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第二十話 幕間・その後の帝国

 大魔王を倒し、人魔の大きな戦も終わり、地上世界に平和が訪れた。

 世界の人々は戦の終わりと生の喜びに酔い、世界各国で祝勝会やパレードのような催しが行われていた。


 地上世界において、大魔王打倒に大きく貢献した人類の一国でもあるニアロード帝国も、本来であればそうなるはずであった。


 三年前は崩壊寸前まで追いつめられた帝都も今では大きく復興が進んでおり、かつての絢爛豪華な街並みを取り戻そうとしていた。

 それは全て、帝国の王を始めとする王族や英雄たちが絶望の底に居た帝国民たちを率い、絶望を打ち破るために精力的に動いたことにより、人々も再び希望を胸に立ち上がったからである。

 しかし、ようやく戦争も終わり、自分たちのこれまでの苦労も報われたと誰もが喜ぶはずが、今の帝都を漂う空気は違う。 

 喜びよりも、どこか悲しみが漂っていた。


「これより、帝都の巡回を行う。戦争が終わったとはいえ、警戒は怠るな」

「了解!」


 平和な世になったとはいえ、兵たちの仕事がすぐに無くなるわけではない。

 街の警備も重要な仕事。

 甲冑を纏った帝国兵の一部隊が、街の警備をするために街の巡回を行おうとしていた。


「あっ、兵隊さんたちだー!」

「わぁ、ほんとだー! かっこいい!」


 すると、兵たちの姿を見て、街の小さな子供たちが目を輝かせて駆け寄ってくる。

 幼い子供たちからすれば、武装した兵は憧れでもあった。


「こらこら、仕事の邪魔をしてはいけないぞ、坊主たち」

「ほら、あとで遊んでやるから、いい子にしていろ」


 兵たちは皆、照れくさそうにしながらも、子供たちに応えるかのように優しく頭を撫でていく。

 すると……


「あれ? ねえ、へいたいさん、今日は、ジュウベエねーちゃんはいないの?」


 その問いに、兵たちは皆が体を震わせて顔を俯かせた。


「あ、ああ。ジュウベエ隊長は気分が優れなくてね……お休みなんだ」

「え~、そうなんだー。ちぇ……ねーちゃんに剣を教えて貰おうと思ったのにな~」

「ほほう、隊長に剣を教わるとは、贅沢なものだな。しかし、もう平和な世になったのだ。剣よりも勉強を頑張ったらどうだ?」

「えーーーっ!? そんな~! ねーちゃんは、『戦争終わったらいっぱい相手してやるでござる』って言ってたぞ! ぶーぶー!」

「ははは、それにしても、隊長の人気には我々では逆立ちしても勝てんな」


 ぎこちない笑みを浮かべる兵たち。本来彼らを率いるべき人物の不在。国民から多大な人気もあるその英雄が、何故今日は不在なのか?

 その理由を良く知っているからこそ、兵たちは皆が浮かない顔をしている。

 

