第六十七話 王の血族
「ぐっ、このままでは……」
「でゅふふふふふ、コンめ~、ちゃっかり自分は二人きりでしっぽりしようとは生意気なのだ!」
このままでは全てが混沌の渦に飲み込まれてしまう。
「さあ、どいつもこいつも、弾けて混ざるのだ~!」
乱れ狂った女たちに襲われる男たち。何もできない自分。
どうすればいい? カイゾーは膝をついてポルノヴィーチを睨むことしかできなかった。
すると、その時だった。
「でゅふふふふ、とはいえ……本当に見たいのは、この先なのだ」
と、ポルノヴィーチは満面の笑みから、少しだけ真面目な顔とトーンでそう呟いた。
「解放された本能により、眠っていた真の力が解放される……ならば……お前はどうなるのだ? わらわはそれが見たいのだ!」
カイゾーはこのとき、ポルノヴィーチが誰のことを言っているのかは分からなかった。
だが、すぐにハッとなった。
暴れ乱れ狂う女や九覇亜たちばかりに気を取られてしまっていた。
「メム――――――」
彼女を守るべきはずが、他のことに気を取られてしまっていた。
慌てて彼女の名を叫ぼうとした瞬間……
―—ダマレ
「「「「「「ッッッ!!!???」」」」」
そのとき、全身が震え上がるような寒気が襲った。
「……えっ?」
「……わたし……なにを?」
「あれ?」
「ウチは……ぐっ、ババアの魔法に……でもどうして?」
「……あれ? ムコ?」
そして、次の瞬間、村全体に異変が起こった。
なんと、正気を失っていた女たち、九覇亜も含めて全員が急に興奮が冷め、正気を取り戻したのだ。
「っ、きったね……顔が……にしても、なんだ? 急に……それに今の寒気は……あ? 手に……汗が……」
ジオにじゃれていたオシャマも、ビクッと体を震わせて、目を大きく見開いている。
オシャマに顔を舐め回されて押し倒されていたジオも、急に落ち着いたオシャマや村の女たちの様子を不思議に思いながら体を起こす。
そして、起こした瞬間、手に汗をかいていたことに気づいた。
すると、突如女たちが正気に戻ったことに対して、ポルノヴィーチは驚くどころか、むしろ嬉しそうに笑っていた。
「でゅふふふふ、想像以上なのだ。理性を失った怪物たち……獣と化した女たち……それを正気に戻すのは……それらを遥かに上回る……圧倒的な力と恐怖なのだ!」
本能のままに暴れる獣を落ち着かせるには、その本能が塗り潰されるほどの圧倒的な力と恐怖。
それを放ったのは……
「はあ、はあ……高まる……溢れるぅ……熱く滾る……衝動が……抑えられぬぅ……我の……」
禍々しい闇の塊に包まれた何か。
深く、色濃く、全てを染め上げる存在。
「ッ!!??」
その存在に皆が気付いた瞬間、その場に居た全員がその圧倒的な闇に腰を抜かし、九覇亜も、そしてジオすらも戦慄した。
「こ、この感じは……似ている……俺の時と……いや、それ以上か!?」
目の前の闇に対し、ジオは自身が怒りによって魔に落ちた時を思い出し、そしてそれ以上の力を感じていた。
「……なんともまあ……この感じ……懐かしいわい……」
「ガイゼンッ!?」
そのとき、全身にキスマークを付けられた全裸のガイゼンが歩み出てきた。
いつもなら、全裸のガイゼンに「前を隠せ」とツッコミ入れていたが、今はそんな状況ではない。
ガイゼンはただ、切なそうに闇の塊を見つめながら、
「間違いない……覚醒しおったわい。リーダーのような魔人族……その中の更なる上位種……全ての魔の頂点に立つ……『悪魔族』の魔力。このワシですら……寒気がするわい」
その言葉を聞きながら、ジオもまた切ない気持ちになりながら闇の塊を見つめた。
「……俺たち半魔族は……人間にも魔族にもどちらにも転びうる……そして、俺は魔に近い方に転んじまった……怒りと憎しみという本能を解放したことで。あいつは……こんなくだらねーことで……」
そして、闇が収縮し、それを纏うように中から現れたのは……
「我の衝動……どうして抑えられようか!!」
額に一つだけ短く伸びていただけの角が、更に鋭く伸びていた。
畑仕事で土にまみれていた女の手は、片方だけ禍々しい魔族の腕と化し、更にその背には漆黒の翼。
後ろから伸びる、細く長い悪魔の尾。
「素晴らしいのだ……これぞ……これぞ、王の血族!」
これまで笑みばかり浮かべていたポルノヴィーチも、ここに来て初めて額に汗を流して引きつった笑みを浮かべていた。




