第二十九話 貢物と歓迎
「あれが、ワイーロ王国か。初めて見たな」
「自分もだ」
「僕もなんで」
「なるほどのぅ。なかなか栄えとるようじゃのう」
いくつもの商業船や漁船、更には富裕層のものと思われる豪華絢爛な大型船なども停泊し、そこはジオ達が旅立った港町とは比べ物にならないほど大きなものであった。
港には大勢の人が行き交い、多くの露店も並んで賑やかである。
さらに、港の奥に見える街並みもまた多くの家々が並んでおり、その広大な街の最奥には重厚感漂う大理石で作られた巨大な宮殿が構えている。
とても戦後間もない国家とは思えず、これまで大規模な魔王軍との戦争などに巻き込まれて大きな被害を受けていなかったと思われる。
「帝都は大陸の中央に位置してたんだが……ワイーロ王国ってのは、王都がこんな海に面した場所にあったんだな」
「二年前までの自分の記録では、辺境の小国家と思われていたが、戦後間もないというのにこの賑わいは大したものと思う」
「僕もあんまワイーロは聞いたことないけど、田舎だと思ってたんで」
「ふむふむ、これは夜も楽しめそうな場所もありそうじゃな!」
そこは、かつてジオが過ごしたニアロード帝国の帝都ほどの規模ではないものの、十分に発展と繁栄をした国と言えた。
「さあ、ニコホ! ナデホ! いつまでもデレッとした顔をしていないで、このワタクシの帰還を知らせる狼煙をあげて、街の皆さんにワタクシを歓迎させてあげなさいな!」
港が見えてきた瞬間、ついさっきまで顔を真っ赤にして色ボケしていた二人のメイドが、フェイリヤの指示の元に慌てて動き出す。
「おいおい、何する気だ?」
「ああ、ジオ君たちは見るのは初めてだね。見てたら……ちょっと驚いちゃうよ」
「フラグ冒険団は知ってんのか?」
「勿論さ。というか、私たちの国の恒例と言うべきか……」
双子メイドが急いで船内から太い筒を持ってきて甲板に置きそれに火を付ける。更に筒と一緒に持ってきたトランペットや太鼓なども用意する。
一体何が始まるのかとジオ達が不思議に思った瞬間、火のついた筒から上空へ何かが打ち上げられた。それは……
「おーっほっほっほ! 皆さーん! この神より美しき至上にして至高の存在であるワタクシが帰ってきましたわよ!」
打ち上げられたものが、空中で弾けて巨大な花を作った。それは、花火。
そして、同時にニコホとナデホが二人で演奏を始めて盛り上げる。
それは、もはやパレードのような騒がしさ。流石にジオたちも呆気に取られてしまった。
すると、港に徐々に人が集まり始めたのがジオ達にも見えた。
「昼間から花火ぃ? ってことはまさか……」
「ん? おいおい、あれ、お嬢様だ!」
「おぉ、フェイリヤちゃんじゃねぇかよ!」
「あら、無事に帰って来たのね!」
「ってことは、フラグ冒険団たちもか? おい、家族に知らせてやれよ!」
「わぁ! キラキラのおねーちゃんだ!」
「ほんとだ! バカのおねーちゃんが帰って来た―!」
「クルクルおねーちゃんだー!」
「おーい、フェイリヤちゃーん! 今日も無駄に光ってるねー!」
港では、たくましい船乗りや、港で買い物をしていた主婦たち、そして駆け回っている子供たちなどがこちらに気づき、歓声を上げて手を振ってくる。
「おーっほっほっほ! さあさあ皆さん、歓声も拍手ももっとですわ! もっとワタクシを褒め称えて崇めなさいな!」
歓声に応えるように高らかに笑い、上機嫌なフェイリヤ。
そんなフェイリヤの姿に、港には騒ぎを聞きつけてまた一人と、どんどん出迎えの者たちが増えていく。
更には、近くに居た漁船もこちらに近づいて来る。
「おーい、お嬢様! お帰り、無事だったんだな!」
手を上げてフェイリヤに声を掛けてくる、頭に手ぬぐいを巻いている日焼けをした漁師たち。
その声に振り返り、フェイリヤは高慢な態度のまま応える。
「あら、船長さんにみなさん、精が出ますわね。ごきげんよう! 今日も汗水ダラダラですわね!」
「おうよ! 今日も大量さ! そんで、見てくれよ、このデッケー魚! 近海のホンマジロだ」
「ほうっ! なかなかの大物ではありませんの!」
