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第百三十二話 魔界新時代

 惑星空洞説というものが存在する。

 人類が生息する地上。その地中奥深くは巨大な空洞となっており、そこにはもう一つの世界が広がっている。

 その世界は遥か昔より『魔界』と呼ばれ、地上世界各地に複数存在する地上と地下を繋ぐ『トンネル』と呼ばれる出入り口から地上世界と関わり、やがて二つの世界を交えた戦争が始まった。

 そして、数年前にその争いは、魔界を統治していた大魔王の死により終焉を迎え、友好条約を結ぶことによって人類に平和が訪れた。

 しかし、その平和は一つ間違えればまた過去の大規模な戦を再燃させるほどまだ危ういものであり、そして人類の平和とは対極的に、魔界の情勢自体は未だに不安定であった。


「取り囲め、奴らだ!」

「こんなチャンス滅多にないんだ!」

「名を上げるには、ここしかねえ!」


 激しく熱を帯びた声と共に、無数の魔族たちが平原を駆け抜ける。

 民族衣装のような布を基調とした服に、巨大な槍や斧を携えた二足歩行のトカゲ人間。

 それは、リザードマンと呼ばれ、多様な種族が存在する魔界でもポピュラーな種。


「コロセコロセコロセ!」

「ケケケ、オデ、コロス。オデ、ツヨイ」


 小さな短刀や棍棒等を携え、醜く邪悪な容姿をした半裸の魔族。

 それは、ゴブリンと呼ばれ、リザードマン同様にポピュラーな種。



「ちっ、こいつら……78位のゲロ率いる『ゴブリンスターズ』か。だが……獲物は譲らねえ。俺が60位台から抜け出すためにも、奴は俺たちが仕留める!」


「ゲヘ、ゲヘヘヘ、コロス、ズタズタ、シネ」



 異なる二種の魔族が、群れとなって駆け抜ける。

 一見、二種が抗争をしているように見えるが、そうではない。

 実際は、その二種が同じ獲物を狙っており、相手より先に仕留めようと争っているのだ。

 そんな二種に狙われるのは……


「だあああああああ、うざってー! なんなんだ、魔界に来て早々!」


 ある少数の男たち……いや……


「「「暴威の破壊神を仕留めろ!」」」


 一人の男を魔界の猛者たちは狙っていた。







 そして、場所は平原の少し先に位置する巨大な都市へと移る。


「おい、今週の『まろう』が張り出されてたのを見たか?」

「あん? 変動でもあったか?」

「ああ。数日前に登録された、あの半魔族が一気に上位に食い込んでるらしいぜ?」

「え? マジか?」

「ああ。ランキング保持者が狙っては返り討ちに合い、その流れでどんどん順位が上がってるってよ。今朝見たら、10位だった」

「おいおい、そんなのありかよ。つか、かつてはあの七天も討ったほどの男だろ? んなのを狙うとかバカじゃねーか?」

「噂じゃ、奴は四人組って話だからな。今のトップランカーはほとんど数百人とか、数千人以上の巨大組織のボスだから、狙いやすいんだろ」


 旧魔王都市にある寂れた酒場。

 獣人や悪魔や魔人。多種多様な種族が入り混じり、昼間から安酒を飲んでいる二人のオークが騒いでいた。


「まっ、俺らとしてはさっさと次期大魔王様を決めて、また戦争でもして欲しいもんだぜ。ジャレンゴク……ポルノヴィーチ、誰でもいいからよ」

「ああ。クッコローセ様には悪いがな。戦争無くなりゃ、俺らみたいな元軍人はつまんねーっての」


 飲んだくれてはいるものの、巨体に加えて全身に刻まれた無数の傷跡。歴戦の兵を思わせる風貌をした二人であった。

