第五十二話 人間
出会ってしまった怪物の雄同士。一撃ぶつかり合うだけで、互いが常人では越えられぬ領域の強さであることを理解する。
「何者だゾウ?」
「ワシが何者かは、体感して理解せよ!」
まるで剣の鍔迫り合いのように互いの腕を重ねて押し合う両者。その場で押し合うだけで、どんどん地面の陥没が大きくなっていく。
しかし、それでもまだ両者余裕があるのか、心に乱れがない。
「いずれにせよ、ここより『先には行かせぬ』ゾウ!」
「ん?」
互角の押し合いから、カイゾーが後方へ飛び退いて距離を取る。着地した瞬間に山中が地響き慣らして揺れ動く。
それは、退いた訳ではない。助走を取ったのだ。
規格外のパワーと、その巨体から繰り出す超重量。
地を力強く蹴り出して加速した衝撃を、カイゾーはガイゼン目掛けて正面から繰り出した。
「象突猛進!!」
巨大な木々など一切障害にせず、力任せに突き進むカイゾーの突進。
対してガイゼンは……
「並みの魔族では肉片残らず粉微塵になるであろうな……避けるのは造作も無いが……ワシを誰だと思っておる!!」
ガイゼンが両膝を曲げて腰を落とし、カイゾーと同じようにその両足で力強く地を蹴って飛び出した。
それは小細工なしの正面衝突。
力と力のぶつかり合い。
「ぬどりゃああああああっ!!」
「ッッ!!??」
二つの超パワーのぶつかり合い。
「ほぎゃあああああああ! 僕はどうなるんでーーー!!??」
まるで爆発が起こったかのような衝撃波が二人を中心に発せられ、山中の巨大な無数の樹木ごと、腰を抜かしていたチューニが軽々とふっとばされる。
「ジオ・グラビテーション!」
「ふわっ!?」
このままどこまでもふっとばされてしまうのか? チューニが衝撃波の中でそう感じた瞬間、禍々しい闇の瘴気に体ごと引っ張られた。
その先にいたのは、肉体に痛々しい生傷を負いながらも、邪悪な笑みを浮かべるジオだった。
「リーダーッ!? 無事だったの!?」
「世話の焼ける……げほっ、ごほっ、げほっ……ちっ、あの長鼻野郎……」
チューニを救出しながらも、ジオのその目に宿るのは怒り。
「リーダー……だ、大丈夫そうなのに、痛そうだけど、顔恐いんで……」
「あ゛?」
「ご、ごめんなさい、なんでもないんで」
攻撃を直撃して大きなダメージを負ったジオだが、その怒りに満ちた表情は今すぐにでもカイゾーに飛びかかろうとしていた。
その強烈な威圧感に、味方でありながらチューニも恐怖を感じてしまっていた。
だが……
「うほほーーーい!!」
次の瞬間、ジオたちの頭の真上を嬉々としながらガイゼンが勢いよくふっとばされていた。
「んな!?」
「ちょ、ええええ!?」
力と力の正面衝突を繰り出したガイゼンとカイゾー。だが、軍配が上がったのはカイゾーの方。
力比べでガイゼンが敗れてふっとばされる所を初めて見たため、流石にジオも驚きを隠せなかった。
「ふぅ……大した力だゾウ。小生と力比べを出来る魔族がこの世に居たとは思わなかったゾウ……」
二人の衝突地点で、ふっとばしたガイゼンを睨みながら構えるカイゾー。その姿に、ジオは舌打ちしながら……
「あの野郎……三年前よりも強くなってやがる」
自分が知っている頃よりも更に強くなっていることを感じていた。
「あ~、どっこいしょ! いや~、やりおるわい! 正面衝突でワシが押し負けるなど、何年ぶりかのう?」
一方で、激しくふっとばされたガイゼンだが、機嫌よく笑いながらすぐに立ち上がった。
多少の擦り傷は見られるが、全体的にダメージはさほど負っていない様子だった。
「……手ごたえはあったゾウ……それなのに、ケロッと……」
「いやいや、けっこー痛かったぞ? ワシの時代にもこれほどの力持ちはそんなに居なかったぞ?」
「……なに?」
力比べでは勝利したものの、まるで堪えていない様子のガイゼンに、カイゾーも何かを感じ取ったようだ。
その目は明らかにガイゼンを警戒して、不用意に飛び掛ろうとしない。
すると、ガイゼンは……
「たまらんの~……ちょっと……」
「……」
「制御できなくなりそうじゃわい!!!!」
「ッ!!??」
次の瞬間、空気が張り詰め、強烈な寒気がこの場に居た者たちに襲い掛かった。
両目を大きく見開き、ほんの僅かだがたじろぐカイゾー。
