第百四十三話 互いに予想外
意外な展開に、ジオたちも結局蚊帳の外のままだった。
「おお……勝っちまったな」
「多少なりともやるようじゃな」
「ジャレンゴク捕まって……じゃあ、もうこれで終わり……?」
ペタ級の魔法。
魔法陣から禍々しい紋様がジャレンゴクの肉体へ侵食し、全身に刻み込まれていく。
「あ、お、あ♡ うぐ、鬱陶しい……ッ、こ、これは!?」
肉体に刻まれていく不気味な力にジャレンゴクが抗おうとするも、思うように暴れることもできないのか、ジャレンゴクの動きが徐々に大人しくなっていく。
思うように体が動かない事態に、流石のジャレンゴクも戸惑った様子を見せる。
「くっ、手こずらせてくれたな……ジャレンゴク」
「ッ、なに? これ、何なの~?」
「くっ……だが、もうここまでだ。抵抗しようとしても無駄だ。王都に居る全兵士の魔力を集結させて作った捕縛魔法だ。いかにお前の存在が規格外だとしても、この捕縛魔法の戒めは貴様の魔力を完全に封じ込み、生殺与奪すらも私が持つものだ」
「……あら? そうなの~?」
「くっ、……このペタ級の捕縛魔法にかかれば、たとえ大魔王様ほどの超魔力でも抗うことは不可能。貴様はもう終わりだ、ジャレンゴク」
怪我で満身創痍ながらも、自信をもっての勝利宣言をするクッコローセ。
その瞬間、ジャレンゴクに既にやられて重傷を負っていた兵士たちも安堵の息を漏らした。
それに呼応するかのように、少し離れた場所からも一斉に聞こえてくる。
その声を聞いてジオたちは一瞬何か分からなかったが、すぐに察した。
それは、文字通り全兵士が自身の全魔力を投入したことで、一斉に疲れを吐き出したのだ。
だが、その顔に誰もが笑みが零れている。
「あらら……あ~……困ったな~……これ、僕も逃げられないや」
真顔で軽くそう告げるジャレンゴクだが、逃げることが出来ないことに嘘はない。
その様子に、ジャレンゴク……いや、レンピンのクラスメートたちだった者たちも涙を流しながら、拳を握った。
「は、あは……助かった……たすかったんだ! 俺たち、助かったんだ!」
「よ、かった……殺されるかと思った……よかっ……た」
「ッ、はやく……兵隊さん! はやく……はやくそいつを死刑にして!」
「そうだ、俺だって血が出たし……カチグーミだって、まだ意識が……」
「そいつを磔にして地獄の苦しみを味わわせろー!」
自分たちも助かった。それを実感した瞬間、学生たちは這いつくばって命乞いしていた態度を一変させ、すぐにジャレンゴクを死刑にしろと囃し立てる。
それにつられるかのように、王都の民たちも一斉にジャレンゴクに罵声を浴びせる。
だが、その声をクッコローセは落ち着いた様子で制す。
「くっ……まだだ……落ち着いてくれ、皆の者。一応こいつには組織のことも吐かせなければならないから、それまではまだ。だから、今は死刑にはできない……この場は、正義の勝利だけで我慢してくれ!」
クッコローセは拳を握りしめ、天高らかに突きあげた。
「くっ……貴様たった一人に新政府の戦力をこれだけ注ぎ込んでしまった……が、我々の勝ちだ! 新たなる平和への道のりを歩もうとする魔界に、貴様のような邪悪な存在は不要だ、ジャレンゴク! 裁判の日まで、自身の罪を悔い改めろ!」
だが、同時に正義が勝ったという証明と、その達成感による歓喜の大歓声が……
「くっ……良かった……ッ、みんな! よくやってくれた! この戦い……我ら新政府の勝利だ!!」
「「「「「うお―――――――――」」」」」
歓声が……上がるかと誰もが思った。
しかし……
「急報ううううううう!!!!」
今まさに大歓声を兵が、民が、皆が一斉になってあげようとした瞬間、切羽詰まった一人の兵士の野太い声が響き渡った。
「くっ……おい、こんな時になんだ!? 勝利の喜びすらも味合わせないとは……」
勝利の勝鬨をかき消されたことに不愉快そうな表情を浮かべるクッコローセ。
だが、顔を青ざめさせ、震えながらも駆けつけた一人の伝令兵の口から語られたのは……
