第二十一話 空白の歴史
居場所を無くして、世界を自由に生きることにした四人の男たち。
その目的地も明確ではなく曖昧なまま、とりあえずは北の方を目指して海の上を漂っていた。
「海賊現れないのぉ~」
見渡す限りが広大な海で、陸も島も全く見当たらない。
そんな海のど真ん中を漂いながら、時には全力でオールを漕いだりするも、一向に景色が変わることは無かった。
「問題ない。星の位置からも方角は間違っていない。地図上ではあと三日もすれば陸地に辿りつく」
「あと三日か。俺とガイゼンとマシンの三人全力で漕げば、もう少し早く辿りつくんじゃねえのか?」
「……僕が非力でほんと申しわけないんで」
意気揚々と海へ飛び出したものの、なかなか海賊との遭遇も、新しい陸地も見えてこないことに、ジオパーク冒険団も少し退屈していた。
「ん~~~! 暇じゃのう。酒も飲みたいし、暴れたいし、女も抱きたいもんじゃわい。のう、マシンよ。もしこのまま海賊に遭遇せずに辿りつく島なり大陸は、歓楽街ぐらいあるかのう?」
「この方角の先にある国は、辺境の小国家……小都市の規模だ。そういった、色街はないと思われる」
「かー、そうなると酒場の娘かなんかを口説くしかないか」
「魔族がそう簡単に受け入れられるとは思わないが……」
「そこは、ほれ、愛と気合じゃ! それに、リーダーとて半魔族ではあっても、人間のオナゴとまぐわった経験があるであろう? のう?」
「んまぁ、俺はほれ……一応、帝国の将軍っていう肩書があったからな」
「ほほう。モッテモテじゃったか?」
「そ、そりゃ~もう! 色々な女からお守り貰ったり、それこそ人間以外でもエルフとかからも……」
「ほ~、エルフか。あやつらは、白も黒も含めて皆が別嬪じゃから、羨ましいわい。それに、この間のウヌを連れ戻そうとした姫とやらも上玉じゃったしな」
退屈で品の無い話がガイゼンの口から出て、ジオもあまり思い出したくない過去でもあるので微妙な顔をした。
「しかし、ワシらの時代でも魔族と人間の血を引くハーフは確かにおったが、たいていが禄でもない扱いをされておった。それがよくもまあ、人間の国で将軍になったり、姫とイチャコラできたもんじゃわい」
「……けっ……よせよ。もう、昔の話だよ。それに、俺はもう『そういうの』はコリゴリなんだよ」
昔の話。数日前に切り捨てた過去だが、やはりまだ完全に忘れることは出来ず、ジオの心にほんの少し切なさが過る。
そんな自分が情けないと思いながらも、顔には出さないようにして笑って誤魔化しながら、ジオはガイゼンに話題を返す。
「そういや、テメエはどうなんだよ。大魔王に追放されたとはいえ、元七天ならそれなりに……つか、結婚ぐらい……」
「ガッハッハッハ、ワシは戦ばかりの人生。両親の記憶もなく……家族と呼べるものは生涯おらんかったの~」
「そうか……」
「代わりに、一夜のオナゴは六百人ほどおったがな」
「ちょっとしんみりした俺の気持ちを返せこの野郎!」
家族は居なかった。そんなガイゼンに、どこかシンパシーを感じたジオだったが、ガイゼンの尋常ならざる下半身事情に気分を壊され思わず怒鳴った。
ガイゼン自身は、そんな自分の過去を開けっぴろげに笑いながら話し、むしろ誇らしそうだった。
「まぁ、ワシやリーダーはさておき、チューニは……聞くまでもないか」
