さっきも見ただろ? 意識せずに人の頬を撫でるだけで傷をつけ、お前が少し癇癪を起して力を解放すれば、たいていのものを壊すことだって出来る。そんなお前が普通の人間? 笑わせるな。テメエだって本当は分かってるはずだ。いつまでも夢見てんじゃねーよ」


 どれだけ人間であろうと望もうと、人間ではない。

 そのことの意味を誰よりも知るジオだからこそ、メムスに半端な綺麗ごとは言わない。そこをボカして現実から目を背けさせない。


「お前は……」

「や、めろ! やめろやめろやめろーっ!!!!」

「ッ!?」


 その瞬間、その言葉を強く拒絶するメムスが魔の手を勢いよく振り回す。

 地が裂け、木々が折れ、吹き荒れるかまいたちがジオの体を切り刻む。


「……ほらな……」

「あっ……す、すまな……こ、これは……」


 その攻撃をジオは避けることなく受け止めた。衣服や肌が切れて血が滲み出て、しかしそれでも揺るがずにメムスの正面に立った。


「力をたやすく解放できるようになった以上、お前はもうこれだけで村人の奴らを殺していた」

「ッ……やめて……くれ……もう……」

「改めて言うぜ。現実を見るんだな」


 その瞬間、メムスは膝から崩れ落ちてしまい、ただ涙を流すしかなかった。


「どうして……我がこんな……我はただ……ただ、今までと同じ生活をしたいだけ……それなのになぜ……」

「……ああ。だが、言っただろ? 宴の席で……」

「世の中が……我のために回っているわけではないから……だから、仕方がないと……」

「ああ。運が悪かったな」


 泣きごとのように発せられるメムスの言葉。それに対してジオは「運が悪かった」と言うしかなかった。


――自分はこうしたい。こう生きたい。ずっとこのまま……そういう気持ちなんてちょっとしたことで台無しにされる。戦争でもそういう奴らがたくさん死んだし……戦争の無い時代だって……ふとした瞬間に、全てを失う。そして、不運なことにそれは決して特別なことじゃねーってことだ。誰にだって起こりうることさ。


 その誰にだって起こりうる不運が今日起きた。それだけのことだと、ジオはそう言い放つしかなかった。

 だが、そのうえでジオはメムスへと歩みより、言葉をぶつける。



「でもな、メムス……こうやって泣いて、いじけて、暴れて当たり散らすのは構わねーが……それはそれとして、ちゃんと現実や自分自身を見つめなおしたうえで、お前は改めて自分がどうするのか、どうしたいのかを決めなくちゃならねえ」


「ジオ……」


「お前は子ども扱いされるのを嫌っていたが……大人になるってことはそういうことなんだと思うぜ? ン法がどうのこうのじゃなくてよ……お前は、今こそ本当に大人にならなきゃいけねーんだよ」



 それはジオが自然と口から発することのできた言葉であった。泣いて、いじけて、当たり散らして、そしてそこから気の合う奴らと出会って、その上で自分が何をしたいのかを決めた。

 ならば……


 

「だが……それでも……まだ、泣き足りねえ……いじけたりねえ……暴れたりねえって言うんなら……」


「ッ!?」


「オルアアアアアアアアッ!」



 ならば、これも何かの縁だと諦めて、今度はその役目は自分がやってやろうと、ジオは自身の異形の手から発する魔力の衝撃波をメムスにぶつけて吹き飛ばした。


「うぐっ、……じ、ジオ?」

「女なら抱いてあやして手籠めにしてやるが……子供はそういうわけにはいかねー。せーぜー、スッキリするまで遊んでやるよ! 俺はいつもこうやってきた」


 とりあえず一度暴れてスッキリしろ。それがジオなりの激励でもあった。


「ふざけ……いきなり何を言い出すかと思えば……我はそんなものに付き合う気など……」

「つーか、昼間からムカついてたんだよ、お前には。偉そうに人に命令ばっかしやがってよ。そのうえ、村を襲ったドラゴン退治までしてやったのに、お前も含めて村人全員で人を変態呼ばわりだからな。つーか、さっきの角でもし穴に入ってたら、俺でも死んでたぞ!? 変なもんに目覚めたらどうしてくれんだよ!」


 たとえ、メムスが気乗りしなかろうと、それならそれでとジオはワザとらしい邪悪な笑みを浮かべて……


「あ~、そうだな。人を変態呼ばわりで歓迎もしてくれねえ……もう、いっそのことムカついたから村人全員ぶっ殺してやろうかな?」

「ッ、きさま、何をッ!!??」

「カイゾーの首も獲る。そもそもあいつには昔やられた借りだってあるし、なんなら全員皆―――――」

「な、に、を……何を言っているんだ貴様あああああ!」


 その瞬間、吹き飛ばされたメムスが木を強く蹴って、翼を広げてジオへと猛然と向かい、力任せにその拳でジオの頬を殴りつけ……



「……やっぱ……チョロ……」



 殴られながら、ジオは呆れたように、またそう呟いた。


こんな作者でも尻ア……シリアスだって書けるんです。あと、ジオとメムスがどういう態勢で落下してしまったかが、作者の描写がヘタクソすぎて分からなかった人に大ヒントです。この話は何話でしょうか?

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書籍書影(漫画家:ギャルビ様) 2022年4月6日発売

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