ジオもチューニも寒気で鳥肌が立ってしまった。
「貴様……」
「ぬわははは……蹂躙したくなるわい!」
それは、今までのように豪快で豪胆で、時折スケベジジイだったガイゼンの目とは明らかに違った。
血に飢えた獣の目。すべてを蹂躙するかのような狂気。
ジオたちですら見たことのない、ガイゼンの本性のようなものが顔を出した。
「貴様……危険だゾウ! ここで……始末しなければならぬゾウ!」
ガイゼンの威圧感に危険を感じたカイゾーが動く。
全身に輝く魔力を漲らせ、そしてその両手を地面に添える。
「大自然に埋もれて死ぬゾウ! テラフォレストッ!!!!」
その時、山中の無数の樹木が変化し、伸び、さらに互いに絡み合って集結していく。
「な、て、テラ級ッ!?」
「ちょ、ぎ、ギガより上ッ!?」
流石にジオも驚き、そしてその場に居ては危険だとチューニを咄嗟に脇に抱えてその場を離脱しようとする。
だが、山中全体がまるで一つの意思を持ったかのようにうねり出し、どこへ行こうとも逃れられない。
「ナックルドリルッ!!」
「ッ!!??」
蠢く自然に巻き込まれそうになったジオたちだったが、その時、樹木を突き破ってマシンが現れた。
服が破れて剥き出しになった鋼鉄の肌を晒しながら、その右腕には勢いよく回転する螺旋を装着し、ジオたちの元へ駆けつけた。
「マシン、無事か!?」
「それなりに損傷したが……」
「と、とりあえず、どうすればいいんで!?」
マシンが無事だったのにはホッとしたジオとチューニだったが、この迫り来る猛威の対処は困難であった。
そして……
「飲み込まれるゾウ!」
「うおっ、おほっ! おおー!」
何重にも絡み合った樹木が、やがてガイゼンの体を包み、飲み込み、そのまま超巨大な大木となって天高らかへと伸びていく。
それは、山から突如顔を出した、山のように高く太く逞しい大木。
「これが……テラ級か……やっぱ七天も強さに序列があるんだな……あの野郎……俺が知ってる七天の中でもレベルが……」
「……やはり……怪物だな」
「な、なにこれ、こ、この木なんの木なんで??」
背を反らして見上げなければ頂上も見えないほど聳え立つその規格外の大きさに、ジオたちも思わず呆れて苦笑してしまった。
だが……
――久々のご馳走じゃ……喰らい尽くしてくれる……
その場に居た全員の脳裏に、ガイゼンの呟きが響いた。
先ほど駆け抜けた寒気のするような威圧は、巨大な樹木に飲み込まれても一切衰えていない。
それどころか、より禍々しくなり……
「簡単に、死肉になってくれるなよ?」
天高く力強く聳え立つ巨大な樹木の中腹が粉々にへし折れて中からガイゼンが飛び出してきた。
幹が砕け散って落下する。
「……ッ、いかん! テラフォレスト!」
このままでは折れた大木が山に落ちて大惨事が起きるかもしれない。そう察したカイゾーは、まるで『なにかを守る』かのように咄嗟に動いて大地から新たなる木を次々と生やして、落下する樹木を受け止めた。
「ふぅ……危なかったゾウ……それにしても……なんだ、あのバケモノは!?」
災害を咄嗟に食い止めて安堵するカイゾー。すぐに空を見上げて表情を強張らせた。
だが、そこにはもうガイゼンは居なかった。
「ぬわはははは」
「ッ!?」
「ウヌ風に言うなら……遅いゾウ、かのう!」
高い木の上から降りてくると思っていたガイゼンが、一瞬目を離した隙に、既にカイゾーの懐に潜り込み……
「一の貫手!」
「なっ……ッ、……に!?」
獣の爪よりも鋭いその手を手刀の形にして、鎧もろともカイゾーの脇腹に抉るように突き刺していた。
強靭な肉体も強固な肉体も関係なく、無理やりカイゾーの体内に手刀を捻じ込み、足元に大量の血溜りができた。
「おっ、あ、がっ!? な、い、いつの間に!?」
「ぬわははは……ボーっとしている暇はないぞ! 十百千万メッタ刺し!!」
「ごあ、がっああああああああああ!!??」
一度突き刺しただけでは終わらない。ガイゼンは一度突き刺した手刀を抜いて、そのまま即座に同じ箇所に寸分違わずカイゾーの傷口に手刀を捻じ込んで、高速で何度も刺しては抜き、そしてまた刺して抉った。
「お、同じ傷口に!?」
「……なんという……」
「うぎゃあああ、い、み、み、見てるだけで痛いいい!?」
