第六話 座談会
気づけば四人は、街の酒場で座談会を開いていた。
ジオは戦う意思が薄れたことと、正直ここに居る面々の素姓の確認の方が重要だった。
それは、特にこの状況に巻き込まれたひ弱な人間が最も切実であり、正直今すぐにでも逃げだしたい衝動に駆られながらも、仕方なくひ弱な人間が恐る恐る各々に確認していく。
「え~っと、じゃあそっちのあんたが、かつて帝国の将軍だった、『暴威の破壊神・ジオ』?」
「おう」
「んで、そっちのあんたが、かつて勇者のパーティーの一人だった、『鋼の超人・マシン』?」
「そう名乗っていた」
「……で……あ~、ほんと嘘であってほしいけど……その、あんたが……いや、あなた様が……神話とまで言われている、初代七天の一人で最強と言われた、『闘神・ガイゼン』?」
「ぐわはははは、ワシは神話か! なかなか気分がいいものじゃな!」
半魔族に機械式人間に老魔族。異様な組み合わせに酒場の客や街の住民たちは皆が遠目で怪訝な顔をしながらチラチラと盗み見てくる中、ひ弱な男は頭を抱えて俯いてしまった。
「いや、あの処理させてください。……いえ、やっぱ無理です。処理できないんで。僕の頭の中、ほんとカオスワールドになっちゃってるんで。……というか、僕は関係ないんで、席を外させてもらってもいいでしょうか?」
正直、ジオにとっても、マシンにとっても、そしてガイゼンにとっても、目の前のこのひ弱な男に関してはどうでもよかった。
だが、ことのついでということもある。
何故ならこの場に居る三人。ジオは三年間牢獄に。マシンは二年間どこかに封印。そしてガイゼンも数百年間異次元空間に。つまり、三人とも現在の世の情勢は、大魔王が死んだぐらいしか知らなく、それ以外のことは全く疎いのである。
つまり、今の世の情勢を知っているのは、この場においてひ弱な男だけだったのである。
「で、あ~……テメエは……」
「あっ、僕はただの一般人なんで」
「ふ~ん……名前は」
「はぁ、『チューニ』です。『チューニ・パンデミック』。それが僕の名前なんで。でも覚えなくてもいいんで、ほんとつまんないボッチ男ですから。つか、直ぐいなくなりますんで」
チューニ。それがひ弱な男の名前。
案の定、ジオもマシンもガイゼンも全く聞いたことのない名前だった。
「おい、チューニ。話の通り、俺もこの人形もジジイも今の世間の状況をよく知らねー。概要を説明してくれ」
だから、チューニ自身がどうのより、ジオは今の世についてを訪ねた。
チューニはずっと怯えた様子だったが、逃げられる状況でもなければ、怒らせていい相手でもないということを察し、観念して説明していく。
「あ~、『人魔大戦』……一年前から本格的に大規模で地上の各所で行われた魔王軍と人類連合軍の戦争はご存じすか?」
「「「まったく」」」
「あ~、いや、まぁそういう戦争があって……んで、魔王軍が負けて、大魔王が死んでハッピーエンド。まぁ、一言で言うならそんなとこっすね」
大魔王が死んでハッピーエンド。その言葉が自分には皮肉に聞こえ、ジオは少し笑ってしまった。
「で、勇者はお人よしにも魔族を皆殺しにしたりしないで、和平条約みたいのを結んで、魔界が地上の侵略を行わない限り、地上も魔界に攻め込んだり、既に地上で暮らしている魔族に危害を加えたりしないとかって話になったみたいす。迷惑にも」
「ほ~……。おい、人形。テメエをクビにしたのがその勇者だろ? そういうやつか?」
「……ああ。そういうやつだった」
軍人だったジオからすれば、世界を巻き込む戦争をしていた割りには随分と甘い決着だと思い、少し納得はいかなかったが、そのおかげで自分もガイゼンもこうして街の酒場で食事をできることを考えると、微妙な気分になってしまった。
