第百四十二話 捕縛
「くっ……いかに不死身とはいえ、再生にかかるエネルギーには限度があるはず! その限界までお前を倒し続ける!」
女の腕からは想像できないほどの豪力でその斧を振り回し、竜の爪を毟り取り、鱗を叩き割り、胴体に深々と斧を食い込ませる。
ジャレンゴクが再生する力が無くなるまで徹底的に痛めつけるつもりだ。
「あは、ほんと嫌い。お花畑脳筋女、ウザいな~」
「くっ、はあ、はあ、はあ……ッ、うおおおおおお、ギガウィンドアックスッ!!」
ギガ級の魔法を纏わせての一撃。クッコローセがジャレンゴクを圧倒する。
七天大魔将軍。その肩書きどおり魔界の歴史に名を残す将の力は伊達ではない。
「うは、えへへ、いた~い……でもさ~、だんだんヘロヘロ~?」
「くっ……ッ……」
しかし、相手もまた、これまで歴史の表舞台には出てこなかったとはいえ、世界を左右させるほどの怪物。
徐々にクッコローセにも疲労が見え始めている。
終わりの見えない体力勝負。更には相手がすぐ再生できることに対して、クッコローセは一撃でもジャレンゴクに攻撃されたら甚大なダメージを負う。それゆえの緊張感は、クッコローセから徐々に体力を奪っていった。
「くっ、この私を甘く見るな。こうなったら……貴様の再生が追いつかぬ、疾風怒濤の攻撃をくらわせてやる!」
自身の体力の限界も見えてきたクッコローセも勝負に出る。
腰を低くし、斧を揺らめかせながら……
「あはは、なにそれー? おっぱい丸出しなのにカッコつけてさ~。なんか、君の負ける匂いが漂ってきた~?」
「くっ、黙れ! とっておきを見せてくれる! 狼牙風―――」
勢いよく飛び出すクッコローセ。だが……
「重圧地獄!」
「くっ!? うぐっ!!??」
クッコローセは目に見えない何かに上から押さえつけられたかのように、その場で這い蹲った。
「くっ、こ、これは!? か、体が急に……まさか、重力魔法!?」
「アハハハハ、ウザいんだもん。いい加減飽きたしさ~……これで、君はもうチョロチョロできないね♪」
「くっ、うぐ、ぐう……」
「とりあえず~50倍!」
予想外の魔法攻撃に完全に体の自由を奪われたクッコローセ。立つことすらできない重力場の中で、クッコローセは苦悶を浮かべる。
そしてついには……
「くっ、ぐ、う、うぐっ!」
手を突いて立ち上がろうとするも、自身の重力に耐え切れない肘が逆方向に曲がった。
「くっ、ううううっ、ぐ!」
「あは! あははははは、手ぇ折れちゃったね♪ つぶれた蛙みたい~!」
「くっ……」
「でも、不思議だよね。腕の骨が折れるってボキっ感じなのに、実際は音が鳴らないんだから」
「くっ、き、貴様……」
「あはははは! おっぱいが潰れちゃってる! おっぱいがクッションになって体と地面の板ばさみー! これ、もっと重力上げたら、どうなっちゃう?」
「くっ、や、やめ……やめろーっ! 貴様なんぞに見せるものではない!」
丸みを帯びた胸が体と地面に挟まれてグニュッと潰れ、そのことを指摘されたクッコローセは嫌悪感を剥き出しにして叫ぶ。
すると、ジャレンゴクは……
「うん、分かった。やめてあげる♪」
「くっ……なに!?」
このままクッコローセを始末するのかと思いきや、あっさりと重力魔法を解いた。
全身を襲っていた高重力が無くなり、クッコローセは戸惑いながらも立ち上がろうとする……が……
「くっ!? ぐっ、ゴホッ……」
突如胸を押さえながら、クッコローセが吐血し、そのまま再び倒れてしまった。
「アハハハハハハ、脆いね~。急な重力変化に体が耐え切れないんだから」
「くっ、がは……」
「また蛙になった、かっこ悪い~!」
地面にうつ伏せになるクッコローセ。もがこうとするも、体の自由が利かないのか立ち上がれない。
すると、ジャレンゴクは……
「アハハハハ……でも、君は痛めつけてもあんまり素敵に叫ばないからつまんない……」
「くっ、ぐっ、ジャレンゴク……」
次の瞬間、ジャレンゴクの肉体が再び変化していく。
傷だらけの体が修復され、同時に竜化が解けて元の人型になっていきながら、倒れているクッコローセまで歩み寄る。
「でも、さっきオッパイのことを言ったときの反応は面白かったから……よし、こうしちゃうおう!」
「くっ、な、なにを!?」
クッコローセの傍らで中腰になり、ジャレンゴクは邪悪な笑みを浮かべてクッコローセの腰元に手を伸ばす。
それは、ビキニアーマーを固定している金具であり、それを破壊すると……
「くっ、き、貴様、何を!? や、やめろー! それを外すな、貴様、恥を知れ! 戦士の誇りは無いのか?」
「アハハハ、何ソレ美味しいの?」
「くっ、やめ、ろ、やめ……やめて! やめろー! お、お嫁に行けなくなる!」
「アハ! アハハハハハハ! すごい! いい! いいよ、いい! その悲鳴はとても素敵だよ!」
戦闘中ゆえに、胸を見せてしまったことはもう仕方ないことだと諦めたクッコローセ。
だが、『そこ』だけは駄目だった。
下半身を覆っている下の鎧。そこを外せば……
「ったく……しゃーねぇな……」
相手が将軍ではなく、女としての悲鳴を上げた瞬間に勝負は決したとジオたちも判断した。
