第四十八話 大人の遊び場
自然と平和を愛する国家。国土を広げたり土地開発や交易による経済の活発化をしたりなどとは無縁の地。
それゆえ、国としても小さく弱小で発展性も無く、人口も減って衰退の道を辿るだけの田舎の小国。
それがマシンからの情報だったのだが……
「間違えたか?」
「……地理的には間違っていないが……」
「ほう。なかなか賑わっておるのう」
「……のどかな自然だけの国じゃなかったの?」
下船してから山の麓を目指して辿りついた、目的地。
てっきり、小さな砦都市のようなものがあるのかと思っていたが、ジオパーク冒険団を待ち構えていたのは、予想外の光景だった。
「ようこそ、エイロジージ商会慰安旅行御一行さま。私が今回皆様をおもてなしさせて戴きます、温泉宿狸寝入りの責任者、ラクンと申します。以後お見知りおきを」
「ぐふふふふふ、いや~、頼むよ。ワシらはこれが楽しみだったんじゃからな」
街の入り口で、旅の荷物を抱えた初老の男たちの十人ぐらいの団体が楽しそうにしながら、どこか落ち着きのある熟年の女に案内をされている。
「おにーさん、私たちのお店は昼間から営業しています。ショー酒場ウサギの巣に是非ともお立ち寄り下さい」
「オニーサン、マッサージ!」
「ショートはこれだけよ。ロングだったら、これぐらい」
人口数百人程度しかいない小都市というマシンの情報。しかし、いざ、街にたどり着いてみると、街の中は左右にズラリと建物が並んでおり、その店の前や通りには多くの女たちが並んでいる。年齢も歳若い娘から、熟年まで様々であり、格好も露出の多いドレスや、中には純朴な街娘の格好やメイドの格好など様々だ。
現在ジオたちの視界に入る女の数だけで、既に数百人は居ると思われる。
「では、案内されよう。あ~、ちなみに君たち。その私はだねぇ……」
「はい、承知しております。我々は御客様の情報は厳守しておりますので、外部には決して漏れることはありません。今は世間の目など気になさらず、存分にお楽しみください」
「むほっ! よ、よし、では楽しませてもらおうか!」
そんな女たちに声を掛けられている男たちは、皆が身分の高そうな貴族風の格好をしており、どこかだらしなく目じりが垂れ下がっている。
「おいおい、人……多いじゃねぇか」
「ああ。それに、建物の数も多い」
「ほうほう……なるほどのう……しかも、何だか甘ったるい香水がプンプンするの~」
「あ、あの、ぼ、僕が子供だからそう思うだけかもなんだけど……女の人……みんな、い、いやらしいっぽい……」
そう、想像していたよりも大きな街。大勢の人。そして、問題なのは普通の街という印象がまったく見られない。
チューニの言うとおり、どちらかといえば……
「ウホっ……あー、ちょっとあんたたち! 街に入りたければ、通行許可証を見せてくださいよ」
と、そのとき、街の入り口に備え付けられている受付口から、傭兵のような鎧を纏い、筋肉質な巨漢の女がジオたちを止めた。
「……通行許可証?」
「そう。この街は、一見さんは入れないんだ。ちゃんと面接をして会員になるか、もしくは誰かの紹介状が無ければ、残念だけど通すわけにはいかないんでね」
まさかの規制。それを聞いて、ようやく分かったとガイゼンが頷いた。
「ぬははは。どーりで、先ほど別れたコマサレーナが嫉妬した顔でむくれておったわけか」
「ガイゼン?」
「ここは貴族や富裕層がお忍びで遊びに来る……歓楽地というわけじゃ」
ガイゼンの言葉にジオたちも腑に落ちたと納得した。
「あ~、なるほど。じゃあ、自然との調和とかウソか……」
「本当は金持ちたちがたんまりと金を落して成り立たせている国……あのフィクサとかいう若造が絡んでいるのであれば、不思議ではない」
「くはははははははは、そりゃそうだ。平和と自然を愛するなんて、あいつにゃ真逆だと思ったぜ」
