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第三十八話 茶番

 光の剣を掲げた、奇跡の勇者。

 世界が、人類が誇る英雄の姿を一目見ようと、ワイーロ王国の民たちは集まっていく。

 街の中心部は浸水以外はそれほど大きなダメージは無いものの、それでも多くの家や建物が流され、倒壊し、多くの瓦礫の残骸が街のあちこちに散らばっている。

 戦争でもそれほど大きな被害は受けなかったワイーロ王国からすれば、未だかつてこれほどの痛手を負ったことは無かった。

 しかし、それでも多くの民の命が助かったことと、本来自分たちではお目にかかることのできない、世界を救った勇者の存在に誰もが目を奪われていた。

 昨晩は、喧嘩の熱気に当てられたものの、やはり本物が現れて、そして自分たちの命と国を救う奇跡を目の当たりにしたのだから、それは仕方のないことだった。


「どいて! どいてよ! ……オーライ君ッ!」

「メルフェン!」


 集まる群衆をかき分けるように、一人の女が数人の兵に連れられて勇者の前へと出てくる。

 それは、昨晩囚われていたはずの、メルフェンだった。

 メルフェンの姿を見たオーライは、迷うことなくメルフェンの元へと駆け寄り、そして人目もはばからずにその体を抱きしめた。


「良かった、無事だったんだね、メルフェン」

「あっ、……ん……オーライ君」

「愛する君まで失っていたら……僕はどうなっていたことか」

「……んもう……大丈夫だよ……ありがとう、オーライ君」


 メルフェンの存在を確かめるかのようにギュっと力を込めて抱きしめるオーライ。

 その温もりに触れて、メルフェンは瞳を潤ませながら両手をオーライの首に回して心地よさそうに微笑んだ。


「お礼なんて必要ないさ。君と僕の間にそんな言葉は不要さ。それに、このワイーロ王国は……僕たちの国でもあるわけなんだから」


 この国はオーライの国でもある。その言葉を聞いた瞬間、メルフェンはビクッと体を震わせた。


「お、オーライ君……そのことなんだけど……」

「ん?」

「……その……併合を邪魔する人たちがいて……その、わ、私もそれで昨日は……」

「……そうか……」


 本来であれば、昨日の時点でクーデターも成功してこの国は生まれ変わり、そして滞りなくハウレイム王国と併合する予定であった。

 しかし、その予定が昨晩の暴動で全てが狂ってしまった。

 そのことを言いにくそうに俯かせるメルフェンだったが、オーライはそのことについて深く聞こうとしなかった。


「うん、大変だったんだね」

「オーライ君……わ、私……君の期待を裏切って……みんなで平和な世界を……そのために……」

「そんなことないさ。それに、国の併合なんて簡単にいく話じゃない。一人で抱え込まなくていいさ。そのために、僕が傍にいるんじゃないか」

「……オーライ君!」


 オーライの甘い言葉にすっかり感激してしまったメルフェンは涙を流しながらオーライの胸に顔を埋める。

 甘えるメルフェンの頭をオーライはゆっくりと撫でながら、集まった民たちに顔を向ける。



「皆さん! まずは、……挨拶が遅れて申し訳ありません。僕が……オーライ・クリミネル……いえ、今度から……オーライ・ハウレイムですね」



 オーライが民に話しかける。威圧するような声ではなく、民一人一人に語りかけるような穏やかな声であった。


「まずは、この度は不運な『天災』に合われ……皆様の心の傷を思うと……言葉もありません。しかし、これだけは言わせてください。よくぞ皆さん、ご無事で居てくださいました」


 心の傷。その言葉を聞いた瞬間、民たちは一斉に顔を落とした。

 住んでいた家が壊され、街も破損し、店も悲惨な状況。生業としていた漁業も港の船はほとんどが二度と使えないほど大破している。

 命があっただけでもマシだと言うには、受けた被害は軽くなかった。


「本来なら、メルフェン姫が仰っていたように、この国とハウレイムの未来について皆さんと議論をしたかったのですが、今はそんなことはどうでもいいことです。今優先すべきは、皆さんの心の傷を癒し、そしてこの国を元の素晴らしい国へと復興させることです」


