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第四十五話 幕間・嵐の後

 ある意味、人類は二人の英雄を失ったのかもしれない。

 一人は、その本当の姿を誰もが見抜けなかった故。

 もう一人は、周りがその人物に許されぬ多大な罪を犯したが故。

 そして、英雄が戻ることは、もうないのかもしれない。


「そう、これが真実……ティアナ……皆……私たちは……全て騙されて……仕組まれていたの……オーライの手によって。それを私たちは、まったく見抜けなかった……」


 兵士たちが手に持っていた武器、剣や槍などが次々と手から零れて地面に音を立てて落ちていく。

 それは意図して落したわけではなく、許容できる範囲を遥かに越える驚き故、誰もが武器を落としてしまったことすらも気づいていない。

 ただ、恐ろしい事実に全身を震わせ、「これは夢か?」というある種の願いのような想いを抱くも……


「ウソよ……ゆめ……でしょう?」

「ところがどっこいってやつじゃ~ん! そう、全てがまぎれもない事実でしたぁ!!」


 未だすべてのショックから抜け切れていないナジミがそれでも何とか全ての真実を語った。

 オーライが、ナグダの遺産を利用して世界各国に天変地異を発生させることにより、食糧危機を起こし、ナグダの遺産でもある野菜の種や食料を貿易によって莫大な利益を得た。

 ナグダの真実を知るマシンを口封じのために葬り去ろうとし、更にはウソの悪評を世界に流布した。

 大魔王を倒したのちは自身が世界全土を統一して神となる道を歩もうとし、各国の姫たちを篭絡しようと画策し、その手始めとしてワイーロ王国を利用。

 ワイーロ王国に天変地異を起こして自然と自分たちに縋るように民たちを先導しようとした。

 ワイーロ王国を乗っ取るために、ゴークドウ・ファミリーも手に入れようとしていた。

 今回も追い詰められて、全ての者を消そうと強硬手段に出ようとした。

 多少の細かい部分は割愛しても、短い時間では足りぬほど壮大で深く重い罪の数々。

 ショックのあまりに膝から崩れ落ちる帝国の兵たちが多数いる中で、ティアナが僅かに振り絞った言葉も、邪悪に笑うフィクサによって否定された。


「で、では……隊長……は……隊長たちは……」


 全身から脱水症状になるほどの大量の汗を流し、蒼白してしまった表情で震えるジュウベエも、『そのこと』に到達してしまった。

 それは、『世界はオーライの本性を知らなった』、『オーライの犯した罪に気づけなかった』という自分たちの罪のほかに、自分たちが犯してしまったもう一つの、そして今の帝国にとっては最も大きな罪に誰もが気付いた。


「そう、彼らは……オーライの起こした天変地異からこの国を守ろうとして……そして、マシンは……悪なんかじゃなくて……」

「ッッ!!??」


 そこから先はもう駄目だった。


「うっ、あ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」


 もう、それ以上を聞くことも出来ないジュウベエは頭を抱え、額を何度も地面に打ち付けて鮮血を飛び散らしながら発狂した。


「で、では、そ、某らは……某らは、と、た、隊長にッ! 隊長にッ! ……こ、この口で、某は、た、隊長に……なんということを……」

「落ち着け、ジュウベエ!」

「う、うわああああ、たいちょううう! たいちょうううう!」

「おい、ジュウベエの口元を抑えろ! 剣も取り上げろ! 自決なんてさせるな!」


 そう、自分たちがジオに先ほど何を言ったのか? 知らなかった。勘違いでしたでは済まされない言葉の数々。

 そのことに気付いて苦しみ出したのはジュウベエだけではない。

 

「まじ……かよ……お、オーライが全ての元凶で……」

「ジオたちは……そんなオーライから民たちを救い……」

「なんてことだ……し、信じられない……」


 自分たちが信じ、信頼し、そして称えた誇るべき勇者の真の姿に誰もが狼狽し、そして同時に自分たちの罪を自覚した。


「じゃ、じゃあ、ジオは……あのマシンってのは……その事実を知ってこの国を守り、それなのに俺たちは……誰一人として最初からあいつらを信じないで……本物の……悪党を庇って……本当は英雄と呼ばれる奴らを失望させて追い立てて……」


