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第三十三話 懐かしい剣

「な……ど、どういうことですか? あ、あなたは……やっぱり悪い魔族なんですか?」


 腰を抜かし怯えた表情でジオを見上げながら尋ねるメルフェン。

 ジオも意地の悪い笑みを浮かべてその問いに答えた。


「くはははは、俺がとっても心優しい正義の魔族くんに見えるのなら、俺の人生もそれほど苦労しなかったんだけどな」


 相手に恐怖を与えるかのごとく、禍々しい魔族の手と闇の瘴気を前面に押し出して、メルフェンをより怯えさせるジオ。

 その全身から溢れる空気に騎士団たちも狼狽える中、唯一一人だけジオの前に立った男が居た。


「貴様……本性を見せたな」

「あん?」


 それは、腰元の剣を抜刀してジオの眼前に突き出す、フウキであった。


「これだけの威圧感を出せる男だ。只者ではないことは分かるというもの。戦場でこれまで出会った魔王軍たちでもこれほどの者はそうは居なかった」

「ほぅ、そいつは光栄だな。なにぶんブランクがあるもんで、直近の魔王軍がどうだったかはよく知らねーんだ」

「そうか……だが……それでこの国をどうこうできると思っていたら大間違いだ!」


 フウキだけは怯えた表情を見せず、それでいてジオの力を感じ取りつつも、自信に満ちた表情で立ちはだかる。

 それどころか、ジオの放つ瘴気に飲み込まれないと、フウキ自身も気迫を放って空気を弾けさせた。


「あっ、ふ、フウキ!?」

「姫様。ここは私にお任せください」

「で、でも、フウキ、こ、この人……なにか……なんだか……」

「分かっております。普通ではないことは。しかし……ご安心ください。私も普通ではありません! これからこの国を、そして姫様とオーライ様をお守りする剣の力を信じてください」


 怯えて未だ立ち上がれないメルフェンを安心させるように一度微笑むフウキ。

 だが、その表情はすぐに鋭く変わり、ジオを睨みつける。


「そう……あの百年後の世にも語られる人魔の大戦において、数多の剣林魔雨を潜り抜けた自負は、チンピラ風情に及ぶはずもあるまい!」

「……へぇ~……」

「勇者オーライ様を大魔王の元へと送り届けるため、立ちはだかる何万もの魔族に立ち向かった経験……そして何よりも私は……」


 そして、フウキはジオの眼前に突き出していた剣を一度引き、改めて構えを取る。

 それは、ジオに正面から剣を向ける構え。その構えに、ジオは見覚えがあり、懐かしさを少し感じた。


「それは……たしか……セーガンの構え?」

「ほうっ、流石にこの構えは知っているか? いかにも、正眼の構えだ。そう、私は連合軍へ派遣されている間……あの帝国最強の剣士でもある、『独眼剣豪ジュウベエ』殿より毎日稽古を受け、この身体にその最強の剣が集積されているのだからな!」

「……ジュウベエ……だと?」


 ジオにとっては予想外だったその名前。流石に思わずジオも反応せざるを得なかった。


「そうだ。ジュウベエ殿だ純粋な『剣のみ』の腕前であればオーライ様たちをも凌ぐ実力の持ち主。舞のように美しいしなやかさもあれば、あらゆるものを砕く剛剣をも兼ね備えている。私はそのジュウベエ殿に師事していたのだ」

「あいつから……剣を……」


 ジュウベエ。それはかつて、ジオが帝国の軍人として戦っていた時、己の腹心でもあり、右腕でもあった仲間のこと。

 思いもよらないことを思い出し、少し心がざわつくジオだったが、そんなジオの様子を「狼狽えている」「ビビっている」と勘違いしたのか、ようやく落ち着きを取り戻したメルフェンも立ち上がる。


「そう、フウキの言葉は誇張じゃない。私たちは見てきた……フウキの努力を。帝国のように軍事力も無く、アルマ姫やティアナ姫のように戦う力も無かった私やワイーロ王国騎士団だけど、フウキは一際異才を放っていた。だから、オーライ君だって私たちを見てくれたんだから」


 ジオに対する怯えた目から、フウキに対して信頼を寄せる目になったメルフェン。

 メルフェンの信頼を受け、フウキは更に強気に出る。


「そして、お前は武器を持っていないようだが、一つ教えてやろう。ジュウベエ殿が言っていた。『剣道三倍レベル』という言葉。すなわち、素手で剣士に勝つには剣士の三倍のレベルが無ければ勝てぬという定説だ」