ジオもかつて将軍の身ゆえ、貴族や王族等がそういった隠れた場所で遊ぶ場所があるというのは噂では聞いたことがあり、なかなか興味深いと思いながら見渡した。
「ウホン? あんたら、ここは初めてだな? 通行証がなければ、面接を受け、その後に会員登録費を支払ってもらう。額は一人一千万になる」
「……た、たかっ!?」
「ワイーロで貰った褒章金では足りないな」
「なるほどのう。トラブルを防ぐためにまずは客の身分や身元をハッキリとさせるというわけか」
「い、いっせんまんで、あそび……ど、どんな?」
そして、特権階級の遊びに相応しい額に、流石にジオたちも呆れた。
「とはいっても、通行証か。そういうの、依頼書の他にあったかな……?」
いずれにせよ、簡単には入れないとのことで、ジオは改めてフィクサに渡された依頼を確認する。
依頼が書かれた紙や店の名前、地図などが数枚あり、そういった物は無かったはずだともう一度中身を確認しようとした。
すると、そのことに門番の女が反応した。
「依頼? 客ではなく、何かの依頼で?」
「ああ。フィクサって奴からの依頼で、プロフェッサーPって奴に―――」
「ウホッ!? フィ、フィクサ……フィクサ若頭からの!!??」
フィクサの名前に大きな声を出して驚く門番。すると、その声を聞いた瞬間、街の女たちがハッとしたように振り返り、目の色が変わり、まるで獲物を狙う獣のように鋭い目つきでジオたちに注目した。
「っ、お、おお……なんだ?」
「ちょ、そ、その依頼文いいですかい? ……ッ!? こ、このサインは本物の、フィクサ若頭直筆のサイン!?」
フィクサの依頼文を覗き見る女。女は依頼文の終わりに書かれているフィクサのサインに注目し、そしてそれが紛れも無くフィクサ本人のものだと確信し、急に態度を変えて背筋を伸ばした。
「ウホッ、失礼しました! 紛れもなく、フィクサ若頭から派遣された方々。ようこそいらっしゃいました!」
「お、おお……」
「プロフェッサーPの依頼、確かに確認致しました。あたすは街の警備兵をさせて戴いている、ゴリコです。どうぞ、こちらへ。『狐の風呂屋』にご案内します」
正に、掌を返したような応対にジオたちも苦笑した。
「入れちまったな」
「やはりあの男……顔が広い」
「しかも、ただ広いだけではなく、影響力があるようじゃわい」
どうやら、フィクサの存在はこの田舎の秘所地でも有力な存在のようである。
そんなことを感じながら、ジオたちが街に足を踏み入れようとした瞬間、チューニがビクビクした様子で固まっていた。
「あ、あのあの、り、リーダー……」
「んだよ、チューニ。何をビビッてんだ?」
「いや、あの、その~……ここって、その、ぼ、僕の歳だと入ったらすごいまずい所だと思うんで……」
色々と経験の乏しいチューニは、自分にはまだこの街に足を踏み入れるのは早すぎるとグズり始めた。だが、そんなチューニに心配いらないとばかりに門番の女、ゴリコが笑みを浮かべる。
「いえいえ、この街では同じぐらいの若者もたまに遊ばれていきます」
「えっ!? それって金持ちのバカ息子とか……」
「それはなんとも……しかし、この街で出会える女性も各年代を取り揃えておりますので、きっと良い時間を過ごしていただけると思います」
チューニが入ることは何の問題もないと自信満々に告げるゴリコ。それでも抵抗するチューニだが、いい加減に観念しろと、ジオに腕を引っ張られて強引に引きずられる。
「若頭の派遣した人たち……一人を除いて若いわね」
「人間と魔族のパーティー? 初めて見る」
「でも、雰囲気あるわね……それに、懐も温かそう……」
「あのご老人……色々とすごそうですね……」
そんなジオたちのやりとりは、当然街の客や女たちの注目を集めていた。
珍しがる者。品定めをするように様子を伺っている者。
だが、そういう視線はチューニ以外は慣れているが、露骨に注目されるのも気になるものだった。
「おい。そんなに俺らが物珍しいか?」
