第四十六話 ややこしい依頼
四人の男たちを乗せた潜水艇は、必要のないときは特に海中に潜ることもなく、海の上を突き進んでいた。
船内で、旅の荷物を広げて話をする、ジオ、チューニ、マシンの三人。
船内は食卓のテーブルと椅子、そして簡易的なキッチンを備え付け、部屋の奥にはまた別の扉があり、その奥には操舵室や倉庫や、それぞれの個室など複数の部屋がまだ続いている。
そんな船内にて、チューニはテーブルに顔を突っ伏して、港町エンカウンで購入していた野菜の種を握りしめて泣いていた。
「……畑が作れない? こんぐらいデカい船なのにか?」
「だって、無駄に潜水艇だから、たまに海に潜っちゃうんで……甲板に畑作れないんで……」
「だったら、船内で作ればいいじゃねえか」
船で旅をするにあたって、チューニがやりたいこととしてあげたのが、船上農業であった。
武闘派ではないチューニにとっては、畑仕事のようにのんびりと地道に時間をかけて作業をしたいという気持ちがあったのだが、運良く手に入れた船が潜水艇という海の中に潜る機能を持っているため、外の甲板で作業をするということが不可能であった。
なら、潜らなければいいのかということではあるが、『潜る機能』が備わっている以上、潜る可能性が十分にあるため、そうなってしまえば全ての努力も海の藻屑と消えるのは目に見えている。
だからこそ、チューニはそのことにガックリと肩を落としていた。
「チューニよ、室内でも育つ野菜は多い。水耕栽培など……いや、無理か。水と液体肥料が無ければな」
「何でもアリのマシンに匙投げられたら、もう本当にどうしようもないんで……」
「そもそも、まともな水も海上では確保が難しいため、もともと無理があったのかもしれんが……」
「うん……それに何より、僕の欲しかったノンビリスローライフをできない最大の要因は……」
その時、船が激しく左右に揺れて、三人は思わずバランスを崩しそうになる。
特にチューニだけは耐え切れずに椅子から振り落とされ、船の壁に背中をぶつけて悶絶する。
「ッ~~~、そもそもあのお爺さん、なんかそういうフェロモンでも流してんのかってぐらい、ここに来てこんなのばっかりなんで!!」
苦痛に顔を歪めて我慢の限界だと叫ぶチューニ。
ジオとマシンもその叫びには納得だと、苦笑しながらチューニの体を起こして船外へと出てみた。
眩しい日の光と青い空。気持ちのいい風が肌に触れる。
だが、そんな気持ちのいい気分も、次の瞬間視界に入った甲板と船の周囲の光景で台無しになる。
そこには……
「おーい、ガイゼン。もうちょい、静かにできねーのか……って、なんか増えてねーか!?」
「……最初は二隻だったと自分は記憶しているが……」
「ぎゃあああああああああああ、なんで海賊船が六隻も居て、しかも全部ボロボロなのっ!?」
甲板の上で胡坐をかいて座りながら、酒樽を持ち上げて豪快に飲むガイゼン。
そんなガイゼンの回りには、ボロボロの男たちが甲板の上で転がっており、更には六隻の大型船がマストや船体を嵐にでも巻き込まれたかのように痛々しく傷ついている。
そんな六隻の船は、旗のマークこそは各々バラバラであるが、一つだけ共通点がある。それは、どの旗も必ず『ドクロ』が描かれているということだ。
「うっぷ~……おお、騒がしてスマンのう。こやつら、どうやらこの地点に集結して海賊連合みたいなのを結成しようとしてたみたいで、後からドンドン出て来ての~……しかし、どれもこれもつまらん奴らばかりだったわい」
そう、ジオパーク冒険団の船を取り囲んでいたのは、全てが海賊船であり、そしてガイゼンが全滅させたのである。
ワイーロ王国から出発して二日経ったが、実は前日にも海賊船と遭遇しては、ガイゼンが遊んだ。
