第三十七話 ベールを脱ぐ
「うへへへへ……オジオさん~……ダメですわぁ……」
ゆるみきっただらしのない笑みを浮かべて涎を垂らしている金髪のお嬢様フェイリヤがソファーで寝ていた。
「お嬢様、早く起きてください! お嬢様!」
「大変なんですから、早く! っていうか、風でスカートが! ぱぱ、パンツが皆さんにも見られちゃいますよ!?」
なかなか起きる気配は無かったが、あまりにも強く体を揺らされて、流石にフェイリヤもようやく目を覚ます。
「んもう……なんですの~? 騒々しいですわ……」
「お嬢様、早く起きてください! 大変なことになっているんですから!」
「ん~……ん!?」
先ほどまでは幸せそうだった表情も、無理やり起こされて少し不機嫌な声を漏らすフェイリヤ。
だが、メイドのニコホとナデホが慌ただしくフェイリヤの体を無理やり起こして海の方へと顔を向けさせると、フェイリヤはすぐに目を大きく開いた。
「ちょっ!? な、……なんですの!?」
フェイリヤは目を疑った。
穏やかなはずだった海の変貌。迫りくる、巨大な大嵐。
やがてその場に普通に立つことすら困難になるほどの勢いでワイーロ王国の港へと迫っている。
激しく打ち寄せる波が港の船を飲み込み、削り、圧し潰そうとしている中、ついに街全てを飲み込まんとする巨大な波が壁となって現れる。
「うあ……うわああああ、お、オイラの船がァああああ!」
「お、俺んとこまで……そんな……」
「なんてこった……」
容赦ない無慈悲な波が港の船を次々と大破させて海の藻屑へと消えていく。
漁を生業としている漁師たちからすれば、生きる気力すらも一瞬で奪い取るほどの所業であった。
ほとんどの漁師たちが、避難を忘れて力なくその場で俯き、肩を落としてしまう。
「あんた、早く逃げるんだよ!」
「そうだよ、今は船よりも命が……お父さん!」
漁師の家族は必死に男たちを立たせようとするが、ショックを受けた男たちはしばらく身動き取れないでいた。
だが、このままではより強い波、更には迫りくる大嵐が直撃すれば船どころか命まで失いかねない。
家族は必死に男たちに逃げるように声をかける。
すると……
「範囲が広すぎる。全部を防ぐのは無理だ」
「なら、役割分担じゃな」
「あの台風……あの規模と威力を放置はできないな」
「いやいやいや、あんなバケモノ嵐をどうやって!?」
打ち付けるような波しぶきを浴びながら、四人の男たちが埠頭の先端に立つ。
その姿に、港で打ちひしがれていた男たちは、大きく目を見開いた。
その四人のうちの一人は、正に自分たちが先ほどの喧嘩で一度殴り、そして殴られた男。
「津波は物量戦だな。……俺がやってやらぁ」
「ぬわはははは、ワシもじゃ。昼間のちっこい竜よりは骨がありそうじゃ」
「ならば……自分とチューニで大嵐を引き受ける」
「避難させてくださいぃイイイイ! てか、ピカピカ雷まで、って、なんかとんでもなくヤバそうなんで!」
一人だけ……チューニだけどうしても逃げたいと泣き叫ぶも、襟首をマシンに掴まれて逃げることは出来ない。
そして、ついに港を完全に覆いつくすほどの山のような巨大な津波がジオたちに巨大な壁を落とすほど迫った瞬間、男たちは動いた。
「っしゃぁ! いくぜ! 昔の女たちと同じで……荒波も二度と俺に寄るんじゃねぇ!」
男たちとの喧嘩の時に使用した、荒ぶり燃えるような強烈なオーラではなく、今のジオから発せられるのは禍々しい闇の瘴気。
その力は、アルマとの一戦で自身の意志で対象の存在を自分から引き離す力へとなった。
「ジオリジェクト……とでも名付けておくか!」
すなわち、「斥力」の力。
「う、うおおおお、な、な、なんだあ!?」
「つ、津波が停止して……な、なんか押し戻されているような……」
街から驚愕の声が上がる。
今まさに港、そして街すらも飲み込まんとする巨大な津波が停止し、徐々に後ずさりしているのだ。
「……ッ、だが、お、重ッ……な、んぐぐぐ!! おおおい、クソジジイいい!」
だが、それを抑えているジオ自身も無事では済まない。
