第百二十一話 変人
男を巡る女と女の攻防戦。
中には半裸だったり、口には出せない状況に男を押し倒している者たちも居れば、今まさにシャレにならない破壊力を秘めた戦闘を始めようとする女たちも居る。
「チューニくーん! 無事かー? さっきの月に写ってたドラゴ……うおっ、何だこの状況は!?」
「な、なんか……張り詰めた緊張感漂う戦闘を、オリィーシちゃんたちがしようとする一方で、……白姫と黒姫が桃色空間を作り出して……どうなってんだ!?」
「し、しかも、ヤバイ! あの、ジオのあんちゃんが……」
「こ、これって、俺たち……助けた方がいいのか?」
「皆でハメってことなら、あーしらも混ざる?」
「ど、どういう状況なんだ……駆けつけたはいいが、助けるべきか、盛り上げるべきか分からん」
騒ぎを聞いて駆けつけるトキメイキモリアルの住民たち。
「くっ……みんな……邪魔しないで欲しいっていうのに……」
セクと戦闘態勢に入ろうとしていたオリィーシが舌打ちする。
いかに、恋に狂った女たちとはいえ、この状況になれば、多少なりとも常識のある彼女たちもこれ以上のことはできない……と思われていたが……
「知らない。世界がどうなろうと、マスターを奪おうとするものは皆、敵。誰が何人現れようとも……」
「ッ!?」
「死んじゃえ。皆、死んじゃえ」
オリィーシに対して、セクは一歩も引き下がる気は無かった。
「ギャーッ、セクー! くっ、どど、どうすれ!? セクの力は魔法じゃないから僕でも防げないし! あの、セク、いい子だから落ち着いて!」
「私はマスターを守って、もっといい子になります」
「ッ、まさか……この子、本気で?」
躊躇いもなく、「ソレ」らがチューニを自分から奪う敵と判断すれば、止まることはない。
「音波振動―――」
だが、そんな主の言葉でも止まる様子の無かったはずのセクだったが……
「どうなってんですかー!? 私が寝てる間に、同胞のオシリストであるオシリス若頭がドラゴンになって、しかも死んでる!? どういうことなの!? ドラゴンになったら、ドラゴンの雄同士の腐った繋がり……竜姦できたじゃないですかー!?」
―――――??
「それに、何で!? 何で、ジオ氏とチューニ氏……二人の血の繋がらない熱い兄弟がこんなことになってるんですか!?」
あまりにも歪んだオーラを発した謎の存在とその発狂に驚き、思わずその手を止めてしまった。
「な、なんなんで?」
「ッ……アレは……」
「んまあ、なんですの? 人がオジオさんとチョメチョメしようとしていますのに、無粋な!」
「あらあら……」
「あの子……」
数百人近い者たちが集う中でも明らかなる異質。
エイムたちですら思わずジオを襲っていた手を止めて顔を上げる。
そしてそこには、周りの数百人の者たちですら思わず引いて距離を開けて引いてしまうほど、己の歪んだ性癖を泣き叫ぶ女が居た。
「この世には、腐っていたほうが美味しい食べ物が存在します……そして、そんな数ある食べ物の中……私が一番好きなおかずは男の子の男の子による男の子だけの盛り合わせ! 特盛つゆだく! しかし、なんですかこれは!? 絶望ですか! 終末の世界ですか! せっかくの美しき世界をどうして浄化しようとするの!」
歪んだ口元と、全身から暗黒の瘴気を漂わせたメガネの少女。
メガネの下から血の涙のようなものを流し、額に青筋を浮かべて憎しみにも似たような形相である。
「物語の中だけかと思っていた……俺様系アニキと、最初はナヨナヨしてたけどアニキの影響を受けて覚醒して成長する弟分……二人の兄弟がぶつかり合い、そして……兄弟合体する瞬間を全世界の腐った女の子たちは期待していたのに……おどれらなんばしよっとォ! 幻想を打ち壊す悪魔共ォォォォ! 結ばれるはずだった熱い兄弟を返せコレエエエエエエ!」
もし、その少女が落ち着いた様子で一言も言葉を発しなければ、学校でもクラスの隅に居るような、どこにでもいる地味な女の子という印象だったかもしれない。
しかし、今は違う。
「男の子と女の子が結ばれるなんて普通でしょ? 普通の何がいいの? あの二人を普通の人にしてしまったこのクソ現実で、私は明日から何をおかずにご飯を食べればいいの!?」
いやらしかったり、チャラチャラしたり、ガラが悪かったりとするトキメイキモリアルのチューニ軍団。誰もが一癖も二癖もありそうな者たちが集う中、明らかにその少女だけは特殊で異質な空気を発していた。