「ウホ? ああ、そうかもしれないですね。若頭には毎度御贔屓にしていただいていますし、色々と揉め事も解決してくださいますし」
「あいつが? 余計な揉め事をむしろ起こしそうな気もするが……」
「ウホホホホホ、そんな……」
歯切れの悪い笑いを見せるゴリコ。ジオの発言も外れてもいないと察することが出来た。
その証拠に……
「ぶりょふわああああああ!!??」
突如、建物の窓ガラスを突き破って、一人の男が投げ出された。
「い、痛いんだな! なな、なにするんだな!?」
「あぁ? もう、金がないんだったら客じゃないじゃにゃいですか。あんた、私たちの、にゃんこ喫茶ではもう遊べないにゃ」
頬に痛々しく付けられた刻み痕。肥えた豚のような肥満体型の貴族風の服をまとった醜い顔の男。
涙を流して怯えながら文句を言うその男に対し、店から出てきた女たちは、両手に鉤爪を装着して男に暴力的な罵声を浴びせる。
「ぼぼ、僕を誰だと思ってるんだな!? ぼ、ぼくは、ボッツラク家の長男、ヲターメンなんだな! ぱ、パパに言いつけたら、こ、こんな街なんか、かんたんんぶぎょおおおおおお!?」
男が見苦しくもまだ何かを言おうとするが、鋼の爪を携えた女たちは容赦なくその肉体を服の上から刻んでいく。
「好きにするにゃ~、その時はプロフェッサーPとフィクサ若頭に報告するにゃ。そうしたら、どうなるか……」
「ひっ……ひいいいいいっ!!??」
「それが嫌なら金を払うか~……売っちゃいますか♪」
「ま、待つんだな! ぱ、パパに言えば、ちゃ、ちゃんとお金は……いあああああああ!」
「それに、もう若頭からの情報で、ボッツラク家は先月に事業で大失敗して破産は確定。調べはついてるにゃ。お前はもう金を払えない。だから、未来は決まってるにゃ」
「そ、それなら、も、もういっかい、あ、あのことぶへぶひゅはあはああ!?」
血だらけにされた男が女たちに引きずられてどこかへ連れていかれる。
最後は恐怖におびえて泣き叫んで必死に助けを求めていたが、その声を誰も聞き入れず、女たちは連れていかれた男を涼しい顔で見ていた。
「……ひいい、な、なにあれ!? あの人どうなっちゃうんで!?」
チューニがそんな光景に、より一層恐怖を感じて悲鳴を上げてしまった。
「ウホッホッホ、あれは悪質な客に対する制裁です。大丈夫、ちょっとお金を稼ぐよう働いてもらうだけです。内容は……会員以外の方には教えられませんが」
「ほ~う」
「これも、プロフェッサーPで考えた、システムってやつでさ。プロフェッサーPはこういうアイディアを出したり、女の子たちに教育したりする、正にこの街の、いや、この国の顔のような人ですよ」
怪しく微笑むゴリコを見て、明らかに普通ではない街の空気を察してジオたちはほくそ笑んだ。
「ふ~ん。何者かは知らねーが……なかなか、刺激的じゃねえか」
「……どんな場所にも裏があるか……」
「確かに、裏もあり、更に奥も深いわい」
ただの田舎の小さくのどかな所だと思ったら、とんでもない場所だった。
それだけでなかなか興味深いのだが、ジオたちは『他のこと』にも感づいていた。
「それに……フィクサの依頼……想像以上にややこしそうだな……この街の女どもも、どういう経緯かは知らねーがな」
「リーダーも気付いたか? この街の女たちのことを……その正体も……ならば、ガイゼンも?」
「ぬわははは、当然じゃ。この街……甘ったるい香水の匂いを漂わせているが……ワシの鼻は誤魔化せん」
ジオ、マシン、ガイゼンの三人はこの街の「何か」に気付いたようで、互いにそのことを確認しあった。
「えっ!? リーダー、どういうことなんで? ねえ、この街がどうしたの? 想像以上に、お下品だとか!?」
「ん? あ~、まぁ、後で話すよ。今は……様子見だ」
一人だけ全く分からないチューニが焦ったようにジオに問いただすが、ジオは前だけを見て答えようとしない。
