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第百三十六話 地獄

 酒場の外に集っていた、カチグーミのクラスメートたちは一瞬で悲鳴を上げて逃げていく。


「に、逃げろー! じゃ、ジャレンゴクだー!」

「こ、殺される! あいつが、レンピンが、じゃ、ジャレンゴクだなんて!」


 五大魔殺界のジャレンゴク。その人物こそ、正に今回の魔界への旅の要因となった人物。

 次期大魔王の座を狙う魔界全土に轟く実力者。

 その実力は、現時点ではまだ未知数であるものの、その狂気が尋常でないことは誰もが理解した。


「こ、こいつが……あの、ジャレンゴクだってのか!?」


 だが、驚きはするものの「ウソだ」とはジオも思わない。

 むしろ、それぐらいでないと納得できないほどの、身も凍るような悪意の嵐が吹き荒れていた。


「うふ……チューニくんの仲間で良かったね……おじーさん……そして、ジオくん」

「……あん?」

「おかげで、君たちも今日から僕たちの友達なんだから……」


 すると、ガイゼンに腕を掴まれたままのジャレンゴクが鋭角に吊り上げた笑顔を向けてジオたちに告げる。


「いきなり僕の腕を掴んだり……偽名とはいえ僕を呼び捨てにしたり、こいつ呼ばわりしてるんだ……友達じゃなければ、とりあえず腎臓ぐらい貰ってたかもねぇ」

「「ッッ!!??」」


 その悪意に触れて、ジオもガイゼンも理解した。

 この目の前の人物は、同じ五大魔殺界とはいえ、ポルノヴィーチとは明らかに違うと。

 そして、同様に……


「ほう、言ってくれるじゃねえか」

「じゃのう……小僧」


 ある意味でポルノヴィーチと違い、目の前の悪魔には一切の手加減が不要と言える。

 逆にその方が二人にとっては、ありがたかった。


「ん~? アハ……今日は本当に素敵だね……」


 そんなジオとガイゼンのむしろ好戦的な笑みと威圧を返されると、ジャレンゴクはウットリしたように微笑んだ。



「友達が出来たらやってみたかったんだ……友達とは遠慮しない間柄……だから……どれだけやっても、最後は仲直りできるんだよね? 何があったとしても! 真の友達のためなら、後悔せずに何でもいいんだよね!」