ガイゼンの常軌を逸した攻撃に、流石のカイゾーも声をあげ、その光景を見ていたジオたちも顔を青ざめさせた。
並みの相手なら、余りの激痛に耐え切れずにショックで死んでいただろう。それほどまで凄惨な攻撃であった。
だが、それでも相手は伝説の武人。
「こ、んの、何をするゾウッ!!」
「おほっ!?」
懐に入り込んだガイゼンは、カイゾーにとっても恰好の的。体を強引に捻って、その強烈な拳をガイゼンの顔面に叩き込み、ふっとばそうとした。
だが……
「ぬわはは……まだまだウマく食えそうじゃ!!」
鼻が潰れ、鼻血を噴出したガイゼンだったが、その両足で力強く地面を掴んで、吹き飛ばされず、堪えきった。
「まだまだ千切らせろい! 抉らせろい!」
「ッ!?」
カイゾーの拳を耐え切り、今度はガイゼンがカイゾーの顔面、喉、胸骨、水月に、同時に拳を叩き込む。
カイゾーの骨が砕け、内臓が破裂し、その巨体が膝から崩れ落ちそうになった瞬間、ガイゼンは爪を立ててカイゾーの貫通していない逆の脇腹を掴み、肉の一部をねじ切った……
「ぬをおっ!!?? うぐっ!?」
「ぬわはははは、いいのういいのう! 上質で高密度の肉! たまらんのう! たまらんわい!」
「ッ、こ、の、ぬおおおおおおおおっ!!」
激痛に顔を歪めるカイゾーだが、寸前のところで倒れずに堪え切り、力強く吠える。
「ギガフォレスト!」
「なんじゃあ? そんなもん、もうワシには足止めにもならんわい!」
再び繰り出す、カイゾーのギガ級の魔法。荒れ果ててなぎ倒されている木々が再び甦り、意思を持ったかのように無数の枝がガイゼンを拘束しようと飛ぶ。だが、ガイゼンは雄叫びを上げながらその両の手で全ての枝を引き千切って、決して捕らえられない。
「象鼻鞭ッ!!」
「ぬっ!?」
だが、その幾重もの枝に紛れて、強烈にしなる鞭が死角からガイゼンを襲った。
「ぬぬぬぬ、うっとーしい……」
「小生の鼻で、貴様が引き千切られるがいいゾウ! 百花象乱!!」
荒れ狂う巨大な鞭の乱れ打ち。しなる鞭が空気を弾く音と共に、ガイゼンの強靭な肉体の皮膚をズタズタに引き裂いていく。
「このまま完全に消え去ってしまうがいいゾウ!!」
ガイゼンの体に触れた箇所からドンドン生皮を剥いでいく強烈な鞭の雨。
その動きは目にも止まらぬ速さでガイゼンを打ち続け、誰にも止めることは……
「ぬはは、つっ、……ふふん……ワシ、鞭を使ったことはないが……ちょっと使ってみるかのう!」
「ッ!?」
「そういやあ!」
誰にも止めることはできない……わけではなかった。
全身の皮をはがされ、全身が血塗れとなったガイゼンだったが、その眼光は死んでいない。
突如腕を突き出したかと思えば、強烈な音と同時に、カイゾーの鼻の鞭をガッチリと素手で掴みとっていた。
「なっ、しょ、小生の技を!?」
「どれ……鼻だけでなく、体ごと鞭になってみるがよい!」
「な、ば、ばかな!?」
カイゾーの鼻を掴んだガイゼンは、そのまま力任せに引っ張り回し、カイゾーを体ごと投げ縄の様に頭の上で振り回した。
「ばかな、しょ、小生を……なんというパワーッ!?」
「どーれ、鞭はやっぱりぶつけるに限るだろうから……そうれいっ!」
「ぬごおっ!?」
「そーれい!」
「うごっ!? ぬっ、がっ、うがっ?!」
振り回したカイゾーの体を、樹木に、地面に、岩に、あらゆるものにガイゼンはぶつけ回した。
「ヌワハハハハハハハ! ハーッハッハッハッハッ!!」
辺り一帯の全ての木をなぎ倒していきながら、まるでオモチャを振り回すかのようにガイゼンは遊んだ。
「つ……ツエー……ば……バケモンが……」
そんな光景を目の当たりにし、ジオがようやく口に出来たのは、その一言だった。
「し、信じられないんで……い、いくら、何でも……な、七天のカイゾーが何もできないだなんて……」
目の前の悪夢のような光景にチューニがそう呟いた。だが、ジオはそれを否定した。
「何もできてなくはねぇ……カイゾーは強い。ちゃんと致命傷を避けようと防御し、時には反撃の手を繰り出してる」
「いやいや、リーダー! だって、それでも……確かにガイゼンの怪我もすごいけど……一方的になってると思うんで!」
「……ああ。つまり、そういうことなんだろうな……」
「はいっ?」
