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第三十九話 思い込み

 マシンは怒っている。付き合いの短いジオでも容易に分かるほど、今のマシンからは憤怒が滲み出ていた。

 爽やかな笑みを浮かべていた勇者オーライは顔を青ざめさせて後ずさりする。

 両者の様子に民たちも何事かと状況が理解できなかった。

 そんな状況の中、真っ先に動いたのは意外にも、勇者に群がっていた女たち。


「こんの……裏切り者オオオオオ! なんであんたがここに居んのよッ!!」


 ナジミと呼ばれた女が素手でマシンに向かって飛び掛る。

 

「速い!?」

「……ほうッ……」

「うわっ!?」


 まるで野生の獣のように吠え、そして拳を握り締めてマシンに向かって振りかぶる。

 その拳をマシンは後方に飛んで回避した瞬間、ナジミの拳が地面に突き刺さり、強烈な破壊音と共に多くの瓦礫を吹き飛ばし、地面に大穴を空けた。


「うおっ、マジか!?」

「ふむ……」

「げげげえーーーっ!? う、うそ!? ななな、なんてパワーなんで!?」


 それは、チューニだけでなくジオも思わず目を見張るような速度とパワー。

 相手は、大魔王を倒して世界を救った勇者のパーティー。女とはいえその実力は世界最強クラスであっても不思議ではない。

 しかし、ジオが驚いたのはそこではなかった。


「……どういうことだ? 魔力や気で肉体を強化してるわけじゃねーのに……こいつは……」


 魔力を魔法として放つのではなく、自身の肉体に纏い、己の身体能力や耐久力を向上させる技術が世にはある。

 武器を持たずに徒手空拳で戦うことの多いジオも、そのタイプである。

 中には、ガイゼンのようにそういった小細工をしないで、天然の力だけで戦う者も居るが、基本的に魔族と人間では身体能力における差は明白。それを埋めるための技術である。

 だが、目の前のナジミはソレを使わずに、これほどのパワーとスピードを繰り出した。

 ジオにとってはそこが不可解であった。


「どうしてあなたがここにいるかは分からない。でも、もう兄さんには指一本触れさせない! 私たちは裏切り者のあなたを許さない!」


 そんな不可解の疑念を抱いている間にも、他の二人の女も動く。


「メガファイヤッ!!」


 勇者の妹であるシスが、後方へ下がったマシンへ追撃の炎を放つ。

 だが、それは……


「やれやれ、騒がしいのう。ほれ、チューニよ」

「へっ……?」

「チューニ防壁じゃ!」

「ほぎゃああああああああああああ、あっつーーーーー、くないや……」


 マシンに向けられた炎を、ガイゼンが咄嗟にチューニの襟首を掴んで炎に向かって放り投げた。

 突然炎に向けて投げられてチューニは発狂して叫ぶも、すぐになんとも無いことに気づいた。

 そう、炎はチューニに触れた瞬間に割られたガラスのように粉々に砕け散ったのだ。


「……ッ!?」

「うわぁ……もう、か、勘弁して欲しいんで……ほんとビックリするんで」


 突如乱入したチューニにシスも驚きを隠せない。

 なぜなら、自分の放った魔法を直撃したかと思えば、それがいきなり砕け散ったのだ。

 一体何が起こったのかと、言葉を失っていた。


「じーちゃん……」

「ん? おお、セク。そんな恐い顔して……こら、やめい」

「よくもマスターを! よくもマスターを!」

「いたいいたいやめんか」


 そのとき、今のチューニへの扱いに憤ったセクがガイゼンの向う脛を蹴り出し、ガイゼンはケラケラと笑いながら制した。

 

「ッ、あんたら、……それにそっちの二人は魔族?……何者よ! マシンの仲間? ひょっとして、マシンを復活させたのはあんたたちなの!?」


 割って入ったチューニ。そしてマシンと勇者たちの間に入るように、ジオとガイゼンも立つ。

 三人の姿に、ナジミは怒り任せに叫ぶが、ジオはとりあえず落ち着けようと……


「まぁ、待てよ。状況がよく分かんねーが、とりあえず落ち着いたらどうだ? マシンもだ。話がまったく見えな―――」

「問答無用! そいつだけは、どうしても許せないのよ! それに、そいつは一刻も早く封印しないと危険なのよ! 邪魔をするなら……」

「邪魔をするなら? あっ? どーすん―――」


 邪魔をするならどうするのか? そう聞こうとした瞬間、ナジミの姿が消え……


「邪魔よッ!」

「うごっ!!??」


 気づけば、その拳がジオの腹筋にめり込まれていた。


「リーダーッ!?」

「お、オジオさんっ!?」

「あんちゃんっ!?」


 胃液を思わず吐き出すジオ。その攻撃をジオは回避できなかった。

 目の前の小柄な女。その女の繰り出す拳。そしてその拳にジオは何かを感じた。

 そして、ナジミの服にもだ


(なんだ、こ、この衝撃……それに感触は……? それに、この胴着の下に着込んでいる……真っ黒い……多分全身を包むように着てんだろうが……何だ? この黒いパッツンパッツンの服は……)


