第百三十七話 痛み
底知れない狂気に邪気眼と呼ばれる、冥獄眼。
その力は未知であるが、やることは変わらない。
力でねじ伏せてやると、ジオは一足飛びで駆け、正面から向かう。
対して、ジャレンゴクは嬉々としながらジオを迎え、新たなる地獄を召喚する。
「んふ♡ もし寒かったら、友情の絆で温かくするんだよ? できるよね? 友達なんだから」
「ッ!?」
「極寒地獄ッ!!」
ジオの周囲のみに起こる急激な温度変化及び凍える冷気。
吹き荒れる極寒の風が突如ジオの全身を襲い、その肉体を徐々に凍らせ……るかに見えた。
「うお、お、お、俺が凍……るわけあるかぁ! こんな涼しい風ぐらいでよぉ!」
「おおっ!?」
ジオは猛りながら構わず突き進み、全身を自身の荒ぶる魔力で覆い、極寒の地獄を跳ね飛ばす。
一瞬でジャレンゴクの懐に飛び込み、ジャレンゴクも反応が遅れた。
ジオは、ガラ空きのジャレンゴクの肉体めがけて、容赦ない渾身の拳を叩き込む。
「ジオソーラープレキサスブロー!」
「うひゃっ!? お……ごっ……」
腰ごと曲がる勢いでねじ込まれる鳩尾への一撃。
「お、ぴょ……お、れろ……れろ……あは……」
悶絶し、胃液を激しく吐き出すジャレンゴクに対し、ジオは手を緩めない。
「くはははは、まだだあ! アバラ……全滅しろ! リブボーンバースト!」
「おぎゃ! は、ぎゃが♡ い、痛い♡ いたいいいいいいいい♡」
左右の拳でジャレンゴクのアバラ全てを粉砕するかのように拳を叩き込み、グシャグシャと骨が砕ける音、潰れる肉の音が響き渡る。
胃液どころか、激しく血も吐き出し、その返り血を浴びながらジオは残虐な笑みを浮かべる。
「おい、どうした? 地獄めぐりはまだ終わらねえぜ?」
「うひ、う、ヒ? ひ、いだいィ……」
「痛みがあるうちはまだ生きている証拠! まだ元気じゃねえかッ! ルアアアアアアッ!!」
激痛にもがくジャレンゴクに対し、ジオはジャレンゴクの頭を無理やり掴み、そのまま膝蹴りを叩き込む。
鼻を、頬骨を、人中を、顔面中を崩壊させるかのように。
殺す気で。壊す気で。再起不可能なダメージを与えるため、ジオは連続で膝蹴りを間髪入れずに何度も叩き込む。
「お、おい……あ、あれ……ぼ、暴威の破壊神だろ?」
「暴威の破壊神が……あのジャレンゴクをボコボコにしている!?」
「つえー……あ、あいつ、やっぱりメチャクチャツエー!」
手も足も出ない。それは周囲の者たちからはそう見えただろう。
ジャレンゴクの能力も狂気も一切構うことなく、容赦ない凄惨な攻撃を繰り出すジオに、魔界の民たちは戦慄していた。
だが、一方で……
「……ふむ……マシンはどう見る?」
二人の戦いを見ながら、ガイゼンはどこか訝しむ様子だった。
「……リーダーの攻撃は強大……ダメージも凄まじいだろう……が……不気味さが拭えない」
「じゃのう……リーダー自身も相手の実力や動きを探るため、『回避されることが前提』の大振りの攻撃を繰り出して相手の反応を見ようとしておるのじゃが……あのジャレンゴクが普通に全部くらってしまっておるので、リーダーも逆に戸惑っておるわい」
マシンもガイゼンと同じ思いなのか、傷ついている若い魔族たちを介抱しながらも、その目は二人の戦いから目を離せないでいた。
「えっ? マシン、どういうことなんで? リーダーが……どう考えても強いじゃん!」
「チューニ……確かに……そう見える……が。それでもやはり、あのジャレンゴクという魔族があの程度とも思えない」
仮にも相手は、五大魔殺界の一人。いかにジオが強者とはいえ、この程度のはずがない。
それは当然、実際に戦っているジオも感じていることでもあった。
「……うるああああ!」
「げふっ♡ しゅ、しゅごい……これ、しゅごいよぉ!」
「けっ……変態か? ……まぁ、もっと欲しけりゃくれてやる!」
まさか、全部攻撃を受けられるとは思わなかった。
瞳の力や身に備わった身体能力で回避するなりカウンターを仕掛けるなどをされると思っていたジオだったが、自分の攻撃全てを受けられて、ガイゼンの言う通り少しだけ戸惑っていた。
顔面の骨を無残なまでに粉砕し、アバラも全て折り、その下の内臓に至るまで崩壊させている。
(おいおい……何を企んでやがる……それとも、ここから一発逆転の能力でもあるのか? でなけりゃ……自分が痛めつけられて、ここまで狂ったように笑えねえよな……)
これほどの痛みを受けながらも、意識を失わずにただ気持ちの悪い笑みを浮かべて喘いでいるジャレンゴクに手ごたえのなさを感じていた。
(ガイゼンですら知らなった……冥獄眼……今のところ、炎、針、吹雪を召喚してるが……そんなもん、魔眼に頼らずに魔法でどうにでも出せるもの……その程度であれば、あれほど恐れられるはずがねえ……つまり、あの眼の本質はもっと別のところにある……俺にこれだけやられても笑ってられるぐらいの……)
ジャレンゴクがこの程度であるはずがないのなら、これもジャレンゴクの何かの手なのかもしれない。
そう考えたとき、気になるのは、やはりジャレンゴクの眼。
(なんか特殊な能力……さて、どうする? 戦争なら相手の奥の手を出させずにぶっ殺すのが鉄則だろうが……喧嘩や勝負で……『こうしていれば勝てた』なんて言われるのもつまらねえ……相手の奥の手全部出させたうえで完膚なきまで叩きのめすから……勝ったって言えるんだ……)
何か奥の手があるのなら、それを出させる前に潰すか、それとも引きずり出したうえで叩き潰すか?