 そんな民たちに対し、オーライは徐々に言葉に力を込めていく。それは、まるで落ち込んだ者たちを鼓舞するかのように。


「併合とかそういうのは一旦忘れてください。今は、同じ人類として、友として、皆さんが再び元の暮らしができるようになるため、僕たちにお手伝いをさせてください! 人類は力を合わせて魔王軍を倒しました。その絆があれば、きっと元の素晴らしい国を取り戻せるはずです! 一人は皆のために! 皆は一人のために! 僕は、皆さんのために全力を尽くすことを誓います!」


 勇者自らのその演説は、傷つきどん底に居た民たちにとっては、差し出される救いの手に他ならなかった。

 その言葉がありがたく、噛みしめながら民たちは涙を流しながら頭を下げた。

 そして……


「そして……君とも力を合わせて理想の世界を作っていきたい。フェイリヤ・ゴークドウ……」

「ッ!?」

「今回、予想以上に被害が少なかったのも、君が中心となって民を守ってくれていたからではないかと思っているんだ」


 オーライは再びニッコリと微笑みフェイリヤに顔を寄せる。だが、フェイリヤは急に自分のエリアに入り込もうとされて思わず後ずさりしてしまい、そしてあさっての方向を向きながら……


「いいえ、この国を守ってくださったのは……オジオさんたちですわ」

「オジオさん? 聞いたことないな……」


 振り向いた先では、壊れた船着き場で腰を下ろして静観をしている、ジオとガイゼンが居た。

 二人の姿を見て、一瞬だけオーライの眉が動いた。


「魔族……?」

「ふっ、ああ。で……別に俺らは何もしてねーよ。あの津波も嵐も気づいたら無くなってたんだしよ」


 別に自分たちは特に何もしていない。そう謙遜をするジオたちだが、オーライは真っすぐとジオたちに歩み寄る。


「種族の壁なんて関係なく、地上の国を守るために動いてくれる……嬉しいよ。僕の目指した世界そのもの。あなたたちこそ、僕の誇りであり、新世界の希望だ」

「……はっ?」


 あまりにも真っすぐ大げさに言われてしまい、ジオも思わず変な声を上げてしまった。

 しかし、そんなジオに構わず、オーライは続ける。


「何もやっていない? 特に見てはいなかったけど、そんなことは言ってはいけないよ、オジオ。意味のあるなしなんて関係ないんだ。重要なのは、やろうとしたかどうか。貴方の勇気は称えられるべきもの。勇者オジオ、あなたの勇気に敬意を称します」


 これでもかとジオたちを褒め称えるオーライ。

 その言葉や振る舞いに、ジオはムズ痒くなりそうだった。


(この男……なんだろうな……言葉があまりにもクサすぎる……ここまで無理くりだと、自然と出てきた言葉じゃなくて、無理やり良いことを言おうとしている感があるな……)


 良いことを言っているのだろうし、振る舞いも立派なものなのだろうが、何故だか素直に受け止められない。

 ジオはそんな心境だった。


「そ、そうですわ! 何もしてなくありませんわ! オジオさん……とーっても……っ、じゃなくて、な、なかなかカッコよかったと思いますわよ! 御爺さんもですわ!」

「おやおや、お嬢様にそこまで褒められるなんて……羨ましいな。嫉妬しちゃうよ……」

「……はっ?」


 顔を真っ赤にしながらジオを褒めるフェイリヤだったが、何故だか微妙な発言をオーライはした。

 その言葉に、メルフェンはムッとした顔を見せ、フェイリヤは「はっ?」となっていた。


「あっ、いや……ほら、君のような魅力的な女の子にそこまで言われるなんて、男として羨ましいと思ったってことで……」

「はあ? そんなの当たり前ですわ。ワタクシほどの魅力あふれる者なんて居ませんもの」

「うん、そうだね。そんな君に、僕も同じようなことを言ってもらえるぐらい頑張らないとね」

「……?」


 そのとき、ジオとガイゼンは互いに見合って、微妙な顔を浮かべた。


((こいつ……口説いてるのか?))