禍々しい闇が津波を受け止めようとするも、津波自体の規模巨大すぎて、更なる津波も押し寄せて、それが幾重にも重なって津波をより巨大にしていく。
ジオの両腕の血管が爆発してしまいそうなほどはち切れて、膨張してしまっている。
だが……
「ぐわはははは……久々の水遊びじゃなぁぁぁ! ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
ガイゼンが、停止する津波に向かって真正面から飛んだ。
野生の肉食獣のように吼え、
「那由多不可思議無量大数拳!!!!」
一撃だけで爆音のような音を響かせる拳の連打で、巨大大津波を破裂させた。
「「「「…………………うそん………」」」」
破裂した津波の大量の水しぶきが大雨のようにワイーロ王国に降り注ぐが、その水しぶきを受けながら、誰もが口を開けて固まっていた。
「つっ……っが~、疲れた……引き離す力……便利だが疲れる! 俺には合わねえ。俺も手当たり次第にぶん殴る方が性に合ってるわ」
「ぬわはははは、そうか? 良いサポートだと思ったがな、リーダー。まあ、それなら次からは津波は交代交代で破壊していくか?」
「へっ、いいじゃねえか。ジジイはノンキに茶でも飲んでりゃいいさ」
「ば~かもん。ジジイになっても、海を前にすれば誰もが童心に返るもの。違うか?」
それは、目を疑うような光景。
「昔に返るか。まっ、いいぜ。引き離しの力はまだ使いこなせねえが……昔ながらの力なら、見せてやるぜ。……『武装暴威』をな」
「ぬわはははは、やってみるがよい」
次々と巨大な影を落として国そのものを飲み込まんとする津波。
だが、その津波は、たった二人の男が次々と砕いていく。
「ジオブラスタアアアアアアアアア!!」
「阿頼耶阿摩羅涅槃寂静蹴り!!」
ジオの突き出した拳の先端から放たれる荒々しい気の束が、押し寄せる大津波のど真ん中に風穴を開け、ガイゼンが鋭い蹴りから放つ巨大なカマイタチが津波どころか海すらも砕くかのように無尽蔵に繰り出していく。
「なるほどのう。リーダーは……高めた魔力と生命エネルギーたる気と融合して身に纏うタイプか……小細工じゃな」
「テメエは魔族のくせに魔力無しの素の力でソレかよ……なんつ~バケモンだ」
「ま、研鑽することじゃな、リーダーも。あと二~三年すればワシとも良い勝負ができるかもしれんしな」
「けっ、そんときゃテメエも老衰してんじゃねーのか?」
「確かに寄る年波には勝てんからなぁ。あと一万年ぐらいしか生きられぬじゃろうなぁ」
互いに普通に会話をしながら津波を蹴散らしていく二人。
それは正に、大嵐に大津波に、更なる天変地異が加わったかのような巨大さと強大さで人々に衝撃を与えた。
「いや……もう、二人で十分だと思うんで……だ、だから……僕は邪魔だと思うんで……」
「チューニよ。サポートして欲しい」
「いやいやいやいや、無理なんで!?」
「台風の勢力や進路は風と気温に左右される。寒気で弱めるか、大気を加熱して誘導するか……雲を細切れにするように四散させるなど……」
「あの……マシン? 人のことなんだと思ってるんで?」
「いくぞ。全力を尽くす」
「……あ~~もう、ヤケなんで!」
次の瞬間、マシンの肉体に変化が起こった。
服の背中が破れ、鋼の体が開き、中から二本の筒状のようなものが飛び出した。
「うおっ、な、なんなんで、それ!?」
「……ジェットエンジンだ……」
「じぇ、じぇっとえんじん?」
「捕まっていろ。一応、気圧や温度調整には配慮するが、自分から離れればどうなるか分からない」
「いや、な、なにをっ!?」
マシンの背中から飛び出した、ジェットエンジンと呼ばれる未知のアイテム。
それは、突如音と熱を発し、強烈な爆音と共にマシンと脇に抱えられているチューニを一瞬で遥か上空へと飛ばした。
「マシンの奴……あんな魔法? アイテムを使えんのか?」
「ぬわははは、便利じゃのう……っと、悠長に話している暇もないのう!」
「ああ! とにかく、あいつらがあのデッケー嵐をどうにかしてくれるまで耐えるか!」
