第五十四話 堤防
辺境にある山奥の村。
そこには本来数多の獣道を越えなければ辿りつけぬようになっていたが、カイゾーの力を使えば簡単に木々は横に避け、道も舗装され、誰もが容易に辿り付ける場所となった。
そして、ジオたちや人間たち全員が村にたどり着いたのを確認し、カイゾーはまた改めて魔法によって山の地形を変えていく。
それは、明らかに外敵を警戒してのこと。
「ここが、ハーメル王国の特区……ってやつか?」
「正式には、本来のハーメル王国の民たちだゾウ。彼らは、ポルノヴィーチに追いやられて、外界とは隔絶されたこの地において自給自足の生活を余儀なくされているゾウ」
山奥の開けた地にある、のどかな村。
「特区はここの他、少し離れた箇所にあと数か所……全て合わせて人口は千人にも達しないゾウ」
小屋のような家や、畑がいくつか点在している。
村の中には特に商いを行うような店などもなく、人口も百人いくかどうかだろう。
すると、ジオたちの姿を見て、畑で仕事をしていた村の女たちが怪訝な顔をしてジッと見てくる。恐らく警戒しているのだろう。
「ヨシワルラにたどり着いたとき、獣女たちだけで歓楽街を経営して成り立つなんておかしいと思ってたが……ハーメル王国ってのは、獣女たちの国じゃなく、獣女たちに乗っ取られた国ってことか?」
最低限の衣食住だけ与えられた人間たちが細々と暮らす環境。それを見てジオが感じたことを口にすると、カイゾーも頷いた。
「いかにも。全ては、五大魔殺界のポルノヴィーチ率いる魔界最強の女ギャング組織……女が弱き存在として扱われる世界の流れに歯止めをかける……女の堤防……『女堤防』という組織だゾウ」
「「「「………………」」」」
色々とジオたちも既にツッコみたいところがあったが、とりあえず黙って話を聞くことにした。
「十数年前、ポルノヴィーチは人類の連合軍に知られることなく秘密裏に、そして迅速にこの国を襲撃して占領し、国家運営に最低限必要な要人や王族を生かして、外の世界には国が正常に動いているように見せているゾウ。多少の不自然も、元々ハーメル王国が連合に属していないことや、この国を他国の要人や裏組織の幹部たちの遊び場としているため、誰も深く追求しないゾウ。そして、特区の人間たちはある意味で人質。国民の命と最低限の生活を保障することで、王族や要人たちは協力を余儀なくされているゾウ」
ジオ、マシン、ガイゼンは、いくらなんでも獣人の女たちだけで運営される街や国などがずっと昔から存続しているのはおかしいと思っていた。
いくら連合軍に所属していない国とはいえ、対外的な交流はゼロではない以上、必ずどこかで綻びがあるはずであった。
しかし、そういった対外的な任を本来の人間の王族や要人たちにやらせて、ポルノヴィーチが裏から操っている。
多少の不自然も、人類の裏社会の組織や金や欲望に忠実な他国の貴族たちを抱き込むことで誤魔化し続けてきた。
そして、本来の国民たちは殺さず人質として生かされ続けて、今日この日までハーメル王国は成り立ってきていた。
それが、この国の正体と、ジオたちもようやく全容を掴むことが出来た。
「……そんな国の特区に、あの女は捨てられてたってわけか。で、それに最初に気づいたのが、まさかの七天……すげー偶然だな」
国の概要を聞いたうえで、ジオはそう呟いた。
魔界では広く名の通っているはずの魔族が支配する地に、よりにもよって大魔王の隠し子が捨てられ、そしてその存在を最初に気づいたのが、敗戦して魔王軍を抜けて賞金首となった元七天大魔将軍のカイゾー。
今、怯えている村の女たちを安心させるべく畑に駆け寄って宥めているメムスの姿を見て、ジオは奇妙な運命を感じていた。
「で、テメエは何であの女を守ってる? 血筋なんてもはや確かめようもねーだろうし、魔王軍が降伏した以上もはや戦争もねえ。それとも、あの女を担ぎ上げて反乱軍でも作る気か?」
傍らのカイゾーに皮肉を込めてジオが尋ねてみた。
「最初はそれも考えたゾウ。だが、半死半生でこの村に辿り着いた小生を……住民の者たちは親切に手当てをし、食事を与えてくれ……そして、この村で暮らしているうちに……今まで憎むべき人間たちと戦ってきた小生には……」
カイゾーは複雑そうな表情で顔を俯かせた。
すると……
「ゾーさん! ……ひっ、ゾーさん……おけが……」
「ゾーさん! ねえ、ゾーさんかったよね? ゾーさん強いもん! 悪い奴らなんかにまけないよね!?」
小さな子供たちがカイゾーの姿を見て駆け寄って来た。だが、ガイゼンに痛々しいまでにやられたその姿に誰もが驚いて涙を流してしまった。
だが……
「大丈夫だゾウ。小生はバケモノである。残念ながら、そう簡単に死んでやれぬゾウ」
冗談交じりだが、子供たちを安心させるように優しく頭を撫でながら告げるカイゾー。
