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第三十五話 本音

 それは、戦争というよりは喧嘩。喧嘩というよりは祭り。

 誰もがそこに憎しみや打算等なく、活き活きとした表情を見せていた。


「どうして!? どうしてこんな……みんなもどうしちゃったの!? あなたたちは誇り高き騎士団! 民の皆さんも、暴力はダメです! それがどうして、こんな……こんな……」


 盛り上がりが留まることのない光景に対して、メルフェンは理解できないでいた。

 言葉では語れぬほど、男たちは誰もがボロボロの汚い顔を晒しながら、輝いていた。


「次は俺の番だ! この、ホンマジロ一本釣りで鍛えた腕力を、スケベ野郎にぶつけてやらァ!」

「おうおう、抜け駆けはさせんぞゴラァ! オイラァ、喧嘩の腕を買われてファミリーに入ったんじゃい! お嬢を泣かせたボケは潰したらァ!」

「俺は、フウキ団長には勝てなくても、パワーだけなら騎士団一だ! ぶっとばしてやる!」


 我先にと、怪力自慢の巨漢の男たちがジオ目掛けて突進する。

 その突進に対して、ジオは避けるでも、遠距離攻撃するでもなく、自身も地面を強く蹴って真っ直ぐ突進する。


「ルアアアアアアア!」


 まるで、馬車に正面衝突されたかのように、ジオのショルダーチャージで三人の巨漢が宙にふっ飛ばされる。


「げげえええ! な、なんてこった! せ、船長たちがふっとばされた!?」

「なんつー、エグイパワーしとんじゃい、あの若造は!」


 何発攻撃されても決して倒れず、どんなに群がられても蹴散らしていく。

 一人一々の心を曝け出させて、全力で向かってくる攻撃を受けては、その力を叩き潰していく。

 しかし、男たちの表情に恐怖は無い。

 そんな男たちに、ジオも笑っていた。


「す……すごい……ですわ」


 これまで、フェイリヤもジオパーク冒険団の力は要所で見せられてきた。

 しかし、それは戦いにもならない圧倒的な力故に、フェイリヤにはそれがどれほどのものかが分かっていなかったのだが、今は違う。

 

「くははははははははは! どうした、そんな攻撃じゃあ、俺は揺らいだりしねーぞ! もっと来やがれ! 気合入れろォ!」


 大勢の荒ぶる男たちに飲み込まれ、しかしそれを圧倒的な力で蹴散らしていくジオの力は、フェイリヤでも分かりやすく雄弁であった。

 力だけではない。そのあり方。その熱気。その言葉。ジオの全てが今のフェイリヤの胸を熱くさせ、拳を握り締めていた。


「か……かっこいい……」


 これまで、自分を世界における最上位として振る舞っていたフェイリヤだったが、生れて初めて他人に見惚れていた。

 ジオに下着を見られた怒りや恥ずかしさ等、もうどうでも良かった。

 ただ、ジオをウットリとした眼差しで見つめていた。


「どうして?! どうして皆して、こんなくだらないことをいつまでもしているの!?」


 その時、燃え上がる熱気を冷ますかのようにメルフェンの悲鳴のような叫びが響き渡った。


「なにもかもメチャクチャになって……そうじゃないでしょ! 誇り高い騎士団が悪い人を捕まえて、どうしようもなければオーライくんが助けてくれて……なのに、なんでみんなしてこんな訳の分からないことをしているの!? こんな子供みたいに、恥ずかしくないの!?」


 一国の姫が、ただの子供のように泣き叫ぶ。

 その叫びに男たちは立ち止まり、思わず振り返ってしまう。


「私たちは生まれ変わるんでしょ? 誰にでも平等で争いも無い優しい世界を作っていくの! それは正しいことでしょ!? なんで、そんな間違っていることを皆してやっちゃうの!?」


