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第十三話 特別授業

 目の前の若い学生たちのやり取りを見ながら、ジオは少し昔を思い出していた。


「……ふん……そういや、俺も……最初は学校にもあんま良い思い出がなかったな……」 


 今でこそ、肉体は目に見えて魔族と化してしまったジオだったが、昔はそうでもなかった。

 ただ、どれほど人間の姿に近づこうとも、半魔族として自分の名前は広まっており、どこを歩いても冷たい眼差しを向けられていた。

 それは学校でも同じだった。

 回りの者たちは自分を恐れ、近づこうとも、関わろうともしてこなかった。

 時折、自分がキレて暴れようものなら、正義感気取りの貴族のクラスメートたちが、まるで自分を倒すべき悪魔のように扱い、そして喧嘩したりした。もっとも、その喧嘩の後は徐々に親しい者たちも増えていったりもしたが……もうそのことは、ジオにとってはどうでもいいことだった。


「で、こいつはどうなることやら……」


 ただ、ジオは今のチューニを見て、自分と少し重ねつつも、自分は牙を出して自分を除け者にしようとする者たちに噛みつき、反抗した。

 チューニとはそこが決定的に違ったと思った。

 だからこそ…… 


「やっぱり、チューニくんは全然分かっていないね。僕たち貴族の選ばれし生徒たちが、イジメだなんて下劣な真似はしないよ」


 チューニはこのまま、牙を見せないのか? 噛みつかないのか? ジオは興味深そうに見物していた。


「あそ。じゃあもう分かったから、僕にはもう関わらないで欲しいんで。選ばれし人たちは選ばれし人たちで集まって死ぬまで仲良く最高で居て欲しいから、底辺以下のクズの僕の相手はしない方がいいと思うんで」

「だから、そういう言い方はやめたまえ。何で君はそんなに卑屈に下から見下すようなことをするんだい? それでいて、何もしない。何の努力もしないし、何の夢も持っていない。僕は君のように人生を無駄に過ごしたり、世界に何の貢献もしないような人は、あまり好きじゃないな」

「それでいいと思うんで。僕の人生そもそも人に好かれないのが普通なんで」


 完全なる壁を作って拒絶するチューニの雰囲気。

 すると、そんな二人に対して周りは……


「チューニのくせに、さっきから黙って聞いてれば、エラそうなんだよ!」

「そうだっつーの! 人生終わったクズの落ちこぼれが~、リアジュに~何様のつもりだっつーの!」

「気持ちワリーしー! イライラすっしー! ほんと、ムカつくしー!!」


 チューニの態度に我慢の限界だったのか、椅子に座っていたチューニを蹴った。


「ぐはっ!?」


 蹴られて椅子から床に落ちたチューニ。すると、急に出てきた三人の生徒たちが床に這い蹲るチューニを踏みつけた。


「ちゅ、チューニくん! ちょ、な、何をしているんですか!」

「アザトー、いいじゃない、チューニなんかほっとこうよ!」

「で、でもぉ……」


 慌ててアザトーが止めに入ろうとするも、アザトーは他の女生徒に止められた。

 

「だいたい、お前みたいなクズが、なんで敬語使わないんだよ! 俺らやリアジュと口利くときは敬語を使え!」

「世界の戦争だってな、僕たちの家がたくさん税金を納めて、連合軍の軍事力が強化されたから人間が勝利したんだっつーの」

「その恩を忘れている勘違い野郎を見るとほんと気分ワリーしー!」


 体を縮こませ、床で丸まって攻撃を受け、チューニは苦悶の顔を浮かべながらも耐えていた。

 

