第五十八話 アフター
水車小屋。
簡素な造りとすぐに停止してしまってばかりいたものが、新たに三つの水車となり、全てが常に同じ速度を保って綺麗な回転をしていた。
「近くの川の水をしっかりと引き込むための水路も調整を行い、悪天候などで急な増水にも過負荷がかからないように増強。水輪の形状も百種類以上ある中から最適なものを選び、トルクも強度計算も余裕を持った設計をした。三連水車だ」
水車の設置された水車小屋。少しでも役に立てばとカイゾーが作った建物も、木材を更に活用して広く頑丈な造りにし、マシンの計算で新しい柱を増設して補強。
「水車小屋の心棒や動力源となる歯車の構造も見直し、連動する杵と臼も水平に並べて増設した。もし、今後老朽化や自然災害などで軸などの部品が破損したとしても、取り換えが可能なように予備品も多く製作した」
「「「「「おっ……お、おお………」」」」」
「更に元々カイゾーが作っていた水輪に関しては解体して、イスとテーブルに再利用して外に設置した。天気の良い日に外でのんびりと皆で集まって、水車を眺めながらゆっくりとのどかに寛いで欲しい」
「「「「「そんな、匠の気遣いまで!?」」」」」
匠の気遣いも行って、もはや当初の「水車の修繕」ではなく、「水車小屋の大改造」を行って、まるで変ってしまったその施設に村人たちはただ驚きのあまり固まるしかなかった。
「こ、こんな大きく、しかも凄い……歯車などの作りも精巧で……しかも、水路に水が……って……ん? す……水田が……」
水車から送られた水の行き着く水田。
元々が、山の中ゆえに平地をあまり確保できずに歪な形をしていた小さな水田であった。
しかしそれが……
「山の斜面という問題故に水田を広く確保できないようだったので、階段状の棚田にした」
「「「「「何ということでしょうっ!!??」」」」」
小さな村にあった、慎ましい水田。
しかしそれが山の斜面等を短時間で大改造して、広大に広がる素晴らしいい田園風景を造り出していた。
「この棚田の製作に当たっては、カイゾーとチューニに依頼した。ついでに、野菜を作る畑の方にも配慮を行っている」
そう説明口調で述べるマシンが指を指し示すと……
「ちょっと、自分でも恐いんで……僕……どうなっちゃったんで……」
田園の前に疲れたように腰を下ろすチューニ。
「あ、ありえないゾウ……ち、地属性の魔法のコツを教える……それだけだったゾウ……小生は森や木を操作することを何十年もの修行で……し、しかしこやつは、僅か数分で大規模に地形を変えて、更に細やかに調整し……何者だゾウ?」
なにやらショックを受けているカイゾー。
「チューニ、すごい! かっこいい!」
そして、最初はチューニを警戒していたロウリも、今では子供らしい満面の笑みでチューニの膝の上に飛び込んで体を何度も摺り寄せたり抱きついたりして……
「あのね、ロウリね、チューニのお嫁さんになってあげる!」
「「「「色々な意味でも、なんということでしょう!!!???」」」」」
「って、ちょっと待て! ロウリよ、お、お前にはまだ早いぞ! っていうか、姉である我よりも先に嫁に行くなどダメだぞ!」
もはや、村の仕事のお手伝いの範疇を越え、村全体の大改造をチューニとマシンは僅かな間で成し遂げてしまったのだった。
「……おい、マシン」
「どうした、リーダー?」
「……気合入れすぎじゃねーか?」
口を開けたまま呆然とする村人やメムスたちを見ながら、ジオがマシンに耳打ちした。
だが、マシンはケロッとした様子で……
「いや、自分としてはまだ手入れを加えたいところ。水力発電や有効利用をもっと……しかく、発電機の製作は難しく、更にはメンテナンスや不具合の際には、専門知識を村人に与える必要が……」
「おい、すまん。独り言を口にするなら、せめて俺にも分かる言語で話してくれ……」
まだ、自分の本気はこんなものではない。まだ手を加えることも可能だと言いたげなマシン。
ジオはその自分の及ばない知識の領域に、「何でもアリだな」と呆れるしかなかった。
「で、チューニも大活躍みてーじゃねえか。それに、かわいい嫁さんゲットできてよかったな」
「リーダ~……」
