第六十四話 迷惑
ポルノヴィーチの目的とは何か? 何故、この国を支配したのか?
今のコンたちならば、容易く明かしてくれるだろうと思ったガイゼンだったが、その問いに対してはコンとイキウォークレイは蕩けた表情から一変してマジメな表情になり、
「「言えません」」
「ぬっ?」
そう答えたのだった。
先ほどの降伏同様に軽い気持ちでと思ったが、それだけは二人は明かさないという態度を示した。
「たとえ、殿方に身を委ねようとも、私たちには義理があります。こんこん」
「そうだ。それに、これを明かすことは、ポルノヴィーチ様だけでなく、全ての『魔族の女』たちに関わること。たとえ、強姦されても明かさない。明かさないぞ? ダーリン。試してみるか? 強姦……で、でも、は、ウチは、は、シュルルル、や、優しくを所望するが……」
使命は全うしなくとも、自分以外の者たちが不利益になるような話はしない。
その線引きだけはハッキリと二人は示した。
「ほう……なるほどのう。悪の組織と思いきや、慕われて集っているようじゃな……。オシャマもそうか?」
「ん。ボスは優しくていいひと。魔族の女の子が安心して暮らせる、りそー国家を造るって言ってたし……」
「そうか……ん?」
そのとき、話の流れでオシャマに話を振ったガイゼンだったが、オシャマはサラリと聞き捨てならない言葉を口にして、コンとイキウォークレイは口をあんぐりと開けて……
「「それをアッサリと言ったらダメでしょーーーー!!」」
「……?」
二人が気持ちを示したのに、そのことの重要性を全く分かっていなかったオシャマがアッサリとポルノヴィーチの目的を話したのだった。
「お前……」
これには、ジオも自分膝の上で寛いでいるオシャマに呆れ、コンとイキウォークレイに同情してしまった。
とはいえ、「理想国家を造る」と言われても、それだけでは流石に要領は得ない。
だが、そんな状況の中で次に口を開いたのは……
「それを知って……どうされようというのですかの?」
「ん?」
「ポルノヴィーチの野望……知って、どうされるつもりか?」
それは、曲がった腰で、若者たちに支えられながらゆっくりと前へ出てきた、「おばば」と呼ばれる老人だった。
意外な人物が出てきたことに若干驚いたガイゼンだったが、オシャマの頭を撫でながらその問いに答える。
「見極めるためじゃ。ワシの子孫を預かる奴がどのような器かのう」
「……見極める……?」
「うむ。最初はワシも、そやつが気に食わん奴なら、そいつをぶっ飛ばしてウヌらを解放してやってもよいぐらいの気持ちじゃった。しかし、この隔離地域を見ていると……特に支配されてはおらず、ここはここで世界が成り立ち、ウヌらも現状に満足しているようだしのう。実際、カイゾーとメムスの問題がなければ、ウヌらはここでの生活にそこまで不満はないのでは?」
村人たちは支配され、隔離され、そして世界と隔絶された場所で飼い殺しにされている。
そう思っていたジオたちだったが、僅かな時間だがこの村に関わって感じたことは、ガイゼンの言うように、「村人たちは別にこの地での生活に不満はない」という印象であった。
すると、村の長老と思われるおばばは、少し複雑そうな表情で頷いた。
「確かにそうかもしれぬ……十数年前……この地に、ポルノヴィーチ率いるウーマンダムが現れ、一瞬でこの国を制圧したときは……ワシらはもう殺されると思っておった。自然との調和を目指して他国との関係も極力避けておったハーメル王国は……下手したら山賊風情に襲撃されても滅ぶほど弱く、細々と生きていた国じゃった。しかし、ポルノヴィーチがこの国を支配し、ワシらは完全に隔離された一方で……この村の外でポルノヴィーチ率いる強力な戦士たちが住み付き、更には他国の要人をうまく篭絡することで……この国は戦争や賊などの襲撃に怯えることなく、気づけばワシらは恐怖を感じることなく、安心してのどかに暮らせるようになっていましたのじゃ」
