第六十三話 反省会
村を襲った脅威は、この国を真に支配するポルノヴィーチ率いる魔族の組織。その最高幹部にして最高戦力の女たち。
その中のドラゴンを撃退したのだから、今度こそ歓迎されると思っていたジオだったが……
「……なんで俺まで……」
正座させられていた。
「うるさい。怪物相手とはいえ、蓋を開ければ少女の穢れ無き尻を鷲摑みにして、女の子の大事な所まで見たんだ! 男なら反省せよ!」
腕組んで頬を膨らませるメムスに正座させられているジオ。
しかし、ジオは場所が気に食わなかった。
なぜなら、今のジオの隣は……
「……敗れてしまったのですね、私たちは……こんこん。でも、敗北と引き換えに、可愛い坊やが……ふふふ、じゅるる、おいしそうですね」
「むむむむ~! チューニを離してよ~……チューニはロウリのお婿さんになるんだから!」
チューニのローブで体を纏い、失神しているチューニを膝枕しながら正座しているコン。
ちなみにその傍らでは、むくれたロウリがチューニの腕を引っ張って、必死にコンから引き剥がそうとしているが、コンは余裕の表情で笑っていた。
「とぐろ巻きがウチらラミアにおける正しき座り方……正座だ! おい、だからそこのクソガキ共、うん●とか言うんじゃない! 幸せ絶頂のウチでなければ喰ってたぞ?」
蛇らしい態勢で鼻歌交じりのイキウォークレイ。
「はうう……正座、足がしびれますぅ……ちっ、はやくマシンさんのアソコもませろって……はうう、わたし、反省してます、ごめんなさいですぅ」
建前と本音が一緒に口に出て、涎垂らしながらマシンばかりを凝視するタマモ。
「……ムコができちゃった……およめさん……くふ……くふふふふふ」
尻が痛いから正座できないという理由で、ジオの膝に顔を乗せて頬を摺り寄せたりまとわり付いたりして有頂天なオシャマ。
「つか、何で俺がこいつらと並べられてんだよ! しかも、どいつもこいつも反省ゼロじゃねーかよ!」
なぜか、村を襲撃した九覇亜の女たちと並べて座らされているのである。村を守ったはずの自分に対する扱いに、ジオは憤りを感じずには居られなかった。
「ま、まぁ……落ち着くゾウ……暴威よ」
「カイゾー……」
「ま、まあ、その、お前が戦ってくれたことはちゃんと分かっているゾウ……ちょっと、とんでもない展開だったが……」
そんなジオに落ち着けと嗜めるカイゾー。その肉体は昼間の時よりも包帯を全身にグルグル巻きにした状態だったが、なんとか命には別状はなかった。コンたちもカイゾーを生け捕りにするのが目的だったのも幸いした。
「さて、九覇亜よ……お前たちがこの村に来たのはやはり……小生とメムス様を?」
「「「「…………? ……あっ……」」」」
と、そのとき、カイゾーが鋭い目つきで九覇亜たちに問うと、九覇亜たちは一瞬呆けた顔をしたが、カイゾーを見て「あっ」となった。
それは……
「ちょ、なんだゾウ、その『あっ』とは!? まさか、貴様ら、小生にこれだけのことをしておきながら、もう別のことに頭がいっぱいでそのことを忘れていたゾウ!?」
「「「「………………」」」」
「なぜ、視線を逸らすゾウ!? お、おい、小生を愚弄しているゾウ!? というか、コンよ! 貴様もいつまでチューニを膝枕しているゾウ! 離すゾウ!」
「だって……この坊や……未知で強大な力を持ちながら、こんなにウブなんで……どうしても構いたくなって……こんこん」
「イキウォークレイ、貴様は組織のNo2でポルノヴィーチの右腕なはずだゾウ!? そのお前が恥ずかしくないのか考えるゾウ!」
「ふっ……恥ずかしい? そんな感情に囚われて恋を疎かにするのは、ボスは許さない。ボスなら理解してくれる!」
「タマモ! 貴様、普段は純真無垢で恥ずかしがりやの少女のくせに、一番ヤバイ顔になっているゾウ! マシンの股間凝視して息荒くして涎垂らすなゾウ!」
「ひいいいい、ご、ごめんなさい~…………ゾウのくせにやわいタマのカス黙ってろよ……反省してましゅう……」
「オシャマ、人の話を聞くゾウ!」
「ねえ、ムコ。オシャマはお前のことあんまり好きじゃないけど、夫婦だから交尾するぞ。ほら、ちゅーしろ。オシャマ、交尾初めてだけど大丈夫」
この者たちはこの国を支配して、本来の国民を特区に隔離して閉じ込めて、そして今回は村人たちからの信頼を得たカイゾーを痛めつけ、更には村の大事な娘でもあるメムスを攫おうとした。
しかし、四人はそのことを反省どころか、四人ともそのことに対して関心が薄れていた。
「き、きさまら……」
どれだけカイゾーが説教をしようと、まるで堪える様子の無い四人の姿に、かつて七天として魔界中から尊敬と栄誉を与えられたはずのカイゾーが、何が何だか分からなくなっていた。
「ぬわははははは、リーダーだけじゃなく、ウヌの方も落ち着くゾウ」
「せ、先輩!? し、しかし……」
「まぁ、誰も死ぬことなくてよかったではないか! それと、オシャマよ。リーダーは奥手じゃから押しまくるのじゃ!」
「分かった」
と、そんなカイゾーを嗜めるのは、子孫と会えて現在幸せ絶頂のガイゼンだった。
ガイゼンはそう言って、正座しているジオに甘えているオシャマの頭を優しく撫でながら、穏やかな様子でコンたちに尋ねる。
「でじゃ、当初の目的がどうあれ……ウヌらはもう戦う意志はないのじゃろう?」
「……それはもう……」
ガイゼンの問いにアッサリと頷くコンたち。ボソッと「闘神ガイゼンに勝てるわけないですし」と呟いていた。
