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第百二十九話 盗み聞き

 五大魔殺界という肩書き以外は、組織名も人物の名前を聞いてもどれほどの存在なのか分らない。

 そんな一同に、キオウは続ける。


「リーダーのジャレンゴクは、五大魔殺界で最もヤングだが……最も邪心に溢れていると聞く。そして、肩書きに恥じない力を持ち……チームのメンバーも魔界各地に数万規模で散らばっているという噂だ」


 いかにも、巨大な悪の組織とその親玉という印象を持ちながら、ジオたちは改めて互いを見る。



「……で、どうする? 正直、こういう流れで魔界に行くとは思ってなかったし……想像以上の面倒ごとっぽいが……まぁ、暴れてスッキリはできそうだ」


「反対なんで。昔は、魔族の綺麗なお姉さんと異種族ムフフに憧れてたけど……僕……コンさんに出会っちゃったし……憧れてたダークエルフには、この街でガッカリしたし」


「……自分は……断ったとしても、今後もこのことが気になってしまうと思う。そういう想いを抱えたまま旅を続けるぐらいなら、ここでキッチリ精算するのもいいのかもしれないと思う」


「面白そうじゃ。ワシは行きたいのう。五大魔殺界に興味もあるし、何よりもワシが封印されてからの魔界もジックリ見たいと思っておった」



 結果、前向きなのはジオ、マシン、ガイゼン。チューニだけは変わらず反対という状況であった。


「つまり、チューニは嫌だと? 昨日はあれだけカッコよかったのにな」

「一緒にしないで欲しいんで! 手加減してくれたリーダーとようやく戦ったぐらいで、いきなり邪心溢れるとかいう五大魔殺界と戦うとか嫌なんで! 経験値はもっと順序よく得たいんで!」