 と、同じことを考えていた。


「つか、それよりお嬢、いーのか? あんたの親父って、確かその勇者さまたちに取っ捕まってんじゃねーのか?」

「あっ!? そ、そうでしたわ! 復興云々もそうですが、まずはパパを捕えているとメルフェン姫から聞きましたわ! それどころか、ファミリーの壊滅を目論んでいるとか! そんなことは断じてさせませんわ! そして何よりも、パパを返して戴きませんと!」


 オーライの際どい態度が気になるものの、昨晩の話を思い出したフェイリヤは顔色を変えてオーライに言い寄る。

 すると、オーライは神妙な顔で首を横に振った。


「それはすぐにはできない」

「な、なんですって?!」

「君のお父さんは違法な取引をハウレイムで行っていた……それはやはり許すことは出来ない。だから、申し訳ないけど、返すことも会わせることもできない」

「そ、そんなのっ――――――ッ!!??」


 オーライの言葉に納得できないフェイリヤが食って掛かろうとするが、その瞬間、オーライがフェイリヤを抱きしめた。


((こいつ、女を抱きしめんの好きだな~……))


 ジオとガイゼンが心の中でそう思っている中、一瞬何をされたか分からないフェイリヤは呆けてしまった。

 そんなフェイリヤの耳元でオーライは……



「今の君がすべきことは、この国と傷ついた民たちのために動くこと。違うかい? 良くも悪くもファミリーは巨大な組織で、そして経済的にも大きく国に貢献していた。だから、違法な取引そのものは断じて許されないが、ファミリーの存続自体を無くすのは痛手だと思う」


「そ、そんなの……っというか、無礼ですわよ! まだオジオさんにもここまで抱きしめられては……っていうか、離しなさいな! 無礼千億ですわ!」


「僕は思うんだ。君が次のファミリーのボスとなって皆を導くんだ」


「……はっ? わ、……ワタクシが?」


「もちろん、いきなりは無理だと思う。僕も協力する。顧問のような形でね。是非そうさせて欲しい。そうすれば君のことも良く知ることが出来るし、何よりも国の復興のため、民のため、君はそうすることが一番だと思うよ?」



 そう告げるオーライだったが、その時、ジオもガイゼンも首を傾げた。


「ん? ……サラッと言ってるけどあいつ……」

「……ふ~~~ん……なるほどの~。そういうことか」


 オーライは何故か話の流れでサラリと自分をファミリーの顧問となって口出しすることを宣言していた。

 それが、ジオには微妙な引っかかりを感じ、そしてガイゼンはそれで大体のことを理解したかのように頷いた。

 すると……


「あーーー、また女の子増えてるー! あんの、歩く女吸い寄せ勇者ってば!」

「んもう、ナジミちゃんはすぐに嫉妬しないの。でも~、弟君ってば、目を離すとすぐにこれね~」

「まったく、また増えたのですね、兄さん。やはり、兄さんには私が傍に居ないとダメですね」


 その時、少し怒った女たちの声が響いた。


「あっ、どうやら仲間たちが到着したようだ!」


 オーライが笑みを浮かべて手を振ると、多数の馬の蹄と共に武装した兵や荷物を積んだキャラバンたちが足場の悪い街の中を突き進んできた。

 彼らの甲冑、及び掲げる旗はワイーロ王国の物ではなかった。

 そして……


「ちょっと、あんた新入りね! でも、言っておくけどオーライと今日寝るのは私だからね!」

「んもう、ナジミちゃんってばそんなに怖い顔をしないの。私たちの新しい家族でしょう?」

「またローテーションを考えるのが面倒ですね」


 集まった者たちから更に飛び出す三人の女たちは、民たちには目もくれず、オーライとフェイリヤの三人へと飛んだ。

 