「ふむ。それなら良いが……しかし、それでウヌらは大丈夫か? ボスの命令を真っ当しなかったのじゃから。ワシとしてはもし懲罰などで超孫が何かされるのなら……全力でポルノヴィーチをぶっとばしにいくが……」
穏やかな口調で、四人を束ねる五大魔殺界をぶっとばすとアッサリと告げるガイゼン。
可愛い子孫のためなら何でもするという様子だ。
だが、コンとイキウォークレイは互いに見合いながら苦笑して……
「いえ、多分……事情を話せば、ボスは納得してくださると……コンコン」
「なにっ?」
「ボスは身内には甘いですから……」
ボスの命令を全うしなかった。しかし、そのことに罰はないだろうと、コンは意外なことを口にした。
だが、それはそれとして……
「しかし、ボスがカイゾーを諦めることはありません」
「確かに。こうしてウチらが添い遂げる相手を見つけたら、自分も幸せになりたいと余計に……きゃっ、添い遂げる相手……ウ・チ・に! くふふふふふふ」
自分たちは勝てないし、もう諦めるが、ポルノヴィーチは諦めない。それだけは間違いないと、コンとイキウォークレイは断言した。
「ん。ボスは優しい。お菓子もくれるし、授業で子供の作り方もていねいに教えてもらった」
と、ジオにまとわり付いていたオシャマも同調したように頷いた。
だが、ここでこの発言に意外な人物が食いついた。
「な、なにっ!? こ、子供の作り方……を? ばかな、それは『胎児創生術・ン法』のことか!?」
オシャマの発言に一番過剰に反応したのは、なんとメムスだった。
メムスの取り乱しように、村の大人たちは「あっ……」となるが、血相を変えたメムスはオシャマに詰め寄った。
「ば、バカを言うな、お前!」
「……?」
「ン法は、大人になった女にのみ伝授される術なはず! 子供のお前がそんなものを何で学べるのだ? 外の世界だからか!?」
そのとき、ジオも気づいた。
メムスの夢。それは、ありふれたもの。この地でこのまま暮らし、子を産み、育み、幸せな日々を過ごすこと。
だが、その「子供の作り方」を村の大人たちはまだメムスに教えておらず、メムスはそのことを不満に感じていた。
だがしかし、今、明らかに小柄な少女が、メムスも知らない「子供の作り方」を知っているということに驚きを隠せなかった。
「んほう? ……なにそれ?」
「なにって……子供の作り方だ! ン法! 外の世界では言い方は違うのか?」
「違う。交尾」
「こ……コウビ? 外の世界ではン法のことをコウビと呼ぶのか? って、さっきからお前がジオにコウビコウビ言ってたのは、子作りしようということだったのか!?」
メムスに詰め寄られて首を傾げるオシャマは、「交尾」と答える。
一方で、メムスの口にするン法の意味が分からずに、オシャマだけでなくコンたちも首を傾げた。
「うん、そう」
「そ、そうか……だが、子供のお前には早すぎる。それに、コウビとやらも、せ、せいぜい、名前を知っているだけだろう?」
「?」
「我もそうだ。術の名前を知っているだけで、どうやって子供を作るかの中身までは知らない。お前もそうであろう? ふっ……おませさんめ!」
焦った様子のメムスだが、徐々に落ち着きだしてオシャマのオデコを「こいつめ~」と突いた。
そう、自分でも教えられていない、大人の女になったら教えると言われたことを、明らかに自分よりも幼いオシャマが知っているはずがないと、メムスはそう思うようになった。
しかし、オシャマは……
「やり方? やったことないけど、知ってる」
「……なに?」
その瞬間、村に静寂が走り……
「あのね、男のボッ「「「「「「ダメエエエエエエエエエエエエエエエエええええええええええええええええええ!!!!」」」コの中に、ドバッと出してもらえれば、子供できる」
村の大人たちが血相を変えて一斉に叫んでオシャマの言葉を遮った。
「待てぇ、メムスには、メムスにはまだ早いッ!」
「そうよ、メムスちゃんはまだ恋もしたことないの! だから、じ、自分で慰めることだってしたことないはずなのよ……」
「だから、段階が必要なんだ!」
「そうよ、そして、メムスが初恋して、『あねさま、我、胸がドキドキするの』って言われて、『それは恋よ』って教えてあげて、そういう成長を楽しみにしてるんだから、私たちからその楽しみを奪わないで!」
村の大人たちが涙ながらに叫ぶ。
今はまだ何も穢れを知らないメムスの成長を見守りたいと。
正直、「遅すぎるのでは?」とジオも思ったりもしたが、そこは余所者の自分が口出しすることではないと、あえて口を閉ざした。
「ほほう、なんと……変な教育じゃのう」
「普通は十代前半でも知識を教えるはずと思うが……」
「あらあら、ボスが聞いたら嘆きますね。コンコン」
「……ふっ、べ、別に知るのが早いか遅いかなんて関係ないさ……知ってたって、使う機会がなければな……でも、ウチにはもうカンケーないがな!」
「メムス様……」
ガイゼンもマシンもコンもイキウォークレイもカイゾーも、未だに情操教育がまともにされていないメムスのことを知り、どこか哀れんだ表情になった。
しかし、そんな周囲の状況、そして内容を聞き取ることが出来なかったがオシャマが子供の作り方を知っていたことに、メムスは激しく憤った。
「ふざ、ど、どういうことだ! こんな幼い娘が知っているのに、どうして我だけ! そもそも、おい、オシャマ。おまえ、いくつだ?」
「じゅうはっさい」
「十八歳? ほら、まだまだ子供……こど……えっ??」
――――――???