その二択がジオの頭に過るも、答えは数秒で出た。
(もし、今の俺のタコ殴りぐらいじゃまだ余裕があるってなら……もっと踏み込んでみるか……奴の能力がカウンター系とかだったら、俺自身も危ねぇが……)
後者を取る。あくまで、相手の力を引きずり出したうえで倒す。
それなれば、相手が実力を出さざるを得ない状況まで追いつめる。
「よう、本当に死んだら、そんときゃ諦めるんだな!」
「ん~?」
「全部壊れろッ!」
全身に荒ぶるように纏わせていた魔力を、ジオは左腕に一点集中。
魔力を込め、凝縮し、その上で……
「ジオスパークッッ!! ……からの……」
本来は敵に向かって辺り一面ごとふきとばす黒い雷を、自身の左腕にのみ弾けさせる。
「へぇ……カッコいい~……うわぁ……黒い花火だぁ!」
顔を無残に潰れて腫らし、元の顔から原形をとどめぬほどになったジャレンゴクだが、それでも口元の笑みは収まらない。
それを叩きのめすかのように、ジオは左腕を構えて駆け出す。
「テラ・ジオブレイクッッ!!」
空気を唸らせながら駆け抜ける光速の突き。
黒い雷を纏って勢いと破壊力を増大させ、全てを破壊し消し炭にする。
「……お……おい!?」
「あへぇ♡」
文字通り、ジャレンゴクの胴体を容易く貫き、そして全身を完全に黒焦げにした。
「ば……あ、当っちまったぞ……? ば……なんで……避けねーんだ?」
ここまでされても特に反撃もできず、攻撃も弱い。
自身の必殺の一撃を普通にくらわれてしまい、さすがにジオも驚くしかなかった。
そしてこうなってしまえば、もう勝負は……
「……と……も……だ……ち……」
「ッ!?」
その時、全身黒ずんで瀕死なはずのジャレンゴクから消え失せそうな声……から……
「んふ♡ ともだちは、痛みを共有しないとダメだよね!」
……から、黒ずんだ全身がまるで再生されるかのように怪我が徐々に治っていく。
それは、回復魔法などではない。
「こ、これは?! テメエッ!」
「僕はヴァンパイアの血を引いてるんだ……ほとんど不死みたいだから……滅多に死なないし、勝手に回復しちゃうんだ~♡」
不死のヴァンパイアの超速回復。これまでジオが叩き込んだダメージ全てを最初から無かったかのように元に戻り……
「でもね~、死ななくて回復するだけで……痛いのは痛いんだ~。友達なら、友達を殴った痛みがどれだけ痛いか、ちゃ~んと理解しないとね!」
「おま……」
「あは、そして捕まえた~……鏡地獄ッ!!」
完全に元に戻ったようで、ジオの左腕は未だにジャレンゴクの胴体を貫いたまま。
しかし、その腕をジャレンゴクはガッシリと掴み、冥獄眼を大きく見開いて……
「が、がはっ!? ッ、ぐ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
ジオに駆け抜ける肉体の痛み。
鳩尾への一撃。
アバラが全て砕けていく。
突如顔面にまで痛みが走り、鼻や頬骨を含めた顔面中の骨が砕けていき、そして最後は……
「ぬぐおおおおおおおおおおおおおっ!!!??」
「「「リーダーッ!!??」」」
胴体を貫かれ、肉体の内部から全身を駆け抜ける雷の力。
意識が遠のきそうになりそうなほどの怒涛の勢いで押し寄せる痛みを感じ、ジオは理解した。
「っ、て、てめ……こういうタイプの……」
「んふふふ、これが僕の能力の一つ。自分の受けた痛みをそのまま相手に返す……僕自身は不死だからいくらでも耐えられるから……調子に乗った奴はその後どうなるかも分からずに思う存分やっちゃう♡」
相手の魔法を跳ね返したり、打撃にカウンターするのではない。
受けた「攻撃や痛み」をソックリそのまま相手にも返すという能力。
「んふふふ、人を……ましてや友達を簡単に殴っちゃダメなんだよ? そのことを、人は……人を殴った痛みを自分も味わうことで、初めて痛みを覚え、もう簡単に殴らないようにしようと、『耐える』ということを覚えられるんだ」