「ちょ、何ですの!? というより、あなたもいつまでワタクシに触れているんですの! いい加減、お放しなさい!」


 急に集まった者たち、そして何故か見知らぬ三人の女たちに睨まれるフェイリヤ。

 その状況に耐え切れず、身を捩って無理やりオーライから離れて距離を取る。

 すると、三人の女たちはキョトンとした顔になり……


「あれ? ひょっとして、まだ素直になれないとかってやつ? ……なんだか、少し前の私を見てるみたいかも」

「ふふふ、でもね~、弟君が相手だもんね」

「はい、すぐにデレデレになるのは目に見えています」


 そして、フェイリヤを哀れむかのように溜息を吐いた。


「まあ、いいわ。私は、ナジミ。いちおう、このバカの幼馴染で……そして仲間で……バトルマスターで……で、こいつの最初の妻なんだから! 言っておくけど、素直になれない奴の応援なんてしないし、エッチの順番だって譲ってあげないんだからね」


 そう告げるのは、真っ赤な髪をポニーテイルでまとめ、全身を紺と白の上下色違いの胴着を来た女。

 

「私はー、みんなのお姉ちゃんで、お怪我を治し、そして弟君やみんなが大好きな、アネーラです」


 紫色の髪と、ムッチリとして男を誘うような体を教会のシスター服で覆い、その手には金色の錫杖を持った女。

 

「私は兄さんの妹……血は繋がってないのでセーフです。シスといいます」


 薄く青いショートカットで、全身を魔導師のローブで覆い隠いた少女。

 彼女たち三人は、まるでフェイリヤが「自分たちと同じ立場になる」と思っているかのように、それぞれ自己紹介と歓迎の言葉を送った。

 


「はぁ? 言っている意味がわけわかめですわ! それにあなた、助けてくださったことに礼は言いますが、あなたワタクシの好みではありませんので」



 しかし、女たちの話がまるで理解できず、フェイリヤがイラついたように叫んだ、その時だった。 




「やはり、自分にも感情があったようだな……これほどの所業をしておきながら、その白々しい茶番……もはや、許しがたい……オーライ」




 ―――――ッッッ!!!???



「ッッ!!?? ……え……なっ!? えっ?」


「そして……誰よりもオーライの傍に居ながら……あまりにも無知すぎるお前たちも救い難い……ナジミ……アネーラ……そして、シスよ」


「「「あっ……え?」」」



 キャッキャと騒ぐ女たちの空気を打ち消すかのように、静かに、そして重苦しいプレッシャーを放ちながら、ある男が自分の脇に男を一人抱えて、ゆっくりと空から舞い降りてきた。


「うわ……何がどうなっているんで!?」


 脇に抱えられていたのは、チューニ。

 そして、それを抱えていたのは……


「リーダーと初めて会った時……黙って殺されずにいて良かった。何も無かったはずの自分の生きる意味が……一つだけ残っていた。それは……これ以上、ナグダの遺産を悪用されないため」


 無表情でありながら、しかしその瞳は悲しみに満ちているマシン。



「約束を破ったようだな、オーライ。かつてお前が……貧困で苦しんでいたハウレイムを潤わせるため、『異常気象』で大打撃を負った他国と作物の取引をして国を救って発展させたあの功績……そして、同時にその罪は……もう、お前にとっては軽いものになってしまったのか?」


「……あっ……なん……で……ま……ま、マシンが……ど、どうして!?」


「そして今度は、そこのお嬢様を手籠めにしてファミリーとやらの資金やビジネス、コネクションでも乗っ取るつもりか? まぁ、どちらでも構わない。重要なのは……今回……使ったな? 『衛星』を。大魔王を倒すまでという約束を破り……それどころか……」



 そして、同時に失望と怒りがマシンから滲み出ていた。



「もう、言い訳は無用。全て、回収させてもらう」



 マシンの姿を見て、爽やかに微笑んでいたオーライの表情が青ざめて、女たちはただ驚愕の表情で固まっていた。


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書籍書影(漫画家:ギャルビ様) 2022年4月6日発売

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