ならば、戦いもここまで。
そうなったら……
「そこまでにしろ。見てみたい気もしないでもないが……義理があるから、これ以上は放ってはおけねーんだよ」
だからこそ、それ以上のことが起こる前に、ジオは建物の屋根から飛び降りてジャレンゴクを制止した。
「……また君ィ?」
「……くっ……ぼ、暴威の破壊神……」
ジオの言葉に、微笑みながらも不快そうな声を出すジャレンゴク。
そして、瞳を潤ませながらも、ジオの行動に呆然とするクッコローセ。
「いくら友達でもしつこいよ~? 僕は君とは仲直りしたいけど……あっ、そうだ。女が欲しければこの女をあげようか?」
「いらねーよ。それに、こういう簡単に騙されるようなバカ女は嫌いなんだよ」
「んも~……じゃあ、いいじゃない。僕たちは友達でしょ?」
本来、ジオは立場上では無関係である。
ジャレンゴクの組織とも、クッコローセが率いる魔界新政府も。
しかし、キオウの依頼などの絡みや、目の目で起きようとしていたことを知らん顔することもできないため、ジオはまたジャレンゴクの前に立った。
「くっ、ば、バカだと? 暴威、貴様……!」
一方で、形としては助けられたものの、ジオの発言に眉を顰めるクッコローセ。
だが、すぐにジオはクッコローセを見下ろして睨みつけ……
「うるせーよ!」
「くっ、な、なに?」
「だいたい、テメーもテメーだ! あんなクソ勇者に騙されて、しかもキオウを……実の兄貴を投獄しただ?」
「くっ、何を! 貴様、オーライを侮辱する気か!? それは私も許さんぞ! オーライを侮辱する奴は……」
「テメエッ!」
その瞬間、クッコローセの眼前でジオは拳を寸止めしていた。
「……いい加減にしろよ、バカ女……自分を助けに来た……お前のために来た奴の言葉を聞かずに投獄? 帝国といい、テメエといい、……人間も魔族もバカな女が多くて困るぜ」
「ッ!?」
少し不愉快な感情を込めてクッコローセに言葉をぶつけるジオ。
だが、クッコローセは突然のジオの言葉に戸惑うだけで、まるで理解できていない様子。
「くっ……な、何を言っているのだ? お前は……訳の分からないことを……」
そう、勇者オーライの真実を、今のクッコローセが分かるはずもないからである。
「ねぇ~、まだ~? ジオく~ん、さっさとその女を裸にして引きずり回して、そこら辺のオークとかに犯させるとかして、精神攻撃してみたいんだけどさ~」
そして、ジャレンゴクも目の前の会話の意味も分からず、ただ退屈そうに欠伸している。
「だ~、くそ……どいつもこいつも……いっそ二人まとめてぶっ飛ばしてやりてえ」
どちらの味方でもないため、もう面倒なので二人まとめて……と、ジオもメンドクサくなっていた。
しかし、ジオのその「二人まとめて」は違う形ですぐに実現することになる。
それは……
「クッコローセ様、準備整いました!!」
「「「ッッッ!!??」」」
突如、一人の魔導士兵の声が響いた。
何事かと皆が振り返ると、クッコローセは先程の弱い女の顔から再び武人の顔つきに戻って、痛む体を無理やり起こしてその場から飛び退いた。
「くっ……ようやくか……よし! すぐに取り掛かれ!」
「は?」
「くっ、随分痛めつけられたが……ジャレンゴク、これで貴様は本当に終わりだ!」
魔導士兵の言葉を聞いて、手を上げて何かの合図を送るクッコローセ。
すると……
「あらら?」
突如、ジャレンゴクの足元に魔法陣が浮かび上がった。
しかも、それは先程ジャレンゴクを捕えようとした際に浮かび上がったものとは明らかに桁が違うもの。
「な、なんだこりゃ! 超何重にも……これは……ギガ……いや、テラ……いや、それ以上はあるぞ!?」
ジオも思わず飛び退いて目を見開く。
ジャレンゴクの足元で発光し、溢れ出る魔力の総量は明らかに……
「くっ、そうだ……これまでだ、ジャレンゴク」
「ん~? なにこれ?」
そして、手負いながらもクッコローセは勝ち誇った表情を浮かべた。
「この王都全方位から……現在この王都に常駐している新政府所属の万にも上る『全兵士』を立たせ……皆の『全魔力』を一つにして作り出す、『ペタ級』の捕縛魔法陣だ!」
「「「ッッ!!??」」」
ペタ級。それは、百年に一人の才能を持った魔法使いでもたどり着くことのできない領域。
「ほう……王都にしては数百人程度の兵士しか来んから、どういうことかと思ったが……そういうことか。将自らが時間稼ぎをし、他の兵たちはコレの準備をしておったか」
「ちょ、ちょ、す、すごい魔力……あ、あんなの初めて見たんで!」
全ては、ジャレンゴクを捕えるための準備。
ガイゼンやチューニも思わず感嘆の声を漏らすほどの膨大な魔力。
「あ……コレ、ちょっと僕でもヤバいかも?」
ジャレンゴクも飄々としながら、少し顔つきが変わった。
自分の足元から発光する魔力の総量は、ジャレンゴクでも計り知れないものだったからだ。
しかし、このときは誰も予想していなかった。
ジャレンゴクも、ジオパーク冒険団も、そしてこの策を企て実行したクッコローセや新政府軍すらも同じだった。
これらも全てが、とある女の掌の上での出来事だということを。




