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第五十六話 働かざる者食うべからず

「何だか、色々と複雑になってきやがったな」

「五大魔殺界か……七天クラスの力……いや、無法者の集団であることからも、連中の方が厄介か……」

「とにかくこの依頼には関わらない方がいいと思うんで」

「………………」


 カイゾーからこれまでのことや、この国を取り巻く事情について大まかに聞いたジオたちは、今後どうしたものかと村の隅の木陰に腰を下ろして話をしていた。

 予想以上に面倒なことに巻き込まれたと頭を抱える、ジオ。

 五大魔殺界という自分たちの知らない魔界の脅威について考える、マシン。

 とにかくこの件から手を引こうと言う、チューニ。


「……おい、ガイゼン? どーしたんだよ、さっきから黙ってるけどよ」

「ん? ん~……まぁ……のう」


 各々この件で色々と考えるところがある中、ガイゼンだけはずっと黙って村の様子……正確には、畑で野菜を収穫しているメムスを見ていた。


「おお、立派な大根だ! 流石は我が丹精を込めて作っただけはある!」

「ねーちゃん、ロウリも頑張ったよ?」

「勿論だ。ほんと、ロウリはお利口さんだな!」


 土にまみれて、畑から抜いた野菜の出来に満足そうに笑みを浮かべ、幼い妹と喜び合っている。

 どこからどう見ても田舎の農家の光景ではあるが、活き活きと目を輝かせて微笑むメムスの美しさに、ジオも一瞬見惚れそうになる。

 だが、ジオとは違い、ガイゼンがメムスを見る目はどこか優しさと、懐かしいものを見るような雰囲気が漂っていた。


「……数百年以上の月日……」

「ん?」

「ワシの知る物は、もうこの世には存在しないと……魔王軍も七天も既にないはずが……こんな所に、あやつの娘がのう……」

 

 そう呟くガイゼンに、ジオも気になって尋ねてみた。


「憎むべき奴の娘でも……懐かしいものを感じて嬉しいもんなのか?」

「ぬわははははは、どうじゃろうな……」


 本来であれば何百年も昔の住人でもあるガイゼン。

 大魔王の死で再びこの世に復活し、しかしもうこの世界はガイゼンが知っていた世界とは違っていた。

 ガイゼンは顔や態度では全く見せなかったが、ひょっとしたら多少の寂しさも感じていたのかもしれないと、今のガイゼンからジオたちも窺うことが出来た。


「憎むといえばウヌもそうであろう? ウヌから三年の月日を奪い、絆も、積み重ねたものも壊したのは、スタートじゃろう?」

「ん? あ、……まぁ……な」


 言われて、ジオも「そういえば」と気づいた。

 ジオは大魔王スタートによって、人生を狂わされ、地獄を見た。

 そして、メムスはその血を引く者。

 確証がなくとも、カイゾーとガイゼンが言うならそうなのだろう。

 だが……


「つっても、魔王軍のことも戦争のことも知らず、それどころか自分のことを人間なんて言ってる奴に……どうしよってのもな……正直、俺は大魔王と直接会ったり戦ったこともねーから、あの女から大魔王を髣髴とさせるものも感じねー……」


 本来、ジオが憎むべき大魔王。その娘であるメムス。言われてみれば、確かに複雑な想いを抱く相手ではあるが、言われて初めて気づくぐらいの想いしか抱いていないとも言えた。


「おい、お前たち、そこで何をボサッとしている!」

「「「「ん??」」」」


 と、そのとき、木陰で話し合っていたジオたちの元に、メムスが畑から怒って駆け寄って来た。


「いいか? もし、村に泊まるというのであれば、寝床と食事はタダではやらん! 我らとて蓄えが豊富なわけではないからな! だから、恵んで欲しければその分、お前たちも働け! 探せば仕事なんていくらでもあるんだからな!」


 まさかの「働け」という発言に、ジオたちも一瞬「どうする?」となってしまった。


「一応……金ならあるが……」

「カネ? なんだ、それは?」

「……えっ!?」


 ワイーロで手にした金がまだ十分にあるので、必要であればそこから支払おうとしたが、そもそもこの特区に「貨幣制度」という文化は無く、物心ついた頃からこの地に居たメムスは、金の存在そのものを知らなかった。