「……あ~あ……やられ放題……」

「自分が止めよう。不愉快という気持ちになった」

「待て待て、マシンよ。もうチョイ見てれば、案外、こやつの殻が割れるかもしれんぞ~?」

「……楽しそうにしてんなよ、ジジイ。まっ、俺もこいつの底を見てみたい気もするが……」

「自分は反対だ。それに、チューニがもしキレて魔力が暴走でもしてしまえば、我々も危ないと思うが……」

「「……確かに……」」

「じゃあ、どうする? 止める?」

「チューニはまだ魔法に関しても経験や技術がない。今、期待するのは酷だと思うが。何より、共に旅をする同志を傷つけられるのは許せるものではない」

「ん~、甘いの~。こういうときこそ、男は覚醒するもんじゃがな……」

「……だが……マシンの言う通り、確かに見ていてもあんま気分はよくねーな……最近のガキどもが……」


 そのとき、チューニがこのままどうするか気になって見ていたジオたちだったが、今の状況で期待するのと、またこの状況を見るのもイライラしてきたこともあり……


「あ~、もう、くそ! めんどくせーなー」


 仕方ないから自分が止めるかと、ジオは溜息を吐きながら立ち上がった。


「そのくらいにしとけ。……そこのカス共」

「「「ッッ!!??」」」


 その瞬間、チューニを踏みつけていた三人の生徒を含め、回りの生徒たちもハッとなっていた。


「そ、そうだった、ど、どうして魔族がここに居るんだよ!」

「しかも、チューニなんかと……」


 生徒たちも、チューニの話題でスッカリ忘れていたのか、この場に魔族であるガイゼンや、半魔族のジオが居ることを思い出したのだ。


「そんなに怖がるんじゃねーよ。別にイジメや説教をする気もねーよ。ただ、これでそいつが更に性格ねじ曲がっても、今後共に旅をする身として辛気臭くなりそうだから止めてんだよ。カス1、2、3」


 ジオにとっては、目の前で何があろうと、チューニの過去がどうであろうと、正直それはどうでもよかった。……そう思おうとしたが、見るに堪えずに止めてしまった。

 すると、最初はジオに恐れていた三人の生徒も、侮辱には我慢できなかったのか、ジオに告げる。


「お、お前ら魔族なんて害虫じゃねーか! それに、お、俺はカスじゃねえ! 俺はな、エキストゥラ家の次男、ワッキヤークだぞ!」

「僕は誇り高きキャーラ家のモーブだ!」

「ボケェィ家のカスゥだ!」


 侮辱を許さないのが貴族の典型。ジオは何だか懐かしいものを見た気になりながら、苦笑した。


「けっ、家の外に出ている以上、テメエらが何家であろうと関係ねえよ。それこそ、魔王でも勇者でも王族でもな」

「な、なんだと!?」

「本当なら、ムカつく奴は抉ってやりたい気もするが、ガキ相手にムキになるのも大人気ねえ。だから、チューニがヘタにキレて暴走する前に、命が惜しけりゃさっさと消えろって、言ってんだよ」

「なな、なにィ」


 目の前の生徒たちを、手で「シッシッ」とあしらうように告げるジオ。

その間にジオは床で這い蹲っているチューニの傍らに腰を下ろし、そこであることに気付いた。


「ん? チューニ? ……」

「う、うぅ、ひっ、い……うぐっ……うう……」


 チューニは体を蹲らせて、怯えていたのだった。


「……おいおい、チューニ、お前な~に半ベソかいてんだ?」

「っ、だ、って、……つっ……」


 チューニは卑屈で逃げ腰。なのに、世界でも最高峰の才能を持っている。そのギャップが、ジオにとって面白くて思わず苦笑してしまった。


「まったく、チューニくんは相変わらずだよね。挑戦的なくせに肝心な時には臆病で、すぐに泣いてしまう。そういうところ、よくないよ? たとえ、平民でも、そして才能がなかったとしても、男の子なら強い心を持たないといけないのに」


