第百三十四話 友のため
魔族の学生たちが自信に満ちた表情でジオに身構える。
何故、自分を狙うかの理由はジオも理解できた。
だが、それでもめんどくさかった。
「……ったく……ふざけたシステムだぜ。ガイゼン、お前が代わりにやるか?」
「ん? ま~、遊んでも構わぬぞ?」
「自分は推奨しない。まだ若い者たちにトラウマが植えつけられる。ここは、同じ若者ということで、チューニがいいのではないか?」
「いや、マシン! なんて無茶振りしてるの? 若者関係ないからね!」
話が思わずチューニに飛ぶと、チューニは当然拒否。高速で首を横に振って逃れようとする。
そんなチューンにカチグーミたちは鼻で笑うと同時に、一つ疑問に思った。
「暴威の破壊神ともあろう男が、随分と弱そうな人間を連れているね。雑用係かな? レンピンでも勝てそうだね」
そう告げた瞬間、俯いていたレンピンがビクッと体を震わせ、他の仲間たちもからかうように同意した。
「はは、確かにそうだな。そうだ、レンピン、お前が戦ってみろよ。俺らの前哨戦でよ」
「あ~、それいいかも~」
「ヤっちゃえヤッちゃえー!」
「流石に勝つよね? ってか、勝てなきゃ死刑?」
「レンくん、ガンバ! ここでみんなを見返そうよ!」
そう言われて、無理やり前に出される怯えたレンピン。
学生たちのグループの中でも明らかに下に扱われている。
その様子を見ながらジオたちは少し不愉快になると同時に、
「……なんなの……ほんと……ちょっと……ムカつく……」
戦いたくないと、ガイゼンの後ろに隠れようとしていたチューニが、自然と前へ出た。
怯えていたはずの表情が、どこかムッとして見えた。
「そ、そんな! い、いやだよ、た、戦うなんて。ぼ、ぼく、そんなこと出来ないよ! カチグーミくん、ぼ、僕は戦わなくていいって……」
「え? なに? 逆らうの、僕に? あっ、そうなの? へ~……じゃあ、もう僕らの仲間じゃないわけだよね? 仲間をやめるわけだね? ふ~ん」
「ッ……そ、それは……」
チューニと同じように怯えて、戦えないと懇願するレンピン。
しかし、カチグーミたちは笑う。その笑いは、決して仲間に見せるようなものではない。
もしここで、レンピンが戦うことを拒否したら? その場合どうなってしまうのかなど、チューニには容易に分った。
「馬鹿らしいんで。最初から、そんなの……仲間じゃないんで」
チューニから発せられた不愉快そうな言葉。
その声はしっかりと、カチグーミたちに届いていた。
「……何か文句でもあるのかな? ……人間……」
僅かに殺気を込めた笑みをチューニに向ける、カチグーミ。
だが、さっきまでとは打って変わり、チューニはどこか落ち着いた様子で、その殺気に正面から向き合った。
「多分……自分より取り乱している人を見ると、逆に落ち着くってやつだと思うんで……そしたら……うん、大丈夫っぽいんで」
「なに?」
「リーダーと喧嘩したときに比べたら……セクとかオリィーシと比べても……全然恐くないっぽいんで」
一度落ち着いて冷静になってしまえば、何てこと無かった。
人間とは異形の姿をした魔族の睨み。だが、それらは自分がこれまで経験したものとは比べ物にならないほど弱く、そして恐さもない。
「ったく、あたりめーだろ……そんなカス共にビビんなっつーの。お前の方が百倍はツエーんだからよ。つーわけで、喉が渇いたからなんか飲ませてもらうぜ」
「ワシは少し腹が減ったわい」
「自分もご相伴に預かろう」
これまで怯えて逃げてばかりだったチューニも、ようやく少しは成長したなと、ジオもどこか感慨深くなって笑った。
もう、これなら大丈夫だろうと、そのまま席についてジオたちは注文を始めた。
「おい、暴威の破壊神……僕たちを前にして随分と余裕じゃないか。雑用係に押し付けるとは、僕も舐められたものだね」
そんなジオの態度にカチグーミも癇に障って目尻が動く。
だが、ジオは無視し、そしてチューニが立つ。
「僕は……雑用係じゃないんで」
「ん? じゃあ何だと?」
「僕は……リーダーの仲間で……ジオパークの四人の内の一人なんで」
自分たちに序列は無い。対等な関係なのだ。
名目上はジオがリーダーであり、そして時には理不尽に振り回されることがあろうとも、チューニはジオたちの部下でも奴隷でも子分でもない。