「だって、ジュウベエねーちゃん、かっこいーしね!」

「うん、おねーちゃんは帝国で一番強いんだもんね!」

「え~、一番強いのは、アルマ姫じゃないの?」

「わたし……ティアナ姫だって聞いたよ?」

「ちげーよ、総司令様だよ!」


 兵たちの沈んだ気持ちを知らない子供たちが、無垢な笑顔で語り合う、「帝国最強は誰か?」という話題。

 沈んだ兵たちがその話題を耳にした瞬間、真っ先に思い浮かんだのは一人の男であった。


「三年か……まだ幼いこの子たちは……そもそも知らないんだよな……」

「……帝国最強……この話題になれば、必ず上がるあの男を……」


 その男は兵たちにとっては、同僚であり、仲間であり、戦友であり、先輩後輩であったりと様々であった。

 共通するのは、誰もがかつてはその男を認め、そして誰もがその男に対して後ろめたさを持っているということであった。

 そしてそれは、兵たちだけではない。


「こら、あなたたち。兵隊さんたちはお仕事が忙しいんだから、あまり困らせないの」

「だって、かーちゃん!」

「ほれ、お前らもだ! 帝国最強だ~? んなもん、昔っから決まってんだよ!」

「いって、ぶつなよ、とーちゃん!」

「ねえねえ、おじさん。帝国最強決まってるって誰なの?」

「えっ? だ、誰って、そりゃぁ……そりゃぁ……ジオのクソガキ……いや、ジオ将軍だよ……」

「じおしょーぐん? 誰それ?」


 兵たちに纏わりつく子供たちを窘める、その両親たちを始めとする、帝都の大人たち。

 誰もが皆、沈痛な面持ちであった。


「この子たちは、まだ……五~六歳ぐらいですか?」

「ええ……まあ……」

「それじゃあ、ジオ将軍のことを知らないのも……無理はないですね」


 盛り上がる子供たちをよそに、子供の親たちや兵が小声で話しをする。

 ある一人の英雄を忘れていたことすら分からない子供たちの姿を見ながら、忘れたことを思い出した日のことを大人たちは唇を噛みしめた。


「あのクソガキは……それこそガキの頃からいつも近所のワルガキと喧嘩して……ハーフなんて存在だから煙たがられていて……」

「そうね。……友達がいなくて……寂しがり屋で……だけど、本当は凄い頑張り屋で……」

「ねえ、覚えてる? 十年ぐらい前だったかな? ほら、帝国魔法決闘大会の幼等部で……特別出場したティアナ姫とジオ君が……」

「ああ、勿論さ! ジオの奴、あの姫様相手に……ぷぷぷ……一に気を付け、二に構え……三、四がなくて……」

「五に発射!」

「ははははは、ジオの必殺、サウザンドイヤーズ・オブ・デス!」

「あのとき、自分は観客席で警備をしながら観戦していましたが、卒倒しそうになりましたが、やはり笑ってしまいました」

「陛下も手を叩いて笑っていましたね……」

「そんなあいつが、軍人になって……エルフとの友好だってあいつが……そして何よりも……」

「ああ、七天を討ち取って……あいつはもう誰からも認められるような英雄になって……」 


 最初は小声で、しかしその男に関する昔話をすれば自然と大人たちは盛り上がり、そして行きつく先は……


「それなのに……なんで……なんでなんだよっ……」


 一人の大人が、涙を潤ませてそう呟くと、大人たちは皆がまた顔を俯かせた。

 それに続くように……


「私は、あの日……投げた石が二回ほどジオ将軍の頭に当たりました」

「私もだよ……。あの日、父さんが逃げ遅れて家の下敷きになって……それを、将軍の所為にして……」


 ある子供たちの両親が……


「くそっ! お、オイラだって……あの日……あんちゃんに……」

「あんた……。あんただけじゃないよ。あたしだって、そうさ」


 帝都の一角で屋台を出している夫婦が……


「俺はもっと……」

「自分はあの日……磔にした将軍を引きずり……踏みつけました」


 兵たちが……。

 誰もが悔やんでも悔やみきれない三年前の出来事を思い出し、そして悲痛な表情を浮かべた。

 

「その……兵隊さん。ジュウベエちゃんは……どうされたんです?」

「将軍の記憶を取り戻して以降……軍総司令の指示によって、剣を取り上げられて地下牢に軟禁されています」

「えっ!? な、軟禁!? な、なんでジュウベエちゃんが!?」

「自殺をさせないためです。隊長はあの日以来……何度も自傷行為を……」

「そ、そんな!? あの、明るいジュウベエちゃんが……」

「ええ。将軍と特に関わりの深かった者には、最悪の事態を起こさせないようにと……案の定、隊長は何度も腹を斬ろうとしたり、舌を噛み切ろうとしたり……今は牢でずっと絶食していると……」


 そう、帝都を包むその空気は、大魔王を始めとする魔王軍と戦争をしていた頃よりも重く、人々は苦しんでいた。




 そしてそれは、帝都の中央に位置する、宮殿の中でも同じであった。




「姫様、何か口に入れて戴きませんと……このままでは本当に……」


 日の光を一切遮断するようにカーテンを閉め、部屋も薄暗いまま。

 散乱した書籍や、破られた衣服、割れた家具。

 

「本当に……なに?」

 

 暗闇の中、深い絶望まで堕ちた女の声がベッドから発せられた。

 そのあまりにも暗く淀んだ声に、城の女官も体を震わせるも、自身が仕える主君の体を想い、言葉を続けた。


「体を壊すどころではなく……その……。お気持ちは痛いほどに……ですが、大魔王を倒したとはいえ、姫様にまで何かありましたら、この国はどうなってしまうとお思いですか? どうか……お体を労わってください」

 

 悲しみに満ちた目で若い女官が頭を下げて食事をベッド脇まで運ぶ。

 すると、ベッドの中に居た女は体を起こし、運ばれたオートミールを見てゴクリと息を飲み込んだ。

 その瞬間、女は……帝国の姫、ティアナは自嘲した。


「おかしなものね。数日まともに食べていない程度で……これほどの悲しみと罪悪感の中に居るというのに……お腹は空くというのね」

「姫様……」

「暗い部屋とは言っても、カーテンで完全に光は遮断できず、薄暗いだけ……。三年も……日の光も声も音も聞こえない完全な暗黒の世界で……飲まず食わずで……それは一体どれほどの苦しみだったか……」