 一人の兵士がそう呟いた瞬間、もう流しつくしたと思っていたはずのティアナの瞳からは再びとめどなく涙が溢れた。


「私たちは……なんてことを……」


 ティアナの辛うじて口に出来たその一言は、正に今の帝国兵たちの気持ちそのものだった。

 世界に対しても、ワイーロ王国に対しても、そして、自分たちの最愛の男に対してもだ。

 救い、謝罪をして、もう一度やり直したい。そんな浅く甘い夢を抱いていた。

 そんな間抜けな自分たちを殺してしまいたいぐらいの激しい後悔を誰もが抱き、そして絶望した。


「ジオ……ッ、……ジオッ!」


 そして、ティアナの脳裏に蘇るつい先ほどの出来事。


―――私たちがあなたを理解していない? そんなことないわ! 記憶が戻った以上、私たちほどあなたを理解している者たちはいないわ!


 先ほどまで目の前に居たのに、一瞬で自分たちの手の届かないところまで逃げてしまったジオ。


「何が……理解しているよ! いっそのこと、罵倒して、殴って……欲しかったわ……なのに、あなたは……もう、私たちを視界にすらも入れなかった……当然よね……もう、私たちみたいな間抜けに……私たちのような最低なクズに……関わりたくも……ジオォ……」


 自分たちは、もはやジオに恨まれることすらも許されぬ、無関心という扱いになってしまった。



「それなのに、私たちはオーライを庇い……オーライを褒めたり、……ジオを……」


―――つまり……記憶があってもなくても、結局テメエらは俺のことをハナから何一つ分かってなかったってことだ……


「う、あ、っ、あ、じお……ジオ……」



 そして、そんな扱いをされるのも当然だと、誰もがようやく気付いてしまった。

 先ほどの出来事、自分たちの振る舞いに対して、どれだけジオが絶望し、呆れ、失望したのか。

 


「私たちは、ジオッ! あなたに、なんてこ―――」


「その前に、まずは目の前に居る俺たちに謝れよ」


「「「「「ッッッッ!!!???」」」」」



 悲劇と罪に囚われて苦悩するティアナや帝国兵たちに、フィクサの邪悪に満ちた笑みから発せられる一言にティアナたちはハッとして顔を起こした。


「私情の後悔よりも前に、一銭にもならねえ涙を流す前に、まずは自らを犠牲にして他者に尽くすのがお前らの責務であり、そして救済するのが、正義ってやつじゃん? その全てを放棄した挙句、尽くして救済すべき相手に行った罪をさっさと謝罪し、その落とし前をつけろよ」


 まるで相手を挑発して煽るようにケラケラと笑いながら罵るフィクサ。


「そもそも、クーデターのこと、あんたら知ってたわけなんでしょ? しかも、成功した後の混乱した国を支援することまで約束とか、クーデターを後押ししてたもんじゃん? その落とし前どうしてくれんの? え? ねえねえ、どうすんの? 涙じゃ腹も膨れねえじゃん」


 相手がたとえ、帝国の姫であろうと一切関係ない。

 

「ゴメンで済まないことをしたと、いい加減気づきなよ? ジオ君たちにだけじゃなく、俺たち無辜の民に対してもね?」


 状況的に誰も何も言い返せず、理も全てがフィクサにある以上、それは仕方のないことであった。


「ええ……もっともな意見だわ……いえ……その通り……です」

「「「「ッッ!!??」」」」


 その時、瞳に色を失い、もはや生気の欠片も失ったティアナが立ち上がり、普段の彼女を知る者たちからは考えられないほど弱々しい姿を見せた。


「謝って許されることではありません。今回のことは私が私情に囚われて全て行ったこと。責任は当然取ります。処罰においても……賠償に関しても……」

「ほっほ~う♪」


 賠償。その言葉が出た瞬間、フィクサの目がキラリと光ったのを、誰も気づかなかった。



「ハウレイムとも話し合いますが、まずは崩壊した都市の復旧作業……倒壊した家屋の修繕……それまでの仮設住宅の設置、衣食に関する手配の作業を早急に行います……」


「あ~、それは当然じゃん? 賠償は?」


「……今この場で細かい金額まで算出は出来ませんし、私の権限では決められませんが、必ずハウレイム王国や帝国の皇帝とも話を――――」


「いいや。そんな下っ端の商人みたいな『持ち帰って検討』なんて冷めたことを言わないで、今すぐ決めればいいじゃん。皇帝もハウレイムの王も、あんたの意見は聞くだろうし、聞いてもらえればあとはそれをあんたが押し通せよ。本当に悪いと思ってるなら、命懸けで押し通せよ。それが償いってもんでしょーが」