「やめて! ほんと悲しくなるんで! っというか、まだ十四だからそういう経験なくても珍しくないんで!」
「とはいえ、惜しいオナゴがクラスメートに居たようじゃが……アレとはそこまでの関係にならんかったんか?」
「…………別に………」
「やれやれ、拗らせ童貞じゃな、ウヌは」
話題はチューニに……となるかと思えば、「チューニにそういった話題はないだろう」とガイゼンは決めつけ、チューニも否定できずに不貞腐れる。
そして……
「じゃが、マシン。ウヌは分からぬな。色々改造されとるようじゃが……そういった、オナゴとの思い出はウヌには無かったのか?」
話題はそういったものについて未だに謎なマシンに向けられた。それには、ジオもチューニも少し興味を持って耳を傾ける。
すると問われたマシンは、海を眺めながら……
「自分にはそういう『恋愛』というものの感情までは芽生えなかったな。『仲間意識』と思われる感情は芽生えたりしたが……」
仲間意識。そうマシンが口にすると、ジオは舌打ちしながら鼻で笑った。
「けっ、何が仲間意識だよ。テメエはその仲間とやらに、封印されて閉じ込められたんだろ?」
「……ああ」
「で、こうして今は自由にフラフラしているテメエに対して、その仲間とやらはどうしてんだ?」
「さぁ、分からん。自分がこうして外を出歩いているのをまだ知らないのだろうが……」
「封印した仲間を気にすることなく、平和な世を満喫ってか? 大した仲間想いの勇者じゃねえかよ」
「……そう……だな。まぁ……色々と事情もあったが……」
どこか思わせぶりに、少し切ない雰囲気になるマシン。その過去は少し気になるところではあるが、ジオはそこで踏みとどまった。
余計な過去を特に詮索しないのが、自分たちのチーム。
マシンがあまり積極的に語ろうとしないのであれば、それ以上踏み込むことはないと、ジオはそれ以上は切り込まず、代わりに……
「そーいや、勇者で思い出したが……勇者って結局どこの誰のことなんだ? 俺が閉じ込められる三年前までは、そういった魔王軍と戦って一旗あげようっていう、自称勇者な冒険者が腐るほど居たからな」
「そーじゃな、ワシも少し興味あるぞ。ワシが封印されてから数百年なら、スタートのクソガキもソコソコ強くなっておったはずじゃ。それを倒したとなれば、ソートーなもんなんじゃろ?」
かつての自分が本来、大魔王を倒してなりたかった英雄の座に就いた存在。しかし、その勇者とは何者なのかをジオはよく知らなかったことに気付き、素朴な疑問を口にした。
ガイゼンも気になるようで頷き、マシンに尋ねる。
「……勇者の名は……『オーライ・クリミネル』……『ハウレイム王国』の辺境にある小さな都市の城主の家に生まれた男だ」
「……知らねーな。しかも、ハウレイム王国なんざ、連合でもほとんど発言権の無い弱小貧乏国家じゃねーかよ」
三年前の時点で特に名前の轟いていた人物でもない男が勇者。そして、その出身は帝国とは比べ物にならないほど小さく弱い国。その意外な経歴にジオも少し驚いたが……
「あれ? リーダー……そっか、知らないのか……」
「あん? なんだよ、チューニ」
「いや、ハウレイム王国って……この数年でスゴイ発展してるんで」
「えっ、そーなのか?」
ジオの知らない、空白の三年間の世界。それが、チューニからも語られた。