「ひ、東の方角……『カクレ国』の周辺に……邪気眼魔竜冥獄団の構成員が集結し、この王都へ向かっているとのこと! その数……数万規模!」
「……え?」
一瞬、その報告にその場に居た全員が呆然として言葉を失った。
それは、今まさに新たなる魔界の正義の力を証明し、その勝利に喜びを爆発させようとした者たちに、更なる絶望を与えるような報告であった。
唯一、クッコローセがハッとしてすぐに声を上げる。
「くっ……ば……ばかな……ばかな! ジャレンゴクの組織が!? こんな都合の良いタイミングで!?」
「し、しかし、事実です! 明日の夜明けにはもうこの地に到着する速度です!!」
「くっ、そんなわけあるか! そんな数万規模が一気に動けば、もっと早く我らだって気付くはず! それが、こんな直前で……」
信じられない。そんな様子で顔を青ざめさせるクッコローセ。
「お、おいおい……一体……次から次へとどうなってんだ? これで終わりじゃねーのか?」
「なにい? 数万の兵じゃと? これはまた……騒がしい嵐が近づいているということか?」
「ちょっ!? す、数万!? 万ってなに?! 万!? いや、え?」
そして、自分たちの出番なく問題は終わったと思ったジオたちだったが、突然の報告に思わず頭が痛くなった。
一体、何が起こっているのかと。
すると……
『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、ホントーに、あなたたちはよくやってくれマーシタ!』
「「「「「ッッッッ!!??」」」」」
『まさか……ボスすらも無力化してくれるとは、予想以上デース!』
その声の主は、突如その場に居た全ての者を馬鹿にするかのように盛大に笑った。
皆が一斉にその声に振り返ると、そこには魔水晶を持ったマシンが立っていた。
『周りの被害も気にせず、ボスに力の限り暴れてもらい……そして、弱った新政府をワターシたちの組織が総力を持ってプチッと潰すプランが、こうも簡単にいくとは予想以上デース!』
水晶を通して聞こえてくる声。
『まさか、ペタ級の魔法で全兵士がヘロヘロだなんて予想以上デース! 今のアナータたちは、スペ●●出しまくって、ゲッソリしたフニャ●●デース! これなら……カ~ンタンに……滅ぼせマース♡』
それは、先ほどジャレンゴクが落とした水晶からだ。
「くっ……だ、誰だ? 何者だ……貴様は……」
声の主にクッコローセが問いかける。
すると、水晶の向こうから響く声の主は……
『ワターシは、邪気眼魔竜冥獄団の新入り参謀……そして、ボスを除く現在の組織における最高幹部全員とエッチなフレンドな~……『セプティマ』といいマース♡』
品の無い自己紹介。そこに映し出されたのは、一人の女だった。
「ッ、あいつは!?」
「思い出したわい……」
「あーっ! な、なんでの人が!?」
ジオたちは思わず声を上げた。そう、ジオたちはその女のことを知っていた。
妖艶に笑う、着崩れた『白衣』を纏った女。
そして、その時だった。
「ふぅ……ようやく情事を終えて話をするようになったかと思えば……」
ついに、これまで黙っていたマシンが、重たい口を開いた。
『ンー? オー、その声は、さっきワターシに話しかけてくれた人デスネー? 一体だ……ッ!?』
マシンが皆に聞こえ、皆に見せるように水晶を皆の正面に向くように手に持っていた。
そのため、マシンの顔をまだ見ていなかった、セプティマ。
水晶を自分に向けたマシンと顔が合い、セプティマは言葉を詰まらせた。
「女史……あなたはいつ……この星に舞い戻っていた?」
『………………』
「一体何が目的で? それに、その姿……どうして歳を取っていない?」
クッコローセたちにとっても、ジャレンゴクの組織が迫っていることが予想外だったが、水晶に映ったセプティマにとってもこの状況は少し予想外だったのか、先ほどまではいやらしく陽気に話をしていたというのに、言葉を詰まらせて、ただマシンを凝視していた。