「あとで屋敷に持ってくからよ! 是非、みんなで食ってくれよ!」
「つまり、貢物ですわね! おーっほっほっほ、分かっているではありませんの! ありがたく頂戴しますわ!」
「いいってことよ! ファーザーには領海侵犯してきた密漁者たちから俺らの海を守ってくれた恩があるからな!」
海の男たちが数人がかりで持ち上げる巨大な魚。歯を見せて笑い、誰もが活き活きとした表情をフェイリヤに見せている。
「よっしゃ、野郎ども! お嬢様の船を誘導するぜ! どいたどいたー! お嬢様のお通りだぜー!」
「「「「「うおおおおおおおおおッッ!!!」」」」」
そこには、へりくだった態度や、ゴマすりのような様子は全く見られない。
そして、フェイリヤ自身もまた「無礼」だとかそういったことも言わず、漁師たちの態度を当たり前のように受け入れていた。
「ん? ちょっとどういうことですの!? このワタクシがこうして帰ってきたというのに、出迎えの宮殿音楽家たちは居ませんの? レッドカーペットは? 花束はありませんのーーーーー!?」
港に入ると、民の者たちが皆でフェイリヤに手を振ったり声をかけたりするが、特に大げさな催しをするわけでもない。その光景にムッとしたフェイリヤが怒って船から飛び降りて港に着地すると、より一層歓声は高まった。
「おかえり、フェイリヤちゃん!」
「お嬢~、フラグ冒険団たちはどーよ? ちゃんと役に立ったかい?」
「そうそう、あいつら、結婚控えてたり、娘の誕生日とか控えてたりで気合入ってたからよ~」
一瞬でフェイリヤを取り囲んで笑顔で話しかける民たち。しかし、フェイリヤは不機嫌そうに膨れた。
「んもう、近寄り過ぎですわ! それに頭も高いですわ! このワタクシを誰だとお思いですの!? このワタクシの栄光の凱旋だというのに、何を考えていますの!?」
もっと自分を称えよと叫ぶフェイリヤ。しかし、集まった民たちにはその様子はなく、ただの街の人気者が帰ってきたことに皆でハシャイでいるようにしかジオたちには見えなかった。
そしてそんな中、腰の曲がった一人の老婆が、その曲がった腰で背中に大量の野菜を籠に入れてフェイリヤに近づいていった。
「おぉ、フェイリヤちゃんや、おかえりなさい」
「おばーさん、相変わらずのヨボヨボですわね! 腰の具合はどうですの?」
「まだまだ元気じゃよ。それとこれ、ウチの畑で採れた大根じゃ。持ってきなさいな」
「流石に長生きしているだけあって世渡りのコツを心得ていますわね! おばーさんの大根は丸かじりするだけで美味なんですから、貢物として十分ですわ! せーぜい長生きして、これからもワタクシに新鮮なお野菜を貢ぐことですわね、オーッホッホッホ!」
「ふぉっふぉ、フェイリヤちゃんみたいな明るく元気な別嬪さんにおいしそうに食べてもらえて、それだけで元気になるというもんじゃ」
皺々の顔でニコっと嬉しそうに笑う老婆。その老婆を口火に、港で露店をしていた他の者たちも一斉に声を上げる。
「おーい、お嬢様! 今、焼き立ての串焼きができたんだ! 貢物だ、持ってってくれ!」
「もちろん、タレをたっぷりでないと、ワタクシは許しませんことよ!」
「フェイリヤちゃん、見てくれよ、オイラの新作飴細工! ほら、貢物じゃい!」
「あらあら、ワタクシ好みのキュートな細工ではありませんの。相変わらずこのワタクシのご機嫌を取るのが上手ですこと!」
貢物と言いながら、「是非フェイリヤに持って行って欲しい」とばかりにフェイリヤに串焼きや飴、更には果物など、次々とフェイリヤに食べ物を渡していく街の者たち。
「ちょっと、ニコホ! ナデホ! それにフラグ冒険団の方々も何をしていますの! 早くこのワタクシへの貢物を運ぶのを手伝いなさいな! おーほっほっほ、苦しゅうないですわ、庶民の皆さん!」
両手いっぱいの貢物を抱えて、不機嫌だった態度が一瞬で上機嫌になってニコニコ笑うフェイリヤ。
だが、そんなフェイリヤと接するのは、大人だけではない。
「こら、あなたたち! まーた、遊んでばかりいて、少しは家で勉強したらどうですの? あなたたちはワタクシのように神に与えられた美貌や天才的な頭脳もないのですから、努力しませんことには苦労しますわよ!」