「ッ……それは……」


「それに、まんまとバカ娘にクーデターされたこの国の情けない王にも話を通してもらわないとね? ちゃんと、国が、世界が、保障と補償をしてもらわないとね?」



 いかにティアナが帝国の姫とはいえ、この場で即断即決する権限までは流石にない。

 国の経済に大きな打撃を与えるほどの補償であれば猶更である。


「ハウレイムには……必ず話を通してみせる。私たちが……」

「おほ?」


 そのとき、立ち上がったナジミ、そしてアネーラとシスがそう答えた。


「ナジミ……」

「オーライはハウレイムの次期国王という立場でありながらこれだけのことをしてしまった。私たちは妃として現国王に必ず……」


 愛を失い、後に残されたのは後悔と贖罪の気持ちだけ。

 全ての元凶でもあるオーライを輩出したハウレイムとしては当然のことである。



「失った私財に対する補償も……必ず……」


「あ゛あ゛? 精神的苦痛に対する損害賠償とかは~?」


「……ええ、勿論よ……必ず一人一々余すことなく行き渡るように分配する。私たち三人が責任を持って、ハウレイム王国に掛け合う」


「あと~、漁で生活していた人たちも居るんだけど~? 船は私財として補償されても、こんなに荒れ果てた港と海じゃしばらくまともな漁もできないでしょ~? それに、ここは交易を生業としていたわけだし? そういった、本来得られたはずの利益の損失……事業の間接損害の補償も当然してくれるわけでしょ?」


「…………分かったわ……」


「ひははははははははは、だよね~!(よっしゃ。テキトーな事業を沢山でっちあげて、それに対する賠償金を可能な限り搾り取ってやるじゃん♡)」



 次から次へと終わることのない補償の話。

 しかし、それはワイーロの民たちにとっても重要なことであり、自分たちの今後の生活に大きく関わる問題故、誰もフィクサを止めようとはしない。

 どれだけ、フィクサがノリノリであったとしてもだ。

 だが、そんな中……


「こういうのが面倒だと……そういうことでしたのね……オジオさんも、御マシンさんも……」


 どこか寂しそうに呟いたフェイリヤの一言が、この場に居た者たちに響き渡った。


「普通であれば、謝罪と今後の生活の保障と補償を求めますのに……彼らからすれば『そんなこと』……なのですわね。自分たちが失ったものも途方もなく大きいものですのに……そのことを割り切って、お二人は……いいえ、あの四人は前を……そして上を向き、新しい人生を自分たちで切り開き、そして楽しもうと走り出す。……本当に……清々しい殿方たちでしたわ」


 失って壊されて今後の人生も不透明になってしまったと嘆いて、その責任と償いを求めるワイーロ王国。

 犯してしまった罪と後悔に苛まれて、償いをする者たち。

 だが、ジオパーク冒険団は『興味ない』、『もうそんなのどうでもいい』と、さっさとこの面倒な状況に見切りをつけて旅立ってしまった。自分たちとて、大きな心の傷を負っていただろうに。

 だからこそ、そんなジオたちの旅だった後姿を思い出し、フェイリヤは切なくなると同時に、胸が熱くなった。


「おやおや、フェイリヤ。それじゃ、おにーちゃんがまるで、器の小さい男みたいじゃない?」

「そんなことは言いませんわ。ケジメは大切なことですわ。それを捻じ曲げるつもりはありませんし、それが普通。彼らが……普通ではなかったということですわ」


 フィクサが普通であり、単純にジオたちが普通ではなかった。フェイリヤはそう考えた。

 だからこそ……



「ただ、せっかくオジオさんがワタクシにゾッコンとはいえ、ワタクシもよりイイ女になるよう精進しないとダメだと思っただけですわ。ニコホもナデホもセクもそう思うでしょう? 貴方たちも、御マシンさんや御チュー……なんとかさんを想ってらっしゃるのですから!」