 胴着で詳しくは分からないが、胴着の隙間や出ている手や足首などを、頭以外の全身を覆うような黒い何かを着込んでいる。

 その黒い何かは拳すらも覆い尽くしており、ジオの腹筋をめり込ませた拳からは、まるで大砲の弾のように硬く、そして強烈なものをジオは感じていた。


「ッ、この……クソ女ッ!!」

「ッ!?」


 あまりにも予想以上の攻撃力に、咄嗟に防衛本能が働いて反撃に出てしまうジオ。

 ナジミのがら空きになった脇腹にめり込むように、強力な中段蹴りを放っていた。


「し、しまっ、やっちまっ……ん?」


 相手の脇腹を完全粉砕するつもりで放った蹴り。女相手にやってしまったと、ジオは思わず舌打ちする。

 だが、すぐに異変に気づいた。


「なんだ? こ、この感触……」


 相手の肉体にめり込ませて骨を砕く音が聞こえるはずが、何も音が響かない。

 人間の肉体とは違う、弾力のある物質のようなものをナジミの脇腹に感じ、ナジミ本人はジオの蹴りに苦悶の表情を浮かべるどころか、何も無かったかのように無効化していた。



「リーダー、奴らは衣服の下に『特殊兵士強化スーツ』を着ている。防御力と身体能力を向上させ、攻撃や加速時にはスーツの特殊物質が補助筋肉の役割を果たし、更に防御時には衝撃吸収機能が―――」


「馬鹿にも分かる説明してくれ、マシン!」



 マシンがナジミの攻撃や防御の仕掛けを説明するも、その内容をジオはまったく理解できない。

 そして、ナジミはそのままジオの顔面目掛けて追撃を……


「うりゃああああああああああっ!!」

「ッ!? ジオリジェクトッ!」

「えっ?! きゃああっ!?」


 何が起こっているか分からないが、その攻撃を顔面に受けたらマズイと感じたジオは、咄嗟に斥力の力を発生させてナジミを後方へ飛ばした。

 ナジミもこれには予想外だったのか、吹き飛ばされてすぐに態勢を直して地面に着地するも、すぐにはまた飛び掛らずに、ジオに向けて警戒心を剥き出しにした。


「こいつ……できるわ!」


 ナジミもまたジオを普通ではないと理解し、そう発した。


「アネーラお姉ぇ、シス……こいつら、やるわよ!」

「ええ、そのようですね……」

「彼らがマシンを……何者ですか?」

 

 勇者オーライを守るように立ちはだかる三人の女。ナジミ、アネーラ、シス。

 ジオもまた、三人がやはり普通ではないと感じて身構えた。


「ま、待つんだ、三人とも!」

「ダメよ、オーライ! あんたが優しくて甘い奴なのは知ってるけど、マシンだけは危険よ? 『あんた』が、そう言ってたじゃない!」

「そ、それは……」

「同情すんじゃないわ! それに、どうしてこいつが復活してんのか分からないけど……早くどうにかしないと、世界は破滅するわよ!?」


 三人の女たちをオーライは止めようとするが、ナジミたちはそれを拒否する。

 まるでマシンが、「この世に存在してはいけない奴」だという様子であった。

 そのことに、マシンは特に弁明しようとはしない。ただ、無言の怒りだけが滲み出ているのだけはジオにも分かった。


「ちょっと、状況を教えて下さいませんと、ワタクシにもわけわかめですわ!」


 と、そのとき、この状況に我慢できずにフェイリヤが両者を嗜めるように入った。


「ここに居る御マシンさんをご存知のようですが、こちらの御マシンさんにはワタクシたちも助けられ、先ほどの災害時にも率先して動いてくださいましたわ。つまり、ワタクシたちの恩人。それをどのような事情かは知りませんが―――」


 だが、そのフェイリヤの言葉にイラついたかのように、ナジミが感情的に叫んだ。


「あんたはそいつのことを知らないから言えるのよ! かつて……私たちだって、そいつを仲間だと思っていたわよ! でもね……そうやって取り入って……私たちを裏切ったのよ!」


 かつて、勇者の仲間でありながら裏切った。

 その言葉に民たちがどよめく中、ナジミは続ける。


「そいつは、二年前……私たちの仲間になって一緒に戦った。何度も助けてくれて……私たちだって信頼したのに……ある日こいつは! こいつは!」


 当時のことを思い出し、怒りと一緒に悲しみも思い出したのか、ナジミは瞳を潤ませながら……


「こいつは、ある日、『オーライと二人で話しがしたい』と言ってオーライを呼び出して、二人になった瞬間、オーライを殺そうとしたのよ!」


 人類の希望でもある勇者を殺そうとした。とはいえ、その話ならば聞いていた。


「ああ。なんか、あいつが暴走して暴れたんだってな?」

「そうよ……それに、そいつの目的や備わっている力は……とんでもないんだから! あんたたち……ナグダって知ってる?」


 ナグダ。ここ最近で何度も聞いた、かつての亡国。


「ナグダ……カラクリ大国として名を馳せたその国の技術は……カラクリなんてレベルじゃない。小国でありながら、未開の山の中、手の届かない深海の中、マシンと同等のカラクリ兵器を大量に生産し、虎視眈々と地上と魔界の征服を目論んでいたのよ!」