「大魔王が死んだのは分かったが……七天はどうしておる? 多分、現代の七天はワシも知らんが、全滅したのか?」
すると、同じく事情に疎いガイゼンも興味を持って質問をした。
「えっと、多分……何人かは死んだのは新聞で配られたから知ってるけど、全員がどうなったかまでは……」
「そうか……つまり、七天自体が既に崩壊しておるわけか。数百年も経っているとはいえ……寂しいもんじゃのう」
「……まぁ、確かに七天制度が無くなったのは事実みたいす」
「して、血肉沸き立つ戦の時代も終わり……今は平和な世界というわけか。惜しいのう……もうちょい早くワシも復活したかったぞい」
皆がグラス一杯の水に対して、一人だけ酒樽を丸ごと掲げて豪快に一気飲みしながら、ガイゼンが少しだけ切なそうに呟いた。
だが、ガイゼンの言葉にチューニは即座に否定した。
「あっ、いや、平和かどうかは微妙っす。つか、逆に今はまだ荒れてる傾向にあるっす」
「……なにっ?」
意外な言葉にジオも思わず聞き返してしまった。
「……どういうことじゃ?」
「あ~……大魔王が死んで……元々統治されていたはずの魔界が混乱状態になったとかいう噂で……これまで大魔王という巨大な王の名のもとで隠れていた、魔王軍にも所属していない危ない奴らが暴れ出しているとか」
「……ほほほう! なるほど……言われてみれば、確かにそれはありえるのう!」
チューニの言葉に、ガイゼンは嬉しそうに身を乗り出して頷いた。
「ワシが居た時もそうじゃったが……魔王軍という巨大な存在は、人類にとっては脅威だったかもしれぬが、魔界においては無法を働こうとする悪の魔族たちにとっては巨大な抑止力にもなっておったのじゃ。しかし、大魔王が死んで、魔王軍も崩壊したのなら、その抑止力を持った悪の勢力たちが徐々に表舞台に出始めていると言うこと。つまり……」
つまり? ガイゼンはニタリと笑みを浮かべ……
「そう、悪の世界の権力争いが始まり、次の大魔王の座を狙う戦いが始まったのかもしれんな♪」
ガイゼンがそう告げると、それは正解だったようで、チューニは頷いた。
「そうす。おまけに、タチの悪いことに戦争の混乱を利用してぼろ儲けしたり、あくどい商売していたギャングみたいな人間たちも居て、そいつらと手を組んで裏で色々とやっているとか……なんか……そういうことみたいす。僕もあんま詳しくないんで、それ以上は知らないんで……」
悪の世界の覇権争い。そういう発想はなかったが、言われてどこか納得した気もした。
確かに、大魔王や七天という抑止力がなくなったのなら、魔界の情勢はあまりよくないだろうし、好き勝手に悪だくみをする奴らが居てもおかしくない。
とはいえ……
「そうかい。まっ……もう、俺にはどうだっていい話ではあるがな」
もう、今のジオにとっては何の関係も無い話でもあった。
「そういえば……ジオとかいったな、小僧。貴様も色々とあったようじゃが……何か世界に恨みでも抱いたか?」
マシンやガイゼンは過去に何があったのかの概要は話したが、ジオは話していない。
別に不幸自慢をする気はなかったが、別に隠すことでもないだろうと、ジオは語った。
「ふん、俺は…………………………」
だが……
……数分後……
「つーわけでだ……まぁ、マシンだったか? テメエにキツク絡んだのも、なんか妙に自分と重なって見えたってのがあってよ……イライラしちまったんだよ。そんなとこだ」
自分の身に何が起こったのかを自嘲しながら語るジオ。
だが、ジオの話を聞いた一同からは……
「なんじゃ、つまらん。ようするに、拗ねて家出しただけであろう」
