第二十八話 扱い方
海底都市を後にして海上に出た潜水艇。
一同を乗せて航路を北へと真っすぐ目指し、海の上を進んでいた。
「マスター、暑くありませんか?」
「……あのね、暑いから……少し……離れてくれると……」
「喉は乾いていませんか?」
「あの、ですから……もうちょっと離れてくれると嬉しいんで」
甲板の上で腰を下ろして座るチューニの隣にピッタリとくっつくように正座している六番目ことセク。
チューニが距離を取ろうと横に少しずれたら、セクも追うようにササッと距離を詰める。
照れて俯くチューニの姿に、甲板では笑いが絶えなかった。
「あらあら、お熱いですわね。ですが、セク! それほど男女間の距離をいきなり近づけるのは、は・し・た・な・い! というものですわ! 素敵なレディとはお淑やかさを兼ね備えているもの。行くべきところと引くべきところを見極めないとダメですわ! それこそまずは、交換日記のように互いのことを知ることからですわ!」
「お、お嬢様が、お、お淑やかさを語っていらっしゃる!? で、でも交換日記は……う~ん、まぁ、確かに好きな人との交換日記っていうのは想像してみると……うん、ちょっといいかなって、思うかもですね」
「あ、あはははは、でも、せっちゃん? うん、こういう積極的に恋をできるっていうのは、羨ましいかも。私、まだそういう経験とか全くないし……まっ、ニコホもお嬢様もそうかと思いますけどね♪」
「確かに、積極的な女の子っていうのも応援したくなるね。私も彼女と出会った時は……うん、私の方からばかりだったからなぁ」
「僕も妻とはそうでしたね」
フェイリヤの提案により今後はフェイリヤの屋敷で働くことになったセクは、もう六番目という名称ではなく、「セク」もしくは「せっちゃん」と呼ばれて溶け込んで、皆から微笑ましそうに見られていた。
「あーあ、随分とベッタリじゃねーの。モテモテだな、チューニは」
「ぬわははは。まぁ、元々の才能が知れ渡っていれば、もっとオナゴにも好かれておったはず。ある意味当然かもしれぬな」
「……セクハウラ博士も、随分といらない機能を備えたものだ……」
そんな一同やチューニのことを、ジオたちも呆れたように苦笑するしかなかった。
「いやいや、そんな冷やかさないで、どうすればいいか教えて欲しんで! 僕はリーダーみたいな経験豊富な人じゃないんで!」
「いーじゃねぇかよ。とりあえず、チューニの敵となる奴以外に害はなさそうなんだ。せーぜい、可愛がってやんな。もうちょい成長させれば、お前の色々なもんを奪ってくれるかもしれねーしな」
「かかか、可愛がるって、そ、そんなこと言われても!? そ、そんなのどうやって!?」
「あ~? んなの……機嫌良く笑って、頭でも撫でてやりゃいいんじゃねーのか?」
「テキトーすぎるんで!?」
笑いながらテキトーなアドバイスをするジオに、チューニのウジウジとした言葉が止まらない。
しかし、今のジオのアドバイスに、どこか納得しているようにマシンが頷いた。
「いや、あながち間違っていないと思う。かつて、共に戦った勇者オーライは言っていた。どれほどつらく厳しい状況に陥ろうとも、自分の傍に居てくれる女性には常に笑顔を見せるべきだと。実際、様々なピンチでパーティーの女たちが暗い時、奴が笑顔で頭を撫でた女たちは、たちまち元気になっていた」
それは、かつて勇者が身近な女たちに実践していたという手法。それを聞いてジオは小声で「同じ発想とはいえ、そんなの傍で見たらイライラしそうだ」と呟いていた。
とはいえ、笑顔を見せて頭を撫でる。そんなありきたりな手法ではあるものの、その話を聞いたセクは顔を上げて、ウズウズした様子を見せる。
「マスターの笑顔……ナデナデ……ウズウズソワソワ……」
それは、明らかに求めている態度であった。その訴えに気づかぬほどチューニも鈍感ではなく、どうすればいいのかと助けを求める目で周りをキョロキョロした。
「してやればいい」
「いや、マシン、そんな簡単なこと言ってるけど、それって勇者とかみたいなイケメンじゃないと、触るな変態とかって言われる行為なんで!」
「……そうだろうか?」
「そうに決まってるし! 自分だってやってみれば分かるんで! つか、女の子がみんなそんなチョロイわけないんで!」
平然とした顔で「頭を撫でて笑ってやれ」と言うマシンに対して「なら自分だってやってみろ」と返すチューニ。
すると、その発言を聞いて、フェイリヤも同意するように頷いた。