 だが、それはこの二人のオークだけではない。

 この酒場に昼間からたむろしている者たちは、皆何かしら常人とは違う空気を発していた。


「でよ、聞いたかよ。クッコローセ様……ついに、逃亡中だった『元七天』の、『あの方』を捕まえたみたいだぜ?」

「え……あの方って……あの、人類との和平交渉の際も会談を襲撃したりして最後まで抵抗した……今じゃ、カイゾー様と同じで賞金首になっちまった、あの方か?」

「ああ。あれからも色々と暴れたりして、あの方も今じゃまろうでは4位まで上がったって話だったがな」

「へ~、五大魔殺界と元七天に頭を悩まされてたって聞いたが、結婚前に問題一つ片付いたってことかい」


 ゲラゲラと笑いながら酒を煽る二人のオーク。

 だが、そんな上機嫌に笑う二人オークに、別の客が二人の話に割って入った。


「随分と気楽だピョン……戦争が無くなって、お前らの脳みも退化しておるかピョン?」


 いかつく、渋みのある中年の空気を発した口ひげを生やした男。その頭の上のウサギの耳が色々と台無しにしている、旅人風の剣士が現れた。


「おっ、これはこれは兎剣士・オジウサ様じゃねーか。まろうの順位が少し上がったみてーだな。80位台に入ってたな」

「ブッタハム……トンジール……お前たちは順位が落ちていたようだピョン。最近、何も活動していないピョン?」

「るせ。最近は日雇い仕事を探すだけで忙しいんだよ。お前みたいに、冒険者仕事があるわけじゃねーし、戦って負けてこれ以上順位も落したくねーしよ」


 兎人族のオジウサが二人のオーク、ブッタハームとトンジールを見下すように溜息を吐きながらも、そのまま二人の席に座る。

 店員に酒を一杯頼んで、それを仕事終わりの一杯のように一気に飲み干して、オジウサは話を続ける。


「4位のあの方……『オカーマン』様は捕まった。これ以上順位が上がることもない。下手したら、死刑かもしれない。そうなると、どうなるピョン?」

「え? い、いや……4位が居なくなったぐらい、俺らには関係が……」

「馬鹿ピョン。トップ10の順位が崩れるということはだ、その空いた順位を目指す輩が増え、猛者たちが過激に動き出すってことだピョン」

「あ、あ~……」

「普通、10位以内はよっぽどのこと……それこそ、過去の大戦で人間の将軍クラスやランキング上位者を仕留めでもしないかぎり上がることはないが……今では、当時上位だった七天も崩壊し、更には今回オカーマン様まで……。となると、もっと荒れるぞピョン。この魔界は……」


 まるで、これから起こる魔界の行方を予知するかのように、威厳溢れた声で断言する、オジウサ。


「「はは、んなバカな」」


 二人のオークは酔っ払っていたこともあるのか、「そんな大げさな」と笑って流そうとする。

 だが、その予知が当っていたことは、すぐに誰もが分ることになる。

 そう、すぐにだ。


「いや、そんなことはないピョン。何故なら……ワシの得た情報だと……最近破竹の勢いで、まろう10位になった……あの、『暴威の破壊神』がこの街に向かっているという情報があったピョン」

「ッ!? な、ぼ、暴威の破壊神がこの街に!?」

「ああ。そのため、その首を狙いに、旧魔王軍の兵やランキング保持者が続々とこの街に集ろうとしているようだピョン。特に今は……あの学生たちも――――」


 そして、その時だった。


「まったく……魔王都市も廃れたもんだね。かび臭い。そして負け犬たちの匂いが漂っている。僕たちがかつての戦争に出ていればそんなことにはならなかっただろうに……悔やまれるね」