それは、おばばだけの気持ちではなく、この国が支配された時から居た村人たちは皆、同じような気持ちだと頷いていた。
「国王様たちも、ポルノヴィーチたちの傀儡のような扱いをされてはおりますが、たまに視察で村に訪れられた際は、特に何かヒドイことをされているということもなく、おだやかな表情をされております……」
確かに外の世界と隔絶されたかもしれないが、元々他国との交わりを積極的にしていなかった国民にとっては大きな実害はなく、むしろそれでよかったのかもしれないと思っているようだ。
しかし……
「もし、メムスの問題さえなければ……これからもポルノヴィーチの望むままにしてもよいと思っておる……」
そこで、おばばは「これだけは譲れない」そう言って、メムスを見た。
「しかし、奴らはメムスを求めておる。そうである以上、ワシらはポルノヴィーチに抵抗する意思は捨てぬ」
メムスは渡さない。おばばは年老いて弱りきった体でありながら、その瞳だけは強い決意を秘めていた。
そのとき、おばばの話を聞いていたジオが提案してみた。
「……おい、コン。そのポルノヴィーチが、メムスを諦めるってことはないのか?」
「それは、ありえませんね。これほどの好カードは是非とも手元にと思っておりますし……こんこん」
「じゃあ、例えば……メムスを諦めたら、これからも好きにさせてやる。おまけに、カイゾーとも結婚させてやる。そう言えばどうだ?」
「ッ!?」
「七天のカイゾーだけじゃなく、こっちにはガイゼンも居るって分かれば、そいつもあんま手荒にはできねーだろ? おまけに、お前ら負けてるし」
するとその瞬間、カイゾーは目を大きく見開いて、慌てて身を乗り出した。
「ちょ、暴威よ!? な、何を言っているゾウ!?」
「あっ? だって、それで向こうが納得するなら、それが一番丸く収まるんじゃねーのか? 村も変わらず、メムスも変わらず、お前は結婚」
「いやいやいやいや、ちょっと待つゾウ!? なぜ、小生がポルノヴィーチと夫婦にならねばならぬゾウ!?」
「別にいいじゃねーか。あんたも元将軍なら、そういった政略結婚だって珍しくねーだろ?」
「問題大有りだゾウ! いかにメムス様のためとはいえ……うぐっ、あ、あやつとなど……あやつなどぉ……」
ジオの提案にカイゾーは心底嫌そうに拒否する。よほど、ポルノヴィーチが嫌なのか、必死の形相である。
とはいえ、ガイゼンに無理やり子孫を押し付けられたジオは、もう「他人の結婚など知ったことか」と態度を変えない。
「なあ、コン。そのポルノヴィーチはそこまでブスなのか?」
「いいえ。とてつもなく可愛らしい方です。これまでボスの姿を見た多くの殿方は、その容姿といやらしさに、涎垂らしてハアハアしておりました」
「そっか。なら、いいじゃねーか?」
ブスでないなら、尚更いいではないかと軽い気持ちで告げるジオだったが、カイゾーは顔を青ざめさせて頭を抱える。
すると……
「……なあ、ジオ……」
「ん?」
そのとき、先ほどのオシャマとの激しい口論から、ずっと黙ったままだったメムスが不安そうな表情でジオの裾を引っ張った。
「実際……我はどうするべきだろうか?」
「……?」
「我はここに居たい。しかし……みんなやカイゾーに迷惑をかけるわけにも……」
これまで自分の意思を示していたメムスがそう尋ねた。
「……宴の時、お前は我に言ったな? 世の中は我のために回っているわけではない。我の意志がどうであれ、それを汲んでくれるほど世間は優しくない……と」
「ああ」
それは宴の時、コンたちに邪魔される直前まで話していたこと。
「今回は助かった。だが、これから……昼間のようにカイゾーが負けて……今回だってお前たちが居なければ、我もカイゾーも……だったら、我も……皆に迷惑をかける前に……」
これから先も何があるか分からない。
ジオたちのような強さを誇る強者が今後、ポルノヴィーチに雇われてカイゾーを倒したら?
今回は助かったが、また襲撃されたら?
