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第十七話 贖罪

「た、助けてください、アルマ姫ぇ! こ、こいつら、僕たちをこんな目に合わせたんだ!」

「よかっ、た……よかったよォ……」

「アルマ姫が来てくれた……」


 その女の存在に、窮地に立たされていた生徒たちは安堵の表情を浮かべていた。


「あ~あ……来ちゃったよ」


 そして、ジオは複雑な気持ちで苦笑した。

 ソレは断ち切るべき過去としてすでに心に決めたジオ。

 しかし、いざ振り返って目の前の女を見た瞬間、思わず体が震えた。

 

「ジオォ……やはり、運命だ……お前ともう一度会うことができた。私のジオォ……私たちだけのジオォ……」


 三年ぶりの再会。かつては、上官でもあり、主君でもあり、そして男と女として過ごした時もあった。

 しかし、三年でこうも変わってしまうのかと、ジオはアルマから発する歪みのようなものに苦笑した。


「リーダー……こ、この人は……」

「……できるな……」

「ほうほう……別嬪じゃが、痛々しい空気じゃぁ……何者じゃ?」


 現れたアルマの異常性に、流石のチューニたちもただ事ではない雰囲気を察している。

 そして、アルマ自身が発する空気や、強さのオーラは、チューニの同級生たちは比較にならないほどのものだと三人とも感じ取っていた。

 だが……


「すぐに行く。だから、先に行ってろ」


 ジオの答えは変わらない。目の前のアルマの瞳が明らかに尋常ではなかったとしても、「自分にはもうどうでもいいこと」と割り切ろうとしているからだ。


「はあ、はあ、はあ、はあ……いく? どこへいくのだ? ジオ。行くではなくて、帰るだろ? そう、お前は私と一緒に帰るんだ。お前の居場所へと」


 既に冷静さも失い、過呼吸するほど息を乱しているアルマ。

 その視界には、魔族のガイゼンや、マシンやチューニ、そして激しく服を乱して半裸状態の生徒たちすら入っていない。


「お、おい、どういうことだ?」

「アルマ姫……あの魔族と……お知り合い?」

「どういう関係なの?」


 帝国の姫として、帝国海軍提督として、そして未来ある若者たちを守る警護としての立場など、今のアルマの頭には一切ない。

 ただの、愛に狂った一人の女として、ジオだけしか瞳も頭の中も存在していなかった。


「……俺の居場所はこれから見つけるんだよ……アルマ姫。そしてその場所は……帝国にはねーんだよ」

「ん? ああ、わかっている。分かっているさ、ジオ。お前が私たちにそういう態度をとるのも無理はない。当たり前のことだ。私自身、どれだけお前に許されないことをしてしまったのか、よく分かっているさ」


 ジオが冷たく言い放つも、アルマはすべてを分かっていると頷いた。


「お前が魔族化して失った部位が再生したのは聞いているが、それでも私がお前から奪ったものは変わらない。だから、お前にしてしまった過ちと同じ分だけ、私を刻んでかまわない。いや、それぐらいされないと私の気がすまない」


 そして、この場にいる誰よりも地位の高い存在であるはずのアルマが、人前だというのに片膝ついて、己の腰元に帯剣していたサーベルをジオに差し出した。


「百万回の謝罪と後悔とともに、私にもまた思う存分罰を与えてくれ、ジオ。その贖いの果てで、私はまたお前と始めたい」


 アルマの言葉に、ジオは少なからず動揺してしまった。

 なぜならば、アルマの言葉はすべて嘘偽りなく本心から出ている言葉なのだと、ジオも理解したからだ。

 気が狂いそうになるほどの罪を意識し、それを贖おうとするアルマ。

 歪みや狂気は感じるものの、それもまた全て愛ゆえのこと。


「また、始めるだと? 俺と何を始められると思ってんだよ」


 しかし、それを受け入れることなどできるはずがない。

 もう一度やり直せるはずなどない。そういう意味もこめてジオが言葉を返すと、アルマは……


 

「文字通りの意味だ。失った三年間を取り戻すほどの……お前に安らぎと幸せと愛を与えてやりたい」


「…………」


「今はまだお前が私たちを許せないのは分かっている。だからこそ、お前が苦しんだ地獄の分、今度はいかなるものが立ちはだかろうと、お前を幸せにしてみせる! 私はそう決めた。勿論、私だけではない。お前を愛する女たちがどれだけ居たか……分かっているだろう?」



 自分を愛してくれた女たち。自惚れではなく、間違いなく自分を慕ってくれた女たちの顔がジオの脳裏に蘇る。



「私も、ティアナも、『マリア』も『ジュウベエ』も、『お前の親衛隊』も……これからの人生はお前だけのために生き、お前だけのために戦い、お前だけを愛し、お前だけを見て、お前だけにしか心も体も開かない。大魔王を倒した私たちの次の人生は、もうそれだけでいい」