ジオにとって苦い思い出でもあったカイゾーの力。しかし、そのカイゾーが目の前でガイゼンに振り回されている光景を見て、ジオは震え上がった。
「差があるんだ……闘神ガイゼンと怪獣武人カイゾーとは……単純に力の差が……肩書きは同じ七天でも……格が違う!」
「か、格がッ……」
カイゾーとガイゼンの明確な力の差。そしてそれは同時に、ジオ自身にも言えることでもあった。
「マシン……テメエはどう思う?」
ジオが思ったこと。そのことをマシンも理解し、そして頷いた。
「自分とリーダーが二人がかりでも……ガイゼンには敵わないだろう。それほどまでに圧倒的だ」
マシンは過大評価も過小評価もしない。ただ、事実を淡々と述べた。
その言葉に、ジオは苦笑しながらも頷いた。
ジオが思ったことを、マシンも全く同じことを感じていたのだった。
「俺も甘かった……。七天の強さは横並びじゃねぇってのは分かってたが、それでもかつて、俺も七天を倒した経験から、勝手にガイゼンの力を推し量った気になっていた。だが……あいつは桁違いだ」
ガイゼンは自分たちよりも強い。しかも圧倒的にだ。その事実に、ショックを感じずにはいられないジオだったが、同時に沸々と湧き上がる別の想いもあった。
「ふ、はは、くははははは……大魔王が恐れた男……か。おもしれーじゃねぇか。俺だって……まだまだ強くなる! 身近に最強が居るなんてラッキーじゃねぇか!」
大魔王。かつて、自分が倒して世界の英雄となろうとした。しかし、それは敵わず、大魔王は勇者に倒された。
そしてその勇者は、強力なアイテムを所有していたものの、その力はガッカリするほどのものだった。
だからこそ、ジオはようやく自身の力が目指すべき領域を目の当たりにした。その力を得て、何かをするわけでもない。世界を救うわけでも、英雄になりたいわけでもない。
ただ、男としての本能が求めていた。
今よりも強くなることを。
「僕は……ガイゼンが敵じゃなくてほんとによかったんで……いや……ほんと……」
そんなジオとは反対に、もはやそれ以上のことを思いようがないチューニ。
「ふぅ……もし、大魔王がガイゼンを封印しなければ……戦争はとっくの昔に魔王軍の勝利で終わっていたかもしれない」
そしてマシンは、本当は変わっていたかもしれない世界の歴史に、呆れたように溜息を吐いたのだった。
「くっ、がはっ……はあ、はあ……はあ……」
ジオたちがガイゼンの強さに戦慄する中、もう勝敗はほとんど決していた。
カイゾーは両膝を崩し、肩で息をし、その全身には痛々しいまでの夥しい傷が刻まれていた。
「おおう、バテたか?」
「……ま、まだだゾウ……小生はまだ負けてはいないゾウ……」
「確かに、まだ目は死んでおらんな! まだ、ハシャぐか?」
ガイゼンも無傷ではない。カイゾーの拳を顔面で受けて、鼻がつぶれて鼻血を噴出し、そして全身の皮膚は剥ぎ取られて血まみれになっている。
だが、その痛みを顔に出さず、両足でしっかりと立っているガイゼンとでは、カイゾーの敗北は明らかだった。
だが、己の勝利に浮かれることなく、ガイゼンは目の前で這い蹲るカイゾーを見下ろしながら、不意に尋ねた。
「……それにしても、ウヌは……何を守ろうとしている?」
「……ッ!?」
そのガイゼンの問いかけに、カイゾーの両肩が大きく動いた。
「最初はウヌのことを、戦争の敗北を認めずに虎視眈々と反撃の機を伺っている見苦しい者か、ウチのリーダーのようにまだまだ暴れ足りずに燻っている者かと思っておったが……それも違う」
「な、なにを……」
「先ほど、ワシがウヌのテラ級の木を破壊して、その木片が山に倒れそうになったとき……ウヌは魔法で受け止めおった。まるで、何かを守ろうとしているかのように」
「ッ!?」
「こうして、ワシと対峙するのも……降りかかる火の粉を払うのではなく、ましてやワシをぶっ殺そうとしているわけでもなく……まるでワシのような危険な存在を、『これ以上先には行かせない』……という、意思を感じた」
カイゾーが驚いたように顔を上げてガイゼンを見る。
そして、ジオたちは流石にそこまでは感じていなかったのか、突如として狂気を抑えて穏やかに落ち着いたガイゼンの口から出た言葉に驚いた。
「……どういうことだ?」
まるで意味が分からず、ジオたちもガイゼンの元へと向かおうとした。
だが、その時だった!