 嘲笑するような言葉と共に、酒場の扉が開いた。

 飲んだくれてた魔族たちが一斉に扉に視線を向けると、そこには十数人の若者たちが立っていた。

 魔人、亜人、獣人とこちらもバラバラな種族同士ではあるが、唯一酒場の客たちと違うのは、全員がまだ顔に幼さが見えるほどの青年や少女たちだということだ。

 誰もが、清潔感のある白いシャツにマントを着、雰囲気もどこか気品が溢れている。


「おや? そこの兎人族とオークは見たことあるね。歴史と権威ある『魔界最強になろう』……通称・まろうの下位ランキングの三流たちだね」


 先頭の男がニヤけた笑みと共にオジウサたちを見下す。

 尖った耳と額から伸びる一角、そしてサラサラな金髪に整った丹精な顔立ち。

 オジウサたちよりも遥かに小さな体躯と、ヒョロッとした体つきだが、それでもオジウサたちに恐れぬ態度を見せる男。

 その男を見て、オジウサたちは目を見開く。



「これはこれは……魔王軍仕官学校の若者たち……そして、お前かピョン? 学生でありながら、まろう50位になったという、『次代の申し子・カチグーミ』」


「おやおや、ランキング下位で、戦争でも無様を晒した負け犬たちでも、僕のことは知っているのかい?」


「ッ……」


「ふん。そうやって睨めるということは、牙はまだあるのかな? まあ、恐くはないけどね。そもそも、こうして魔界が陰鬱になってるのは、君たち戦争敗北者たちの所為なんだからね」



 完全にオジウサたちを挑発する、カチグーミという若者。

 だが、それは自信の表れでもあり、現にこれだけ挑発されても、オジウサやトンジールたちは怒りに任せて暴れようとはしない。



「で……その天才児が今日はどうした? そんな学友も連れて……」


「ふっ、君らには用はないさ。ただ、僕の得た情報だと……今、ランキング10位の暴威の破壊神がこの地に向かっているという情報があってね。僕たち、魔界最高最強のクラスメートたちと一緒に、ちょっと成敗してやろうと思って、巡回してるんだよ」


「……は? えっ、え? ええええ!?」



 堂々と告げるカチグーミの言葉に、オジウサたちも一瞬呆けたものの、すぐに驚愕した。

 その目は明らかに「このバカは何を言ってるんだ?」という目であった。

 しかし、そんなオジウサを始めとする大人たちの反応に構わず、カチグーミは続ける。



「まろうは10位以内に入れば、魔界全土で厚遇されるほどの選ばれし地位。ましてや、相手はあの暴威の破壊神となれば、討ち取ればランキング10位以内どころか、歴史に名を残すことも可能!」


「ば、馬鹿か、お前ら! 暴威の破壊神つったら、あの旧七天のパスカル様を討ち取った怪物だぞ! いくらなんでも勝てるわけねーだろうが!」


「はははは、むしろ好都合! ならば、僕たちが暴威の破壊神を討ち取れば、僕は戦争さえ終わらなければ、七天に名を連ねていてもおかしくなかったことになる! そう……戦争さえ終わらなければ、僕たちが英雄になっていた! 僕が、魔王軍を勝利に導いていたんだ!」


 

 店に入ってきた当初は、涼しい顔をしていたカチグーミだが、その言葉にはどんどんと熱が篭り出した。

 まるで、くすぶっていた想いをぶちまけるかのように。

 その想いに呼応するかのように、制服姿の若い魔族たちも続々と店の中に入ってくる。



「そうそう。いくら戦争が終わっているとはいえ、更に一応は魔族の血を引いているからって、暴威の破壊神がまろうに登録されたのがムカつくんだよ」


「人間の血を引く半魔族なんかに、数百年続く歴史と権威あるまろうを穢されたのも事実」


「おまけに~仲間もふざけてるって話~」


「人間と~機械式人間と~更には『ガイゼン』なんてとんでもない偽名を使ってる魔族がいるらしいし~」


「そうよ。だから、私たちが成敗しちゃうんだから!」


「うん、だって私たちは……最高のクラスメートなんだから!」



 次々と強気な言葉を発していく若者たち。大人たちは「世間知らずのガキ共」と呆れる一方で、それでも現れた若者たちがそれだけの強気の言葉を言うだけの才覚の持ち主であることは分かっていた。


「おぉ……こいつらが噂の……学生ナンバーワンの剣士、狼人族のヘツポコ……魔法の歴史を変えると言われている、魔人族の天才魔導師ボンサーイ……それに女も、サキュバス族の双子姉妹クリとリス……女オーガのリョナ……仕官学校一の美少女、セイレーンのヲナホー」


 戦争に出ていない若者たち。しかし、それでもその才覚溢れる者たちのことは大人たちも認知していた。

 若者たちが言った「自分たちが戦争に出ていれば、人類に勝っていた」というのは、そんな彼らだからこそ言えるセリフでもあり、馬鹿にしようにも馬鹿にできない空気に大人たちは圧倒されていた。