上空へと飛び立ったマシンとチューニ。
二人が何をするのかまでは、ジオにもガイゼンにも分からない。
だが、それでも何かをしようとしている以上、今の自分たちに出来ることはそれを予想することではなく、堪えきること。
「しっかしまぁ、ついてねーぜ! なんで、よりにもよって俺らが来ている時に、こんなメンドクセーことに巻き込まれるんだか!」
そう言って、愚痴を吐きながらも幾十幾百の荒波を砕いていくジオ。
とはいえ、それでも完全に防ぐことは出来ずに、広範囲に広がる津波は徐々に港町や街の周囲、国の外に広がるなだらかな草原などを無残に削り取っていく。
王国の中心部への致命的な被害を防ぎはしているものの、侵入し始める海水が徐々に街を浸水させていく。
その歯痒さにジオも苛立ち始めるも、ガイゼンは冷静に前を見たまま……
「しかし……あの大嵐……急に出現して……最初は魔法かと思ったがそうではなさそうじゃな。魔力を感じぬ……」
「はっ? おい、ジジイ、こんな時に何をブツブツ言ってんだ!?」
「だが……自然に発生したというのはやはりどう考えても不自然……ならばやはり……何者かが『意図的』に起こさせたという匂いが漂っておるわい……」
ガイゼンはジオと違って、目の前の津波を打ち砕きながらも、別のことを考えていた。
それは、今回のこの突如発生した自然災害についてだ。
「ぬわははは、もし意図的にこんなものを発生させているとしたら……力がどうのこうのというより……そやつの思考回路は随分と常軌を逸しておるわい。狙いは……この国か? ふん、誰だか知らぬが、是非とも引きずり出してやりたいもんじゃ!」
ガイゼンは感じ取っていた。現在起こっていることに、人の意思を感じると。
その目的や手段などは何も分かっていないが、自身の勘がそう告げていた。
だからこそ、この笑えないことを引き起こしている人物には、相応の報いを味あわせなければと、口元に笑みが浮かんでいた。
「ん?」
「おっ!?」
その時、上空を埋め尽くす暗雲を切り裂くように、光の柱が次々と海上へと降り注いでいった。
その光から感じる膨大な魔力に気付き、ジオとガイゼンは頷き合う。
「あれは、チューニのチューニスペシャルだな」
「じゃろうな。巨大な魔力で雲を四散させる気じゃな」
上空で大嵐をどうにかしようと抵抗するチューニ。そしてマシン。
よく見ると上空では、花火や爆発でも起こっているかのように、次々と爆音が響いている。
「アレは……」
「恐らく、ワシらにはまだ見せておらん、マシンの武器じゃのぅ。まっ、あの大嵐を前にすれば焼け石に水程度じゃが」
「上等だ。多少でも威力が弱まっちまえば、それでいい。普通の規模の嵐になっちまえば、なんとか堪え切れるだろ」
チューニとマシンもどうにかしようと粘っている。
だが……
「……しかし……あれだけではまだ弱いのう」
「ガイゼン?」
「……ワシがもっと本気でやっても良いが……そうなると、更なる天変地異を起こして逆効果になりそうじゃし……悩ましいの~」
「……はっ? もっと……本気でって、おま……」
「そりゃあ、地震や火山の噴火までは起こされたくあるまい! ぬわはははは」
ガイゼンは歯痒そうに笑っていた。
単純に、相手を倒すだけならば、もっと全力で力を解放すればいい。
ただ、これが敵の打倒ではなく、防衛が目的である以上、自分の力が引き起こす二次災害の方がガイゼンにとっては面倒であった。
いっぽうで、ジオはガイゼンがこの状況でもまだ力の底を見せていないことに、改めて桁違いのスケールを感じていた。
「ちっ……とんでもねージジイだな」
「ぬわははは、そうじゃろそうじゃろ。ほら、ワシって最強じゃから」
「……はいはい。じゃ~そういうことなら……もうちょい頑張るか」
「うむ。いよいよとなったら、ワシがあの大嵐もどうにかしてみるわい。代わりに、もっと迷惑な天変地異が起こっても許して欲しいがな」
ジオも疲れてきたが、まだ戦える。まだ立ち向かえる。そう拳を握りしめ、休む間もなく迫りくる自然の猛威に立ち向かう。
だが……その時だった!