港で走り回って遊ぶ子供たちに向かってビシッと告げるフェイリヤ。
すると子供たちはフェイリヤの姿を見て、目を輝かせて駆け寄っていった。
「おバカなねーちゃんだァ!」
そして、一人の子供が言ったその言葉に、フェイリヤの額に青筋が浮かんだ。
「ッ! むきーーー! だ、誰がおバカなねーちゃんですのー!」
「ねーちゃん、遊ぼうよー! 鬼ごっこしよー!」
「あ~ら、何を言ってますの? ワタクシを誰だと思っていますの? ゴークドウファミリーの長女にして神の最高傑作であるワタクシが、あなたたちのような庶民のお子様たちと遊ぶ? 図に乗るのもたいがいに―――」
「ターッチ! よーし、クルクルねーちゃんの鬼だ―! みんな逃げろー!」
「ちょっ! だ、だから、ワタクシは遊びませんと……って、不意打ちなんて卑怯ですわ! 待ちなさい! 一瞬で捕まえて差し上げますわ―!」
そう言ってムキになって、何だかんだで子供たちを追いかけるフェイリヤ。
子供たちは嬉しそうにハシャイで逃げ回り、それを見ている街の大人たちはほほえましそうにしながら、逃げる子供たちと追いかけるフェイリヤを両方応援する。
「随分と、嘗められてるというか、親しまれているというか……ああいう、ワガママで偉そうなお嬢様ってのは、結構ムカつかれるもんなんだと思っていたが……そうでもないんだな。けっこう、人気者なんだな」
フェイリヤに対する街の者たちの反応を見て、少しジオは驚いた。
「ええ。お嬢様は周りを自分の下僕だ家臣だなんて言っていますけど、……不思議なんですけど、皆さんからはちっとも悪く思われてないんです」
「へぇ。ああいうところは……人を見下したりするところは、ティアナと似ているかと思ったが……少し違うな。あいつはどこか近寄りがたい雰囲気を発しながらも、あらゆる局面で結果を常に出して、力で信頼を得ていた。だが、あのお嬢様は……」
かつて自分が仕えた女は、結果と力で信頼を得て皆を率いた。
だが、目の前に居るフェイリヤは、人々の中心になり、そこに溶け込んでいる。
そんな光景がジオにも……
「ふっ、騒がしいお嬢様だぜ」
何だか自然と頬が緩んでしまうことに、ジオは気付かなかった。
だが、その時だった。
「オラオラどかんかいっ!」
「通れねえじゃろが!」
急に街の温かい雰囲気とは違う、ドスの利いた声が響き渡り、同時にフェイリヤたちを囲んでいた人垣が二手に分かれて、その中心を歩いて来る妙な集団が現れた。
全身を黒一色の正装。
しかし、その人相は執事などというものではなく、誰もが目の鋭いチンピラの顔付きであった。
頭髪の一切ない男。顔に傷のある男。前髪を全部上げている男。
騒ぎも少し静まり返り、男たちがフェイリヤの目の前まで来た。
すると、男たちは突如両手を両膝に置いて中腰になりながら頭を下げた。
「「「「お帰りなさい、フェイリヤお嬢さん」」」」
それは、明らかに堅気には見えない容貌の男たちではあったが、それもまたフェイリヤの関係者。
「ええ、帰ってきましたわ。お出迎えご苦労様、サンシータ。サブ。シャティ。でも、ワタクシのお出迎えにはもっと素敵な催しをして頂かないと困りますわ」
男たちの姿を見て、フェイリヤも胸を張るように男たちを見下しながら、労いの言葉をかける。
「……あの、イカツい顔の奴らは?」
「ああ、お嬢様のお父上の……すなわちファーザーの部下であり、ファミリーの構成員の方々ですよ」
「……チンピラにしちゃぁ……なんか、筋の通ってそうな奴らだな」
ガラの悪そうな男たち。しかし、街の者たちと違って、フェイリヤに対してはビシッと礼儀は弁えている。
これまでの人生で、ならず者やチンピラなどはジオも多く見てきた。そのどれもが、どこにも属さずただブラブラ生きているだけの者たち。
だが、フェイリヤに頭を垂れる目の前の男たちは違う。
それがジオにはどこか不思議であった。
「それで、パパはどうしていますの?」
「はい。ファーザーは今、国外に出ています。ハウレイム王国のソーサオトリ商会との取引で、フイウチーノ都市に行ってやす」