「話に聞く限り、すれ違いはあったようだが、今では別に嫌われてもいないと思うし、追放もされていないと思うが」
「つか、あんた好かれてんじゃん」
三人からの反応は意外なもので、ジオの不幸な話を聞いても、むしろ「そんなもん?」みたいな様子で、むしろジオにも問題があったような言いぶりであった。
「ちょ、お、おま、俺がどんだけ傷付いたと思ってんだ! 仲間に急に忘れられて、体中を切り刻まれて、罵倒され、んで三年も飲まず食わずで暗闇の世界に押し込められて!」
「ワシは数百年じゃぞ? まぁ、ワシの場合はほとんど寝ていたようなもんじゃが……でも、仲間は悪いと思って謝っておるんじゃろ?」
「大魔王の所為なら仕方あるまい。仲間たちも忘れたくて忘れたわけではないのであろう」
「つかさ、あんたみたいな不良キャラが周りから好かれてたって時点で冷める。そこは嫌われとけよと思う。半魔族で不良キャラなのに好かれて、更にお姫様と結婚話もあったとか、もう爆ぜろ……って、うわああ、すんません! 調子乗り過ぎました! すんません!」
ジオは、同情や哀れみなどは嫌いな方である。
正直、自分の身に起こったことも、同情されたかったわけでもなかった。
ただ、話しただけ。しかし、それがここまで言われるとは思わず、唖然としてしまった。
「ぐわはははははは、ま~、そういうことじゃ、小僧。確かに泣きたくなるような話かもしれんが、ウヌが広い心をもって歩み寄ってやれば、まだやり直せると思うがな。正直……人によって大きい小さいはあるかもしれんが……拗ねた恨み事や、その身に起こった悲劇など、いつの時代でもどこにでもありふれておるわい」
自分を見下すかのように笑うガイゼンに、ジオは殴りかかろうともした。
だが、どういうわけか否定できないという気持ちもあった。
目の前で笑う豪快な男に対して、何故か自分の器の小ささを指摘されている気がして、何も言い返すことが出来なかった。
「というわけじゃ。さっさと帰って、姫さんとイチャコラすればよかろう。きっと今なら多少の贅沢や我儘も言えるじゃろうし、その方が幸せになれる」
「っ!? だ、誰が! ……けっ、今さら戻れるかよ……それに、もうあいつらのことは、どーでもいいと思うことにしたんでな。たとえ、どんな事情があっても……許せねーよ……俺は」
しかし、それでもジオにも意地がある。そして、ガイゼンがどう言おうが、それでもやはり自分は許せる気がしない。
だからこそ、改めて自分の想いを口にした。
すると、ガイゼンはそれには納得したように頷いたが……
「ふっ、そうか。まぁ、そこら辺は本人次第じゃからのう。じゃが……仲間から忘れられたことによってウヌに起きた悲劇……それとは別の、ウヌのもう一つの悲劇……そっちはどうじゃ?」
「はっ? 俺のもう一つの悲劇……だと?」
自分に何かもう一つ悲劇があったのか? そう首を傾げたジオに対して、ガイゼンは……
「血肉沸き立つ戦に参戦できなかったということについて……戦うべき時に戦うことが出来なかったという悲劇……」
「ッ!!??」
「それを解消したいのであれば、こういうのはどうじゃ?」
突如立ち上がったガイゼン。まっすぐな目でジオに手を差し出して……
「暴れたいと言うのなら……どうじゃ? 地上でも海でも魔界でも、誰が相手でも構わん。何を目指すのも構わん。ただ、ワシと一緒に世界を舞台に、自由に生き、自由に暴れて、自由に遊んでみぬか?」
それは何の具体的な説明の無い勧誘のような言葉。
しかしどういうわけか、ガイゼンの惹きつけるような豪快な誘いを聞いた瞬間、ジオの胸は一瞬大きく高鳴った。