「……お前……親しき仲にも礼儀ありって知らねーのか?」


「アハ、……喧嘩かぁ~……友達との喧嘩なんて楽しみだなあ……」



 これを待ち望んでいたとばかりに、ズレた発言をして興奮するジャレンゴク。

 だが、これ以上は付き合ってられないとばかりに、まずはガイゼンが動いた。


「ぶっとんだガキじゃわい! とりあえず、オモテへ出よ。ここでは迷惑が……」

「え? 何々? 命令しちゃってるの? 僕に? 友達に命令っておかしくなーい?」

「ッ!?」


 ガイゼンがジャレンゴクの腕を掴んだまま、そのまま店の外へと投げ飛ばそうとした。

 だが、その前にジャレンゴクは、竜の鱗に侵食され、これまで前髪で隠れていた片目に一度手を翳す。

 すると、次の瞬間に目から手を離すと、その瞳は変貌していた。


「……なにっ!?」


 ガイゼンも思わず声を出して驚く。

 ジャレンゴクの片目が、赤く螺旋を描いた瞳に変わっていたからだ。


「まったく……これだから、邪気眼を持たない人には分らないんだから……」

「な……なんじゃ……その瞳は? 見たことない魔眼じゃ……」

「魔眼なんてダサダサだね……今の時代、開眼した第三の瞳は邪気眼って言うのに……」

「じゃ、き……?」

「そして、僕のこの瞳は……歴史上この僕だけしか開眼していない……僕だけの瞳!」


 その時だった、赤く渦巻く瞳を大きく見開いた瞬間、ガイゼンの全身が……


「ぬっ?! うおっ、黒い炎!?」

「……炎熱地獄……あは、アハハハハハ! アハハハハハハハハ!」


 突如出現した黒い炎がガイゼンの全身を一気に包む。

 燃え盛る炎はたちまち、一瞬で室内を高熱と変え、身の回りのテーブルも椅子も食器も全てを一瞬で溶かしていく。


「おいッ、ガイゼン!」


 まさか、あのガイゼンが? と、ジオも流石に一瞬焦ってしまったが……



「ぬ、ぬ、ぬどりゃあああああああああああああああああああああああああああ!」



 炎に包まれたまま、勢い任せに天井を突き破って空へと飛ぶガイゼン。

 そして、一度身を縮みこませ、溜め込んだ力を一気に解放するように全身を広げた。

 発せられたガイゼン気合のような雄叫びは、禍々しい炎を力ずくで剥がし、更なる上空と空の四方に四散する。

 もし、今のを地上でやられたら、建物ごと崩壊してジオたちも吹っ飛ばされていたであろう。

 だが、ガイゼンが思わず気を使ってしまうほど力を込めなければ打ち消せない炎とも言えた。


「へぇ……そういうことできちゃうんだ~……すごいな~」


 突き破られた天井から見える上空のガイゼンに感心したように頷くジャレンゴク。

 一方で、ガイゼンは炎は消したものの、腕や胸などが黒ずんで、かなりの火傷を負っている。

 無論、火傷でガイゼンが臆するわけではないが……


「まったく……なかなかの火遊びじゃったぞ……のう? 小童が……!」


 ガイゼンの額に血管が浮き上がっている。そして放たれる怒気。

 それは、仲間であるジオたちでも初めて見るガイゼンの形相だった。

 一方で……


「あ……あ、ま、間違いない……ピョン……あの眼から放たれる……地獄の炎……ま、間違いないピョン」


 腰を抜かしたままのオジウサの震える唇から、あることが語られた。


「ほ、炎を含めて……あらゆる地獄を召喚できるという噂の……禁断異端児ジャレンゴクのみが持つと言われている瞳……『冥獄眼めいごくがん』……やっぱり、あれがジャレンゴクで間違いないピョン!」


 ガイゼンすら見たことがないと口にした、ジャレンゴクの特殊な瞳。

 その名は『冥獄眼』。


「め、めいごく……? 聞いたことねえぞ、そんな眼……」


 だが、それはジオも聞いたことが無く、更には……

 

「……ワシもないのう。少なくとも、ワシの居た時代には無かった眼じゃ……新種か?」


 大きな地響きを立てながら、床に着地するガイゼン。

 鋭い眼光をジャレンゴクにぶつけ続けている……が!


「アハ、見せちゃった。恥ずかしいな~……でも、友達に隠し事はなしだもんね」


 不気味に照れたような様子でおどけるジャレンゴク。


「まったく、変なガキじゃわい。しかし、そう簡単に友と言ってくれるな? 語らいも、拳の交わりも……酒も飲み交わしてないのじゃからな」

「酒はダメなんでオレンジジュースくれる?」


 その様子に、ガイゼンも流石に引きつるしかなかった。

 しかし、そんなおどける一方で、ジャレンゴクの瞳は床で震えるオジウサに向けられ……  


「ところで、そこのウサ耳おじさん……友達でもないのに、僕を呼び捨てしたね?」

「ッ!?」

「針山地獄!」


 ジャレンゴクが床に両手を置く。すると、この酒場全体の床に伝わるように魔力が流れ、次の瞬間、足元がジャレンゴク、そしてチューニだけを避けるように鋭い針山となって床を貫いて伸びた。


「ッ、うおっ!?」

「針じゃと!?」

「こ、これは……」


 鋼鉄のように強固で、そして鋭さのあるデカく太い針山が床から出現し、ジオ、ガイゼン、マシンの表皮も切り裂く。

 咄嗟に体を捩じらせて直撃や貫通は避けたものの、完全には回避できなかった。

 なら、当然……


「か、は……」

「い、だ……うわああああああ、い、いだいい、いだいいいいい!」

「た、こほっ、……たすけ……」


 その場にいた、酒場の客たち、そして若い魔族たちも女であろうと関係なく、痛々しい針が手足や胴体を貫通し、辺り一面に血だまりができていた。


「な……なんてこと……を……」


 唯一、チューニの床だけは避けるように伸びた針山。

 しかし、それでも自分の周囲に起こった地獄絵図にチューニは言葉を失うしかなかった。


「て……テメエッ! ちっと、シャレにならねえぞゴラぁ!」

「ふんぬっ!」

「針を除去する!」


 直撃を避けたジオたちがすぐさま床から伸びた針山を砕いていき、血まみれになった魔族たちを介抱する。

 幸い、誰もが急所をさけているために命は大丈夫そうだが、それでも体に複数貫通する穴を開けられて、激痛でのたうち回っている。

 