だが、「死ぬ」という言葉は逆効果だったのか、子供たちは余計に泣き叫んでカイゾーにしがみ付いた。
「やーだーーー! ゾーさん死ぬのヤー!」
「うぇーーん、やだよ~、ゾーさんやだー!」
「うばああああ、ううう、やだやだやだー!」
気付けば、メムスに手を引かれていたはずのロウリという名の娘も一緒になってカイゾーにしがみ付いて泣いていた。
人間の純粋無垢な子供たちが、異形の存在でもある魔族に対するこの反応。
「随分日和っちまったな……怪獣武人だなんて言われてたテメエが……」
そこに、かつて自分も経験したような、どこか「懐かしいもの」を見たような気がして、ジオも目を細めて苦笑した。
そんなジオの皮肉にカイゾーは子供たちの頭を撫でながら……
「最初は義理のつもりだったゾウ。大魔王様を守れなかったため……せめてその血を引く御方だけでも……と。小生の所為でポルノヴィーチにメムス様の重要性を気付かれたうえ、この地はハーメル王国の三つの街……『ヨシワルラ』、『オゴート』、『カナヅエン』に三角形の布陣で包囲され、どこも戦闘を避けて逃げられないようになっているゾウ。メムス様だけならば、小生が強行で逃がせなくもないかもしれないが……そんなことを、メムス様が了承されるはずがないゾウ」
ポルノヴィーチたちにその存在を気付かれたメムス。魔界においても人類においてもあまりにも重要すぎる存在が、自身が支配している地に居る以上、放置する手は無い。
今後あらゆる交渉の材料にも使えそうなメムスの存在は、ポルノヴィーチたちも喉から手が出るほど欲しい存在と言える。
そして、その存在を決して逃がさないように警戒もしている。
「そして案の定、ポルノヴィーチはもし小生やメムス様がこの地から離れれば、特区の人間は皆殺しと言っているゾウ」
カイゾーが居れば、メムス一人を逃がすことは簡単かもしれない。
ただし、村人全員はいくらカイゾーでも無理である。だからこそ、そうなった場合、村人は見捨てることになる。
しかし、それをメムスは受け入れない。
「とはいえ、ポルノヴィーチたちも小生が居る以上は強硬手段……すなわち、組織の総力でこの特区を攻撃してメムス様を略奪という手は簡単に踏み出せないゾウ。奴も分かっているゾウ。小生と正面から構えれば、小生を倒すことが出来ても、組織半壊のリスクがある。それだけは、ポルノヴィーチも避けたいことだゾウ」
「……ああ、そういうことか。だから、組織とは関係ない腕利きの賞金稼ぎや冒険者たちを募っていたわけか……」
「それに、ポルノヴィーチはその……小生自身も生かして捕えたいという願望もあるようで……」
カイゾー一人では、村人を守りながら組織を壊滅させることは出来なくても、村人を見捨てて捨て身になって戦えば組織に致命的なダメージを与えることは出来る。
ポルノヴィーチもそのリスクまで負う気はなく、今はとりあえずメムスとカイゾーを外に逃がさないようにしながら、腕利きの冒険者たちにカイゾー討伐をやらせている。
その一環が、今の自分たちなのだと、ようやくジオたちも納得した。
「しかし、サラッとお前が倒される前提の話をしているが、そんなにツエーのか? その組織やら五大魔殺界なんて肩書は。ショージキ、俺はそんな肩書は最近になって初めて聞いたんだぜ? お前のテラ級の魔法で麓の街を飲み込むぐらい一気に片を付けちまえばどうにかなるんじゃねーのか?」
五大魔殺界とその組織の力はどれほどか? 正直、それに関してはジオもマシンもチューニもガイゼンも誰も知らなかった。
果たしてその肩書は、何百年も昔から続く七天大魔将軍の肩書を持つカイゾーがそれほど言う力を持っているのかと。
するとカイゾーは……
「無理だゾウ。五大魔殺界……通称『五界』はその一人一々の単独の戦闘能力は七天に勝るとも劣らないゾウ。正直、ポルノヴィーチ一人でも小生が勝てるかどうか……」
あっさりと認めるカイゾーに、ジオたちも「それほどか」と思わず息を呑んだ。
ガイゼンだけは何故か嬉しそうだったが……。
そして、カイゾーは更に続ける。
「それに、組織の構成員は、全て女とはいえ、全員が実践で鍛えられた武闘派揃い。特に……ウーマンダムの誇る九人の大幹部……その名も、『九覇亜』……普段は魔界にて組織のシマを守護しているが、現在その内の四人が今、この国に居るゾウ。その四人……力を合わせれば、小生にも匹敵するかもしれぬゾウ……」
組織のメンバーは全員が戦える。それは、ヨシワルラに居た女たちを見て、ジオたちも気付いていた。
あの街に居た女たちは誰もが「戦える奴ら」だということを。
そして中でも……
「九人の大幹部……九覇亜……その内の四人か……」
四人。そのうちの一人が、ジオとマシンとガイゼンの頭の中に同じ人物の顔がよぎった。