「それにしても、俺は畑を耕すとか、種をまくとか、野菜の収穫とか、そういう手伝いを想像してたのに、畑や田んぼを丸ごと改造するって何だよ?」
「……なんか……地面に手を翳して魔力を放出したら、頭の中で思い描いたとおりに動いて……」
「マジか……いっそのこと、野菜とかの成長も早めることができたりしてな」
「…………」
「……まさか……できんのか?」
「……多分……」
チューニはまだ全力でないことが発覚。
これには、チューニは自身の力に驚くどころか、むしろ恐怖していた。
「「「「って、こんなでかくて広くて技術まですごいのを使いこなせるはず無いだろ!!!???」」」」
と、そこでようやく驚き固まっていた村人たちが一斉になってマシンとチューニに叫んだのだった。
「いや、まぁ……す、すごくありがたいんだがな……その、我々も畑や水田が小さかったので、これで飢えることはないかもしれないが……正直、こんなすごいものを与えられても、いくつかの畑と水田を持て余すぞ?」
「……むむ?」
「その……村の人口的にも……」
「……収穫した野菜を、麓の獣人たちに売ったり、物々交換をするのはどうだろうか?」
「いや、収穫量云々よりも、労働力が……その……」
「……」
そのとき、どこか申し訳なさそうに告げるメムスにマシンが振り返り、ハッとした表情を見せる。
「……おい、マシン? お前……村の人口とか計算してなかったのか?」
「…………」
「お、おい!?」
顎に手を当てて黙り込んでしまったマシン。まさかのマシンの天然なポカに、皆も固まってしまった。
だが、そんなマシンの様子にメムスたちも慌てたように首を振って、
「い、いや、しかし我らのためにこれほどの厚意を示してくれたことは深く感謝しなければならない。持て余すかどうかなど、そもそもやってみなければ分からないしな。ここから先は、我らの仕事。そうであろう? 皆!」
せっかくのマシンとチューニの厚意に対して失礼なことを言ったのではと思ったのか、メムスがそう言ってマシンに感謝を示すと、村人たちも慌てたように頷いた。
「そうだよな。ここから先は俺らの仕事だよな!」
「ああ。これからはもっと働けってことだよな!」
「大体、いつまた異常気象とかが起こって食料不足になるかも分からねーし、いっぱい蓄えねーとな!」
「そうさ。畑仕事をテキトーにやってダラけてる宿六たちは気合入れろってことさ!」
「しっかり、働くんだよ、あんた!」
これから忙しくなる。しかし、そう言いながらもどこか楽しみも感じているのか、何だかんだで村人たちの表情が笑顔になり、瞳が輝きだした。
とはいえ、それでも自分のミスを許せぬのか、いつもクールなマシンが真剣に唸り……
「やはり……この汚名を返上するには……発電設備を設けて再生可能エネルギー普及を目指した土地作りをし、より裕福な暮らしを――——」
珍しくムキになって更に何かをしようとするマシン。
正直、ジオにはマシンが何をしたいのかさっぱり分からなかったが、明らかに危うい雰囲気が出ていると感じた。
「やめておけ」
「ッ!?」
すると、そんな暴走しそうなマシンの尻を誰かが叩いた。
そこには、下から片手を伸ばして……
「こら、ガイゼン、ダメでしょ! 動物はしゃべれないんだよ?」
「ガオーって言えー!」
「ぬは、すまんすまん! ガオ~~~ン! ガオ~~~~ン!」
「きゃはは、すごいすごい! いけー、ガイゼン!」
「はっしれー!」
「ガオガオガオーーーーーン!」
四つん這いになったガイゼンが、背中に子供たちを数人乗せて四足歩行の獣の様に歩いていた。
「「「「「意外とこっちは普通に遊んでいた!!??」」」」」
「ガイゼン先輩ガアアアアアア!? ちょ、童共、その方が一体、だ、誰だと!? ちょ、ゾゾゾゾーーーウ!?」
ジオパークの中でもっとも常識外れの力を持つガイゼンが、普通に近所の子供と遊ぶおじいちゃんのような姿に、逆に皆が驚いた。
ただでさえ、チューニの力にショックを受けていたカイゾーに関しては、泡を吹いて失神しそうになっている。
だが、そうやって子供たちを喜ばせながらもガイゼンは、もう一度マシンの目の前で四つん這いのまま止まり……