「オジオさーーーーん! 御爺さーーん、その調子ですわよー!」」
住民の避難に時間を稼いでいるつもりだったのに、何故か逃げていなかったフェイリヤ。
ジオたちの姿に興奮して、ジッとしていられなかったのか港まで降りてきて声援を上げている。
「ちょっ、バカッ!?」
「ぬぬっ!?」
危ないから下がっていろ。こんなところまで来るんじゃない。
ジオとガイゼンが咄嗟に叫ぼうとしたとき……
「ちょっ、お、お嬢様ッ!!」
突如、『何故か』いきなり空の暗雲が鳴り出して、『どういうわけ』かフェイリヤが出てきた『丁度』その場所に空から落雷が降り注いだ。
「へっ?」
あまりにも突然のことで、フェイリヤが見上げた瞬間、落雷はフェイリヤに……
「ちょ、ばかやろおおおおおおおおお!」
「しもたっ!」
間に合わない。ジオもガイゼンもそう確信した。
降り注いだ落雷がフェイリヤに直撃する……かと思われた、その時だった!
「大丈夫だよ、美しいお嬢さん」
「…………ほへ?」
「「ッッ!!!???」」
雷がフェイリヤに直撃する寸前に何者かがフェイリヤを抱きかかえてその場から離脱。
「僕が来ました。だからもう……大丈夫です」
「……えっ? あの……へっ? あ、あなたは?」
突如現れた謎の男。
まだ少し、あどけなさの残る少年と青年の中間ぐらいの男。中世的で端正な容貌。
全身を蒼と白を基調とした鎧や衣服を纏い、頭部は兜ではなく蒼い額当てのみ。
オレンジ色に染まった髪は夕焼けのように鮮やかであった。
「震えているね。でも、安心して。落ち着くまで……」
「ちょっ!? な、なにを!?」」
「僕がこうして……君をこうして抱きしめてあげるから」
「なな、なにを!? ちょ、しかもあなた、誰ですの?」
現れた謎の男は爽やかに微笑み、お姫様抱っこをしながらフェイリヤの頭を撫でながら自分の胸元に抱き寄せる。
雷の衝撃と、現れた謎の男と突然の扱いにフェイリヤも混乱してしまっている。
「……だ、誰だ? あいつ……」
「ふむ……」
一体、あの男は何者か? ジオたちもそう疑問を抱いた時、男は答える。
「僕は……この国を救いに来た者だ」
「……は、はぁ……」
「人は僕のことをこう呼ぶ。……勇者オーライ……と」
「ッッ!!??」
勇者オーライ。
確かにその男はそう名乗った。
「勇者!? あいつが!? あのヒョロそうな優男が!?」
「なに!? あやつが!? …………あんなのが……スタートを仕留めたというのか? 」
ジオもガイゼンも驚きを隠せなかった。
それは、勇者が現れたことにではない。現れた勇者が自分たちの想像していた者と違っていたからだ。
「立てるかい?」
「え、ええ……だ、いじょうぶ……ですわ」
「ふふふ、良かった。そして、もう何も心配いらない」
驚き混乱しているフェイリヤを優しく地面に降ろして微笑むオーライ。
同時に、オーライはマントの内から何かを取り出した。
それは、ただの短い棒。剣の柄のようにも見える。
「って、そうですわ! 助けて戴いたことにはお礼を言いますが、こうしている場合では!」
「ですから、もう、大丈夫なんです、お嬢さん」
オーライは取り出した棒を真っすぐ上げる。すると、同時に柄から光る剣が飛び出したのだ。
この暗い空の下でも眩いほどの光を放つ剣。
見るものを見惚れさせるほどの輝きを放ち、一方でジオたちからすれば……
「あの剣……ヤベーな……触れただけで多分……」
「うむ……怪我ではすまんじゃろうな……」
その剣が秘める力を、ジオもガイゼンも瞬時に理解した。
だが、同時にガイゼンはオーライに対して訝しむような目を向けた。
「体躯やたたずまい普通……魔力も常人より少し上程度……覇気も大したことはない……どういうことじゃ? あんなのにスタートが? ……ありえぬな」
百戦錬磨のガイゼンだからこそ、一目見ただけで相手の力をおおよそ把握できる。
そして、それはその潜在能力すらも見抜く。