「一人は、ポルノヴィーチを輩出した妖狐一族の若き魔道戦士……世にも珍しい泡の魔法と体術を駆使する……『魔道泡姫・コン』……コン・パニオンだ」
コン。その人物は紛れも無く、狐の風呂屋で会ったあの女に間違いないと、ジオたちは頷きあった。
「そして、コンと同様ポルノヴィーチと同じ一族。女の身でありながら、かつて単身で裏街のギャングたちを百人潰し、魔界で無敗の喧嘩師の名を欲しいままにした……『玉砕き・タマモ』……本名、タマモ・ミスキ」
カイゾーの話では、コンと同じクラスの存在がコン以外で三人。四人が力を合わせれば、七天と同等かそれ以上。
「さらに……まだ若いが、最近組織に加入した者。伝説の古代竜の血を引くと噂され、その鋭い牙は天すら噛み砕くと言われる……『天噛み・オシャマ』……オシャマ・リーガル」
そして、それらの名は誰一人としてジオたちは聞いたこともない名だった。
「最後は、長年ポルノヴィーチの右腕として魔界で暴れ回った、半人半蛇という魔界でも珍しいラミアの種族にして、組織No2の高額賞金首……『蹂躙蟒蛇・イキウォークレイ』……イキウォークレイ・コンカトゥ」
しかし、誰一人知らなくても、魔界では名の知れた存在として、カイゾーは一人一人の経歴を語っていく。
「魔道泡姫、玉潰し、天噛み、蹂躙蟒蛇……この四人とポルノヴィーチが居る限り、小生に勝ち目はなく、民たちは外界へ逃げることが出来ないゾウ」
四人の異名と名を語って、カイゾーは改めて告げる。
その四人は別格であり、その四人とポルノヴィーチの存在がある限り、自分もメムスも人間たちもこの特区から抜け出すことが出来ないと。
「……それはそれとして、テメエは既にガイゼンに負けてんだけどな。ボコボコに」
「……うっ!?」
「とりあえず、テメエも戦争終わっても色々と悩みがあるんだな。俺らには何も関係ねー話だけどな」
と、一通りのこの国を取り巻く状況やカイゾーの事情を知ったジオは、冗談交じりでそう言いながら頭を掻いた。
とりあえず、どうするのかを。
「で、ガイゼンはどーすんだ?」
「ん?」
「一応、俺らの受けた依頼は、こいつを生け捕りにすることなんだが……」
ジオたちが受けたプロフェッサーPであるポルノヴィーチの依頼。それは、カイゾーを生け捕りにすること。
そうすれば、莫大なカイゾーの賞金の更に何倍もの報酬を支払うというものである。
すると、ジオの言葉を聞いた村人たちが途端に目の色を変えて、一気に村に緊張が走る。
子供たちもその空気を察して、カイゾーの体にしがみ付いてジオを睨んだ。
「ん~……しっかし、確かに依頼は受けたが……依頼内容に嘘をつかれているからの~。ほれ、カイゾーがプロフェッサーPの恋人とか……」
「あ~……そういや……」
「こういう非公式な依頼というのは互いの信頼関係で成り立つというのに、それをハナから騙したのは向こうの方。カイゾーとの戦いは楽しかったが……依頼を全うする義理はないの~」
今回の依頼で一番やる気を出していたのはガイゼン。
しかし、こういう状況になった以上、もうガイゼンにその依頼について最後までやる気はなく、カイゾーともう一度戦うことも今の時点ではこだわっていなかった。
すると……
「その……今度は小生からも質問させて欲しいゾウ……貴公にだ……ガイゼンとやら」
「ん? ワシ?」
今度は、カイゾーの方から質問が来た。それはガイゼンに向けて。
「正直……貴公はいったい何者なのだ?」
それは、単純な質問。「そもそも何者なのだ?」というもの。
無理もないことである。
長年、七天大魔将軍として史に刻む戦いや偉業を成し遂げてきたカイゾーが、一対一の戦いで敗れたのである。
そんな相手に興味を持つのは当然のことである。
すると、ガイゼンは……
「ワシはオヌシの大先輩じゃ」
「はっ? ……先輩? そういえば、暴威も言っていたな……先輩とは……まさか魔王軍の?」
「魔王軍は魔王軍じゃが……七天としてもそうじゃ。そもそも、それはワシが作った称号じゃしな」
「…………? ……どういうこと……だゾウ?」
ガイゼンの言葉の意味がまるで理解できない様子のカイゾー。
だが徐々に、カイゾーは何か気付き始めたのか、全身から汗が噴き出してきた。
「魔王軍……七天……先輩……ガイゼン? ま……まさか……まさか……」
目に見えて狼狽え始めたカイゾー。
カイゾーの様子に村人たちも心配そうに顔を覗き込んでいる。
そんなカイゾーに、ガイゼンはニタリと笑みを浮かべ……
「ワシは……ガイゼン・ムゲン。今の時代から何百年も昔……闘神と呼ばれておったわい」
「う……ウゾオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウ!!!??」
戦いのときよりも大きなカイゾーの驚愕の声が、地面や木々が揺れるほど響き渡った。