 そして、ジオが苦笑した瞬間、チューニが踏みつけられるのを黙って見ていたどころか、呆れたような口調でリアジュが溜息を吐いた。

 正直、呆れて笑って済まそうとしていたジオだったが、リアジュのため息を聞いた瞬間、再びイラッと来てしまい、思わずリアジュを睨んでしまった。



「……おい……イジメもリンチもこれぐらいにしておけよ。こいつはこれから、俺らの船で畑でも作ってもらう予定なんで、お前らガキの遊びに付き合っている場合じゃないんだよ」


「ッ!? い、イジメ? ……なんてことを! 間違っているチューニ君を、僕の友達が少し懲らしめてあげただけなのに、それをイジメ? なんてことを言うんだ! 僕の友達への侮辱は許さない! それに、あなたは何者だ!? なぜ、魔族がチューニくんと一緒に居るんだ! しかも、この冒険者ギルドで何をしているんだ!」



 ジオの発言にムッと来たリアジュが、ジオに向かって叫んで構える。


「俺がどうして冒険者ギルドでチューニと一緒に? いや……だから、俺らは冒険者なんだよ。ここに居るチューニもな」

「デタラメを言うな! チューニくんが冒険者? ふっ、彼ごとき……こほん、彼の成績は僕たちが知っている。冒険者の基準をクリアできるはずがない。どうせ、何かよからぬことを企んでいたに決まっている!」


 一瞬、リアジュの本音が出たのをジオは聞き逃さなかったが、そこはツッコミ入れなかった。

 代わりに思ったのは……


(ウゼーなこのガキ……)


 という、イラつきだった。


「答えろ! チューニくんとあなたたちはどういう関係だ! 何を企んでいるんだ!」


 そんなジオに構うことなく言葉をぶつけてくる、リアジュ。

 そして、その言葉の中で「どういう関係だ?」という問いに、ジオは少し考えた。

 仲間というわけではない。友達というわけでもない。だからといって、他人でもない。

 なら……



「ふっ、俺たちはただの……奇妙な縁で巡り合い……これから世界を舞台に遊んでみようと企んでいる……ただのチームメイトさ」


「「「「ッッッッ!!!???」」」」



 自分たちの関係性。それはチームメイト。それが一番しっくりすると、ジオは気付いたらそう告げていた。


「ど、どういうことだ……世界を舞台に遊ぶ? チームメイト? 何を……」

「で? 俺らがチューニと何かを企んでるんだったら、どーすんだ?」

「企み!? 何か、悪いことか! やっぱり、そうなのか! 怪しいと思っていたんだ! なら……今ここで、その企みごと僕が成敗してみせる」

「……はぁ?」

「そして、チューニくん、君もだ。ただ学校をやめて自堕落になるだけならまだしも、魔族なんかと一緒に良からぬことを企んで、それで人に迷惑をかけるようなことをするのなら、その前に僕が君に引導を渡す!」

「おい、テメエ……俺にケンカ売ってんのか?」

「ふっ、その強気な態度……大方、僕がまだ魔法学校在学の生徒だと思って甘くみているんだろうけど、それは大きな間違いだ!」


 そして、リアジュは、更にジオの神経を逆なでするかのように強気に出る。


「お、おい、リアジュくん、な、何やってんだよ!」

「そうだよ、相手は魔族だ。ここは、アルマ姫に……」 


 戦うつもりなのか、両手を前に構えて睨んでくるリアジュ。周りの生徒たちは慌ててそれを止めようとするが、リアジュはキリッとした表情で、クラスメートたちに告げる。



「人は僕たちに言う。生まれた時代が良かったと。平和な世代でラッキーだった。戦争に行かなくてよかったなと。でも、僕はそれを聞くたびに腹立たしかった。僕たちだって、戦争に出ていれば、きっと世界を変えられる存在になっていたはずだと。魔族にだって負けなかったと」