 そう自信満々に告げるフウキだったが、その光景を見ていたフラグ冒険団とチューニはここにきてあることに気付いた。


「「「「あれ? でも、剣士ジュウベエって三年前の上官は……」」」」


 その気づきに、フィクサも笑いを必死に堪えながら呟いた。


「ぷくっ、ぷぷぷぷ、もうなんだか色んな意味で可哀想じゃん、あのかませピエロ」


 フィクサたちはジオの正体を知っているため、ジオとそのジュウベエがどういう間柄だったかは噂話程度だが知っていた。

 それゆえ、そのことを知らずに強気に出ているフウキが哀れで仕方なかったのだった。

 そして、知らぬまま、フウキが踏み込む足に力を入れて、一気に間合いを詰めるように飛びかかる。


「ビビっているのか? だが、安心しろ! 峰打ちで済ませてやる! いくぞ! めええええええええん!」

「ちょっ、来ましたわ、オジオさんッ!?」


 ジオの傍らにはまだフェイリヤが居るというのに構わず、フウキはジオの「面」目がけて高速の剣を振り下ろ―――


「お前さ……」

「ッ!?」

「攻撃する箇所を叫んで相手に教えてどうすんだよ?」


 振り下ろされるはずだった剣。しかしそれは、ジオが左手の人差し指と中指で挟んで受け止めていたのだった。



「「「「「……ええっ!!??」」」」」


「オジオさんっ!!??」



 相手の脳天を砕くかの如く振り下ろされた一撃を、顔色一つ変えずに受け止めるジオにフウキは一瞬で顔面を蒼白にする。

 力づくで打開しようも、ジオに掴まれた剣は、どれほど腕に力を込めようとも押しても引いてもビクともしない。


「ば、バカな……な、なんで!?」


 思わず漏れるフウキの言葉。しかし、ジオにとっては何でもクソもない。

 それはジオにとってはもう、それよりも速く強く鋭いものを腐るほど見てきた太刀筋なのであった。


「にしてもあいつ……まだ、馬鹿正直に叫んで剣を振るスタイルか……やめろって言ったのに……いや……そんな俺の言葉もあいつは忘れてたんだな……」


 そして同時に、少し昔を思い出してしまう……


 

―――お前さ、どうして馬鹿正直に攻撃する箇所を叫ぶんだよ! 


―――うう、つい癖で……


―――どーせならよ、「面」て言いながら、「胴」でも攻撃してみりゃどうだ?


―――な、何を仰られますか、隊長! 拙者、そのように相手に偽るような卑怯な真似はしないでござる! 常に正々堂々が性分にございまする!


―――だが、それで負けてりゃしょうがねーだろうが! これで模擬試合、俺に何十連敗だよ! 俺を守るとかほざいてた奴が、俺より弱くてどうすんだよ! 



 それは、ジオが最も満たされていた日々の中の一幕だった。



―――うう、面目ないでござるぅ……


―――だから、セコイ手もやりゃいいんだよ


―――し、しかし、できませぬ! そんなの……拙者、隊長にウソをつくような真似は絶対に出来ないでござる!


―――ほう、俺にはウソつかないと?


―――もちろんにございまする! 


―――へ~、そうか~……


―――た、隊長、ど、どうなさいました? そ、そんなニヤニヤされて……


―――ふふ~ん、ところで、ジュウベエ……お前の一族は里を飛び出した女は、優秀な一族の遺伝子を里に持ち帰る使命があったな?


―――うなああーーーーーーっ!? にゃにゃにゃ、にゃんでそれを!?


―――お前……ひょっとして、俺の遺伝子欲しかったりするか?


―――はにゃにゃにゃにゃ、そ、それは……せ、拙者は……ほ、ほし……ほし……うわああああああん、隊長のイジワルースケベーデリカシー欠落でござるううう!