一見、相手と自分をイーブンにするような能力に見えなくないが、ジャレンゴク自身はヴァンパイアの血で多少の怪我などすぐに回復する。
さらに、この能力は積み重ねて叩き込まれた攻撃を全て一気に一度に受ける。
痛み分けどころかして、ダメージが大きいのはどちらなのか明らかである。
だが……
「くは……くく……はは……」
「ん?」
全身をズタボロにされ返されてしまったジオだが、痛みや傷で血を吐き出しながらも、口元に笑みが浮かんでいた。
「よかったぜ……俺の攻撃……でな」
「……?」
ジオのその呟きの意味が分からずにジャレンゴクが首を傾げる。
すると、ジオは……
「俺もそこまで自惚れてねえ。俺以上に強い奴はいくらでも居る……だから……俺の人生……俺以上に強い奴と戦って……『こんなもん』じゃすまねえ痛みを負って、生死のギリギリを彷徨った経験も数知れねえ……だから!」
「ッ!?」
「この程度の痛みは知り尽くしてるから、殴ることを逆に躊躇う気にならねえッ!!」
ハッとした表情を見せるジャレンゴクだが、もう遅い。ジオは間合いの中に居る。
そして、全身を捻るようにしながら、渾身の左アッパーを繰り出して、ジャレンゴクの顎を砕く。
「がひっ♡ あ……んもう……またやってくれたね」
だが、それでもジャレンゴクは再び笑みを見せる。
胴体を貫かれて全身に雷を流されても生きていたジャレンゴクに、今さらこの程度の「痛み」は大したものではなかった。
だが……
「ん? あれ? へ? あれ?」
笑みを浮かべていたジャレンゴクが自身の異変に気付いた。両膝がガクガクと震えてその場で尻餅をついてしまい、うまく立ち上がることができないのである。
「あれ? どうして……」
「不死身自慢の仕留め方……まずは顎を打ち抜いて脳を揺さぶり障害を起こさせる……痛みは回復できても、衝動は回復できないみたいだな」
「……あっ、……おお……」
「そして、後は脳の血行を止めちまえばいい」
「ッ!?」
ジオは素早くジャレンゴクの背後に回り込み、その腕をジャレンゴクの首に回して絞める。
「落ちろッ!」
「うが、ひが、あ、あががが!」
裸締め。気管を圧迫して、もが苦しませて相手の意識を断ち切る、原始的な技。
これにはジャレンゴクもたまらず、足をバタつかせるが逃げられない。
「無駄だ、完璧に入ったこの技は、そう簡単に逃げられねーよ!」
「あは♡ あ、あへ♡ うひ♡」
体をビクンビクン痙攣させながら暴れるジャレンゴク。だが、ジオは逃がさない。
すると、ジャレンゴクは……
「ッ、あ……う……あ……」
右手を上げる。それを手刀の形にして……
「無駄だ。そんな態勢からの攻撃は俺には通用しねえ。仮に、さっきの能力を使っても、顎と首絞め……来ると分かってるなら、根性で耐え切ってやらぁ!」
ジオはその手を自分に対する攻撃だと思い、歯を食いしばって耐える決意をした。
しかし、予想は大きく外れた。
なんと……
「うひひひひひひ!」
「ッ!? お、おまっ!?」
ジャレンゴクは己の手刀で、自分自身の首を切断した。
「なんとっ!?」
「な、なにを!?」
「ひいいいい!?」
「いやあああああああああ!?」
「く、首がぁァ!」
切断面から噴水のように飛び散る大量の血。
これには流石にジオも驚き、腕を離してしまった。
その瞬間、崩れ落ちる胴体……かと思いきや、なんと首を失った胴体が動いた。
「ぬわははは……己の不死身をこういう利用するとはのう」
「……だからといって……」
その瞬間、全てを察したガイゼンも脱帽するかのように感嘆し、マシンも無表情ながらも衝撃を受けた様子。
「テメエ……俺のチョークを逃れるためだけに……首を切断するとか……クレイジーなやつだぜ!」
ジオもジャレンゴクの行動の意味を理解して溜息を吐く。
そして、ジオからの拘束の逃れたジャレンゴクの胴体は、そのまま切断されて転がった己の頭部を拾い上げ……そして首だけのジャレンゴクは再び邪悪な笑みを浮かべた。