 断固反対の意思を見せるチューニ。しかし、多数決を採用するなら既に決している。

 ならば……


「ったく、しゃーねーな。こうなったら、『もう一人のお前』に聞いてみるか」

「……えっ?」


 そう言って、ジオはニタリと意地の悪い笑みを浮かべて、上着の内側から何かを取り出した。

 それは、酒瓶。


「昨日の夜、パーティーで余ってたのが道端に転がっていてな……後で皆で飲もうと思っていたが……」

「ッ!? り、リーダー!? ま、まさか……また、もう一人の僕を!?」

「ほれ、もういっかい。チューニの、ちょっといいとこ見てみたい♪」


 ジオは逃げようとするチューニの肩を組んで、その口に無理やり酒瓶を押し付けてチューニに飲ませていく。

 そう、最近になって発覚した。チューニは酒を飲んでしまったら……



「URYYYYYYY!!」


「リーダー、チューニに何を……チューニがまるで人間をやめてしまったかのように……未成年への酒の強要は法的にも道徳的にも問題が……」


「ぬわははは、例の……酒を飲んだバージョンのチューニとやらか?」


「ワッツ?」



 マシンたちが呆れる一方で、ジオは手を止めない。

 そして、チューニにある程度飲ませたと確認して、チューニの口から酒瓶を離し、拘束していた肩から腕を外すと、チューニはゆっくりと立ち上がりながら……


「ういっ、ひっく……う~、ひっぐ」


 一瞬で顔を真っ赤にして酔っ払いだす。

 だが、そんなチューニにジオは問う。


「チューニ。これから魔界に行って五大魔殺界と戦おうって話になってんだが、どうする?」


 すると、立ち上がった酔っ払いチューニは、口元に不敵な笑みを浮かべた。


「闇のデュエルの始まりなんで、リーダー。受けて立つんで! 僕は誇り高き孤高の暗黒聖堂魔導士なんで。乙女の危機を知りながら……決して背は見せないんで!」


 やる気満々だった。


「くはははは、敵は強大で数も多いみたいだが、大丈夫か?」

「ふふ、リーダーもおかしなことを聞く。それなら、僕たちにはもっと強い力があるじゃないか」

「……強い力?」

「そう、それは……見えるけど見えないもの……さっ!」


 そんなチューニの言葉。酔っ払っていたとしても、本人の意思にないことを言うことはない。


「だから、キオウ。安心して欲しいんで。決して、あなたの妹にラクリマは流させないんで」

「お、ォ……サンクス……」


 つまり、これがチューニのチューニ自身が気づいていない心の奥底の本音……と、ジオは無理やりこじつけるかのようにマシンたちに笑みを向けて頷く。


「くはははは。だそうだ」

「……鬼だな、リーダーは……」

「ぬわははは、これが新たなるチューニか。良いの~、一戦交えてみたいのう」

「ワオ。なかなか、ロックなボーイだ」


 とにもかくにも、これでジオパーク冒険団の次の目的地が決まった。それは、魔界。


「さて、リーダー。デュエルに向けてスタンバイしよう。僕も魔界に向けて、シルバーをもっと腕に巻こうと思うんで」

「おお、いくらでも巻け」


 そう言って、チューニは先日購入したシルバーアクセサリーやらチェーンやらをジャラジャラと装着し始める。

 そして、話が一段落したところで、ようやく都市の住民たちも続々と目を覚まして建物の外に出てきた。


「おはよー。なあ、昨日の覚えてるか?」

「ああ、二日酔いで頭痛かったけど……なんか、変なドラゴンがチューニくんたちと戦って……」

「それが月に写って……で、変なこと言ってたよね? 勇者が世界を自分の都合のいいように操作してたとか……」

「ね、あれってどういうことだろう?」

「それに、昨日のあのマシンって人、元勇者のパーティーで、危険なやつって話じゃ?」

「なんで、チューニくんたちと一緒に居たんだろうな?」


 ようやく外に出た学生たちが、次々と昨晩の出来事の話をしていく。

 色々ありすぎたことで、話は様々ではあったものの、その中には確かに勇者の話題もあった。

 とはいえ、すぐに昨日のオシリスの言葉を真に受けるわけでもなく、「どういうことだろう?」とあくまで疑問に思うに留まっていた。


「ようやく、皆が目を覚ましたな。これで、やかましいお嬢様たちも少しは人目を気にして落ち着いてくれればいいが……」

「おっと、僕はセクの所にいかないといけないんで。僕のためにワザワザ世界の果てから会いに来てくれた乙女を、無視はできないんで」

「やめておけ、チューニ。今のお前とセクが会うとどうなってしまうか……」

「ぬわははは、ではワシは準備も兼ねて、シスターたちと朝のまぐわいでもしてくるかの~う」


 では、話も丁度終わったし、準備に取り掛かろう。

 ジオたちが頷き合って立ち上がろうとするが……



「いや、フリーダのさっきの話を聞く限り、もうリアルにタイムがナッシングかもしれない」


「「「「????」」」」



 確かに状況はそれほどノンビリ出来る状況ではないかもしれないとジオたちも分かりつつも、それでもまだ地上世界でも勇者の真実に関してはまだ疑念の段階。

 昨日の今日の話であるし、連合やハウレイムなども特にまだ何も言っていない以上、まだ多少の時間はあるのだろうと思っていた。

 しかし、キオウは今すぐにでも切羽詰まった状況の様子。

 それは……



「先ほども言ったように、ジャレンゴクのチームは既に動いている。地上の連合軍もそれを察知する。である以上、魔界と地上をコネクトしている『トンネル』は警戒態勢に入り……ミーたちもイージーに行き来ができなくなる恐れが……」


「「「「あっ……」」」」



 そう、事が始まってからでは遅いのである。

 昨晩の出来事は、少なくともかつて魔王軍と戦った地上の連合軍にとっても予想外の出来事。

 今後、昨晩のことをどう処理し、どう対応するかが問われるが、まずは万が一に備えて魔界と地上を繋ぐ境界線の警備を厳重にする。

 そうなった場合、一般人などの渡航は制限され、簡単に魔界に行き来ができなくなる。

 ジオたちならば力ずくで突破できなくもないだろうが、それはそれで面倒なことになり、そう考えると連合等が動き出す前に、動いた方がいいというのがキオウの考えだった。


「ってことは……まさか、今から行けってことか?」

「……ソーリー……しかし、ミーとしてはトゥギャザーしてくれるなら、クイックで行きたい」

「そっか……まあ……そう言われたら、そうなんだろうけど……」


 そのことには、ジオたちもよくよく考えたらそうだと納得した。



「じゃあ、このまま魔界と繋がる巨大トンネルがある……ここからだと……『イヴェントナシ平原』に行くってことか……そういや、あそこには帝国軍も駐留してるから、あんまニアミスしたくねーんだがな……」


「イヴェントナシ平原? どこじゃそれは?」


「世界各所に存在する魔界と地上を繋ぐ巨大なトンネルがある場所の一つだ。戦時中はトンネルのそれぞれの出入り口が関所のようになっていて、魔王軍も連合軍もにらみ合うように駐留していたが……」


「昔は関所を抜けるには力づくだったり、通行手形が必要だったり、商人の荷物に隠れて密入とかあったみたいだけど、今の出入りは少しは緩くなってるって聞いてるんで。でも……」