しかし、二日続けてどの海賊もガイゼンを唸らせる者たちは存在せず、ガイゼンはこれだけ暴れても退屈そうにしていた。
「ば、ばかな……ば、ばけもの……お、俺たち……マーケル海賊団が……」
「む、無敵の……ハイボック海賊団が……」
醜悪な顔をしたボロボロの海賊たち。その誰もがガイゼンという桁違いのバケモノに恐怖を抱き、既に心も折れて戦意を失っていた。
すると、そのとき、半壊している隣の海賊船から、弾けた音が響き、同時に鋼の球体が真っすぐこちらへ向かって飛んできた。
大砲だ。しかもガイゼンに向かって真っすぐ飛んでくる。
だが……
「あ~……ガブリッ!!」
「「「「んなっ!!!???」」」」
「ん、んぐっ、がり、ごろ、もぐもぐ……ペッ……安い鉄を使っておるのう……肴にもならんわい」
ガイゼンは自分に向かって飛んできた大砲の球を、避けずに座ったまま口を大きく開けて受け止めて、そのまま強靭な顎と歯で大砲の球を砕いたのだった。
このメチャクチャな振る舞いには、海賊団たちだけでなくジオたちも呆れて言葉を失っていた。
すると、その時だった。
「どいつもこいつも、ほんとに男は頼りないねぇ!」
巨大な戦斧が回転しながらガイゼンの目の前の床に突き刺さった。
ガイゼンは特にそれで驚く様子もなく声がした方に顔を向けると、太陽を背負って一人の海賊がジオパーク冒険団の甲板に着地した。
「あたいが相手してやるよ!」
水着のような衣類で胸だけを覆い、上半身の肌を大胆に晒し、横縞の長いズボンの両脇には数多の短剣、そして腰元のバックルには二つの短銃。その頭には、象徴とも呼ぶべき海賊帽。
女にしては引き締まった筋肉質な体で、長い赤毛とそばかすが目立つ、妙齢の女海賊であった。
「よくも、あたいが計画した海賊連合をぶち壊してくれたじゃないかい」
「ぬわははははは、まだ勇ましいのがおったか」
「けっ、余裕じゃないか、バケモノジジイ。だがね、あたいはそう簡単にはやられないよ!」
甲板に突き刺さった巨大戦斧を豪快に持ち上げ、女海賊は猛る。
「あたいは十代の頃から二十年も海賊一筋で生きてきた! 戦後の傭兵崩れの半端者たちと一緒にすんじゃないよ! この、『女海賊船長・コマサレーナ』の力を見せてやろうじゃないか!」
自信満々な笑みと同時に醸し出される威圧感。それは確かに常人を上回る力であるということは、ジオたちにも理解できた。
だが、それでもジオたちからすれば「普通より強い」というだけである。
「あ~……ガイゼン……とりあえず、もうちょい静かにやれよな。船が揺れると気分もワリーし、落ち着いて寝たり飯も食ったりできねーし」
「おー、分かったわい」
とりあえず、これ以上は海賊たちが気の毒なので、外のことはガイゼンの好きにさせてジオたちは再び扉を閉じて船内に戻った。
「……とにかく、リーダー! こんなに揺れて騒がしい日々が続くなら、船内でも畑作れないんで、どうにかして欲しいんで!」
「つってもな~……そもそも、俺は畑なんてどーでもいいし。肉や魚が食えりゃいいし」
「うわあああん、横暴なんでぇ! 僕だけ望み叶わないなんてぇぇ! どうか揺れない静かな環境欲しいんでぇぇぇ!」
無いものねだりをするチューニに、ジオも困り、便利なマシンに意見を求めるも首を横に振られるだけで、マシンにもお手上げだった。
ジオも特にいいアイデアも無く、テキトーに……
「じゃ、じゃあ……『空間魔法』で、お前だけの世界を異空間に作ってそこで畑でも作ればどうだ?」
「……リーダー……空間創造する魔法とか……歴史に名を遺す賢者や大魔導師ですら論文だけで実践までには至ってない空想押し付けるなんて、そんなに僕をイジメて楽しいの?!」
テキトーすぎるアイデアだと、チューニは喚いて却下したのだった。
