第四十七話 次なる地
気分がどうにかなってしまいそうなほど、ただ真っ白い光景だけがどこまでも続く世界。
チューニが創世した新たなる世界に、ジオもマシンも立ち尽くしてしまった。
「リーダー……マシン……どーしよう?」
歴史上でも果たしてこの領域に至った魔法使いが何人いたのかも分からぬほど、希少な魔法。
自分で作っておきながら不安そうに怯えているチューニに、ジオもマシンも何と声を掛ければいいのか分からなかった。
「時空間魔法か……流石に俺もこんなのお伽噺でしか聞いたことがねえし、出来たなんて奴も聞いたことがねえ。学会でもこんな論文発表しようもんなら、夢想家なんて言われて大笑いされるって話だしな」
「しかし……理論上可能であることはナグダの研究チームでも把握していた。しかし、それを装置もなしに自力で創世するなどというのは自分も聞いたことがない」
「……大体、この世界……どこまで続いてんだ?」
「……試してみよう」
マシンが右手を前に、左手を上に向ける。マシンの両手に光が宿り、それはやがて光の線となってこの異空間にて解き放たれる。
壁や天井を感じさせず、ただひたすら伸びる光の線。
それを確認して、マシンは溜息を吐いた。
「……果てしないな。あまり遠くに離れすぎると、永久に迷子になってしまうかもしれないな」
「マジか……あの野郎……なんつーもんを……」
「一番恐ろしいのは、チューニが無自覚というところだな……」
「ああ」
どこまでも続く広大な世界は、自分たちの想像を遥かに越えるスケールであった。
「あの……やっぱ、これってすごいことなの? リーダー? マシン?」
「「すごくな」」
それをチューニはそこまで望んだわけでもなく生み出してしまった。
その末恐ろしさに、ジオもマシンも戦慄してしまった。
だが、一方でこれはかなり有効利用できるものだと、ジオたちは感慨深くなった。
「だが、これはこれで便利だな。これを自由自在に行き来することが出来れば、……潜水艇だって持ち運びできるんじゃねえか?」
「確かにその通りだ。陸地を移動する際、どうしても潜水艇は港に停泊させておく必要があるが、この世界に置いておけばいつでもチューニが出し入れできる」
「えっ!? そ、そんなこともできるの!?」
この空間の利用方法。考えればいくらでも思いつくものであった。
それこそ……
「それに、この世界は通ってきた扉以外は外界と隔絶されているからな。なあ、チューニ。この世界ならお前が望んでる畑も作れるんじゃねぇか?」
「……あっ……」
「リーダーの言う通りだ。これほど広大な土地だ。気長に色々と試すにはふさわしい。誰にも迷惑をかけないしな」
そう、ここはチューニが創造したチューニだけの世界で誰の邪魔も外からの影響も受けない。
ならば、この世界をどう扱おうとチューニの自由。
「くはははは、正にチューニワールドのチューニ農園ってか?」
「ッッ!!?? ぼ、ぼくだけの……僕だけのベストプレイス……好きなことだけできる世界……」
自分だけの世界。それを自覚した瞬間、いつもネガティブなチューニの目が光り輝き、チューニは両手を上げて飛び跳ねる。
「農業王に僕はなる!!」
そんな野望を口にしたのだった。
「くはははは。とはいえ、こんな所でまともな野菜なんか育つのか?」
「土、水、肥料、そして日の光……農業に必要なものは多い……日の光だけはどうしようもないがな……ナグダ製の小型太陽ドローンでもあれば別だが……」
「くはははははは、ドローン? 何だか知らねーが、いっそのことチューニの魔法で太陽でも作らせるか!」
「ふっ、いくらチューニとはいえ、太陽までは……」
「だな、くはははははははは……はは……」
太陽のエネルギー。そればかりはこの世界ではどうしようもなく、チューニの魔法でもそこまでの力は無いだろう……
「「………………」」
そう思った、ジオとマシンだが、冗談交じりで話し合いながらも二人は段々と微妙な顔を浮かべ……
「……やめておくか」
「うむ。なんだか、冗談ではなく、チューニなら本当に太陽も生み出してしまいそうだ」
冗談のつもりだが、言っていて自分たちも怖くなったので、もうそれ以上二人はその話題は口にするのはやめた。