「えい!」
「「「「…………ん?」」」」
小さな石ころが、ガイゼンの頭に当たった。
とくに危険でもないため、避けることもしなかったガイゼンが振り返るとそこには……
「ぞ……ゾーさんをいじめるなー!!」
まだ幼い小さな『人間』の女の子が、目に涙を浮かべながらガイゼンに向かってそう叫んだ。
「なんじゃぁ?」
予想外のことに首を傾げるガイゼン。ジオたちも同じだった。
だが、その子供を見た瞬間、カイゾーは驚きと同時に慌てて叫んだ。
「な、何をしているゾウ! なぜ、ここに来た……『ロウリ』!」
「ひぐっ……」
「早く逃げるゾウ! 小生に構わず、早く―――」
何故子供がここに居るのか? カイゾーのこの慌てる様はなんだ?
まるで状況が分からないジオたちだったが、そのとき、この場に集ってくる複数の気配に気づいた。
「ロウリ、お前は下がってろ! ゾーのあんちゃんは、俺たちが!」
「ゾーさんはやらせないぞ!」
「私たちが相手だ!」
突如としてカイゾーの危機に駆けつけてきた者たち。
農作業用の鍬などを構え、いかにも農作業をしているような土汚れた恰好で、ジオたちを取り囲むようにして現れた。戦いに慣れていないのが、誰もが目に怯えが入り混じっている様子で、正直、ジオたちの敵ではない。
ただ、気になるのは……
「こいつら……人間か?」
ヨシワルラの街に居た獣人たちのように化けているわけではない。正真正銘の人間である。
その人間たちが突如として武器を持って数十人ほど現れて、そして魔族であるカイゾーを救おうとしている。
「な、なぜ来たゾウ! 早く逃げるゾウ! こいつらは、レベルが違うゾウ! お前たちでは相手にならんゾウ!」
そして、自分を救おうとする人間たちに対してカイゾーが必死にそう叫ぶ。自分に構わず逃げろと。だが、現れた人間たちは……
「へ、へへ、で、できるかよ。ゾーのあんちゃんは……もう、俺たち『ハーメル王国』の家族なんだ! 家族を見捨てられるかよ!」
「「「お……オオオオオオッ!!」」」」
恐れながらも、必死に己を鼓舞するように叫ぶ人間たち。すると、その中から……
「そういうことだぞ、カイゾー! 我らのために戦うお前を見捨てて、何が誇りか!」
一人の女が出てきた。
「め、『メムス様』!? っ、な、なぜ……ぐっ、なぜ!?」
「なぜ? 今更、そのような水臭いことを言うではない、このたわけ者!」
腰よりも長い真っ直ぐの銀髪を靡かせた、紫電の眼光の、美しく歳若い女。
他の者たちのように、農家の娘のような恰好をしている。
だが、明らかに異質な空気と、どこか気品が漂っている。
そして特徴的なのは、その耳。そして額から伸びる……
「耳が尖って……それに角!? ま、魔族!?」
人間とは違う耳の形。そして額から伸びる一本の角。
チューニが女の様子を見てそう叫ぶが、ジオが咄嗟に反応。
「い、いや違う! あれは……ただの魔族じゃねぇ……」
「えっ? リーダー?」
「……人間の血を感じる……」
普通の魔族ではない。ジオも「同じ」だからこそ、本能的に理解した。
「半魔族だ……」
「え、は、半魔ッ!?」
人間と魔族の血が入り混じった半端な存在。半魔族。それはジオと同じ……
「おい、そこの人相の悪い男! 我をそのように呼ぶでない!」
「……はっ?」
「我は、人間だ!」
誰がどう見ても純粋な人間ではないその女。しかし、その女は自身を『人間』と呼び、そしてどういうわけか、カイゾーが『様』を付けて呼び、そして……
「あの小娘……どういうことじゃ?」
目を大きく見開いたガイゼンが、『メムス』と呼ばれた女を見て……
「あやつから、……スタートと似た匂いを感じるわい!」
ガイゼンがそう呟いた瞬間、這い蹲っているカイゾーの両肩が大きく動いて、激しく動揺した姿を見せた。