「この特区では、互いに支えあったり、物々交換をしたりしているが、お前たちのような余所者に……ましてや、カイゾーをあれだけ痛めつけた奴に恵んでやるほど、我らはお人よしではない」

「いや、カイゾーをやったのは、このジジイで……」

「身内の行いを自分には関係ないというのか? 心の狭い奴め。だから、信用できないんだ」

「んなっ!?」


 ジオを嫌悪するような目で睨むメムス。言われっぱなしでジオも少しカチンと来たが、ジオが何かをする前にチューニが手を上げた。


「あの……それなら……僕……ちょっと畑仕事を教えてもらいたいんで……」

「チューニ!?」

「……いや……ソレに関しては興味あるんで……」


 意外にも、あらゆることから「逃げたい」、「関わりたくない」などと後ろ向きな発言ばかりしていたチューニからの「したい」という言葉が出た。

 それは、チューニが自分たちの冒険で「したい」と言っていた「のんびり農業」というものだったからだ。


「うむうむ、それでいい。男のくせにヒョロくて、暗そうで、小さい奴だが、自分で仕事をしたいと思う気持ちは大切だ」


 そして、チューニの言葉にメムスは少し笑みを浮かべて頷いた。


「よし。ロウリ!」

「なーに?」

「こいつを、おやっさんたちの所に連れて行って、畑仕事のやり方や内容を教えてやるように伝えてくれ」

「……じー……」


 チューニの言葉を聞きいれて、妹にチューニを託すメムス。すると、ロウリはメムスの背中に隠れながらチューニをジッと見る。


「あの……どうしたの?」

「じ~……」


 何か警戒されているようだとチューニも感じた。


「だ、大丈夫だから。ぼ、僕は怪しい奴じゃないんで。むしろ、四人の中で一番平和的なんで」

「……なんで、お目々を片方隠してるの?」

「えっ? いや……えっと……」

「変。かっこ悪い」

「ふがっ!?」

 

 幼い子どもゆえに取り繕うことなく正直に告げられた言葉。

 チューニの片目だけが前髪で隠れたヘアースタイルに対するものだった。

 これには、チューニも流石にショックを受けてよろめいてしまった。


「確かにな。外の世界ではそういう髪が普通なのか?」


 そして、ロウリの何気ない発言にメムスまで同意してしまった。



「いや、僕……昔からこの髪型で慣れちゃって……ほら、普段はこの閉ざされた右目に禁断の力が眠っていて……いざという時に、その眠っていた力が解放される的な……『聖魔紋章眼せいまもんしょうがん』という設定……というか、力……とかに憧れてずっとこういう髪型にしてたら……なんか……」


「はあ? なんだそれは? 封印された力ぁ? そんなカッコ悪い頭になってまで隠すものなのか?」


「…………ぐす……女の子に真面目な顔で言われると……ぐす……ショックなんで」


 

 重い空気を背負って俯いてしまったチューニ。ロウリに手を引かれて畑に向かう足取りは重く、かなりショックを受けてしまったようだった。

 一方で、今のやり取りを見ていたジオ達は……


「「「……………………」」」


 チューニの背を見ながら……


「は、はは、チューニの隠れた右目に封印された力ねぇ~……そういや、ガキの頃にゴッコ遊びでそういうのあったな」

「チューニも複雑な年ごろということだろう。触れてやらぬ方がいいと思う」

「ぬわははは、しっかし、ただでさえとんでもない能力を持っているのにの~」

「そうそう。この期に及んで、更にとんでもねえ魔眼とかあるわけねーっつーの」

「ふっ、さすがにそう都合よくはないであろう」

「確かにのう。やっぱりチューニもガキじゃのう。ぬわはははははは!」


 チューニの子供のような考えに呆れて笑ってしまう三人。だが、三人とも若干その笑みを引きつらせながら、


(((……おかしい……チューニの場合、……なんだか、『無い』と言いきれない……)))