「僕も学校ではいい思い出がなかったから……だから、周りから集中されて狙われり……攻撃されたり……そして、これ以上イジメられないようにするために、無理やり話を合わせたり、理不尽な言うこと聞いたり……仮に逆らって、逆ギレされて今よりもっとヒドイ目に合うぐらいなら逆らわない方が……そうなっちゃう気持ちは、僕も分るんで……でも……」
カチグーミの殺気は受け流し、チューニの瞳は真っ直ぐとある魔族へと向けられ、そして少し言いにくそうにしながらも言葉を送る。
「でも……逃げてもいいから、いつまでもそこに居たらダメだと思うんで」
「……え?」
それは、カチグーミたちから不当な扱いを受けていたレンピン。
殴られ、踏みつけられ、罵倒され、笑いものにされて半べそ掻いていたレンピンに、チューニはかつての自分を重ねた。
だからこそ、レンピンが反抗しない気持ちもチューニは理解している。
だが、それでも今のチューニはあえて言う。
「君は……どうして……そんなことを……僕に?」
「自分でも分らないんで……でも……なんだろう。あの時の僕は……僕に直接何かをしないで、見て見ぬフリしている奴らにもムカついていた……だから……同じになりたくないって思ってるんで……」
かつて、チューニも似たようなつらい学生生活を過ごしていた時、誰も自分に手を差し伸ばしてくれなかった。
唯一味方かもしれないと思えた女は居たかもしれないが、それにも裏切られた。
だから、学校をやめた。あの空間から逃げ出した。
あの学校に居た全員を恨みすらした。
だから、もしここでレンピンのことを見て見ぬフリをしたらどうなる?
自分には何も関係ない、今日会ったばかり、ましてや異種族。
だが、チューニはそれでもかつての自分に似たレンピンに手を差し伸ばした。
「……君は……今日出会ったばかりの僕を……助けてくれるの?」
「い、いや、その、……そこまで大げさじゃないし……ただ少なくとも……僕は君と戦わないんで。そのうえで……後ろのムカつくやつ、僕が……ぶっとばしちゃうんで!」
チューニが見せた、「倒す」という意思。
「くははははは……言うようになったな」
「確かにの。じゃが、明らかに自分より弱い相手に言うようではまだ合格はやれん。自分よりも強い強者に言える様になったなら、ワシも認めてやるわい」
「ふっ……チューニより強い存在というのも、探すほうが難しいがな……」
先日、ジオとの喧嘩で見せた気迫も合わさって、ジオたちにはチューニが逞しく見えた。
「……はは……人間が……君みたいな弱そうな人間が、誰をぶっとばす? ……は、はは……面白い。やれるものなら……」
とはいえ、見かけがひ弱な人間にしか見えないチューニにそんなことを言われては、カチグーミも黙っていられない。
笑みを引きつらせながら、「上等だ」とチューニに歩み寄ろうとする。
だが、そこに慌ててレンピンが立ち上がった。
「あ、ダメだよ! ねえ、君、僕はいいからさ! ねえ、僕のことなんてどうでもいいから、早くカチグーミくんに謝って! 殺されちゃうよ! 僕なんかのために……ダメだよ!」
自分に手を差し伸ばしたチューニの気持ちがレンピンには届いたものの、レンピンは慌ててチューニに前言撤回するように声を上げる。
「多分、大丈夫なんで。僕……負けないんで」
「でも……」
「それに……お節介かもだけど……なんか、ほっとけないんで」
しかし、チューニに恐れはなかった。
大丈夫だと告げ、自分の言ったことは曲げない。
そんなチューニに心を揺さぶられたのか、レンピンは涙を流しながらも、ほんの僅かだが笑みを浮かべた。
「……君は……人間だけど……優しくて勇気があるんだね……」
「そ、そんなことないんで! 褒められてもムズ痒いんで!」
「ううん……君みたいな人が……学校に居てくれたら……友達になってくれていたら……僕の学校生活も……何か変わってたのかな……」
「オーバー過ぎるんで。それに……まぁ、友達になるぐらい……リーダーとガイゼンで僕も魔族に耐性できてるし……」
「ッ!?」
友達を作りなれていないのだろう。チューニのその言葉に、レンピンは感極まったように更に涙を流した。
だが、外野もそんなものをいつまでも黙って眺めていない。
「ハハハハハ! これは、傑作だな! レンピンが人間と友達だなんて……はははは、まあ、似た者同士でお似合いかもだけどね!」