「勇者オーライは頭も良いらしくて、そんな勇者がまだ田舎に住んでいた頃に開発した農作物の肥料が爆発的な効果を生み出して、一気に王国は農業国家に。で、更に数年前は戦争やら、原因不明の異常気象やらで世界が食糧不足に悩んでいた時、王国そのものが大陸でも辺境にあったから魔王軍との戦争にもそれほど巻き込まれず、更には運よく異常気象からも免れていた王国が、作物の輸出でスゴイ潤って、一気に連合でも強い発言権を持つ国になったんで」
「そ、そんなことがあったのかよ……」
「うん。で、そこから更にオーライの快進撃。オーライは功績を認められて田舎の城主の息子という地位から駆け上がり、更に王国の姫様に見初められて婚約。そこから何を思ったのか、二年前に大魔王打倒を決意して戦争に参戦。お姫様と王国の女騎士と幼馴染の女の子二人と義理の妹とパーティーを組んで勇者を名乗った」
「……ま、待て待て待て待て。お姫様と結婚までは分かったが、そんな田舎暮らしの男が二年前に大魔王打倒を決意して、しかもそこから僅か二年で大魔王を倒したのか? 軍人でもないのにか? しかも、そんな女だらけの弱そうなパーティーでかっ!?」
「ま、まぁ、流石に世界的に有名な話なんで。それに、仲間も旅の途中で色々と増えたりとか……そこらへんは、マシンの方が詳しいと思うんで。あっ、ちなみに最近の最新情報だと、勇者オーライはそのお姫様と、仲間の女騎士と幼馴染の女二人と義理の妹の五人と結婚式したって」
「はぁ!? ごごごご、五人と同時に結婚だぁ!? なんだそれは!? そんなこと許されんのかよッ!?」
自分が想像していたものとは全くかけ離れている勇者の姿。更に、その周囲や流れにジオは驚くしかなかった。
しかし、それは全て事実だと告げるように、マシンも頷いた。
「チューニの話を補足すると、自分もオーライたちとは奴らが旅立って間もないころに出会って仲間に入った。自分がオーライに封じられるまでの三ヶ月ほどだがな……」
「ますます何でお前は封印されたんだ? お前、ひょっとして勇者の女にでも手ェ出して怒られたから封印されたとかか? もしくは、パーティーに他に男が居ると邪魔だからとかか?」
「いや、そうではない。やはり自分が危険だったからだろう。……オーライにとっては」
「……あ?」
そう言って、それ以上は語ろうとしないマシンは、再び海をジッと見つめて黙った。
そんな思わせぶりな態度が気になりつつも、ジオはその勇者が何だか気に入らずに不機嫌になった。
「けっ、どっちにしろ、たった数年で大魔王を倒しただけでなく、五人の女と結婚? それが無ければ俺はまだ自由になれてなかったとはいえ、何かムカつく。是非不幸になって欲しい男だね」
「あっ! リーダーもそう思うんで? うん、僕もこの話を聞いた時は、勇者にはもう不幸になって欲しいと思ったんで!」
「だよな。だいたい、勇者だからって、そんなたくさんの女たちに囲まれて…………」
だが、その時。ジオは話しながらふと自分の過去を思い返した……
―――ふふふ、ジオ。まだまだよ。あなたが一体誰のモノなのかをたっぷり濃厚に教えてあげるわ。その体にね。
―――待て、ティアナ。次は私の番だ! ほら、ジオ。これを飲むがいい。安心しろ、痺れ薬などではない。ただの回復剤だ。
―――だめですよ~、お姉さま。ジオは疲れてと~ってもオネムなのです。さあ、ジオ。今だけは私があなたのマーマですよ~。マーマのおむねですやすやしていいんでちゅよ?