それほどまで、二人が感じるチューニの将来性は底が知れなかった。
「とりあえず、今後のためにもチューニのこの世界は精度を上げて作ってもらうか」
「それがいいだろうな」
「よし、それじゃあ、この便利な世界を有効利用しながら、ハーメル王国に足を踏み入れるか」
「うむ。そういえば、そろそろ距離や時間的にも見えてきておかしくないだろう」
「ああ、よし、一旦出ようぜ」
今後の行動をするうえで色々と選択肢が増えて、考える必要が出てきた。
それも楽しそうだと感じながら、ジオたちが一旦『異空間・チューニワールド』から出た瞬間……
「ッ、うおっ!?」
「な、なんだ?!」
「ちょ、すごっ?! ふ、船が激しく揺れてるッ!?」
元の船内のダイニングに出た瞬間、船全体がまるで地震のように激しく揺れ動いていた。
思わずバランスを崩す三人。
一体何事かと身構えようとすると……
「あんたぁぁぁぁぁぁぁ!」
「受けるがよい! 我が、那由多不可思議無限大の愛と激流をッ!!」
発情した雄と雌の激しい声が聞こえた。
「「「……いったん戻ろう」」」
深く考えず、三人はもう一度チューニワールドへ戻って時間が経つのを待つことにした。
「……あのジジイ……船が揺れるほどとか……多分、ベッド壊れてるぞ?」
「盛んなことだな」
「あわ、わ、や、やっぱり、その、へ、部屋で、さっきの海賊の女の人と……」
欲望と本能の赴くままに行為に及ぶガイゼンにジオとマシンが呆れる一方で、そういったものに免疫のないチューニは顔を赤くして縮こまった。
「はぁ……まぁ、ああいう奴だからな……つか、チューニ。お前も動揺しすぎだ。そういや、ワイーロでは経験積めなかったからなぁ……」
「リーダーっ!?」
「畑の前に、魔法の前に、まずは男として経験積まないとな、お前は。もし、今度行くヨシワルラに『そういう店』があったら、放り込んでみるか?」
「やめて欲しいんで! 大体、そういう店って何なんで!?」
ジオがニヤニヤとからかうようにチューニの背中を叩くと、やはりチューニはこの手の話題が苦手なようで、すぐに嫌がって暴れた。
すると、そんな二人のやりとりの中、マシンが冷静な態度で尋ねた。
「そういえば、リーダーはハーメル王国をよく知らないと言っていたが、チューニはどうだ?」
「え? いや、ぼ、僕も全然知らないんで……あんまり噂とか、有名な人とか事件とかもなかったし、国の名前ぐらいしか知らないんで」
「そうか……自分も詳しくは知らない。ただ、データでは……いや、自分の記憶では、連合軍にも加盟していない平和主義、自然主義の小国家だったはず」
ハーメル王国とはそもそもどういう国か?
「陸から少し進んだ先にある山岳の麓を領土として持ち、数百人程度の人口の小さな都市が三つほどしかない国だったはず」
「み、三つ? そんだけか? そりゃまた、随分と小さい国だな」
「そう。自然との調和を目指し、戦争にも参戦していないことで、国力は低下し、国民も全て合わせて千人行くかどうかの小国だ」
国に対する予備知識がまるでない以上、情報はマシンの持つものだけである。
そしてその内容から、帝国どころか、ワイーロにも遥かに及ばないほどの弱小国家であるという印象を受けた。
「三つの都市……『ヨシワルラ』、『オゴート』、『カナヅェン』。今回はそのうちのヨシワルラに行くことになるが……小さな穀倉地帯ということ以外、自分も知らない」
「おいおいおいおい。そんなところに、依頼主が居んのか? プロフェッサーPとかいう意味不明な女は」
「そのようだな。もっとも、賞金首などが身元を偽って隠居するには丁度いい田舎なのかもしれないな」
聞けば聞くほど、自分たちレベルの冒険団が駆り出されるほどの依頼がそんな田舎にあるとは到底思えなかった。
だが、それでも完全に否定できない理由があった。
なぜなら……
「全く信用はできないが……それでも、フィクサがワザワザ俺らに流した依頼だしな」
「確かに……普通ではない何かはありそうだ」
そう、フィクサが絡んでいる。である以上、大したことのない話にはならないという予感はあった。