これでもかと馬鹿にするように大笑いするカチグーミ。
周りの者たちも、腹を抱えて笑っている。
「ふふふ、なら友達同士仲良くボコボコになっても満足だね?」
そして、ならば二人まとめて痛めつけようと、カチグーミが二人に歩み寄る。
だが、その時……
「ま、待って、カチグーミくん!」
「……なに?」
「や、やめようよ! ううん、やめて! 僕はどうなってもいいから……だから……彼は許してあげて!」
「ッ!?」
レンピンが両手を広げてカチグーミの前に立ちはだかる。
それは、レンピンが見せる初めての抵抗だったのか、カチグーミたちは驚いた顔を浮かべる。
「レンピン……お、お前……本当にどういうつもりだ? 人間なんかを……」
「でも……でも、彼は……僕の初めての友達なんだ! だから……だから……」
「ッ!? この、本当に……この、恥曝しが!」
人間であろうと関係ない。初めて出来た友達を守る。
そんな意思を見せるレンピンに、チューニだけでなく、見物していたジオたちも真剣な表情を見せる。
「いつも不登校を繰り返しのオドオドビクビクばかりの劣等生が、挙句の果てに人間を友達? しかも、この僕に逆らおうっていうのか!」
「確かにそうだけど……でも、これだけはダメだ! 僕はどうなっても構わないけど……友達を……初めて出来た友達を傷つけられるなら……僕だって、勇気を出す!」
「ッ!?」
「勇気を出して僕は……」
徐々に熱を帯びていくレンピンの声。俯いていた顔を上げ……
「勇気を出して……僕は君を生きたまま解体する♪」
「……へっ?」
顔を上げたレンピンの表情は、異常なまでに狂喜に染まった邪悪なものだった。
「「「…………えっ?」」」
「へっ?」
「「「ッッ!!??」」」
その瞬間、その場に居た全員は何が起こったか分らなかった。
カチグーミの仲間も、チューニも、そしてジオとマシンとガイゼンすら驚き固まってしまっていた。
「え? あ、え? あつ……いた、血? え? あ、れ?」
呆然とするカチグーミも未だに自分の身に何が起こったか分らない。
分かっているのは、目の前に居たレンピンの腕が、自身の腹部を貫通していること。
血と同時に開けられた穴から腸が飛び出してしまっていること。
そして……
「あは、あははは! あは! そう、友達のためなら仕方ないよね! アハハハハハ! カッコいい! 僕、カッコいい! 気持ちいいよ! 憧れてたんだ! いつか言ってみたかったんだ! 普段、誰からも認められない落ちこぼれだけど、友達のために戦う時に真の力と姿を皆に明かすっていうの! できた、できた、できちゃった! 気持ちいいよぉ!」
夥しく飛び散るカチグーミからの返り血を浴び、濡れた髪を掻き上げて露になるレンピンの素顔。
「嗚呼、でも、ごめんね。ごめんよ、カチグーミくん……僕だってこんなことしたくなかったんだ。本当はもっと我慢して試したかったんだ……君らカスたちを図に乗らせて、僕をイジメさせて、ここぞという所で圧倒的な強さと恐怖でザマァをしたかったんだ! 死と生のギリギリの狭間で生かし続けて、君たちが手の平返して僕に命乞いをするところを想像しただけで……気持ちいいだろうな~って我慢してたんだ……でも、友達のためなんだ! だから、許してね!」
狂気と狂喜に包まれ、更に禍々しい魔の力と共に変形していく素顔。
「にしても……誰も見えてなかったね……僕の素顔を……仲間なのに……」
隠れていた右目の周囲には青い『ドラゴン』の鱗のようなものが侵食し、カチグーミを貫いた腕もまた、いつの間にか鋭い『ドラゴン』の腕に変異していた。
そして、飛び散る血を舌舐めずりしている口元には鋭い牙が伸びており、その姿はまるで血を啜る『ヴァンパイア』だった。
「この顔ッ!? ま、さか……がはっ……う……そ……だ……ろ?」
「ところがどっこい、ホントだ♡」
だが、どちらの種族の特徴があったとしても、この場に居る者はドラゴンでもヴァンパイアでもない。
邪悪なる悪魔。
その本性と力を、かつてチューニの潜在能力すら見抜いたガイゼンも見抜けなかったほどの擬態。
そして、その変貌した素顔を見たとき、カチグーミやその仲間たちは恐怖と驚愕に染まり、また、静観していたオジウサたちもその素顔を『知っている』のか、座っていた椅子から転げ落ちた。