「…………」


「僕が……僕たちが力を合わせて戦えば、僕たちの友情と愛の力が結集すれば、なんだってできたはずなんだ!」



 リアジュが口にする、戦争に参加できなかったことへの不満。

 それだけならば、ジオと同じなのかもしれない。

 だが、どういうわけか、ジオはこの瞬間、このリアジュという男の吐く言葉に、欠片一つ共感できなかった。

 むしろ、余計にイライラした。



「皆! 僕たちはもう大人なんだ! いつまでも、大人に頼ったままではダメなんだ! 僕たち皆で力を合わせれば! どんな困難も越えていける!」


「「「「リアジュ(くん)……」」」」


「これまでだってそうだったじゃないか! 進級して待ち受けていた、魔法の訓練。オリエンテーリング。競技大会。そして、皆で喜びを分かち合った文化祭! 輝く絆で結ばれてきた、僕たちの力は、こんな奴らには負けないよ!」


 

 ジオたちを置いてきぼりに、何故かやる気満々に演説まで始めてしまったリアジュに、ジオたちは唖然とし……



「僕たちに、できないことはない! 仲間が生み出す力は何よりも強く、そして信じあう心が僕たち人間の最大の武器だ! 魔族なんかのように、醜く残虐な心を持つ者たちには、それがない! その強さを、僕たちが教えてあげるんだ!」


「「「「「おっ……おおおおおおおお!!!!」」」」」


 

 そして、何故かリアジュの演説に感化されてしまったのか、回りの生徒たちまで何故かやる気に満ちた顔でジオたちに向けて構え始めた。


「そうだ、俺たちならやれる!」

「そうよ、私たちは最高のクラスなんだから!」

「民の上に立つ貴族として、魔族に背は向けない!」

「ほら、アザトーも一緒に戦うよ?」

「ちょ、ま、待ってくださいってば、だ、だから、私は……その……」

「かかって来い、魔族! 僕たちの力を見せてやる!」


 流石にどうしてこういう流れになってしまったのかがまるで分からず、正直、ジオたちも反応に困ってしまった。


「……チューニ……」

「なに?」

「お前の学校バカなのか?」

「……僕はもう関係ないんで……」

「くはははは、こんなのがクラスメートか。そりゃ、やめたくなるわな」


 そう言って、呆れたジオは溜息を吐き、苦笑しながらチューニの体を無理やり起こした。


「随分とめでたいガクセーたちだぜ。だがな、そいつは大きな間違いだ」

「なん……だと?」

「仲間が居ればどんな困難も越えられる? バカ言うな。越えられている時点でそんなもん困難じゃねえ。本当の困難ってのは、仲間がいたって、どんなに頑張っても越えられない壁のこと。お前ら程度の奴らが多少頑張って越えられるものは、世間的に困難に分類されねえのさ」


 ジオは目の前でやる気満々の生徒たちをザッと見て、生徒たちの大体の力を把握し、ニタリと笑みを浮かべる。 


「そして今、お前ら程度が死ぬほど頑張ったところでどうにもならない壁がここにある。それを特別授業で教えてやろうか? 授業料は、お前らがトラウマになるのと引き換えだがな」


 ジオの笑みに、生徒たちが一瞬顔を青ざめさせる。

 だが、そこでジオは殺気を解いて、代わりにチューニを前に出して……


「というわけで、チューニ。やってやれ」

「……えっ!?」

「記念に一つ……魔法を教えてやるからよ……超基礎だけどな」


 その瞬間、チューニは涙が一瞬で止まり、口を半開きにしたまま固まってしまった。

 一方で……


「ちょちょちょちょー、旦那たち、やや、やめてくださいよ! ここで暴れるのは! っていうか、生徒たちが怪我したら俺の責任問題にも……せめて、ギルドの外で……」

「あの子たち……止めた方が良くない?」

「……誰が止められるの? ジオパークのメンバーを……」


 この光景をカヤの外で、ギルド責任者や他の冒険者たちは顔を青ざめさせながら生徒たちの無知に憐れんでいた。

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