そのとき、メムスだけでなく、全員が耳を疑い、ジオもギョッとした顔で膝の上で甘えるオシャマを見下ろした。
「な、なん、だと? わ、わたしと、か、かわらん、だと?」
「そういえば、竜人はパワーの向上は早いが、知能の発達は遅いとか……」
「…………ふむ」
「まあ、ワシからすればどっちにしろ、幼いがのう」
意外なオシャマの年齢に村人たちが「うそ?」と呟くと、オシャマは……
「ボスにそう言えって言われた」
「「「「「…………えっ???」」」」」
「家を出てからどれぐらい経ったか数えてなかったから、自分が今何歳か分からないって言ったら、ボスは『なら、十八歳と言え。そうすれば、ナニがあっても問題ないのだ』……って言われた」
正確な年齢は分からないが、十八歳。そうオシャマが断言し、その内容に一同が唖然とすると、補足するようにコンが苦笑しながら……
「事実です。ボスは、私たちが地上世界で生きるにあたり、人間用に偽造し……こんこん、造った身分証明における年齢は全員十八歳以上にしております。コンコン。そのほうが、ナニかあったときも問題ないだろうと……」
「「「「「問題って何!? 何の問題!? しかも、サラッと偽造って!?」」」」」
驚くばかりの発言が飛び出して、一同は一体何から整理していけばいいのか分からず、ただただツッコミ入れるしかなかった。
「むふ~」
「な、なんだ、オシャマ。我にそのような勝ち誇った顔を……」
すると、ショックや混乱でフラフラのメムスに対し、オシャマはドヤ顔を見せて胸を張った。
「お前、子供。オシャマは大人。オシャマはムコも居るし交尾の仕方も知ってる。……大人!」
「んなっ!?」
先ほどまで、まだまだ子供ということで、メムスもオシャマを庇って慰めたりしたというのに、オシャマの顔を見て、メムスも唸った。
「なんだと貴様あああああ! 我を侮辱するかアアアアア!」
「オシャマは大人、お・と・な♪」
「わ、我だって、我だって~、ン法の中身さえ知っていれば……うう~~~、ジオ! お前、さっさと教えろぉ!」
まさか、オシャマに子ども扱いされるとは思わず、メムスは怒り狂った表情で正座しているジオの胸倉掴んで激しく揺らした。
「そもそも、お前がコッソリ我に教えないから!」
「って、俺に振るんじゃねえ! つか、お前に関しては俺は何も関係ねーだろうが!」
「おい、人のムコに触るな!」
とばっちりを受けたジオだが、メムスは聞く耳持たず、またオシャマもムキになってジオからメムスを引き剥がそうとする。
もみくちゃにされながら、ジオは二人を振りほどこうとするも、二人もムキになって掴みかかる。
そんな状況を眺めながら、ガイゼンは……
「ぬわははは、ワシの子孫とスタートの娘が言い争う……ふっ、ワシらの血筋は仲違いする運命なのかのう? のう……スタート……。もっとも……こやつらの争う理由は……平和で、愉快で……ワシらとは違って……違った……世界を……」
空を見上げ、今は亡き人物へどこか切なそうにガイゼンは小声で呟いた。
「さて……それはそれとして……コンよ」
「えっ? は、はい?」
そして、ガイゼンは切ない思いをすぐに捨てて、今のメムスとオシャマは一旦置いておき、話を元に戻す。
「娘っ子たちは置いておいて、一つ教えてくれんかのう? 本当は色々と聞きたいが……ポルノヴィーチとやらについて、これだけ教えてくれんか?」
「……何をです?」
聞きたいことが山済みの状況の中、まずガイゼンが問うたのは……
「そもそも、何故ポルノヴィーチとやらは……この国を支配したのじゃ?」
それは、そもそもの始まりのことであった。