 昔は何かと制限があった魔界との行き来。しかし、今ならば……。

 そんな考えに至ったとき、ガイゼンがあることに気づいた。


「ん? そういえば……それはそれとして、この街での依頼……というか、ポルノヴィーチとの約束はどうなるんじゃ?」

「……えっ?」


 ポルノヴィーチとの約束。最初は何のことだか分らなかったジオだが、そもそもこの街に何しに来たのかを今の一言で思い出した。



―――近々……トキメイキにおいても重要な地位に着いた『ハイエルフ』の女と……トキメイキに戦災孤児となった者たちのための特別支援養護学校を作ろうとしている、『地上の聖母』と呼ばれている人間の女が、ギヤルを排除するために動こうとしているのだ。それを守ってみせるのだ。


「あっ……マリ……ゴホン、地上の聖母がギヤルを排除するために動こうとしているから……それを守れっていう……」


 

 それが、ポルノヴィーチがジオパーク冒険団に課した課題だった。


「でも、ギヤル自身と話をしたが、あいつ自身はそんな助けを求めてねえ。マリアひ……地上の聖母とも昨晩話したが、一応は釘を刺しといたが……そもそも数日でどうにかなる問題じゃねーしな……」


 正直、ジオはギヤルとも、昨晩はマリアとも話をしたが、その両者の抱える問題にまでは踏み込まず「話してみれば」と言葉をマリアに残しただけに留まった。

 そもそも、エイムやナトゥーラのことや、チューニ軍団の問題もあり、話事態が「なあなあ」になってしまっていた。

 そのため、問題そのものは別に解決はしていない。


「ちなみに、それを放棄したらどうなるんだ?」


 何か条件があったような……ジオがそう尋ねると、マシンは神妙な顔で……



「その場合、女堤防ウーマンダムは我々の傘下に加わらなくなり、再びポルノヴィーチたちはメムスを手に入れるために、例の村を襲撃……自分たちにもペナルティがあったと思う」


「……マジか……いや、確かにメムスやカイゾーが再び狙われるのは放っておけねえが、俺らにペナルティは……」


「そもそも、この依頼に至った経緯は……ガイゼンとポルノヴィーチとの一騎打ちから始まった……あの時の条件では、ポルノヴィーチが負ければメムスも諦めて大人しく自分たちの傘下に……逆にガイゼンが負ければ……」



 ガイゼンが負けた時の条件。何かとてつもない嫌なことだったような気がしてジオが顔を青ざめさせると、ガイゼンも思い出したように掌を叩く。



「おお、そうじゃ。ポルノヴィーチが勝った場合、ワシは生涯イキウォークレイ一筋であの地に生きることとし、チューニはコンと、リーダーはオシャマと、マシンはタマモと、カイゾーはポルノヴィーチと、それぞれ逃げられないように首輪を付けられたうえで結婚する、だったのう!」


「ッッ!!??」


  

 そう、それはポルノヴィーチと一騎打ちをしたときに、ガイゼンが相談もなしに決めた条件だった。

 

「いや! で、でも、その条件は、お前とポルノヴィーチの戦いでの勝ち負けであって……今回の件と繋げるのは……」

「しかし、リーダーよ。この依頼は、あの戦いの延長線上じゃ。ワシとポルノヴィーチの力での勝ち負けではあやつが納得せんかったから、こういう依頼に条件変更になったんじゃ。つまり、依頼の放棄はワシらの負けに……」


 そんなメチャクチャな理論があってたまるか……と、ジオが言おうとしたが、あのポルノヴィーチならやりかねないと思い、顔が青くなった。

 なら、この問題を解決しない限り、自分たちは魔界に行くわけにはいかないのではないか? と。

 だが……



「……そういう……ことですか……」



 ジオの不安は杞憂に終わることになる。

 それは、ジオたちの認識阻害を掻い潜った一人の女……いや、聖母が……


「なら……仕方ありません……ね。あなたをもう二度と……捕われの身にするわけにはいかないですから……」


 偶然、早朝に見かけたジオたち。関わることも声をかけることも許されないと知りつつも、どうしても気になってしまい、後をつけていた。


「子供たちのために……そういう想いから私は品が無くいい加減な彼女たちを受け入れられませんでしたが……しかし、たとえキッカケは打算だとしても……私が彼女たちと向き合うことで……あなたが旅立てるのなら……」


 だからこそこれまでの会話も、屋上へと出る扉の向こう側でコッソリと全て聞いていた。

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