 くだらない。恥ずかしくないのか? 間違っている。そう叫び続けるメルフェンの言葉に、活き活きとしていたはずの男たちが、急にしらけたような顔を浮かべる。

 すると、ジオは笑みを浮かべてメルフェンに告げる。


「そうさ、あんたは別に間違ってねーさ」

「……え……?」


 そんなメルフェンに告げた言葉は、意外にも賛同の言葉であった。

 ここに来て、ジオのその発言には流石に誰もが驚いてしまった。


「だって、そうだろ? 皆で協力して色々頑張って……権力や金に屈しない国にして……で、まあ困ったら勇者が頑張る。別にそこに間違いはないんじゃないのか? 裏金や汚い商売が蔓延ることもなく、大魔王を倒した後でも勇者を有効活用しているし、理想だよ」


 メルフェンの掲げた言葉は『理想』であり、別に間違ってはいない。


「争いの無い平和な世界。それを目指すのであれば、確かに俺とこの国のバカな男たちがやっていることは間違っているさ。くだらねえ、意味のねぇことさ」


 これほど互いに大暴れしながらのジオのこの発言には、男たちも敵でありながらも「裏切られた?」と思ってしまいそうになってしまった。

 だが、ジオは続ける。


「でもな……見ているだけでも……女のあんたにも何か伝わらねーか? この熱気。男たちの沸きあがる高揚感を……どうしようもねえほど滾るこの情熱を」


 そう、自分たちのこの喧嘩はメルフェンの言うとおり、間違っている。

 だが、ジオにとって重要なのはそこではなかった。


「ここには正義も理想もねえ。打算や保身があるわけでもねえ。ただ、純粋に自分を曝け出して思うがままに戦う……そんな男たちの姿は……間違っている間違っていないじゃねぇ……こいつらの本当の姿さ! 心の底からの叫びさ!」


 間違っているかもしれないが、それでも偽りではない。

 だからこそ、メルフェンの掲げる理想とは別に、今ここにこの国の男たちの本当の姿がある。


 

「あんたも女とはいえ一国を背負う王ならば……間違ってるとか、くだらねえとか言う前に……テメエの国の男たちの本当の姿や心の叫びを、まずは心に刻み込んでからほざきやがれ!」


「ッ!?」


「それもしないで勝手にクーデター起こしておいて、いざ周りの人間が思い通りに動かなかったら、理想や常識を持ち出して訴えようなんて……人を舐めるにもほどがあるぜ?」



 その言葉に打ち抜かれたかのように、メルフェンはショックで肩を落して顔を俯かせた。

 そんなジオの言葉を受け、男たちは逆に、どこか自分を誇らしそうにしながら笑い合っていた。

 そして……


「なあ、あんちゃん。あんたは……どう思うんだ? メルフェン姫の言っていた併合とか、ファミリー解体とか……」


 一人の漁師が拳を抑えてジオに尋ねた。だが、そんな質問はジオにとっては関係のないことだった。


「そんなのお前らで決めることだろうが。国の名前が変わって、生活が色々と変わっても、そこで暮らすのはお前らなんだから、それでも従うのか、それとも違う生き方をするのかはお前ら次第だろうが」


 それは、自分で決めるべきものだ。


「従うのも、逆らうのも、滅ぼすのも、出ていくのも……テメエらで勝手に決めろよ」


 ジオの言葉を受け、そして思いっきり叫んで暴れた男たちは、どこかスッキリした表情をしていた。

 すると、ジオに尋ねた漁師が、両拳を上げて叫ぶ。


「俺は今までの暮らしが好きだ! 世話になったファミリーの連中が居なくなるのも嫌だ! 母ちゃんに内緒で通いつめてたスケベな店が無くなるのも絶対に嫌だぞーーーー!!」