「い、いだ、いたい、ひ、血……なんで! いや、たす、いや、死にたくない!」

「ッ、ひどい……う、れ、レンピンくん! お願い、た、たすけ、て!」

「カハ……れ、ん、ぴ、く……ひぐ、い、たいよぉ……」

「ゆ、ゆるしてくれ、ひ、た、たすけてくれよ、な、なお、レンピン……くん……なあ、レンピンくん!」

 

 意識があるために、痛みと涙が入り混じりながらも必死に助けを懇願する若い魔族たち。

 特に、女たちは自分たちにすら容赦なく肉体を貫く攻撃をされたことで、もはや勇ましさの欠片も失っていた。

 どんな手を使ってでも助かりたいという必死の懇願。

 だが、ジャレンゴクは……

 


「アハ、別にいいでしょ? 女として肝心なところは全員既に穴あきなんだから、今更増えてもさ♡」


「「「「ッッ!!??」」」」


「それに、安心していいよ。殺したりなんてしないから……大丈夫。僕ね……生まれてから一度も……人を殺したことがないんだぁ」



 残酷な言葉はぶつけるも、命までは取らないと宣言するジャレンゴク。

 その言葉に一瞬呆ける女たちだが、ジャレンゴクはニッコリと微笑みながら……



「ほら、人を殺したらさ、地獄行きでしょ? 僕、地獄には行きたくないんだ。天国に行くためには、どんなにムカついても、その人を……半殺しか、いっても九割殺しぐらいにとどめているんだ……」


「「「「ッッ!!??」」」」


「そして決めてたんだ……君たちは九割ぐらいにとどめてあげようって。だから、大丈夫。一割生きていられるから、良かったね♡」



 それは、ある意味では死刑宣告にも似て、それよりも上回るほどの地獄かもしれない。

 死んだ方がマシと思えるほど凄惨なことをする。

 そう宣言しているようなものだったからだ。

 だが……


「ジオインパクトッ!」

「ッ!?」


 そんなジャレンゴクの言葉を黙らせるかのように、ジオの渾身の右拳がジャレンゴクの顔面を打ちぬいた。

 酒場の壁を貫通するほどの勢いで外に殴り飛ばされ、そのまま地面を何度も転がっていく。


「ガハ……アハ♡ 歯が取れちゃった……アハ、歯抜けだ~♡」


 突然酒場から勢いよく飛ばされてきたジャレンゴクに、通りに居た魔族たちもザワつき始めて周囲に人が集まっていく。

 しかし、そんな中、ジャレンゴクは腫れた頬や、今の衝撃で砕けて地面に落ちた己の牙を手に取ったりして、機嫌よさそうに笑っていた。


「アハ♡ すごいね……君。イジメられる演技をしている時以外……ジャレンゴクで居るときの僕を殴れる奴って、そうは居ないよ?」


 傷は負ってはいるが、痛みはあまり感じていないのか、ジャレンゴクはそのまま立ち上がりながら顔を上げる。

 すると、酒場から出てきたジオは……



「殴られた回数が少ないってのは自慢じゃねえ。つまり、これまでよっぽど弱い奴としか戦ってねー、甘ったれな人生だったってことだろう? 楽勝と圧勝しかしてねー奴なんざ、怖くねえよ」


「へぇ……」


 

 拳を握り、全身に魔力を漲らせ、そしてジャレンゴクを強く睨みつけ……



「とりあえず、安心しろ。人を殺す云々に関わらず……今から俺がテメエを地獄に送ってやるからよ」


「アハ♡ そんな過激なことを言われたのは初めて。やっぱり、友達って新鮮だな~♪」



 今この場でジャレンゴクを……ジオはそう決めて、そのままジャレンゴクへ向かっていく。


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書籍書影(漫画家:ギャルビ様) 2022年4月6日発売

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