「にしても、暴威の破壊神が居ないのなら、時間の無駄じゃねーか。おい、レンピン! お前の情報はガセじゃないか、この役立たず!」


 と言っても、集った十数人の若者たち全員が傑物というわけではなかった。


「うぐっ、ご、ごめんよ……」

「うるせえ、このグズが!」


 言いたいことを一頻り言った後、ここに来たのは無駄足だったと言いながら、気の強そうな狼人族の若者が、グループの最後尾にさりげなくついてきていた、一人の若い魔人族を強引に引っ張りだして、そのまま床に殴り倒した。


「雑用とか情報収集はお前の仕事だろ? 何でそんな当たり前のことができねーんだよ、お前は」

「っ、ごめん……僕も色々聞いたんだけど……」


 殴られた頬を押さえながら、弱々しく顔を上げる青年。

 小柄で、片目が隠れた真っ白い髪の毛が目を引くその青年は全身を震わせながら必死に謝っていた。


「ったく、ほんと無駄足」

「ほんと役に立たないよね~」

「それに、こんな所に来ちゃったから、くっさい匂いがついちゃったし、どうしてくれんの~?」

「私も、レンピンくんの幼馴染として、フォローも限界があるかな?」


 必死に謝罪するレンピンという青年に対して、仲間であるはずの若者たちからは次々と批判の言葉が容赦なくぶつけられる。


「こらこら、みんな。誰にだって失敗はあるさ。仲間をそんなに責めちゃダメだよ? 僕たちは、仲間じゃないか? ねえ、レンピン?」


 すると、そんな一同にカチグーミは微笑みながら制止する。

 一見、友達を思いやる優しい言葉に聞こえる。だが、この場に居る誰もがそんな印象を受けなかった。


「でも、君も反省しないとだよ? 家も貧乏、頭も悪い、剣や魔法もダメ、何よりも不登校ばかりを繰り返して落第確定。そんな落ちこぼれで、存在するだけで負け組みの君だけど、僕たちの仲間にしてあげたんだから、君もそれに応える様に必死にならないとね?」


 明らかに一人だけ学生たちの中の序列が異なると思われるレンピンに嫌味のような言葉を放つ若者たち。

 その言葉の数々は、より過剰になる。


「それに、ふふふ、レンピンにはこの間、ちゃんと報酬を前払いであげただろ? ねえ? ヲナホー」

「あん、んも~、カチグーミったら~」


 カチグーミが黒髪美少女のセイレーンのヲナホーを突然抱き寄せる。

 細身の体だがそれなりに起伏のある体をした白い翼を生やしたヲナホーの胸を見せ付けるように揉み、ヲナホもいやらしい笑みを浮かべて満更でもない様子で体をくねらせる。


「知ってるよ、レンピン。君、幼馴染だったヲナホーを好きだったんだろ?」

「ッ!?」

「だから、この間……ヲナホーの裸を見せてあげただろ? 僕たちがベッドで愛し合っていた場面をね」


 その瞬間、俯いていたレンピンが耳を塞ぐように蹲った。が、非道な言葉は続く。


「ふふ、ごめんね、レンピン君。あのとき、君が見ていたなんて私も知らなくて……えへへ、恥ずかしいな」

「ヲナホーちゃん……」

「あっ、そうそう。私、小さい頃は君のお嫁さんになってあげるって言ってたけど、でもまさか本気にしてないよね?」


 ただでさえ生意気な若者たちに大人たちは不快な思いをしていたというのに、余計不快な空気が店内に溢れた。

 だが……



「あ~、ようやく着いた。邪魔なやつらを蹴散らしてたら、随分時間掛かったな」


「リーダー、魔界に初めて来たんじゃないの? 有名すぎじゃない? どんどん敵が現れて、ほんと恐かったんで! お命頂戴って何回言われてるの!?」


「おかげで、キオウだけ先に行かせてしまい、別行動になってしまったな」


「ぬわははは、まぁ、よいではないか。待ち合わせ場所にちゃんと時間前に来れたんじゃからな」



 そんな不快な空気も、何もかもを吹き飛ばす四人の男たちが、このとき現れたのだった。


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書籍書影(漫画家:ギャルビ様) 2022年4月6日発売

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