そうなれば、メムスもカイゾーもこの村もタダでは済まない。
これまでの話を聞いていて、そして今日の出来事を踏まえて、メムスもそれを実感したのだろう。
「お、おい、メムス!」
「メムスちゃん、そんなこと言うのはやめて!」
「そうだ。俺たちは、家族は売らねえ! 絶対にだ!」
「お前を不幸にさせてまで、生きようって奴はいねーよ!」
メムスが口にしそうになった言葉を、村人たちが一斉に遮る。
そんなことを言うんじゃないと。
だが、そんなメムスに対し、ジオは……
「はっ? 迷惑をかけるのが嫌だったら、さっさと降伏して身を差し出せよ。お前の存在はとっくに迷惑なんだから、今更だろうが」
「んなっ!!??」
「「「「「ちょっ!!!???」」」」」
どんなに綺麗ごとを言おうとも、メムスの意思がどうであれ、その存在が今回の問題を引き起こしていることに変わりはない。
「つかな! 人を散々こき使ったり、変態呼ばわりまでしておきながら、いきなり殊勝な顔して人に意見求めてんじゃねーよ! 俺だけでもお前は迷惑なんだから、この村の奴らからすればお前の存在なんてもっと迷惑なんじゃねーの?」
だからこそ、そこは誤魔化さずにジオもハッキリと言う。ただし……
「まあ、しかし……その迷惑を差し引いても……それでも渡したくないって言ってるんだから、お前の迷惑はかけてもいい迷惑ってことで、『それが許されている間』は、そこを汲んでやりゃいいんじゃねーのか?」
「……ジオ……」
「それに、カイゾーも嫁さんゲットできて丸く収まるだろ?」
「ちょ、ま、待つゾウ、暴威! 小生はまだ結婚するとは……」
迷惑なことには変わりないが、それでもメムスを渡したくないと村人が望んでいる以上、それでいいのではないかとジオは告げながら……
――私たちは、仲間でしょ? ジオ。ならば、堂々としなさい。この私が選んだ男なのだから。
――俺たちは、仲間だ! そうだろ? だったら、いくらでも命懸けてやるってんだ!
――半魔族なんて関係ない。ジオは我らの友だ! お前がどれだけ我らのために戦った? ならば、我等もそれに応えるさ!
――ジオ様……エルフの盟約に従い……そして私の気持ちに従い……この身も心も魂に至るまで……あなたのオモチャにしてください。
――隊長が人間か魔族かなど、拙者には些細なこと。生涯お仕えするでござる。
少し昔を……
「っどこいしょおっ!!」
「ッッ!?? な、なんだ? 急に……」
「……いや、なんでもねえ」
思い出しそうになった瞬間、ジオは自身の頬を強く叩いて、それを振り払った。
自分もかつて関わった者たちに、『変わらずに』そう言ってもらいたかったなどというしみったれたことは断じて思ってやるものかと、振り払った。
「……まあ、ぶっちゃけ俺はお前がどうしようがどうでもいいけどよ。ただ、『やっぱ迷惑だからお前出て行け』とかって、村の連中が手のひら返すのが嫌なら、さっさと出て行くってのもアリだと思うぜ? くははははは」
そう言って、邪悪な笑みを浮かべて、ジオは泣きそうになっているメムスの額を指で突いた。
すると、村人たちがそんなジオの発言に怒り心頭。
「な、ふざけんな! そんなこと死んでも言うかよ!」
「何があろうと、メムスは渡さないわ!」
「メムスは俺たちの娘だ! 血筋がどうとか、関係あるか!」
そんなジオのワザとらしい挑発に激しく反応する村人たちに、ジオはどこか切ない気持ちになりながらも、もう一度メムスの額を指で突き
「あっそ……。だそうだ。良かったな。一応、お前は死ぬまで迷惑をかけていーんだとよ。もっとも、実際はいつまで続くかは分からねーけどよ」
「む、ぬ、う……」
「大体、みんなの迷惑になるのが嫌だからとか、ええかっこしーんだよ。子作りも知らねえ、ガキの癖に。この泣き虫バカが」
「おまっ!? う~、だ、って……ぅ……ぅ~……」
なんだか、ジオにやり込められたかのように感じたメムスは、少しむくれたように頬を膨らませるが、同時に少し照れたように顔を赤くした。
「決まりじゃな」
そんなメムスの姿を眺めながら、ガイゼンは微笑みながら手を叩いた。
「では、コンよ。ポルノヴィーチとやらに交渉じゃ。カイゾーと結婚させてやる。嫌ならウーマンダムぶっ飛ばす。そう伝えてくれんかの?」
「って、先輩!? 小生のソレはもう確定でありますゾウ!?」
「か~、小さいのう。嫁の一人二人ぐらいよいではないか。男子三日会わざれば嫁増えるというように、どうせ嫁なんて自然にこれからも増えるんじゃし」
「おかしいゾウ! その諺はどう考えてもおかしいですゾウ!?」
話は決まった。
村人の今の生活を維持するには、ポルノヴィーチにはこのままこの国を支配してもらっておいた方がいいので、カイゾーとの結婚で我慢しろ。
そう、ガイゼンがカイゾーの意思を無視して決めようとしたとき……
「ハーメハッメハッメ、ハーメハッメハッメ、ルルルのル~♪」
―———ッッッ!!??