「あんた……何言ってんのか分かってんのか?」


「勿論だ。いつも血まみれになりながらも戦ったお前に……正義と帝国のために戦い続け、我らの英雄ともなったはずのお前に……私たちは何があっても償ってみせる。そして、そのために世界を変えることも考えているんだ! 私の計画を知れば、お前が必ず幸せになれる世界を築くことが出来る!」



 歪んだ瞳のまま笑みを浮かべるアルマは、興奮収まらずに自身の思い描いた考えを語る。


「とりあえず、ジオ。お前はもう戦うことはやめるんだ」

「……はぁ!?」

「平和な時代になったのもそうだが、そもそもお前が七天などという大物を倒したことで、大魔王などに目を付けられたのが全ての発端。今後、万が一戦うような事態になっても、私たちが戦い、お前を守る。お前は何もしなくていい」

「お、おいおい……いきなり俺にヒモになれとでも言うのかよ……」

「勿論仕事はある。お前には、私たちと次代を担う子を作るという大切な使命がある。勿論、今の私たちをすぐに抱く気にはならないかもしれないが、私はいつでもどこでも……例え、今この瞬間であろうとお前を受け入れる」

「……それって、た、種馬……」

「そうだ……スケベなことし放題だ!」

「ぶぼっ!?」

「私がお前を抱いたあの初夜の日のように! いつも傲慢なティアナによる猫耳にゃんにゃんスリスリや、帝国の聖母とまで呼ばれた末妹のマリアとのバブバブごっこだったり、お前の右腕でもあった、サムライガール・ジュウベエとの菊一文―――」

「つか、そういう詳細情報出すんじゃねええええ! そこに学生のガキどもが居んだろうがッ!」


 アルマの予想もしないほどにズレた提案内容に、ジオは思わずツッコミを入れてしまった。

 本当なら冷たくあしらって拒絶して、関係を断ち切るだけにしたかったのだが、アルマのペースに巻き込まれてしまい、頭が痛くなった。


「リーダー……あんた……やっぱ僕とは違うんで……」

「……乱れた過去だ……」

「ほうほう、バブバブごっこというのが気になるわい」

「あ、アルマ姫?」

「本当にあの方……アルマ姫なの?」

 

 チューニたちや学生たちも、目と耳を疑うような光景に思わず引いてしまっている。

 そして……


「そしてな、お前を庇護するための新しい法の改正など、やるべきことは山積みだが、お前は何も心配しなくていい。全部私たちがやる。全部私たちに任せてくれ。これから先、何があろうと、二度と私たちは同じ過ちは繰り返さない。そして、お前のことを幸せにしてみせるさ」


 アルマは己の決意を口にして、ジオの傍まで歩み寄って、その頬に手を添えようとした……が……


「はぁ~~~……アルマ姫……俺……本当は……」

「ッ!?」

「もう二度と関わらないつもりで……だから、本当ならシカトしたかったが……」


 ジオは自分に触れようとするアルマの手を振り払い、



「仮にも繋がりを持ち、色々と気にかけて貰ったりしたこともあった……そんなあんたがここまでになって……これだけのことを言わせちまった……だからこそ……こういう状況になった以上、俺もまた、俺の想いをハッキリとあんたに伝えたい」


「ジオッ……お前の……想いっ……そ、それは……」


「俺は……あんたが……あんたたちが……」


 

 アルマが差し伸ばす手の代わりに、自分の今の想いをジオは伝える。


「あんたたちが与えてくれる新しい人生に何の興味もないし、それに応えることは一生ねぇ」

「……………えっ?」


 そのハッキリとしたジオの言葉に、一瞬呆けてしまったアルマだが、すぐに慌てたように苦笑した。


「は、はは、流石だ、ジオ。今の私が傷つく言葉をよく知っている。そうだな。それぐらいの嫌味を言う権利は当然お前にある。しかし、だからこそ今のお前のその荒んでしまった心を少しでも癒す意味でも、一緒に帰ってくれないか? お前の帰るべき場所に」


 頬に一筋の汗を流して笑って誤魔化そうとするアルマだが、構わずジオは続ける。



「嫌味でも、仕返しでもない。今の俺の紛れもねえ本心さ。もう、俺にとってあんたたちは過ぎ去った遠い過去に過ぎねえ。だから、俺が帝国に戻ることも、あんたたちの想いを受け入れることも、金輪際ありえねぇ」


「わ、分かっている、そ、そう言いたいほどお前が恨んでいるということを! だが、だからこそ償わせてくれ! そ、そうだ、ほら、この剣で私の指を斬り落としても構わない! 死ぬほど痛めつけて、犯してくれても構わない!」