「いや、リーダーもマシンもそんな不安になること言わないで欲しいんで! 正直、賞金首ってどれだけ強くて危ない奴がターゲットなのかは知らないけど、僕は引っ込んでるんで! あのお爺さんに全部任せたいまであるんで! 僕はそこでは種とか土とか肥料とかを購入してお留守番してるんで」
ジオとマシンの話に不安になったチューニが、予め断りを入れる。
そんなチューニに情けないと思いつつも、チューニの言う通りジオたちも今回は暴れたがりのガイゼンに任せてもいいとも思っていた。
ジオもマシンもチューニも、それなりにこれまで戦い、一方でガイゼンは海底都市でのドラゴンやワイーロの天変地異ぐらいでしか力をふるっていなかった。
先ほど戦っていた海賊もガイゼンには物足りない相手のようなので、それなら今回の賞金首に関する依頼もガイゼンが希望すれば勝手にやらせようと考えていた。
「まっ、とりあえずその賞金首がどの程度のレベルか……プロフェッサーPとかって奴に聞かねーとな」
「ふーん。僕、その依頼の紙を読んでないんだけど、その人ってそこに行けばすぐに分かるの?」
「小さい都市みたいだしな。それと……フィクサからのメモに書いてあったが、どうやらプロフェッサーPは、ある店に滞在してるみたいだ」
「店?」
「ああ。『お狐様の風呂屋』……って場所らしい」
「……風呂屋? ……共同の大浴場か何か?」
「さぁ? そう書いてあった」
風呂屋と書かれて、共同大浴場のようなものを想像したチューニ。だが、ジオは難しい顔をして……
「ただ、怪しいのは……なぜか、フィクサのメモには風呂屋の後に『綺麗にしてきなさい♡』と書かれてるところだ……」
「えっ? お風呂屋でしょ? おかしくないと思うんで……」
「まぁ、そうなんだが……なんか、文章が気になる……」
「?」
ただの風呂屋あれば何も問題は無いのだが、フィクサのメモには何か含みを感じられるため、ジオは少しだけ嫌な予感をしていた。
そして、三人の雑談で少し時間がたったころ、ようやく……
「おーーーーい、着いたぞーーーい!」
空間の入り口の向こうから、ガイゼンの大声が聞こえてきた。
「おっ? あのジジイ、終わったみたいだな」
「それに、到着したようで何よりだ」
「は~、着いた着いた~」
知らせを受けて、空間から三人が船に戻り、そして船外の甲板へと出る。
するとそこには、確かに陸といくつもの山々が見えていた……のだが……
「「「……おい……」」」
そんな風景よりも、ジオたちが真っ先に目に入ったのは……
「おー、リーダーよ。ワシのベッドが壊れたぞい。新しいのは強固なのが欲しいのう」
船の先端で堂々と立つガイゼンは、何も着ていない素っ裸の状態。
そんなガイゼンの逞しい腕に抱きかかえられているのは、シーツに全身を包まれ、紅潮した顔と共に全身を痙攣させている女船長。
「あ、あたい、っ、も、もう、カタギになるよ……こ、ここまで、魔族とはいえ……おとこにこれだけ優しく……強く、熱く……激しく……深く愛されちまったら……女になるしかないよ……でも、もう、……こわれちまいそうだ……」
息も絶え絶えな状態でガイゼンに抱きかかえられている女船長。
そんな女の額にガイゼンはコツンと己の額を当てて……
「ぬわはははは、何を言う? ワシの愛を存分に受けたその体……もはやウヌの体はワシの愛そのもの。ならば、壊れはせぬ。ワシの愛は壊れたりなどはせぬ」
「あ、あんたぁ~♡」
もう既に、互いの汗と絡み合ったいかがわしい臭いを充満させるほど盛ったというのに、まだ身を寄せ合う二人にジオたちは絶句。
「っ、ほんと、ばけもんだよ、あんた。それに、こんだけあたいを好き放題して……ヨシワルラなんかに遊びに行こうだなんて……」
「ぬわははははは、『放題』というのであれば……まだ、おかわりは可能か?」
「ッ、あんたぁ……ふふ、もう、どうにでもしてくれ」
そして、またこれから何かを再開させようとする二人を見て、流石に限界だとジオたちは叫んだ。
「自重せいっ!」
「人前では流石にどうかと思う」
「ぎゃああああああああ、……おっぱいだ……」
しかし、ガイゼンは自重しなかった。




