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第三話 流れ着いた出会い

 あの日の出来事は、思い出したくなくても、脳裏によみがえる。



―――ジオ! あなた、エルフの娘からお守りを貰ったそうね!


―――おお。


―――っ……へぇ、そう。この間も、私の妹やお姉さまとイチャイチャしていたそうじゃない。あなた、何様? 帝国の王になったつもりかしら?


―――い、や、そんなつもりじゃ……


―――ふん! いやらしい男ね。あなたへのお守りなんて……私の……だけで……これで十分なのよ!


―――ちょ、てぃ、ティアナ!? お、ま、誰かに見られたらどうすんだ! 何でいきなりパンツ脱いでんだよ!


―――ほ、ほら! あ、あなたには、こ、こういうのが貰ったら一番うれしいものでしょう! 私のお気に入りなのだから、タバコのにおいなんか染み込ませたりしたら、許さないわ!


―――いや、こんな脱ぎたて……貰ってどうすりゃ……


―――ふふふ、どう? もし戦場で死んで、こんなの持っていたのが後で発覚したらどう? 恥ずかしいでしょ? きっと、死後にあなたの名声はガタ落ちね!


―――お、おま、な、なんちゅうことを……


―――それが嫌なら、ちゃんと帰ってきなさい。そうすれば……こ、これで覆っていた中身を……ちゃんとあげるから……


―――へ、変態プリンセス……


―――うるさい! そ、それよりどうなの? それとも……褒美は……先渡しのほうがいいのかしら?


 

 戦場への出立前。しばらく帝国を留守にするかもしれない長期の遠征前に、ティアナと二人きりでそんな言い合いをし、気づけば互いに体を寄せ合い、心を重ねていた。

 しかし、そんなときに、運命を変える出来事が起きた。



―――我は『スタート』。魔界の神にして、大魔王である。裏切りの半端者……ジオ・シモン……貴様には、そして我らに害を成す光の姫には……地獄以上の苦痛を与えてくれる。



 かつて、ジオの前に現れた大魔王は、その言葉を残し、次の瞬間には帝国に居た全ての者たちからジオの記憶が消された。

 そして大魔王は、ジオを大魔王の腹心などという濡れ衣を着せて、ジオを地獄に陥れた。

 だが、その大魔王も死に、ティアナたちの記憶も戻り、今になって謝ってきた。

 ようやくこれまでの流れを思い出したジオは、帝国から遠く離れた辺境の港町で、その後の世界を見ていた。


「おい、滝の上の野生の黒竜を狩ったら、一匹で二十万キャシュと聞いてたんだが……どうなってやがる?」


 始末した竜の頭を引きずりながら、町の中で冒険者たちが立ち寄る換金所を兼ね備えた冒険者ギルドにて、ジオは受付の男に不服を申し立てていた。

 それは、数日は暮らせる金が手に入ることを想定して、ボロボロの体を引きずって数年ぶりのリハビリも兼ねた戦闘を行ったというのに、いざ換金に来てみれば、ジオに手渡された報奨金が、子供のおこずかい程度の金しか渡されなかったからだ。

 だが、受付の男は冷たくあしらうような態度で溜息を吐いた。


「はぁ? あんた、さては素人だな? な~んも知らねーんだな」

「あ゛?」

「ちゃんと冒険者協会に正式に登録してねぇ冒険者が……ましてや、冒険者ギルドすらも仲介しないで素人が無断で仕事をしても、報奨金は十分の一しか入らねえ」

「な、なに? ……そ、そんなに抜かれんのかよ……」

「そこから、俺の手数料諸々……そして、最近できた法律で、『魔族が任務を達成しても、報奨金の十分の一』って決まってんだよ。あんた……魔族だろ?」

「……は? 十分の一から更に十分の一?」

「ああ。大魔王が死んで戦争が終わり、和睦を結んだとはいえ、魔族が地上に来て人間の仕事を取らねえようにした配慮だ。それでもむしろ感謝して欲しいぐらいだぜ。テメエら薄汚い魔族は、皆殺しか、魔界から二度と出てこねーぐらいにして欲しいってのによ」