 その叫びに一瞬静寂が訪れる。


「く~、やべえ、言っちまった! かーちゃんに殺される~……でも、もう関係ねぇ! 俺は嫌だぞー!」


 男が一瞬顔を青ざめさせるも、それでも構うものかとヤケクソになって叫ぶ。

 すると……


「うおおおおおおお、俺だって巨乳ハプニングバー・パイパニックがなくなるのは嫌だぞー!」

「漁業権とかの調整がメンドクセー! 今のままでいい!」

「当たり前じゃあ! ファミリーは永久に不滅じゃい!」

「賭博場は当然なくさねーだろうなぁ!」

「そうだ! ここまで何度俺があの店につぎ込んだと思ってんだ!」


 次から次へと、ジオに殴られて顔を腫らした男たちが声を上げていく。

 それは、常識的に間違っていたとしても、彼らの本当の心の声だった。


「くはははは、アホばっか……本当にくだらねえ、自分勝手な意見ばかりだぜ。だが、それが世論ってもんなんだろうがな……」


 かつて、その世論によって心に深く傷を負ったジオにとっては、目の前の光景は眩しくも複雑なものであった。

 だが、そんな切ない気持ちを吹き飛ばすかのように……


「おいテメエら。清々しい気持ちになるのは早すぎるぜ? まだまだカーニバルは終わってねえ。望みがあるならテメエらも体張って叶えるんだな。その代わり……失敗したら、破滅もそこに待っているけどな」


 ジオがまた熱風のような威圧感を場に解き放つ。肉体が魔族と化してから纏っていた禍々しい闇ではなく、相手すらも燃え上がらすような滾った気。


「破滅の覚悟がある奴だけ俺に向かってきやがれ! 口だけじゃねーか証明してみろ! それもできねーノミの心臓共は失せやがれ!」


 その熱気に当てられた男たち。自分たちの本音に気づいた者たちに迷いは無かった。


「「「「うおおおおおおおおおッッッ!!!」」」」


 男たちに誰も立ち去る者は居ない。その叫びが止むことなく響き続けた。

 そんな中……


「ひははは……まっ、もういいだろ」


 一人の男が人知れずコッソリとソファーから立ち上がって広場から離れて行った。


「ジオ・シモン……戦友、悪友、共犯者を作っていくタイプだな……脅威なのは七天の一人を倒した強さよりも、気付けば他人をも自分のペースに巻き込んでしまう何か……じゃん」


 その男、フィクサはジオを値踏みし終えたかのように満足そうに笑っていた。 

 だが、一頻り笑った後、フィクサはふと空を見上げて少し頭を抱えた。


「とはいえ、このままじゃ予定と変わりそうじゃん。ファミリー解体して、とりあえずワイーロとハウレイムをくっつけて、勇者率いるその連合国と、怒り狂った『ジャレンゴクくん』と戦争させて楽しもうと思っていたのに……併合がうまくいかなそうな雰囲気じゃん?」


 それは、己の頭の中で思い描いていた、世界の誰もが知らないシナリオ。


「テンション上がった世論が、捕らえられてる国王や大臣たちを解放しちゃえば、併合には待ったがかかり、親父の傀儡でもある国王もハウレイムで捕まっている親父の解放を要求し……あとは、戦争ではなく外交……流石に勇者も人間同士の国の戦争は避けたいだろうから……仕方なく親父を戻しちゃうかな? それだとファミリーが元に戻っちゃって、魔界のチームが攻め込む理由が無くなっちゃう……か……」


 自分の思い描いていたものからズレてしまったことで、フィクサは悩んだ表情を浮かべていた。


「困ったね~。戦争のドサクサに紛れて、勇者の女やバカ姫たちをとっ捕まえて、『ポルノヴィーチちゃん』の手で色々仕込ませてってのも考えてたのに……う~む……あっ!」


 だが、そこでフィクサは何かを閃いたかのように手を叩いた。


「そ・う・だ! 捕まってる親父を今のうちに殺しちゃえばいいじゃん! それを勇者たちの所為にすればいいじゃん! そうなれば、ハウレイムとワイーロの合併はなくとも……泥沼な混沌が見れそうじゃん!」


 そこには、悪魔の笑みを浮かべた男が居た。

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