「ぬわははは……ウヌはこれぐらいでやめておくのじゃな、マシンよ」
「なに……?」
「まったく、ワシがちょ~~~っとガキどもを背負って遊んでた間に、こんなことしでかしおって」
ガイゼンは笑みを浮かべながらも、どこか真剣さを醸し出しながらマシンに忠告した。
「こら、ガイゼン、動けよー!」
「わー、すまんすまんって、ちょっと……ちょ~っとだけ待つんじゃ、この兄ちゃんと少し話をしたら、またいくらでも走ってやるわい」
四つん這いの姿で、子供を背に乗せ、更に子供たちに「もっと走れ」と怒られているというあまりにもシュールな光景ではあったが、ガイゼンは続ける。
「マシンよ。人への厚意で過ぎた技術を与えることは、決して人のためにはならぬぞ?」
「……ガイ……ゼン?」
「確かに便利になり、満たされ、裕福になるかもしれぬ。しかし、それはまた新たなる争いの火種になるとは思わんか? 勇者オーライもその加減を間違えたのではないのか?」
「ッ!? ……それは……」
「みんなを喜ばせたいという気持ちは分からんでもないが……ちゃんと吟味すべきではないのか?」
ガイゼンの言葉はマシンの心に刺さったのか、マシン自身も俯いて考え込んだ。
「人のため、村のため、街のため、国のため、世界のため……誰かのためにという根源は、あの勇者も一応あったはず……しかし、それでもあやつはああなった。それを糾弾したウヌは、よりそのことに敏感に、そして慎重にならんといかんぞ? ……たとえ、既に勇者と決着をつけていたとしても……いや、決着をつけたらかこそ、ウヌは今後の人生でそれを常に肝に銘じる必要があった……違うか?」
それは、このままでは「勇者オーライと同じではないのか?」と。
「突っ走りすぎじゃよ、マシン。まっ、ウヌはあの勇者と違い……ウヌが仮にウッカリ暴走してしまっても、それをワシらが力ずくで何とかできるということじゃ。誰にも相談せずに一人で抱え込んだ勇者と違って、ウヌはついておる」
「……ガイゼン……」
「というわけで、今あるものを壊す必要まではないが、もうちょっと色々と考えるんじゃな」
「……」
「では、ワシはまたこ奴ら乗せて遊んでくるわい! ガオオオオオオオオオン!」
そう言って、笑みを見せながら再び子供たちを背に乗せて村中を駆け回るガイゼン。
マシンは今のガイゼンの言葉を重く受け止めたのか、目を瞑って立ち尽くした。
「自分は……迂闊だったか……その通りだ……ナグダの技術ではないからと……加減を誤った……」
反省して自分を戒めるように呟くマシン。
だが、そんな落ち込んだ姿を見せれて、メムスや村人たちも「自分たちのためにしてくれたのに」と慌てて笑顔を向けた。
「ま、まあ、今日は明日から仕事をもっと頑張るという決起と、我らに尽くしてくれた客人たちの歓迎をしようではないか!」
「「「「オオオオオオッッッ!!!」」」」
村人たちが拳を突き上げて一斉に声を上げる。
その声に、マシンは少し複雑そうに、チューニは照れ臭そうにした。
「ったく、あのジジイ……たまに正論言うからムカつくぜ……普段あんなメチャクチャなくせに……デカくて……深い……考えも……」
一方でジオは、子供たちを背に乗せハシャぐガイゼンをジッと眺めながら、思わず苦笑した。
「おい、ジオ! 何をやっているんだ! お前も手伝え! なんだかんだで、お前が一番役に立ってないぞ!」
「んなっ!? こ、この……」
「ん? なんだ? 人の顔をジッと見て……まさか、口説く気か?」
「ばっ、ちが! ……ちげーよ……ただ……」
と、そんな風にガイゼンを見ていたジオは、メムスに脇腹をつつかれた。
思わぬ不意打ちにジオもメムスを睨みつけようとするが、メムスの顔を見ながら……
「……ほんと大魔王は……」
「ん?」
「アホだったな……どんな諍いが二人の間にあったかは知らねーけど……」
メムスの本当の父親でもある大魔王を思い返し、ジオはカイゾーと戦うガイゼンを見ていたときに思ったことを改めて思わざるを得なかった。
「おい、よく分からんことを言ってないで来い! 火の準備をする。今日は村の広場で大宴会だ!」
もし、大魔王がガイゼンを封印しなければ、世界の歴史はきっと変わっていただろうということを。