 ジオは男の話を聞きながら、「不愉快だから殺してやろうか」と思った。

 そもそも、自分は魔族の血は流れているが、魔界には一度も行ったことがない。

 むしろ、その大魔王たちとかつて戦っていた。

 だが、そのことを誰も知らない。町ですれ違う人間たちは誰もが怪訝な顔をして、ゴミでも見るかのように冷たくジオを見ていた。

 店で何かを買い物をしようとしても、入店拒否まではしないものの、誰も言葉を発せず不愛想な態度を取る。

 一度、宿にも泊まろうかとも思ったが、あまりにも不愉快な空気に耐え切れず、僅かな金で必要なモノだけ買い込んで、ジオは港町から離れた草原に身体を預けて、仰向けになって空を眺めた。


「……これが……俺を忘れて手に入れたテメエらの望む世界かよ……ティアナ……」


 かつて、魔族と人間のハーフという存在故、ジオは多くの者たちから冷たくされていた。

 しかしそれもまた、途方もない努力の果てに、ようやく多くの者から認められるまでになったというのに、気付けばそれは地獄に変わり、今では元に戻っていた。

 

「ちくしょう……俺の力は……帝国を……あいつらを……ティアナ……お前のために……そして世界のためにと高めたんだ! 小銭を稼ぐためじゃねぇっての! ……クソ……ガキの頃から十数年……なんだったんだ……俺の戦いは……人生は……全部……ほんと……無駄だった……」


 心が寂しくなったが、ジオは意地でも涙は流してやるものかと耐え、村で買ったパンを強引に口の中に詰め込んで乱暴に咬んだ。

 だが、少し飲み込んだだけで、すぐにむせてしまった。


「げほっ、うげ……はあ……三年も飲まず食わずだったからな……まだ胃も治らねえか……つか、俺もよく死ななかったな……そういうところは……ほんと、俺も魔族なんだな……」


 普通の人間だったら確実に死んでいたはずが、魔族であるがゆえに生き永らえてしまった。

 しかし、死んだ方がどれだけ楽だったかと苦笑しながら、ジオは食べかけのパンを投げ捨てて、代わりにこれまた数年ぶりに買ったタバコに火をつけて吸ってみた。

 だが、それもすぐにむせた。


「うげっ、げほっ! うげ、げ、ごほっ、つ、な……何つーマズさだ。タバコってこんなまずかったのか? 俺はこんなもんを吸ってたのか? ただでさえ体に悪いのにまずいって……くそ、煙が目に染みる……」


 久しぶりの食事もタバコも、まだ受け入れられないほどに壊れてしまった体。

 肉体が魔族に偏った姿に変異し、全身に魔力が満ちたことで、枯れ枝のように細かった肉体もかつてに近いものにまで戻ったが、中身まではそうもいかなかった。

 

「ったく……どうしちまったんだか……俺は……」


 嘆くように呟きながら、ジオはまとめ買いした日用品の中から鏡を取り出す。伸びきった髪も切りたいという思いもあったのだが、まずは久々に自分の顔をジッと見たいと思ったからだ。

 そして、案の定、久しぶりに見た自分の表情に愕然とした。


「けっ……なんだこいつは? 殴りたくなるぐらいウゼー顔をしやがって……へっ……俺の顔か……」


 かつては、毎朝自分の顔を見ては、パシンと気合を入れるように頬を叩いて、「今日もやるか!」と口にしていたが、今の自分の目は、殴りたくなるぐらい情けなく、力もなく、死んだような目をしていた。

 だが、それは無理も無かった。

 何よりも、今のジオにはこれから先、何をするのかすらも分からなかったからだ。

 もはや、一切関わりたくない帝国やティアナに復讐というのもピンと来なかった。

 本当なら、自分をこんな目に合わせた大魔王を殺すというのが一番スッキリするのだが、もう大魔王は死んでいるためにそれも叶わない。


 なら、何をする?


 何も思いつかない。


 なら、自殺でもするか? 


 しかし、これほどの苦痛と地獄を味わいながら、こうして生き延びることが出来たのにやはり大人しく死ぬというのは我慢できなかった。


「ちくしょう……ちくしょうちくしょうちくしょう! 俺は……俺はなんだったんだよォ!!!!」


 昔は躍起になって、自分を認めさせたい、昇格したい、友達が欲しい、恋人が欲しい、女にモテたい、強い奴に勝ちたい、仲間たちとバカみたいにハシャギたい。やりたいことや欲しいことがいくらでもあったし、すぐに思いついた。

 だが、今は何もピンとくるのが思いつかない。

 やりたいことも、生きる目的も、そして人生の意味も見出せなかった。


「クソが……やっぱ帝国の奴らを全員ぶちのめすぐらい暴れてやるかな? って、バカか俺は……二度と俺の人生に関わるなって捨て台詞を残して、俺の方から関わりに行ってどーすんだよ」


 そんなことぐらいしか思い浮かばず、また心が重くなって、ジオは俯いてしまった。

 しかし、その時だった!