 本来ならそんなことは「無い」とは言い切れることも、「チューニだったら意外と……」という想いを三人とも抱いたのだった。


「おい。で、お前たち三人はどうするのだ?」


 と、そこでチューニの可能性に三人が苦笑していたところで、メムスは今度はジオ達に問う。お前たちはどうするのかと。

 すると、今度はマシンが村を見渡して……


「ん? あれは……」


 マシンの視線の先には、村の中に流れる小川の傍らに備え付けられた建物。そこには、木で作られた円形の装置があった。

 小川に設けられたその装置が、回転しながら水を田んぼに送り込んでいる。

 それを見て、マシンが感慨深そうに目を見開いた。


「水車小屋か……隔離地域にあのようなものがあるのだな」

「ん? おお、そうだぞ! あれは、カイゾーが我々のために作ってくれたものなのだ!」

「……カイゾーが?」

「カイゾーが木を自在に操れる力を使って作ってくれてな。あれで田んぼに水を送るだけではなく、小屋の中であれを動力として脱穀したり、製粉したりと大いに大活躍しているのだ!」


 メムスはそう言って、自分のことのように誇らしげに胸を張った。

 だが……


「ん? 止まった……」

「ぬぬっ!?」


 言っている傍から、水車の回転が止まった。すると、小屋の中から村の女たちが出てきて……


「ねえ、ゾーさん! 水車がまた止まっちゃったの。お願い、見てくれる?」


 水車に不具合が起こったようで、製作者のカイゾーに村の女が助けを求める。

 だが、カイゾーは包帯だらけで俯きながら……


「あ、あれが、魔界神話の住人、闘神ガイゼン……小生が生まれるよりも何百年も前の英雄にして七天創設者……しょ、小生は伝説と戦っていたゾウ? い、偉大なる大先輩に何たる無礼を……というか、死んだという神話は嘘だったゾウ? いや、しかしあの力は……」


 と、ガイゼンの素性を知ったカイゾーはまだショックから抜け出せないようで、ブツブツと呟いていたのだった。


「ゾーさんってばー!」

「ぞ、ゾウ!?」

「んも~、大丈夫? やっぱりケガが痛いの?」

「い、いや、ケガよりも……小生には色々とショックなことが……」

「そうなの? じゃあ、後でのほうがいいかな? その、水車がまた……」

「ん? あ、……おお、そうか……すまぬゾウ。小生も水車の構造を完全に把握していないのに見様見真似で作ったのが問題だったゾウ。細かいところがいい加減な欠陥だったゾウ……」

「ごめんなさい、怪我しているのに……」

「問題ないゾウ……ちょっと、今は他の作業をして心の整理をしたいゾウ……」


 村の女に窺われて、色々と悩みを抱きながらカイゾーがゆっくりと立ち上がって、水車小屋へと向かう。

 どうやら水車に関しては、見てくれはちゃんと作っているようで、カイゾー自身も元々が武人であるためにそういった装置の類の構造まで細かく把握しているわけではなく、よく止まったりと問題はあるようである。