だからこそ、ガイゼンは初見でチューニのことも「何かある」と見抜いていた。
だが、だからこそガイゼンは首を傾げた。
突如現れたその男は、武器として取り出した剣には尋常ではない力を感じたものの、勇者そのものには大して何も感じなかったのである。
そして更に……
「お嬢さん、覚えておいて。勇者は……奇跡を起こせるんだよ? はあああああああああああああああああああっ!!」
そう言って、真剣な顔を浮かべて、気合を込めるかのように唸る。
だが、それでもガイゼンは何も感じなかった。
なのに……
「……はっ? え!? な、なにいいっ!?」」
「んぬっ!?」
ジオもガイゼンも、目を疑った。
それは、幾重にも重なる暗雲と全てを巻き込む大嵐に津波の自然災害。
だが、オーライが光の剣を掲げて唸りだした瞬間、突如として雲が少しずつ晴れ、更には海上から迫ってきていた嵐が落ち着き出し、荒れ狂っていた海まで大人しくなり始めたのである。
「う、うそ……な、何が起こっていますの?」
一体、何が起こっているのか? まるで奇跡を目の当たりにしたかのように、フェイリヤは腰を抜かしてしまった。
腰を抜かして見上げるフェイリヤの眼前には、晴れた雲の向こうから見える朝日の光を浴びて、より一層笑みを浮かべるオーライ。
「おいおい、どーしたってんだ?」
「嵐が急に……」
「オイラたち……助かったのか?」
「ああ、神様……神様が……」
突如打って変わったかのように全ての自然災害が消え去り、避難し隠れていた住民たちが狐につままれたような表情で出てきて、そして港の中心で光の剣を掲げて微笑むオーライの姿を見た。
「本当は皆とここに向かっていたんだけど、この国の危機を感じ取って、一刻も早くということで僕だけ単独で来た」
「た、単独!? ゆ、勇者であるあなたが……ですか?」
「人の命には代えられない。そして、来てよかった。君のような美しい女性を救えることが出来たのだから」
「あ、えと……は、はぁ……」
「とはいえ、皆さんも酷い被害を受けた様子……でも、もうすぐでハウレイムの皆が来てくれる。復興には全力で協力させてもらうよ」
オーライは掲げていた剣を降ろし、腰を抜かしているフェイリヤの腕を掴んで起こして、そして自分に抱き寄せる。
「疲れた心も体もゆっくり休ませて。あとは……全部僕に任せていいから」
それは、正に国の危機に颯爽と現れた救世主そのもの。
そしてその救世主が起こした奇跡に自分たちは救われたのだと、フェイリヤを抱き寄せるオーライの姿に人々は涙ながらに一斉に歓声を上げた。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお、勇者様ああアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」」
昨晩の、ジオとの喧嘩で「勇者などいらない」と叫んでおきながら、手のひらを反すような叫び。
その熱気に、ジオも言葉を失って、しばらく呆然としていた。
そんな中……
「ぷく、ひは、ひははははは……」
港を見下ろせる位置にある、民家の屋根の上でその光景を眺めていたフィクサ。
「あ~、そう。そう来たか~、勇者オーライ……ひはははは、ほんと茶番。俺が潜入させた犬に……親父をうまく暗殺されちまったかな? うまくいったかどうかの報告はまだ聞いてねーけど……ひははは、内心は相当焦っているんだろうねぇ」
ずぶぬれになりながらも、愉快に手を叩いて笑っている。
「ひはははは……おためごかし……にもほどがあるね。まっ、その浅はかな手は運が悪いことに全て壊れちゃうんだろうけどね」
人々が奇跡に感動する中、心の底からバカにしたように笑いながら……
「さあ、マシンくん。器でもねぇのに図に乗ったバカを懲らしめてあげなさい」
そう言って、フィクサは今度は空を見上げて、空の彼方から脇にチューニを抱えてゆっくりと下降してくるマシンの姿を見て、更に邪悪な笑みを浮かべた。




