第二十二話 令嬢
突如海底から現れた潜水艇。
そして中から聞こえる声に何事かと首を傾げていると、突如潜水艇の扉が勢いよく開き、甲板の外へと一人の若い娘が現れた。
「ほ~んと、弱々さんたちと同じ空気を吸っていると気分が滅入りますわ! 気分の滅入りはお肌の大敵。あなたたち、ワタクシを不愉快にさせるだけでなく、神が創りしこの天下無双の美貌をも損なわせたいとお思いですの?」
一瞬、目も眩むような眩さにジオたちは視界を奪われた。一体何の光なのかと薄目を開けると、本当にその女は光っていた。
いや、光っているのは、娘の胸部を覆う金色に輝くプレートアーマー。押しつぶしてはいるものの、豊満なバストと引き締まったウェストをしている。
膝上の長さの純白スカートに覆われた大きすぎず小さすぎないヒップと、膝まで覆う装飾の施された黒ブーツ。
そして腰元には、宝石が散りばめられた鞘に入った仰々しい剣。
そして何よりも特徴的なのは……
「……『あいつ』もそれなりにクルクルだったが……ここまで豪快なクルクルは初めて見たな……」
思わずジオもツッコミ入れてしまいそうになる、腰どころか尻まで伸びている、縦長縦巻きロールの金髪をした整った気品溢れる顔立ちに、ジオは不意に誰かを思い出してしまった。
「随分と唐突に現れたな」
「良い体つきをしておる。あと数年歳を食っておれば、口説いておったわい」
「ここまで絵に書いたお嬢様オブお嬢様は初めて見たんで……」
最初は身構えていたマシンたちも、ポカンとしてしまい、緊迫した空気も緩んでしまった。
そして……
「あら?」
その、現れた謎の女がイカダの上でキョトンとしているジオたちに気付き……
「見間違いではありませんわよ」
「「「「……はっ??」」」」
「そう、ワタクシは人間ではありませんわ。あなたたちが思う通り、神に愛されし美の女神ですわ!!」
「「「「……いや、まだ何も言ってない……」」」」
「ふっ、ワタクシとしたことが。また、下等な生き物たちの心を読んでしまいましたわ。おーっほっほっほ!」
その瞬間、船の中から拍手喝采と花びらがまき散らされた。
「流石はお嬢様! 初見で相手の心をお読みになるとは、感服します!」
「素敵ですお嬢様。その揺るぎない自信過剰なところは、真似できません」
「さぁ、お嬢様。気分を入れ替えて、御紅茶をどうぞ」
中から出てきたのは、数人のメイド服を着た女たちと、武器を携えた数人の男たち。
誰もがその女を褒めたたえ、ヘリ下り、そして崇める。
その光景にジオたちは……
「……行くか?」
「そうしよう」
「せっかく別嬪なのに、残念な娘っ子じゃのう」
「ああいうの、ほんと関わると碌なことにならなそうなんで……」
無視して放っておこうと四人で頷き合い、そのまま潜水艇の横を通り抜けようとした。
だが……
「って、お嬢様、こいつらは!?」
「漂流者……ですか? ……ひっ!?」
「ま、魔族っ!? ……に、人間も居るが……」
「おさがり下さい、お嬢様!」
女に付き従う他の者たちがジオたちを見て、更に魔族も居ることに気付いて慌てたように声を上げた。
だが、女は……
「あら。珍しい組み合わせですわね。しかも、混ざりっ気のある雑種もいるようですわね。と言っても、ワタクシは血統書付きにしか興味ありませんが」
少し驚いただけで、特に恐怖や侮蔑の声や感情を表さなかった。
「い、いや、お嬢様、魔族ですよ!? しかも、か、かなり怖そうな……」
「ふっ、情けないですわね~、それがどうしたといいますの? ほ~んと、あなたたちはおっぺけぺーですわ!」
「ど、どうしたと言われましても……」
「この世は、ワタクシという世界の中心と、それ以外の生物で構成されているのですわ! 故に、それ以上の細かい分類など、取るに足らない小事ですわ」
「は、え、あいや、えええ?」
「そう、ワタクシからすれば、ワタクシ以外の存在であるあなたたちも魔族も全部同じじですわ」
あまりにも図に乗った、エラそうな女。しかし……
「……へぇ」
「ほう……つまり、魔族も人間も変わらぬと……」
ジオとガイゼンは少しだけ関心を持った。
女の言葉はあまりにもバカげているのぼせ上がったものであったが、魔族やハーフという存在に対して特に目に見える不快な反応をせずに、自然体のままだ。
「そこそこ大物か……まっ、ただのバカかもしれねーが」
「ぬわはははは、かもしれぬな」
少し、女のことを面白いと思ったジオとガイゼンだった。
「えっと~、ま、まずは、そうですね……え~、とりあえず、あなたたち、そんな所で何をしているんですか? しかも、イカダに乗って……」
お嬢様女の発言に笑顔を引きつらせながらも、とりあえずとメイドの女の一人がジオたちに尋ねてきた。
「俺らは最近結成した冒険団で、海賊でも倒すかとテキトーに漂っていた所だ」
「……は、はいい? 漂ってたって……そ、それって……遭難ですか?」
「いーや、別に迷っていたわけでもねーからな……」
「は、はぁ……」
海賊退治をしようとテキトーに海を漂っていた。そんな説明ではまるで納得できずにメイドたちは顔を引きつらせている。
しかし、その後ろで聞いていた男たちは、ジオの発した別の言葉に反応した。
「冒険者……き、君たち四人は冒険者だと?」
「本当か? 魔族と人間の組み合わせ……そんなのあるのか?」