「確かにそうですわね。頭を撫でて笑顔を見せれば女は喜ぶ? 随分と安っぽいと思いませんの? 女を甘く見過ぎですわよ。そんなことで女が嬉しいと思うなど、ワタクシはとてもではありませんが、思いませんわ」
ここに来て、フェイリヤもまた「信じられない」と納得いかない様子だ。しかし、だからこそ「試してみればいい」ということになるのだ。
「じゃあ、マシン、お嬢様にやってやりゃいいんじゃねーのか?」
「ちょっと、オジオさん! 誰であろうと、このワタクシの頭を撫でるなどという行為が許されると思いですの? それこそ、おっぺけぺーさんですわ!」
「いや、だから試さねーと分かんねーだろ?」
「分かっていますわ。ですので……ニコホ! ナデホ! 御マシンさんに撫でられて微笑まれなさいな!」
と、そこでフェイリヤが実験として差し出したのは、双子メイドのニコホとナデホであった。
「え、えええ!? わ、私たちがですか?」
「い、いや、まぁ、お試しならいいですけど……で、でもなんだかちょっと恥ずかしいかも……」
フェイリヤの無茶ブリだったが、恥ずかしがるものの満更でもない様子の二人。
そんな二人の了承を確認したマシンは、
「承知した」
とくに恥ずかしがる様子も迷う様子も一切見せずに、気づけば双子メイドの間合いの中まで俊足で入り込み、そして……
「失礼する」
「えっ、ちょ、まっ!?」
「い、いきなり!? こ、心の準備が……」
一人ずつやるのかと思えば、マシンの取った行動、それは両手で二人同時に頭を優しく撫でるという行為だった。
「んなっ!?」
「お、おいおいおい、いきなり……」
もう少し時間をかけてやるものだとばかり思っていたが、合図を誰かが出す前に既に勝手に動いたマシンが、鋼の手で二人の女の頭を撫でる。
揺れる双子の髪。フリルのカチューシャがくしゃくしゃにならないように絶妙な加減で撫でると……
「はうっ!?」
急にナデホが目を大きく見開いて、顔が茹でダコのようになったかと思えば……
「……フッ……」
「ほわっ!?」
いつも硬い無表情のマシンが、ほんの少しだけ頬を緩める僅かな微笑み。
その微笑みを見た瞬間、ニコホは何かが胸にでも突き刺さったかのように胸を押さえて狼狽した。
「……ダメだな……やはり自分は笑うというのが苦手なようだ。それに……自分のように温かみの無い手で撫でられても痛いだけであろう。すまなかった」
「えっ!? あ、あぁ……そんな……もっと……」
「あぅ、あ……ふにゅぅ……」
笑顔を止め、撫でる手も止めて謝罪するマシン。
そんなマシンの様子に、どこか残念そうな、名残惜しそうなニコホとナデホ。
「…………なぁ、お嬢様よ……」
「おだまりなさい、オジオさん」
「……なんつーか……セクとは別に、こっちでもややこしいことになってんじゃねーか?」
「……おだまりなさい、オジオさん……まったく……もぅ……」
実験のつもりであったが、とても実験されただけとは思えぬほどの態度を見せるニコホとナデホに、ジオとフェイリヤは開いた口が塞がらなかった。
だが、一方で……
「ぬわはははははは、あまずっぱ~、いいのう若いって」
「ああ、それは同意だよ」
「マシン君も、チューニ君も、それにナデホさんやニコホさんも、若い若い」
「僕も自分のことをまだ若いと思っていたけど、やはり十代は違うね。マシン君は何歳か分からないけど……」
「なんだか、初めてジオパーク冒険団をまだまだお子様だと思えてしまったな」
ガイゼンのような最年長や、フラグ冒険団のように既に故郷に添い遂げる相手が居る者たちにはこの光景がおかしくてたまらないのか、腹を抱えて爆笑していた。
「……マシンもイケメンだからミラクル起こっただけなんで。でも、僕がやるとなんか違うんで」
と、そのとき呆然とマシンのミラクルを目の当たりにしたチューニがハッとして、再び後ろ向きな発言をする。
このチューニの変わらない頑なな姿に、双子メイドとマシンに続いてジオはまた呆れた。
「ったく、別に皆の前でチューしろとか、ヤッてるところを見せろって言ってるわけじゃねーのに……」
「いやいや、リーダー! 何言ってんの!? 論外! 論外過ぎるんで!」
「あー、もう、うるせーな。少なくとも、お前に関してはどう見てもお前を慕う忠臣が対象の相手なんだから、そこはビビんないで……」
と、その時だった……
「自分を慕う……忠臣……」
「……リーダー?」
そのとき、ジオは話をしながら、不意に昔のことを思い出した。
それは、数年前。自分が監獄に入れられるよりも前の話。
―――隊長! 某が隊長をお守りするでござる!