「「お嬢様……っ!? て、な、なんで私たちがマシンさんをと!?」」


「……マスターのために……イイ女に……」


「そう、それこそ……どう保障や補償をされようと、この国をこれからどうしていき、どうより良くしていくかは、ワタクシたち次第。そう、この国をそれこそジオパーク冒険団の故郷にしたいと思っていただけるようにするのですわ!」



 フェイリヤの瞳に決意の光が宿って空を見上げた。

 この荒れ果てたワイーロ王国をどうやって復興するのかだけではなく、どうより良くしていくのか。

 それは、保障と補償をされるだけでなく、自分たちでも何とかする努力をしようという姿勢を見せるということ。


「そ、そうだよな」

「ああ、あんちゃんには散々言いたい放題言われたんだ、おまけに殴られたしな!」

「今度会った時には、『どうだ、見たか!』って言えるぐらいに俺らも頑張んねーとな!」

「バカにされたまま、あとは壊れた国をどうするかは人にお任せ……なんかじゃまたバカにされるさ!」

「やってやろうぜ!」


 そんなフェイリヤの思い立った決意は、ワイーロ王国の民たちの心を揺さぶり、どこか民たちも表情が明るくなっていた。

 それは、汚職や欲望が蔓延ると言われていた国に住む民たちとは思えぬほど、真っすぐな目を誰もがしていた。

 そのことに、ティアナたちは狼狽えてしまった。

 自分たちは一体、何を考えていたのだと。


「……フェイリヤ、いつからジオくんがお前にゾッコンに?」


 と、そのとき、フェイリヤの先ほどの発言にフィクサがツッコミ入れると、フェイリヤは誇らしげに……


「あら、お兄様。忘れましたの? オジオさんったら……ワタクシに微笑んで……今のままで十分イイ女だなんて……もう、これは告白以外の何だと言うんですの?」

「……あらら……」

「まぁ、このワタクシが天上天下において奇跡の才色兼備というのは既に分かり切っていますが、オジオさんがそこまでワタクシにゾッコンだと分かった以上……ワタクシも受け入れて差し上げるのもやぶさかではないというものですので、つまりもうワタクシたちは両想いということなのですわ! オーッホッホッホッホ!」


 このとき、フィクサも含めてこの場に居た者たちはほとんどが……


(((((んな、アホな……)))))


 と、フェイリヤの恋愛経験に乏しさと自信過剰な性格ゆえの思考回路に呆れた。

 だが、一方で……


「ちが、ジオは……ッ……」


 条件反射のようにティアナが否定しようとしたが、ティアナはその口を必死に閉ざした。


(バカな……ジオにそんなつもりはないに決まって……っ、などと……もう、私には言う資格も、ジオの考えを読むことすらも許されない……仮にこの女がどんなことを言っても……私にそれをどうこう言う資格なんてありはしない……この国の姿も見えていなかった……ジオにとっては道端の石ころ以下の存在でもある私に……帝国もジオにとってはもう故郷でもなんでもなく……だから、ジオがこの国を故郷だと思ったとしても……もうっ……私には……)


 俯き、唇を血が滲み出るほど噛みしめ、全身を震わせながら必死で堪えようとするティアナ。

 その様子を見て、フィクサは思った。


「ひははは、ある意味で俺よりもフェイリヤの方が無自覚でエグイな……」


 フェイリヤの無自覚な発言が、ティアナの心を必要以上に傷つけていたことに、フィクサは笑った。

 そして……


「ん~、でもさ~、フェイリヤ~。ここに、ジオ君の昔の女が居るけど、どうするの~?」

「「「「「ッッッ!!!???」」」」」


 とそこで、フィクサは帝国の誰もが触れられないことを大胆にも触れた。

 ジオとかつて深い仲にあり、そして今、絶望の淵に居るティアナの存在を、ここであえてフェイリヤに突き付けた。


「あっ、……わ、私は……」


 もはや何も言う資格のないティアナが体を竦ませた。

 だが、フェイリヤはキョトンとした顔でティアナを見て……



「はぁ? そもそもその方たちとオジオさんの間に何があったかは知りませんけど……オジオさんは……『もういい』……そう仰ってたではありませんの?」


「ッ!?」


「流石にオジオさんがパパのように愛人を何人も囲うことは許容しませんけど、既に後腐れも無く別れている方との関係にまで口出しするほど、ワタクシも心は狭くありませんわ」