「だからこそ、償うとか償わねえとかそういうことじゃねーんだ。どれだけあんたたちに愛されたとしても、もう俺の心は靡かねえ」



 ジオの完全なる拒否と拒絶の態度に、アルマは取り乱したように焦りだす。

 アルマ自身、ジオにどれだけの過ちを犯してしまったかは十分に理解している。

 しかし、心のどこかで「償う機会を与えてもらう」ということを前提に物事を考えていただけに、償いすらも拒否されたことに激しく動揺をみせる。



「わ、分かっている! だ、だから、何度でも償わせてくれ! 今は嫌ってくれても構わない! だ、だから、わ、私たちがお前を愛するということに対して、『無関心』ということだけはやめてくれ! 機会すらも与えてくれないのはやめてくれ!」


「俺は……もう、そんなことに時間を使う気はねぇ。あんたたちがどう言おうと、俺はもうこの地には……帝国にはもう二度と――」


「愛しているんだ! お前という男を、これ以上ないぐらいに惚れているんだ! だ、から、お願いだから……恨んでいるのは分かっている! 殺したいほど嫌っているのかもしれない! でも、せめて……せめて機会だけは与えてくれ! このまま、私たちを置いてどこかへ行くようなことだけは……頼む! 二度とお前に関われないなど……そんなの、そんなこと……お願いだから……ジオォ……」



 償うために生きようとしていたはずが、償う機会すらも与えられない。

 それだけは絶対にダメだと、アルマは必死にジオの手を掴んで懇願する。


「なあ、ジオ、ダメなのか? お前にしてしまった罪を贖いたいと……もう二度とこの愛を失わないと……これからは何があろうとお前を幸せにしたいと……そう思うこと全てをお前はダメだと言うのか?」


 しかし、ジオは……


「ああ。そもそも、そんなもの、今の俺には必要ないからだ」


 再び伸ばされたアルマの手を、再び振り払った。


「確かにかつての俺なら、あんたたちにそこまで想ってもらえて、それで幸せだったかもしれねぇ。だが、もう三年前の俺と今の俺は違っちまってる。あんたらが俺に対して本気で謝罪して償いたいと思ってんのは分かるが……そんなもん、今の俺には重く息苦しいだけで、新しい人生を歩むには鬱陶しいだけなんだよ」


 差し伸ばされた手も、謝罪も、愛も、必要ないと払いのけた。


「俺に必要なのは、謝罪でも癒しでも愛でも幸せでもねえ。これからの俺に必要なのは、燻ったまま溜め込まれた俺の魂を燃やし尽くせるような、新しい人生の『生きがい』なんだよ」


 ジオの告げる「新しい人生」。そこに、アルマたちはもう含まれていない。


「その『生きがい』を探すため……俺は行く。今がその出発の時なんだよ。だから……俺の前に立ちはだかるんじゃねえよ、アルマ姫。二度も俺の人生を邪魔するんじゃねぇ」


 だからこそ、ジオは中途半端にせずに、ハッキリと打ちのめす。



「い、……いやだ! お、お前は、お前がこれまで積み上げてきたもの、紡いできたもの、お前を愛する者たちを、お前はその全てを捨てて行くというのか!?」


「もうそんなもん、全て壊れて遠い昔のことになってんだよ、俺の中ではな」


「認めるかッ! いやだ、いやだいやだいやだ! ようやく悪い夢から覚めて、生きてさえいれば必ずいつかお前に償えると……だからこそ、もう離したくない! 離れたくないんだ!」


「関係ねえよ。そこをどけ。俺は俺の人生を取り戻しに行くんだ」


「いやだいやだいやだやめろやめろやめろやめろおおおおおお!!!!」



 その言葉を受け、アルマは頭を押さえながら、発狂したかのように叫ぶ。

 アルマは膝から崩れ落ち、喚き、そして……


「ハナスモノカ……ハナシテタマルカ……ジオヲウシナウグライナラ……ダレデアロウトユルサナイ……ダイマオウダロウト……カミデアロウト……コロス……ジオハワタシノモノダ!!!!」


 哭いた。


「……アルマ姫……」


 そして、この状況を全く理解できずに呆然とする中で、アザトーはジオとアルマのやり取りを目の当たりにしながら、胸が締め付けられるような悲しい表情を浮かべていた。

 ジオの言葉が、彼女自身の胸にも突き刺さったからだ。

 しかし、それでもジオは……


「邪魔する気か? なら……せめて……一瞬で終わらせてやるよ」


 過去を断ち切るために、闇の瘴気を纏ってアルマを打倒することを告げる。


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書籍書影(漫画家:ギャルビ様) 2022年4月6日発売

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