それはかつて、常に自分の傍らに居て、右腕として、懐刀として、あらゆる戦場を共に駆け抜けた一人の部下のことだった。
―――某は、帝国から遥か東の山村……チャンバーラ村の武士、名はジュウベエ・ヤギュー。魔王軍の猛威に晒されて、滅亡寸前だった我が村を救ってくださった貴方様に憧れて、帝国軍に志願したでござる。お願いします! 厠の掃除でも何でもします! どうか、どうか某を隊長の部下にしていただきとうございまする!
熱く、真面目で、真っすぐで……
―――さがれ、盗賊ども! 某の隊長には指一本触れさせぬでござる! 某こそ帝国が誇る大英雄・ジオ隊長の腹心にして伝家の宝刀! ジュウベエ・ヤギュー! 悪党に名乗る名など持ち合わせていないでござる!
腕は立つが、ちょっとアホで……
―――あのぉ、うう、あのぉ、た、隊長! た、たた、隊長は……その……ふ、フンドシと、ぱぱぱ、パンティ……ど、どっちを穿くオナゴが好きでござるか?
かなりアホで……
―――ほわあああああああ! たたた、隊長がついに将軍に!! う、うわあああん、やはり、やはり某の隊長は、隊長はすごいでごじゃる! うええええん、たいちょ~、某は、某は一生隊長についていきますでござる~
涙もろくて……
―――ふにゃっ?! た、隊長に……で、でへへへへ、た、隊長に頭ナデナデされちゃったでござるぅ……えへ、えへへへへへへ
かわいくて……
―――下賤な魔族め! 我らが姫様に触れるとはこの不届き者めが! 貴様のような汚らわしい存在は、某の正義の刃で両断してくれるでござる!
「……っ……」
だが、ソレを思い出した瞬間に、ジオは『左腕』を抑えながら首を横に振った。
「ちっ、つまんねーことを思い出しちまったもんだ……」
「リーダー?」
「なんでもねーよ。ただ……女は可愛いと思えているうちに、せーぜい可愛がっておけってことだ」
それは、ティアナやアルマの時と同じ、もう切り捨てたはずの帝国時代の過去。
今さらそんなことを懐かしんで思い出した自分が情けなく、ジオはすぐにそれを振り払った。
「女の子をかわいがる……ですか……」
「ん? どーした、お嬢様よ」
そのとき、何か思うところがあるのか、フェイリヤが神妙な顔で呟いた。
「いえ……ただ、ワタクシのパパもそういうことを言ってましたわ。女の子をかわいがるのは男の義務だみたいな……」
「ほう……お嬢様の親父さんか」
そこで、ジオたちは気づいた。そういえば、フェイリヤの父親のことについて、自分たちは何も知らなかったということを。
「そーいや、なんとかファミリーのボスとかいってたが……何やってる奴なんだ?」
「ゴークドウ・ファミリーですわ! パパは色々な事業を手掛けていますが……主に、興行など、大勢の観客を集めての娯楽を提供したりですとか、そういうことをしてますわ」
「興行……」
「その他にも、職業斡旋だとか、お金を貸したりですとか、事業の支援ですとか、幅広くやっていますの」
様々な事業を手掛ける組織、もしくは団体のボス。
正直、戦争ばかりしていたジオにはそういった商業の世界はあまり分からずにピンとこなかった。
「まっ、国に帰ったら紹介しますわ。それに……そろそろ見えてきますしね!」
そう言って、甲板から身を乗り出すフェイリヤの視線の先には、ジオパーク冒険団の新たなる遊び場となる大陸が見えてきた。