 嫉妬すらしない。そもそも相手ですらない。フェイリヤが当たり前のように告げたその言葉は、ティアナにこれ以上無いほど心を抉った。


「……ッ……あなたは……ジオのことが……それほど好きに……」

「ッ!? ち、違いますわ! オジオさんの方が、ワタクシにゾッコンですので、このワタクシも好きになって差し上げるということですわ! まるでワタクシの方からオジオさんを好きになったなど、無礼千億ですわ!」


 ようやく絞り出したティアナのその呟きに、フェイリヤは今度は顔を赤くして慌てたように返した。

 そんなフェイリヤの素直ではない態度にティアナはかつての自分と重ねながら、フェイリヤの目を見て……


「あなたなら……ジオを幸せにできると?」


 ジオに償い、そして幸せに出来るのは自分たちしかいないと思いあがっていたティアナが、フェイリヤにそう尋ねると、フェイリヤは眉を顰めて……


「はぁ? なーんで、このワタクシがオジオさんを幸せにして差し上げないといけませんの?」

「……えっ?」

「オジオさんがこのワタクシを幸せにする義務はあっても、ワタクシにそんな義務ありませんわ!」

「ちょっ!? な、なにをっ!」


 自分には何も言う資格は無いと知りつつも、ティアナは今のフェイリヤの発言だけは看過できずに思わず声を荒げそうになった。

 今の傷つき不幸のどん底に陥ったジオを幸せにする気も無い女に、ジオを取られたくはないと。

 だが、フェイリヤは……


「オジオさんは、勝手に幸せになればいいのですわ。そもそも、オジオさん……好きなように生きる自分勝手な方ですし、自力で何とかするんではありませんの?」

「……あっ……」


 その言葉を聞いて、ティアナは胸を貫かれ、そして思い返してみる。


(そうよ……ジオは……いつも自分の力で……幼いころから受けた帝都での差別も……魔法学校でも……士官学校でも、軍人になってからも……いつもいつも、自分で努力して、自分の手で掴んで……私は、そんなジオを幸せにしたいのではなく、ただ好きになって一緒に居たいって思って……)


 そもそも、ティアナ自身はジオのために何かをしたかったわけではなく、単純に自分がジオを好きになって一緒に居たいと思っていた。

 

(でも、私はジオへの罪の意識で、贖罪と同時に、今のジオを救って幸せにするしかないと……自分にしかできないと……大魔王を倒した私たちならそれが出来ると思いあがって……何も見ていなかった……気付いていなかった……挙句の果てに、オーライを庇うなんて……なぜ、最初に見た光景だけで、ジオを信じることが……私は……ッ!)


 この世で自分以上にジオを愛し、ジオを理解している者などいないと思っていたこと事態が思い上がりでしかなかった。

 そして、そのことに気付いてももう何もかもが遅いということも、ティアナは自覚してしまった。


「ジオ……」


 ジオ自身が、誰かの手で救ってもらうことも幸せにしてもらうことも別に望んでいなかった。

 そんなジオが唯一望んだのは……


「もう、俺の人生に……関わるな……か……」


 それは、ティアナにとっては死よりも苦しいことであった。


「ジュウベエ……」

「……ひめさま……」


 自分の愚かさに改めて気づかされたティアナは、仲間たちに取り押さえられて今にも死のうとしているジュウベエを切なく見つめ……


「まずは……この国に命を懸けて償いましょう……。別にジオがどうでもいいと思っている私やあなたが、処分を言い渡される前に自分で勝手に死んで償っても……この国は報われないわ」

「……姫様……」

「私自身、どんな処罰を受けるかは分からないけど……その最後の瞬間までは……」


 追いかけることも、償うことも、自分たちが関わることすらもジオが望んでいないのであれば、今ここで死んで詫びることすらも生温い。

 自分たちにはもう、自分で勝手に都合のいいタイミングで死んで償うことも出来ない。

 

「もう、私たちの命は自分で勝手にどうこうできるものではないのだから……」


 ティアナはジオたちが立ち去った海の彼方を見つめてそう呟いた。


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書籍書影(漫画家:ギャルビ様) 2022年4月6日発売

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