 自嘲し、そして同時に流れてくる涙。悲しみに打ちひしがれ、弱々しく、やつれたその表情は、普段のティアナに仕える者でも見たことが無いほどである。

 そして、その理由を誰もが知っており、そして半端な慰めの言葉など誰も掛けられないほど重い空気が漂っていた。


「ジュウベエや親衛隊も今の私のような感じなのかしら? マリアも……それに……お姉さまも……」

「そ、それは……」


 女官の娘も、ティアナに何も言うことができず、ただ唇を噛み締めるだけであった。

 すると、その時だった。


「ティアナ姫ッ、大変です!」


 部屋のノックもせずに、一人の若い女騎士がティアナの部屋に駆け込んできた。


「ちょ、何事ですか!? 姫様は今……」

「無礼は承知しています! ですが、緊急事態です! それと重要なお話をしますので、あなたは席を外してください」


 肩で息を切らせて、蒼白した表情でティアナの私室に駆け込んだ女騎士の様子。更に、女官を退席させるほどの話し。

 どう見てもただ事ではない。


「聞くわ。あなたは外しなさい」

「姫様……わ、分かりました。それでは、失礼します」


 まったく気が乗らないティアナではあったが、とりあえず顔だけ女騎士に向けて話だけを聞こうとした。

 すると……


「姫様。たった今、アルマ姫から報告が! アルマ姫が……ジオ将軍と会われたそうです」

「ッ!!??」

「ですが……結局説得は出来なかったとのことですが……詳しい話はまた後で。問題は、その後です!」


 ジオの話題。その瞬間、ティアナは体を勢いよく起こして目を大きく見開く。

 そして……


「アルマ姫の話では、ジオ将軍は冒険者登録をされていたようで……登録したギルドで確認したところ、四人組のパーティー登録までされていて……」

「ジオが……冒険者? しかも……パーティー登録ですって?」

「はい。一人は、詳細不明の魔族、ガイゼン・ブショウ。そして、元ミルフィッシュ王国魔法学校の生徒、チューニ・パンデミック……」

「知らないわね。それに……魔族で『ガイゼン』なんて、やけに仰々しい名前ね」

「ええ。ですが、問題は最後の一人です……」


 問題なのは、最後の一人。その言葉にティアナも何があったのかと思わず身を乗り出すと……


「……マシン……ロボト……」

「ッ!!??」

「その名前が、ジオ将軍と同じパーティーとして登録されていました」


 その名を聞いた瞬間、ずっと寝たきりだったティアナが驚愕の表情で立ち上がり、大声を張り上げた。


「ま、マシンですって!? それって確か……」

「はい。かつて、『勇者オーライ』様たちと共に名を馳せた、『鋼の超人』と呼ばれた、半機械式改造人間です。ですが……」

「ええ。一時期はその力を持ってオーライたちの力になっていた一方で……実はその正体は……かつてカラクリ技術で繁栄した、今は亡き『ナグダ王国』が……地上世界及び魔界を滅ぼすために作ったとされる……禁断の兵器……だったわね」

「そうです。その力が暴走する『前』に、勇者のパーティーが封印したはずでしたが……」


 報告を受けて、ティアナは頭を抱えながら再びベッドに腰を下ろしてしまった。


「まずいわ。どうしてジオがマシンと関わりを持ったのかは知らないけど……三年前から牢獄に居たジオは、マシンの真実を知らないわ。そして、大魔王との戦争中に明かされた、旧ナグダ王国の正体も……それに、この真実は私たちを始め、一部の者たちにしか……」

「はい。それに、こうなると問題はジオ将軍だけに留まりません。もし、マシンの力が暴走したら……」

「世界の生物が滅ぶことになりかねないわ……ッ、なんでお姉様はマシンに気づかなかったの!?」

「それが、アルマ姫はマシンとは面識もなく……それに……そのときは、ジオ将軍以外のことは気にならなかったとかで……」

「その気持ち……分からないでもないけれど……」


 絶望の淵にいて、暗闇の中で己の罪に苦しんでいたティアナだったが、告げられた情報を聞くうちに、徐々に表情に生気が宿り始めていた。

 それは、かつて人類を率いた英雄の一人として、「苦しんでいる場合ではない」と本能が告げていたからだ。


「……たとえ、恨まれ……嫌われていたとしても……ジオの危機ともなれば……こうしてはいられないわね」

「姫様ッ!?」

「お父様と軍総司令は?」

「もう存じております! それに、すぐに勇者様たちにも知らせるとのことです!」

「分かったわ!」


 次の瞬間、先ほどまでとは打って変わり、力強い瞳を浮かべるティアナは即座に寝巻きを豪快に脱ぎ捨て、そして告げる。


「私もすぐに準備を整えるわ! あと、ジュウベエたちにもこのことを知らせなさい! ジオの危機にも不貞腐れているようであれば、寝ていて構わないと伝えなさい!」

「はいっ!」


 ティアナは力の篭った命令をし、同時に部屋のカーテンを一気に開く。

 

「今度こそ、守ってみせるわ、ジオ。そのためにも……マシン・ロボトを一秒でも早くジオから引き剥がすわ!」


 数日振りの太陽の光を浴びながら、天に、そして自身に誓う。

 しかしその誓いが、ジオと帝国の間により深く鋭い溝を作ることになるとは、まだ誰も知らなかった。


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