「……ん?」


 突如、ジオは広々とした草原を埋め尽くすような禍々しい異様な気配に気づいて体を起こした。

 すると……



「なんじゃぁ? 同胞の匂いを感じて来てみれば……半端者じゃなぁ」



 そこには巨大な男が居た。長身のジオよりも遥かに大きな巨体と筋肉を搭載した怪物。


(で、で……でけえ! な、なんだこいつは!? し、しかも……この……圧倒的な重圧!?)


 獅子のような立派な鬣を靡かせて、その顔面と肉体には無数の傷跡。

 歳はかなりいっているが、衰えては見えない。

 衰えを知らない屈強な老人。それが抱いた印象だった。

 そして、目を見張るのは、男が人間ではないということだった。



「……へっ……魔族か……随分と野性味溢れるジジイみてーだが……何もんだ?」

 


 狼狽えた反応を見せたくないと本能的に思ったジオは、咄嗟に挑発するような笑みを浮かべながら男に尋ねる。

 だが、そのとき……



「あの……港町がどこにあるか知ってたら……は? えっ? なにこれ? な、なんなのこの突風みたいな殺気……あっ、僕を気にする必要ないんで。はい、すぐに立ち去るんで気にしないで欲しいんで! っていうか、取り込み中だったらマジすみません! 靴でも泥でも舐めて土下座するんで許して欲しいんで!」



 巨大な老魔族が現れた瞬間、全く別の男が同時に自分に声を掛けようとして近づいていたのだった。

 旅人風に巨大なカバンを背中に背負った男。全身を覆うローブとフードを被り、フードの下から見える顔は弱々しく、根暗そうで、男にしては長い黒髪は片目を完全に覆うほどで、肉体もローブで覆われていてもヒョロヒョロしているのは分かる。

 ジオの見立てでは人間。

 そして男は、老魔族とジオが発する空気に腰を抜かしそうになりそうなほど怯えた顔を見せて、その場から足早に立ち去ろうとするのだが……



「いてっ!?」


「「……?」」



 フード男が振り返って逃げ出そうとした瞬間、また別の誰かにぶつかった。

 

「いててて……って、だ、誰なんで!?」

 

 フード男が誰かにぶつかって尻餅をつくと、そこに居た何者かは呆然とした生気を感じさせない無表情のまま、呟いた。


「また……自分は……何をしているのだろうか……なぜ自分は壊れないのだろうか……なぜまだ動いているのだろうか……自分は……何故まだ死んでいないのだろうか……」

 

 一見して、その男は何の変哲もない普通の人間の若い男にしか見えない。

 全身長袖の白い布切れの質素な服。

 髪も奇抜なものでもなく、黒髪で、前髪が少し目に掛かる程度の長さ。

 体も大柄なわけでもなく細身で、身長も普通。

 どこにでもいそうな、人間。

 だが、ジオは男の異様な瞳に、言いようのない不快感を覚えた。


「けっ……次から次へと……で、誰だ? ヒョロい男に……そして……何だテメエは? 覇気のねえ、胸糞悪い死んだような目をしやがって……」


 そう、もう死んでいるような覇気のない瞳。

 それはまるで、数秒前に鏡で見たジオ自身と同じような瞳をしていた。

 だからこそ、ジオも余計に心がざわついたのかもしれない。


「……なら……お前なら……自分を完全に殺してくれるだろうか?」

「あ゛? おい、待てテメエ……」


 ただでさえイライラしているジオにとっては、それは安い挑発でありながら、そのイライラを解消するには丁度いい挑発だった。


「おい、平和な世の中になったからって、魔族全員大人しいと思ったら大間違いだぞ? 今の俺なら……本当にヤルぜ?」


 気付けばジオは、現れた老魔族やヒョロい男でもなく、生気のない男の胸倉を掴んで拳を振り上げていた。


「おお、なんじゃぁ? 喧嘩か? うわははははは、いいぞーやれやれ♪ やはりいつの時代、どの種族においても、喧嘩は男の名刺交換じゃな♪」

「ひいいいい、なんでいきなり!? なにがどうなっているんで!?」


 そして、現れた老魔族は機嫌良さそうに笑いながらドカッと地面に座り、ローブを纏ったヒョロイ男は腰を抜かしていた。

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書籍書影(漫画家:ギャルビ様) 2022年4月6日発売

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