 その様子に、メムスは少し「むむむ」と唸るも……


「と、とにかくそれでもカイゾーの力は大いに役立っている!」


 と、カイゾーをフォローしたのだった。

 すると、マシンはスタスタと水車小屋へと向かっていく。


「ふう……分かった。水車については自分が何とかしよう」

「お、おい、お前!」

「水路の流量や水車にかかる総合負荷計算なども全く行われていないのだろう。自分が計算して設計しなおして、完璧にしよう」

「お、おい、どういう意味だ? おい、言っておくが壊すんじゃないぞ? アレはこの村でも貴重な装置なんだぞ?!」


 マシンがこの村でやろうとしていること。それは、この村で使用されている水車を完璧に仕上げようというものであった。

 メムスは心配そうに忠告しているが、ジオは「完璧に仕上げるだろうな」とスタスタと水車へ向かうマシンの背を見てそう思った。


「ねえ、ゾーさん、あそんでよー! 今日もたたかいごっこやろーよ!」

「む? いや、小童ども、小生は今から水車の修理に……」


 と、そのとき、水車へ向かうカイゾーを村の小さな子供たちが引っ張って止めようとする。

 だが、仕事があるとやんわりとカイゾーが断ろうとすると……


「ぬわはははは、よろしい! ならば、ワシがちびっこどもと遊んでやろう!」

「ゾゾゾゾウッ!!!??? が、ガイゼン先輩……」


 いつの間にか、ガイゼンが子供たちを肩に担ぎあげて笑みを見せていた。


「ぬ、あいつ、いつの間に! って、あいつがカイゾーをボコボコにした危険な奴なのだろう? 大丈夫なのか!?」

「……多分……」


 カイゾーを打ち負かした張本人であるガイゼンが、カイゾーに代わって子供たちを引きうけると笑みを見せる。

 流石にメムスも危ないのではないかと慌てるが、子供たちは大柄のガイゼンに抱え上げられて、既に目を輝かせていた。


「い、いや、そ、その、が、ガイゼン大先輩にそのようなことを……」

「ん? なんじゃあ? センパイ? 堅苦しいのう。もう、ワシらは親友であろうが」

「し、しかし……」

「ほれ、ちびっこ共はワシに任せて、さっさと行って来い」

「そ、そう言われましても……」


 一方で、カイゾーはガイゼンの素姓を知ってから、すっかり畏まってしまっている。

 ガイゼンは相変わらずの大ざっぱな性格で「気にするな」と言って背を押し出そうとするが、カイゾーもすぐには動けないでいる。

 そして、色々と慌てながらも、カイゾーはどうしても気になったのか、ガイゼンに問いかけた。


「その……ガイゼン先輩……」

「ん?」

「……ガイゼン先輩は……その……戦死したのではなく、大魔王様に封印されていたとのことですが……」

「おお、そうじゃぞ。それがどうかしたか?」


 神話の住人、闘神ガイゼンは数百年前に死んだ。それが、神話での話。魔王軍の大将軍だったカイゾーもその認識であった。

 しかし、実際は違った。

 ガイゼンは、大魔王との諍いによって何百年も封印されていたのだ。

 その真実を知ったカイゾーは……


「なぜ……ガイゼン先輩は、大魔王様に封印されましたゾウ?」

「ん?」


 そのとき、ジオも思わずハッとした。

 ガイゼンの話では、過去に大魔王と諍いを起こして魔王軍を追放されるような形で封印されたという話だった。

 ジオ自身はそのことを深堀しなかったが、言われてみて気になった。

 なぜ、ガイゼンは大魔王と諍いを起こしたのかを。


「ん~……ど~じゃったかのう。昔のこと過ぎて忘れてしまったわい。ぬわはははははは!」


 一瞬だけ、遠くを見つめるように目を細めたものの、すぐに豪快に笑いだしたガイゼン。

 それはまるで、何かを誤魔化しているかのような笑いだということは、カイゾーだけでなく、ジオにも分かった。

 大魔王と諍いを起こした理由は「覚えているけど、話す気はない」という様子だ。


「まあ、安心せい。いかに、過去にスタートの奴と揉め事を起こし、数百年も自由を奪われたとはいえ、それはワシとスタートの問題じゃ。間違っても、その血を引く娘に何かをしようなどとは思わん」


 ガイゼンは、全てを語らないものの、カイゾーの肩を叩いて、メムスに危害を加えるようなことはしないということだけは約束した。

 カイゾーも色々とガイゼンに聞きたいことはある様子だが、とりあえずメムスに関する約束だけ得たことで、もうそれ以上は聞こうとはしなかった。


「「…………」」


 そんな二人のやり取りを眺めていて、後に残されたジオとメムス。ほんの僅かな静寂ののち、


「で、お前は何をする?」

「…………」


 まだ何もしていないジオに、再びメムスが尋ねた。

 だが、ジオが即座に答えられないでいると、メムスは一度ため息を吐いた。


「はぁ……もういい。来い。今から私がお年寄りの家に野菜を配って回る。お前はそれを手伝え」


 と、メムスの荷物持ちを命じられたのだった。

 それが、魔王の娘からの元帝国兵だった自分への命令だと思うと、ジオも思わず笑ってしまった。

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