 山や深海……セクを見つけた深海の都市という例がある以上、ジオもその話はそうなのかもしれないと思った。

 だが……


「ナグダは既に滅んだけど、マシンは世界各所に封印されたままのそのカラクリ兵器たちを一斉に呼び出せる能力を持っているのよ! そしてその力を使って、世界を破滅させようとしてたの! オーライが何とかその野望は阻止したけど……また復活したのであれば……」


 ……と、そこでジオは話が少しおかしくなったと感じた。


「ま、まてまてまて……マシン……そうなのか?」

「……初耳だ」


 案の定、マシンに尋ねるとマシンは溜息を吐いて否定した。

 そう、ジオが感じた不可解な点、それはマシンが自分たちと出会ったときは、「死にたがっていた」ということだった。

 世界を破滅する目的やその力があるというのなら、復活した時にやればいい。

 しかし、マシンはそんなことをしようとはしなかった。だからこそ、ジオはそこに疑問を感じた。


「ウソついてんじゃないわよ! 知っているんだからね! 『オーライ』がそう言ってたんだから!」


 勇者がそう言っていた……。

 そこで、皆が顔を青ざめさせている勇者に顔を向けた。


「ン? ちょっと待て……ん? 勇者がそう言ってたって……マシンがそう言ってたんじゃないのか? ってか、お前らは聞いただけで、その場を見てたわけじゃねーのか?」

「違うけど……それがなんだってのよ! じゃなきゃ、オーライがマシンを封印なんてするはずないでしょ!?」


 ますます話が変なことになっていないかと、ジオが首を傾げた。

 それならば、マシンが『そういう奴だった』という根拠はどこにあるのかと……


「ぬわーっはっはっはっはっは! あ~~、そ~いうわけか……な~るほどの~……だ~いたい分かってきたぞ。の~? マシン~?」


 その時、ガイゼンは大体のことが理解できたのか、手を叩いて笑った。

 


「恋は盲目か~、それはメンドーなもんじゃ。そやつが言っていたのだから間違いない……冷静に考えればおかしいことぐらい分かるというのに、アホな奴らじゃ」


「な、なんですって?! ちょっと、それはどういう意味よ!」

 


 ガイゼンにバカにされたと思ったのか、ナジミがまた感情をむき出しにして怒鳴る。

 しかし、ガイゼンが何を理解できたのかとジオも気になって聞こうとしたら……


「みんな、それまでにして欲しい」


 これまでうろたえているだけだった、勇者オーライが場を制した。


「……とりあえず……僕と……マシンを……二人だけで話をさせて貰えないだろうか?」


 なんと、オーライの提案。それは、マシンと二人で話がしたいということだった。

 

「ちょ、オーライ、何を言ってんのよ!?」

「弟君! 何をバカなことを言ってるんですか!」

「そうです、兄さんはアホですか!」


 勿論、その提案に女たちは猛反対の声を上げる。

 だが、オーライはどこか焦ったかのように、三人に向かって……


「御願いだ。僕を信じて欲しい。ただ、マシンと二人で話をしたいんだ」


 自分を信じて欲しいと、三人の頭を撫でてどうにか説得しようとする。

 そして……



「マシン。お前にも頼む。お前は、言い訳は何も聞きたくないと言ったが……お前が封印されて何があったのかも含めて……少しぐらい話を聞いて欲しい」


「…………」



 勇者からの懇願。本来、封印されて裏切り者扱いされているマシン側から話を聞いて欲しいというならまだしも、まさかの裏切られた側からの提案であった。


「……いいだろう」


 マシンはそのことを不快そうにしながらも、了承した。


「ありがとう。あっちの、船着場で話をしよう。皆は来ないでくれ」


 とりあえず、会話は誰にも聞かれたくないのか、船着場の先端を指差して先に歩き出すオーライ。

 距離は離れているので、声は聞こえないが、仮に何かあった場合はすぐに駆けつけられる距離。

 一応姿は見えるということで、三人の女たちも渋々了承して堪えた。

 すると……


「リーダー……これを……」

「ん?」


 そのとき、マシンはコッソリと自身の耳穴から何かを取り出して、それをジオに手渡した。

 それは、黒く小さい塊のようなもの。


「はっ? なんだこれ? 耳クソか?」

「耳クソではない。『スピーカー』というものだ」

「……すぴかー?」


 謎のアイテムを手渡されて首を傾げるジオ。

 するとマシンは……



「リーダーたちは自分の過去を特に聞こうとはしなかった。気にしてはいても、自分を気遣って無理に聞くことはなかった」


「ん? ああ。だが、そんなのお互い様だろ」


「ああ。だが……自分は……リーダーたちには真実は知ってもらいたい。そう思っている」



 そう告げて、マシンはオーライの後を追うように船着場の先端に向かっていった。

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書籍書影(漫画家:ギャルビ様) 2022年4月6日発売

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