「あら、そうですの? まーったく、愛しの娘が帰ってきていますのに、ダメダメですわね! 今日は客人も連れてきているといいますのに」
どうやら、肝心なフェイリヤの父は不在のようである。残念そうに溜息を吐きながら俺たちを見上げるフェイリヤにつられて、いかつい男たちがジオたちに気付いて睨んできた。
「あの者たちは?」
「ジオパーク冒険団。ワタクシと出会えたことに神へ感謝して、ワタクシに仕えたいと望んだ冒険団たちですわ」
「……ッ、ま……魔族ッ!?」
「そうですけど、何か問題でもありますの?」
男たち、そして街の者たちは船に乗っているジオとガイゼンの姿を見てすぐに魔族であることに気付いて、思わず顔を強張らせて身構えようとする。
だが、その行為に対してフェイリヤは少し厳しめの口調で戒めるように皆に告げた。
「皆さん、とっても優秀なお力ですし、何よりも今回のクエスト攻略には多大な活躍をしてくださいましたわ。義理と人情を重んじるファミリーの殿方たちが、いきなりそんなに身構えるだなんて、情けないですわよ?」
「そ、それは、ま、誠に面目ありやせん……」
「分かればよろしいんですの! では、パパは居ませんけど、今日は彼らの歓迎も兼ねて盛大に歓迎会をやりますわ! お肉もお魚もケーキもどーーーんと準備なさいっ!」
一瞬訪れた緊張感も取っ払い、ビシッと皆に指示を出すフェイリヤの言葉を受けて、回りの者たちも仕方ないなと動き出そうとする。
しかし、その時……
「ひはははははははは、いやいやいや~、年頃の男の子の気持ちを、我が妹はぜ~んぜん理解してないじゃ~ん」
また、港町に突如響く何者かの声がした。
「年頃の男の子はね~、とにかくウンマイ酒と、あとは綺麗なねーちゃんとオッパイとオシリ。それさえ用意すれば、それが何よりもウレピーわけじゃん?」
そして、その声に皆が気付いた瞬間、街が少しざわめき始めた。
今度は誰だ? ジオたちがそう思った時……
「ましてや、相手はルーキーとはいえ……女子供が喜ぶような上品なパーティーには慣れてんだろうから……ちょいと刺激的でいかがわしいパーティーの方が喜ぶと、俺は思うじゃ~ん?」
馴れ馴れしい軽口な口調と共に現れた謎の男。
両脇に衣服のはだけた若い女を侍らせている。
茶色い髪を短髪に刈り上げて、耳にピアス。見た目はかなり若そうで、人間の十代後半から二十代後半に見える。
しかし、若い容貌の割にはかなり高級そうな黒革のコートを羽織っている。
そして男の姿を見た瞬間、フェイリヤが顔を強張らせて叫ぶ。
「お、……お兄様?」
「わ、若ぁ……」
兄。その言葉にジオたちが驚いた顔を浮かべると、男はワザとらしく両手を広げて笑顔を見せた。
「おぉ、実家を継がずに好き勝手遊んで、オヤジに呆れられている俺をまだ兄と呼んでくれるなんて……に~ちゃん、うれぴ~」
「っ、な、お、お兄様は……帰ってましたの?」
「まぁ~ねい、店の女の子たちの様子を見にね~。たまには店に顔を出さないとならんのが、『冒険家兼起業家』のメンド~なところ」
現れたのはフェイリヤの兄。兄が居たことは別に珍しくはないが、ジオたちが感じる印象としてフェイリヤとあまり似ていなかった。
何よりもその目。フェイリヤのようにどこか天真爛漫な純真な目に対し、男はどこか淀みのある歪んだ目をしている。
そして男は、ワザとらしい笑みを浮かべたまま、船を見上げて……
「とはいえ、おかげでとんだ大物と出会うことができたから、これはこれでね。ねぇ? ジオしょ~~~~ぐん? マシンくん? ウソか真かガイゼンさん? そして……チューなんとかくん」
ジオたちは互いを見合うが、誰も男のことを知らなかった。
だが、まだ自己紹介もしていないというのに、既に男はジオたちのことを知っている様子。
「妹が世話になったようで。俺は、フィクサ。『フィクサ・ゴークドウ』……実業家を兼ねた自由を求める冒険家。つっても、君たちのような規格外のレベルと違って、俺は万年D級冒険家の最底辺ザコだから~、覚えてくれるだけで光栄じゃ~ん」
そう言って、現れたフェイリヤの兄・フィクサはいやらしい笑みを浮かべてジオたちに手を振った。