普段臆病なチューニも、もはやこのときばかりはジオへの恐怖心がないのか、ジオの胸倉掴んで泣きながら叫んだ。よほど頭に来たのだろうと、ジオも苦笑しながら後ずさりする。
だが、ジオは引き気味になりながらも、テキトーなアイデアを押し通そうと、チューニの肩を叩いて真っすぐな目で見つめ……
「チューニ。お前は自分を誰だと思ってんだ?」
「……ふぇっ?」
「お前は……あのガイゼンに認められた、拒絶の無限魔導士チューニじゃねえか。そんな、歴史に名前しか残ってねえような会ったことも無い先人を参考にしないで、お前が新しい魔法の理論を生み出せばいいじゃねえか」
「い、いや……そんなこと言われても……」
「魔法なんてもんは、魔力の扱い方さえマスターすれば、後はイメージの世界だ。雷だって、炎だって、そうさ。なら、四次元空間だってできるはず。お前が自分だけの誰にも邪魔されない世界を想像したら、いつか扉が開くかもしれねえ」
「……リーダー……」
「そもそも、お前は魔法の才能の塊なんだから、畑の前に魔法のトレーニングでもしてろ。基礎なら俺が教えてやるからよ。ほら、とりあえず、今は畑は後回しにして、イメージトレーニングでもしてろ」
そう言って、ジオは部屋の隅を指さしてチューニを壁に向けさせて座らせた。
言い包められたことにブツブツ文句を言いながらも、ジオの命令で渋々チューニは従うしかなかった。
「さて、とりあえず、ワガママなガキは放っておいて……」
「リーダーも随分とテキトーだな……」
口八丁で面倒なチューニを静かにさせるジオの振る舞いに、マシンも少し呆れ気味に溜息を吐いたのだった。
「しかし、リーダー……チューニの望みだが、船を改造すれば振動などの無い部屋を作れなくもない。強力なバネなども必要となるが……」
「だが、材料なんてねーだろ? どっちにしろ、次の目的地に辿り着いてからだ」
次の目的地。その言葉を聞いて、マシンの眉が僅かに動いた。
「……ワイーロ王国から遥か北……『ハーメル王国』だったな」
「ああ。それが、あのフィクサの野郎の依頼の場所だ」
そう言って、ジオはテーブルの上に投げ出されていた、ワイーロで貰った報奨金の袋に入っている紙を取り出した。
「俺もこの国のことはよく知らねーが……ハーメル王国の『地方都市ヨシワルラ』って場所に、フィクサの依頼の『本当の依頼人』が居るみてーだ」
フィクサが別れ際に告げた依頼。それは、見てみたらフィクサの依頼というよりは、フィクサに依頼されたものをジオたちに流されたというものであった。
「あまり、自分は気が進まないな。結局、奴のことは謎のままだったからな……」
「ああ、そういやあいつ、お前やナグダのことも結構知ってるみたいだったしな……とりあえずは、ただのD級冒険者兼起業家と呼ぶには、怪しすぎるやつだったな」
「ああ。それに、その依頼文……正直、ややこしい」
あまりフィクサに良い印象を持っていないマシンが少し不機嫌そうに呟くと、ジオもそれには同意した。
フィクサに渡された紙に書いてあった依頼とは……
「確かにな。『ある賞金首の男を討伐したことにして生け捕りにし、ある女に引き渡して欲しい』……『その男と女は戦争で離ればなれになった恋人同士であり、女は恋人と再会出来たら一緒に暮らしたい』……『男は賞金首であることを引け目に感じて意地になって帰ってこない』……『説得や捕獲に向かった冒険者は誰も成功してない』……『依頼が成功したら、男の賞金の3倍の報奨金を支払い、更には『優待券』を進呈する』……だとよ。なんだよ、優待券って」
「分からない。それに、賞金首を討伐したことにして生け捕りにして他者に引き渡すなど……公式では認められない違法行為であろう?」
「まっ、フィクサの持ってきた話である以上、不思議じゃねーけどな」