……思い出した、思い出したくない過去。慌てて頭を振って振り払ったジオは、笑顔を引きつらせながら……
「ま、まあ、ほら、ガイゼンもそうだが英雄は色を好むというから、そこらへんは別に文句言わなくてもいいな」
「あっ、やっぱリーダーも不幸になれ。いや……もうなってんのか?」
自分もあまり人のことを言えない過去だったことに気付いたジオを、ジト目で舌打ちするチューニであった。
しかし、そのとき……
「不可解じゃの~」
女の話題には誰よりも食いつくはずのガイゼンが、真剣な顔で呟いた。
「いかにその勇者が天才だとしても……何百年も続く魔王軍とスタートを、旅に出て僅か二年で倒したじゃと?」
それは、ジオも疑問に思ったことであった。
ジオとて、大魔王に仕える七天の一人を討つのにも苦労した。
それを、七天どころか魔王軍そのものと大魔王までも討つ等、可能なのかと。
「その勇者とやら……『何か』を持っておるのではないか?」
確信めいていて、しかし答えは全く出ていない。それでもガイゼンが断言するかのようにマシンに尋ねると、マシンは……
「……これから遊ぶのに……その情報は必要だろうか?」
逆にガイゼンを試すかのように質問を返した。
そして、その質問に込められた意味を、ジオもチューニもすぐに察した。
ガイゼンの今の問いは、マシンにとって触れられたくないことであり、もしそれを問いただすのであれば、恐らくマシンはこのままチームから抜けるだろうと。
まだ出会ったばかりの自分たち。絆を積み重ねているわけでも育んだわけでもない。そんな薄っぺらい間柄。
だからこそ……
「ぐわははははは、い~や。いらんわ」
「そうか」
ガイゼンも理解して、もうそれ以上は聞こうとはしなかった。
「というか、なんか暗いわい! 男が四人も集まったら、するのは猥談に決まっておるじゃろうが! ほれ、リーダーから初体験を語らぬか!」
「その過去情報こそがいらねーだろうがっ!」
場の空気を変えるかのように、豪快に笑って無理やり話題を変えるガイゼンに、ジオは怒りながらもどこかホッとした。
深刻な過去の話などどうでもいい。
これからのことを馬鹿笑いしながら語り合えば、それでいいのだと、ジオたちを乗せたイカダが海を進み……
「んっ!?」
「むっ!?」
「……何か……来る」
「えっ? あ、ゆ、揺れてる!?」
そのとき、四人は何かの気配に気づき身構える。
それまで静かだったイカダや海面が揺れ、そしてその揺れは徐々に大きくなるにつれ、何か大きな気配が海の下から近づいてくる。
「下から来るな」
「……大きいな」
「さ~て、暇つぶしにはなるかのう?」
「あばばば、なな、なになになに!? クジラ!? 海獣!? モンスター!?」
そして、その何かがついに海から顔を出した瞬間、巨大な水しぶきと波を起こしてその巨大な姿でジオたちに影を落とした。
「な、なんだ……と?」
それは、クジラと見間違えるほどの巨大さと、魚の形をした木造の……
「お、おいおいマジかよ! ここ、こんなの、帝国でも一隻しかなかったぞ!?」
「……潜水艇?」
「お~、今の時代はこんなんもあるのか。魔力も帯びて……豪勢じゃのぅ」
「でかーーーーっ!? って、でもどこの船?」
四人の目の前に現れた巨大な潜水艇。
唐突で、更に珍しく、そして数十人は乗れると思われる巨大さ。
一体何者か? 一体どこの国の船か?
何が出てくるのかと四人は各々身構えた。
すると……
「まーったく! またあの邪魔なモンスターに邪魔されましたわぁ! いったい、いつになれば伝説の海洋都市に辿り着けるんですの!? 行けるというから潜水艇もお貸しして同行しましたのに、どういうことですの!? それもこれも、あなた方冒険者たちがすこぶる弱々のダメダメさんたちだからですわ!」
潜水艇の中から、外まで聞こえるほどやかましい女の声と……
「し、しかし、『フェイリヤお嬢様』……あのモンスターは図鑑にも載っていない未知の怪物で、我らも海中では思うように戦えず……」
「言い訳無用ですわ、おだまりなさいな! パパに言いつけてあなた方冒険団のスポンサーとしての資金援助を打ち切るだけでなく、ケジメフィンガーさせますわよ!」
「そ、それは、か、勘弁してください! ど、どうか、ファーザーには……ファーザーには……! そ、それに、指詰めも……指詰めも……か、必ずお望みを叶えてみせますので、もう少しお時間を!」
情けない声を上げる男たちの声が聞こえてきた。