既に戦争も終わって、魔族も規定をクリアすれば冒険者になれるとはいえ、それでも今はまだ珍しい存在。それどころか、人間と魔族の組み合わせというのは、実に稀なのである。
「魔族やハーフが冒険者やると気に喰わないか?」
「い、いや、もう戦争も終わったし、法律で認められているから……」
「じゃぁ、いーじゃねえかよ。俺らは別に悪いことをしているわけでも、企んでいるわけでもねーんだからよ」
「あ、ああ……そう、だね。不快な思いをしたのなら謝るよ。あっ、えっと、自己紹介がまだだったね、コホン」
ジオの気分を害してしまったと思った男は慌ててジオたちに謝罪し、流れで自身の名を名乗る。
「私たちも冒険者だ。戦争で活躍できずに燻っていたが、これから一旗上げようと誓い合って設立した、『フラグ冒険団』だ。チーム平均レベルは42。そして、私がリーダーの、シーボウだ」
チームレベル42のフラグ冒険団リーダーのシーボウ。二十代ぐらいと思われる、まだ若い男。いかにも冒険者の剣士といった容貌で会釈する。
「この先をずっと行ったところにある小国家、『ワイーロ王国』の下級貴族出身でね。今日は私たちのスポンサーでもあるこちらのお嬢様と一緒に、海底探索をしていたんだ」
そして、シーボウの後ろからも同じぐらいの年代と思われる三人の男が出てきて、それぞれ、槍、弓、杖を携えた、全員で四人組のパーティー。
『フラグ冒険団』という名も、『シーボウ』という名も聞いたこともないうえに、レベル的にもそれほどではないのだろうとジオたちは思ったが、それは口に出さないように返答する。
「俺らは数日前に設立した、ジオパーク冒険団。チーム平均レベルは……えっと……いくつだ?」
「最低約408だ。それ以上は計測不能で計算できない」
「だそうだ」
四人のレベルを合計して4で割ったら、それぐらいだとマシンが一瞬で暗算する。
だが、そのレベルを聞いてフラグ冒険団やメイドたちは、驚くどころかむしろ笑った。
「はははははは! そうかそうかそれはすごい!」
「真顔で400って……嘘をつかれるなら、もっとそれっぽい数字を言えばいいのに……」
彼らの十倍ほど。もしくはそれ以上のレベル。いくら何でもそれは嘘だと思われたようだ。
正直、ウソではなく本当なのだが、別にジオたちはそれを証明する気もなく、それならそれでも構わないと放っておくことにしようとしたのだが……
「レベル400!? 弱々のあなた方よりもずっとお強いではありませんの! 月とすっぽんぽんの差ですわ!」
「す、すっぽんぽん?」
お嬢様だけは信じたようで、驚きの声を上げていた。
「あの、お嬢様……いくらなんでも……」
「ふむ、四人ともあまり育ちの良さそうな顔つきはしていませんし、雑種であるのは気になりますが、そういうことなら話は別ですわ!」
「あぁ、ダメだ……本当に信じていらっしゃる……ほんと、お嬢様は残念……」
「決めましたわ! そこのあなた方、特に用事もないというのであれば、ワタクシがあなたたちを雇ってあげてもよろしくてよ!」
それは、あまりにも上からの発言ではあるものの、暇を持て余していたジオパーク冒険団にとっては、特に悪い話ではなかった。
「雇う? 俺らを? 何の依頼だ?」
「ふふ、十数年以上前から噂されている、この近海にあると言われる、謎の海底都市探索ですわ! A級のクエストで、深海という困難な場所で、更に邪魔な海底モンスターたちもウヨウヨしていることから難易度も高いのですが、その伝説をワタクシが解き明かすため、あなたたちにそのお手伝いをさせてあげますわ!」
「……海底都市~?」
「当然報酬は支払いますわ。ただし、探索のための資金も全てワタクシ持ちですので、もしお宝などを見つけた場合は優先的にワタクシに所有権があるということは、理解していただく必要がありますけれど」
「ふ~ん……なるほどなぁ。つまり、パトロンやスポンサーみたいなもんってことか」
旅の資金とクエスト達成の報酬を支払う代わりに、見つけた宝などは優先的にお嬢様のモノになる。冒険者と富裕層の間でよく行われる契約の一つである。
「ん~……お前ら、どうする?」
「自分は構わない。報酬は別にして、海の底を探索するのは興味深い」
「ま、暇じゃし、魚モンスターで今は我慢してやるわい」
「大反対なんで! 人は陸に生きる生物なんで、暗く深い海の底にワザワザ足を踏み入れるなどありえないんで!」
反対意見は一人。なら、決まりだと、ジオはお嬢様に顔を向ける。
「いいぜ。少しだけ水遊びに付き合ってやるよ」
「話が早くて好印象ですわ!」
「いや、リーーーダーーーーー! 僕! 僕、泳げないんで! 僕、反対してるんで!」
「がはははは、安心せい。泳ぎぐらいワシが教えてやるわい」
「自分もあまり海水は得意ではないが……なんとかなるだろう」
契約成立。一人泣き叫ぶチューニをよそに、お嬢様はジオたちのイカダに飛び降りて、手を差しだす。
それは握手のための手。
「御挨拶が遅れましたわ。ワタクシはワイーロ王国を拠点にする、『ゴークドウファミリー』のボスの娘。世界一の美女にして頭脳明晰にして神の最高傑作! ……フェイリヤ・ゴークドウですわ!」
手だけは完全に魔族のモノと化したジオに、何の躊躇いもなく手を差し出して微笑むお嬢様・フェイリヤに、ジオは少し驚きながら、自分も手を差しだした。