意味が良く分からない依頼内容に加え、違法な香りのする案件。
この依頼内容が分かった時、ガイゼンは乗り気であったが、マシンとチューニは微妙であった。
だが、ジオは……
「まっ、どうせ目的地もないんだし、話だけでも聞いてみても面白いかもしれねーよ。この依頼……賞金首の男が誰なのかは、このヨシワルラに居る依頼主の女……『プロフェッサーP』とかいう女と会わないと詳しく教えてくれねーみたいだしな」
「依頼の内容から、その女もカタギではないのだろう……」
「なーに。別に相手が誰でも構わねーさ。結果的に俺らをハメて何かしようとしてるんなら……それならそれで、そのたくらみ事ぶっ潰してやりゃいいさ。十倍返しぐらいでな」
まともな話ではなくとも、刺激的な話になるかもしれない。
それならそれで、面白そうだから、話しぐらいは聞いてみてもいいかもしれないというのがジオの考えであった。
どちらにせよ、目的地も目的もなく世界を遊び歩くのが自分たちのチームのテーマであるのだから。
「ふっ……確かにな」
イザとなったらぶっ潰せばいい。ジオの単純明快な思想だが、マシンは呆れ半分、納得半分といった様子で口元に笑みを浮かべて頷いた。
すると、その時だった。
「り……リーダー……マシン……」
部屋の隅でイメージトレーニングしていたチューニが震えた声でジオとマシンを呼んだ。
「ああ? んだよ、チューニ。集中力がねーぞ? 飽きたか?」
「何かあったか?」
まだ、トレーニングを命じて数分しかたっていないのに、もう飽きたのかとジオが呆れると、チューニは顔面を蒼白させながら……
「……べ……別の空間できちゃった……」
「「……………??」」
チューニの呟きに思わず首をかしげるジオとマシン。振り向くと、チューニの目の前の壁との間の空間に、真っ白い靄のような物が出現していた。
「「……えっ??」」
改めて更に首を傾げる二人。するとチューニは……
「思えば僕は……誰にも邪魔されない自分だけの世界が欲しいって小さいころから妄想していたから……そのイメージに魔力を通すような形で考えたら……なんか、できた……」
そう言って、チューニが靄に触れると体ごと姿を消してしまった。
「お、おいおいお、チューニッ!?」
「この魔力反応は……ッ!」
突如靄の中に姿を消したチューニに慌ててジオとマシンが駆け出して後を追う。
すると、二人が靄の中に入った瞬間、そこには見渡す限りただの真っ白な、どこまでも続く広大な世界が広がっていた。
「う……うそ?」
「……こ、これは……」
流石の二人も開いた口が塞がらずに呆然とする中、ポツンと真っ白の世界で立っていたチューニが恐る恐る振り返って……
「ど、どーしよう?」
「「いや、そんなことを言われても……」」
こんなもの、ジオとマシンでもいきなりでは何も言葉が出ず、しばらく三人はその空間で立ち尽くしていた。
その際に、靄の向こうから……
「おーい、リーダー! しばらく寝室に籠るから、入ってくるでないぞ?」
「な、なあ、あんた……ほんとに……あ、あたいみたいな醜女を抱く気かい?」
「何を言う。醜女じゃと? もし、それを頭蓋骨の上に被っているだけの面の皮を言っておるのであれば、つまらんことじゃ」
「……あんた! ああ……あたいも女だったんだ……あんたみたいな強くて逞しい男に……こうして……抱かれ……た……かった」
「分かっておる。海賊稼業の二十年で失っていた、ウヌの女の悦びをワシが目覚めさせてやる」
「嗚呼、あたいはもう負けたんだ! 好きなようにしてくれ!」
ガイゼンが女海賊をあっさり倒しただけでなく、口説いて抱く展開にまで進んでいた声が聞こえたが、正直、今のジオたちにはどうでもいいことであった。