 側に居るのが当たり前で、ついついからかってしまった。

 そんな日々が楽しくて……時には頼もしくて……そして……


「にしても……剣道三倍レベルか。でも、残念だったな」

「うぐっ、ぐうっ!?」


 少し切ない記憶を思い出しながら、ジオはフウキの剣を左手で掴んだまま、フェイリヤを胸に一度抱き寄せてから右手をフウキの額に伸ばす。


「俺の破壊レベルは無限大だ」

「ッ!?」


 そして次の瞬間、空気が突然弾けたかと思ったら、フウキが勢いよく吹き飛ばされて、回りを取り囲む騎士団の壁に激突して転がったのだった。


「ちょっ、な、だ、団長うううううっ!?」

「な、なにを、あ、あの魔族、何をしたんだ!?」

「い、いや、ま、まて……あ、あの団長が……」

「なんなんだ……奴は一体なんなんだ!?」


 一瞬でふっとばされてしまい、起き上がれずに倒れたフウキ。

 騎士団たちは目の前で起こったその予想外の事態に恐怖で震え上がり足を竦ませる。


「フウキ……な、なにをしたの!? あなた、フウキに……なにを! どうしてフウキが!? あのフウキが……いったい、何を!」


 その事実に、一度は落ち着きを取り戻したメルフェンも激しく取り乱して叫ぶ。

 だが、メルフェンの問いにジオはニヤニヤと笑みを浮かべて……


「何を? 別に俺は何もしてねーぞ? あいつが勝手にふっとんだだけじゃねーのか?」


 と、ジオはとぼけたのだった。

 そんなジオの態度に憤慨してメルフェンは食いかかる。


「ふざけないで! あなたが何かをしたかたら……フウキが! あなたが手を伸ばして、それで次の瞬間にフウキが飛んで……あなたが何かをしたのでしょう!」


 状況的にどう見てもジオが何かをしたのは明白である。

 ジオが、ワイーロ王国の新生騎士団の団長に手を出したのである。

 だが……


「くははははは、姫様よ~……俺が何かをしたのを見えたのか?」

「えっ……い、いえ、そ、それは……み、見えなかっ……」

「目の前に居て何も見てねえのに、無実の男を非難するか……大した器の国だこと」

「うぐっ!? うっ、そ、それは……だ、だって、じょ、状況的に……どう考えても……」

「じゃあ、言ってみろよ。この俺がどうやったら? 帝国最強剣士にすごーい鍛えられてすごーい努力した騎士団長様をふっとばせるんだ?」

「で、だ、って……でも……」


 目の前に居ながら、ジオが何をしたのか分からなかった。だからこそ、何をされてフウキがふっとばされたのかも分からない。

 それは、当然周りを取り囲む騎士団も、ファミリーの構成員や街の者たちにも分からないことであった。


「お、オジオさん……ほ、ほんとうに、な、何をしましたの?」

「だから、なんもしてねーよ。こうしてか弱いお嬢様を支えてるのに、野蛮な行動ができるはずねーだろ?」

「で、でもぉ、あなた何かをしましたわよね!」

「な~んにも」


 別に何もしていないと言い張るジオ。

 しかし、そんなジオが何かをしたのかが分かる者たちも居た。


「……み、見えたぞ。私は」


 そう呟くのは、体を震わせているシーボウだった。


「い、いま……彼は……軽く握った右手から、超高速で何かを放ち、フウキの額に叩き込んだ……とにかく、強烈な一撃を……」


 とはいえ、シーボウや他のフラグ冒険団たちも、かろうじて何かが見えたというだけであった。

 この中でジオが何をしたのかハッキリと分かったのは……


「何かなんてそんな大層なものではないのう。……デコピンじゃ」

「まぁ、ただのデコピンではないがな……それに、一撃ではない」


 ガイゼンとマシンの二人だけであった。


「はっ!? で、でこ? デコピンって、あ、あのデコピン!? ま、まったく見えなかったんで……」


 何が起こったのか全く見えなかったチューニもその事実に驚きを隠せない。

 そんな一同にガイゼンとマシンがコッソリ解説する。



「ほれ、こうやって拳を軽く握る。その際に親指に添えるように、人差し指、中指、薬指、小指の四本を添え、それを常人では見ることもできぬ威力と速度で同時に打ち出す」


「つまり、一度に合計四発だな」


「「「「よ、よんはっ!?」」」」


 

 もはや、次元の違うレベルの世界である。四発のデコピンという事実。そして、デコピンだけでワイーロ王国が誇る騎士団長がふっとばされたこと。

 もともと自分たちよりも比べ物にならないほど強いと分かっていたフラグ冒険団たちも、この事態に言葉を失うしかなかった。


「ひはははは、お~、コエ~コエ~。まっ、剣士ジュウベエに鍛えられたっていっても、戦争で実績もなく、連合軍の中じゃただの歩兵扱いだった騎士団長と、戦闘能力皆無なのに勇者と一度ヤッたぐらいで自分は選ばれた存在と勘違いしたバカ姫じゃぁ……『本物』を相手にすりゃ、こんなもんじゃん」


 その状況を一人楽しみながら、フィクサは愉快に笑っていた。

 そして……



「くはははは、で、お姫様よォ」


「ひっ!?」


「いくら心優しい魔族くんでも……冤罪で非難されたりしたら、流石に怒っちまうぞ? ムカついたから、暴れちゃおっかな~」


「うっ、あ……あ……」


「どんな対策を取るのか、皆で協力して相談してくれて大いに構わないぜ? 心優しい俺はそれぐらいの時間は与えてやるぜ」



 姫から女王へと成ったはずのメルフェンだったが、いともたやすく自身も国も窮地に追い詰められたのだった。

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書籍書影(漫画家:ギャルビ様) 2022年4月6日発売

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