「ウホッ。あそこです」
ただ、不敵な笑みを浮かべるジオの様子がチューニは気になりつつも、四人が案内された先には、モクモクと煙突から煙を出す、瓦屋根の大きな建物に辿り着いた。
「ウッホホーーーイ! プロフェッサーPに客を連れてきた! 若頭から例の依頼に関する人だぞー!」
建物の前で大声を上げるゴリコ。すると、引き戸の扉がガラガラと開き、中から……
「ゴリコさん、プロフェッサーは今お留守にしていますが……ようこそおいでくださいました」
「「「「ッッッ!!??」」」」
こればかりは四人全員予想外だと驚いた。
「ぶっぼほっ!!??」
チューニなど、慌てて正座してしまった。
ブラウンのふわふわの長い髪。スラッとした身長でありながら体の肉付も良く、色気のある豊満な胸とムッチリとした尻……よりも男たちが目に入ったのは……
「なんだ、その恰好はッ!!??」
「……品がないと思うが……」
「うほっ! うっまそ~じゃわい!」
「ほげええええ!?」
ジオが怒鳴り、マシンは呆れ、そしてガイゼンはニタリと笑みを浮かべて涎を垂らす。
そう、中から出てきた女は……
「えっ? この格好? あっ、これはこの風呂屋の制服、紐ビキニアーマーです。プロフェッサーPの指示でして……」
「ひ、ひもあーまっ!?」
胸と下の一部だけを紐で括っているだけで、あとはすべて肌を露出し、裸同然のような姿の女。
妖艶な笑みと共に甘い臭いを醸し出して、女は微笑んだ。
「ようこそ、おいでくださいました。私はこの風呂屋の従業員兼プロフェッサーPの秘書……コンと申します。コン・パニョンです。以後お見知りおきを」
己の名を名乗り、ジオたち一人一人を嘗め回すように見て、そしてコンはもう一度微笑みながら、正座しているチューニに中腰で顔を寄せ……
「可愛らしい坊やまで来ていただいて……歓迎しますよ。ね?」
「うひゃっ!? む、むねちかはみでるだいさんみゃく!?」
チューニの眼前でこれでもかと己の豊満な谷間を寄せ、そして耳の穴に息を吹きかけ、小声で……
「もし、プロフェッサーの依頼を達成してくださったら……お姉さんが坊やに……おとなのいいことおしえてあげる♡」
「ぷっぴーーーなあああああ!??」
誘惑の言葉をささやいた瞬間、チューニは解読不能な奇声を上げてそのままのぼせてしまった。
「あらあら……かわい♡」
「……おい、あんまりガキをからかうなよな?」
「まぁ! 怖いお顔をなさらないで……あなた方にもぜひ歓迎を……任務が完了したならば、ですけどね」
いやらしい笑みを浮かべながらも、まるでジオたちを試すかのような目で見つめてくるコン。
それはただの風呂屋の女が醸し出すのとは明らかに異質な目であった。
その目を受けて、ジオもコンをにらみ返し、そして見定めた。
「……この女……」
ジオが感じたもの。マシンとガイゼンを横目で見ると、二人も小さく頷いた。
(……ツエーな……この女……)
(……それに、この街に居る女……全員が……)
(門番の女以外も……全員の雰囲気……それなりに戦える者じゃ)
そう、感じたのは、女たちの強さだった。
目の前のコンだけのではない。それは、門番のゴリコも含めたこの街に居る女たち全員を指していた。
「うふふふふ……なるほど、確かに若頭が送り込むだけありますね。全員……お強いですね。底知れないほど」
そんなジオたちの内心を感じ取ったコンは、嬉しそうに微笑んで尻を振りながら扉の奥へと入ってジオたちを誘う。
「どうぞ、こちらへ。あなたたちなら……プロフェッサーPの願いを叶え……あの男を倒せるかもしれませんね。そうすれば、あなたたちには天国を味合わせてあげますよ……こんこんって、させてあげますよ♡」
その誘いには色々な含みを感じさせ、改めてこの依頼がただ事ではないと感じさせた。
「こんこんってなんなんでぇ……」
チューニだけはそれどころではなかった。