誰も声をかけたくない。関わりたくない。そんな空気だった。
「あ、あの子は……まさか彼女まで現れるとは! 十賢者が誇る……『変人衆』の一人!」
「普及させようとしている新たなる文化は、今では異大陸の一部の女性すらも熱狂させるほどの新文化の普及者!」
「十賢者、序列8位!」
しかしそれでも、周りは声を上げずにはいられない。
「だから、私が救おう、君と君! そして、今……二人の愛し合う兄弟に新たに参上した、クール系の兄貴、マシンさん! オラオラ兄貴とクール兄貴、二人に挟まれた弟が……ぶひゃあああああああ! 私の妄想ノンストップですわあああああああああ!」
そして、最後には噴水のように鼻血を吹き出しながら、痴態を繰り広げる女たちに向かって叫び……
「嗚呼……いただきました、ごちそうさま……私は今日もいい夢を見れます……」
そのまま、恍惚な表情でバッタリと出血多量で意識を失ったのだった。
「「「「じ……自爆したああああああ!?」」」」
「「「あんた、一体、何しに出て来たんだー!?」」」
結局、何もするどころか、名前すらも名乗らぬまま、一人の女が現れたかと思ったらそのまま倒れた。
これには流石のセクも状況を理解できずにキョトンとした顔で小首を傾げるだけだった。
「な、なんだったの……あの人?」
「気にしなくていいよ……チューニ。あの子……ああいう子だから……」
「……一応、優秀ですし、文化への貢献も凄いんですけどね……」
「あとで、トントンしてあげないとですね」
「よ、よく分かりませんでしたが……つまり、続きをして問題ないということですわね!」
「ジオチンチン……」
チューニやオリィーシ、エイムたちも結局何だったのかと苦笑するしかない状況だった。
しかし、そんな中……
「ふう~、これだから、腐った女の子はダメダメだのん。物語は所詮、物語だのん。二次元の話を三次元に持ち込むなんて、ダメダメだのん」
誰もが一人の女の失神に戸惑う中、溜息を吐きながら前へ出る豚が居た……男が居た。
「聖域少女も、白姫も黒姫も、天然傾国も、所詮は三次元の腐れビッチなんだのん。男に股開いて喘ぐだけの、クソなんだのん」
トキメイキモリアルを代表する十賢者にして代表的な美女……その美貌なら世界クラスかもしれない乙女たちを「クソ」と吐き捨てる豚……男が居た。
誰がどう見ても肥満体。汗に塗れ、ベタベタの黒髪には、ふけも溜まっている。少女と同じようにメガネをかけ、何故か既に息切れしている。
ある意味で少女と同様に誰も関わりたくない、話しかけたくない、そんな豚……男であった。
「むっ?!」
「げっ、あの野郎は……」
「なんであいつまでここに!?」
しかし、それでもこの街の住民であるのなら、その男を無視することは誰にもできなかった。
「でもね、セクたん……だっけ? 君だけは別だのん。三次元で初めてペロペロしたいと思ったのん。もっと体中を隅々まで見せて欲しいのん……そして、ゆくゆくは僕のオリジナル魔法で……ぐふぇふぇふぇふぇ」
「ッッ?!」
「さっき、そこの金髪ロールのクソビッチのパンツは月に写ってたけど……き、君のを見せて欲しいんだのん。君も、こ、ここ、紺色のぶるまーってのを穿いてるか、見せて欲しいんだのん! 穿いてたら、君は合格なんだのん!」
悪寒が走る。ということを、セクは目覚めて初めて理解した。
そして、寒気がしたのはセクだけではない。
「こ、今度は何ですの!? あんな不潔なオークは初めて見ましたわ!」
「う、うわ……な、なんか、すごいの出て来たんで……」
吐き気がするほどの感情を、フェイリヤやチューニたちも感じていた。
「……アレは……ええまあ……」
「ナトゥーラ……お薬を……どうしても吐き気が……いえ、人間とは仲良くしたいのですが……アレは……」
その心境を理解できるとばかりに、オリィーシやエイムたちも溜息を吐いた。
そんな豚……男の正体は……
「ついに、トキメイキモリアル最低最悪の十賢者が来やがった!」
「この街だけでなく異大陸にも新文化……『モエ』という文化を広めた男」
「空想こそが理想であり、妄想こそが完全なる世界と豪語する……『変人衆』の一人!」
「十賢者、序列5位!」
「序列だけなら、ナトゥーラちゃんよりも上という、優等生!」
意外なほどの肩書を持ち、そして肥満でありながらも素早い動きで駆け出した。
「セクたーんっ!!」
「ッ!?」
そして、他の半裸な女たちなど目もくれず、一目散にセクへと向かい……