そのとき、鼻歌と呼ぶにはあまりにも怪しい雰囲気を醸し出す声が響き渡った。
「こ、これは!?」
「ハーメル王国のネオ国歌!?」
村人たちがギョッとした顔で辺りを見渡す。
ジオたちも「ネオ国歌?」と首を傾げるも、この怪しげな声の主を探す。
すると……
「まったく、わらわの到着待たずして先走りするとは……さては、欲求不満でヌレヌレであったな、我が愛しの同胞たちよ!」
そこにはまた、奇怪な幼女が家の屋根の上で高笑いしていた。
「でゅふふふふ。子作りの仕方を是非に詳しく知りたいと……そんな乙女の願いを聞いたらば、山を越え谷を越え、わらわはどこにでも現れる!」
体の大きさは、オシャマやタマモぐらいの大きさしかない。
だが、そんな幼い姿でありながら、恰好が異質。
半袖の短い羽織を、前のボタンや紐などを結ばずに肩に羽織るだけで肌を露出している。
ほんのり少しだけ膨らみのある両胸にはハートマークの形をした胸当てを貼り付けているだけ。
そして、そのハートマークは、少女の下半身の重要な所にも一つ張られているだけ。
それ以外は全て露出している少女は、コンやタマモ同様にフサフサの狐耳を生やし、長い髪を靡かせていた。
だが、一つだけコンともタマモとも違う点がある。
それは、フサフサの尾の「数」である。
「な、なんだ、あのとんでもない下品な恰好のガキは!?」
「いや、それよりも……」
「尾が……九本?」
そう、長いフサフサの尾が、九本に枝分かれしているのである。
突如屋根の上に現れたその少女を一同が見上げる中、村人たちは怯えたように顔を引きつらせ、そしてカイゾーが震える唇で呟く。
「突然変異の妖狐……九尾と呼ばれた怪物……五大魔殺界の一人……『超淫幼狐・ポルノヴィーチ』……だゾウ」
「「「ッッ!!??」」」
どう見ても、村の娘のロウリとも大して変わらなそうな年齢に見えなくもないものの、あまりにもとんでもない恰好をしているゆえに、何故かすんなり納得してしまったジオたち。
すると、ポルノヴィーチは屋根の上からカイゾーの姿を見ると、目じりと口元をいやらしく垂れさせて、発情した犬のように激しく息を切らせた。
「はっ、はっ、はっ、カイゾーなのだ! ぬおおおおお、相変わらずわらわ好みのめっちゃ卑猥な顔をしておるのだ! そ、その鼻を、その鼻を口いっぱい頬張って、歯みがきして、喉奥まで飲み込みたいのだアアアアア! でゅうぇへへへへへへ、わらわの顎がぶっ壊れて、昇天すること不可避なのだ~! 顔のカイゾー、下のカイゾー、一人で二度美味しいなんて、たまらんのだ~! あ~、アレもやりたいのだ……ゾウぐり返しでカイゾーを辱めた姿でじゅるじゅるしたい!」
「…………う゛」
「嗚呼。かわいいオナゴと擦り遊びをするのが趣味だったわらわが、唯一夢中になったオ・ト・コ! 正に、開いた口が塞がらぬのだ! わらわの……色んな口が! でゅえへへへへへへへへ」
カイゾーが心底ドン引きした表情で顔を青ざめさせた。その様子を見て、ジオたちは大体のことを察した。
「「「ああ……こういうタイプの女か……(ゾウぐり返しってなんだ??)」」」
ヤバイ女。それだけは間違いないと、ジオたちは理解したのだった。