「ッ、じょ、ジョルトブローッ!」
「ぽぎゃらああああっ!?」
全身の力を込め、体全体を使って振りかぶった渾身のパンチ。
体の小さなセクとは思えぬほど豪快なパンチは、これまでセクが使っていたような未知の異能力的なものではなく、感情任せに繰り出されたセクの気持ちを代弁するかのような一撃だった。
「あっ……せ、セク……や……やり過ぎだから!」
「……顔面に触ってしまいました……あとで、消毒しなければ……マスターのためにも……」
グシャッと果実が潰れるかのような音と同時に顔面の骨を粉々に砕くような気持ちの悪い音。
二つの崩壊の音と共に、激しく大地に叩きつけられながら、男は全身を痙攣させながら起き上がらなかった。
「ななななな!? ちょ、や、やりすぎ!?」
「いや、し、しかし……」
「腐っても十賢者5位のあの男が一撃で倒されたぞ!?」
「この一瞬で、十賢者の5位と8位が倒された……」
「やっぱり、と、とんでもない奴らだぞ、こいつら!」
「どうすんだよ! こんな奴ら相手に、誰がチューニくんとジオの兄貴を助けるんだ!?」
十賢者8位は自爆だが、それでも一瞬でこの街の誇る二人の天才が倒れたことに違いはない。
勢いよく現れたチューニ軍団たちも思わず後ずさりしてしまう。
「……さて……邪魔は入りましたが……続きです、一番のゴミ」
「……むっ……」
そして、セクも怯えるチューニ軍団には興味が失せたのか、視線をオリィーシに戻して再び殺気を剥き出しにする。
しかし……
「ヘイ、キュートガール……ベリーハードな殺気だ。しかし、これ以上のファイトはリアルに蛇足……もう、これ以上はロックじゃない」
「「「「「ッッッ!!!???」」」」」
トキメイキモリアルが誇る変人レパートリーはまだ終わらなかった。
「……あっ……」
「ッ!? な……か、彼は……」
そして、その存在には、オリィーシもエイムも思わず目を見開き、次の瞬間には皆がその存在に慄いた。
「うおおお、なんてことだ! あいつが……あいつが帰ってきた!」
「十賢者変人衆の一人にして……破壊的音楽の普及者!」
「白姫や黒姫同様に異種族でありながら、十賢者の称号を得た……」
「十賢者序列十位!」
変わった男が居た。
素肌の上に革製の黒いジャケットを羽織り、その瞳には黒く塗りつぶされた奇妙なメガネをかけている。
稲妻色の癖ッ毛に、その頭部から伸びる異種族の証たる角。
そしてその手には、真っ白い大きな弦楽器を携えていた。
「せっかく、そちらのクールガイがロックにドラゴンをバスターしたんだ。あれに劣るキャットファイトでは、エキサイティングできない。ので……トゥデイはこれで、打ち止めだ」
十賢者の肩書を持つと思われる男。しかし、その十賢者の一人が今、目の前でセクの拳でぶっ飛ばされた。
それを目の当たりにしながらも、セクを止めるように前に出たその男に……
「……ウザったいです。あなたも私とマスターの邪魔をするなら飛びなさい」
「オ~」
「音波振動ストレート!」
その、超人を超える身体の力で高速に男の懐に飛び込み、先ほどと同様にセクが現れた男を瞬殺しようと……
「そんなバイブでは……ミーのハートは震えない」
「……え?」
「ここでクエスチョン。人を……ボディも……ハートも……スピリッツも……全てを最も震えさせるものは何か?」
そのとき、離れた場所で一連の様子を見ていたマシンが思わずハッとした。
機械として造られた存在でありながらも、人の世界で生き、人と関わり、心や思考を持ったマシンだからこそ、この瞬間、何かを感じ取った。
「ッ、下がれ、セクッ!」
思わず妹を止めるべくして叫んだ。
だが、セクの拳は止まらず……
「アンサーは……ロックンローーーーーーーールッ!!」
しかし、次の瞬間、セクの拳は男の顔面の寸前で止まった。
「……ピー……ガガガガ……ガ……ピー……」
そして、セクはそのまま全身を痙攣させ、同時に頭から煙を出し、妙なノイズのようなものを口から漏らし……
「バタンキュー……」
そのまま気を失ったかのように倒れた。
「えっ……え……ええええええええええええ!? せ、せ……セク―ッ!?」
「……あの男……」
「せ、セクちゃん!?」
「うそ……あの、セクちゃんが!?」
「なななな、どうなっていますの! ちょっと、あなた! ワタクシの妹分に何をしていますの!?」
「……キオウくん……」
「あの男……帰ってきたのですね……」
「あらあら……」
「あん♡ ジオチンチ……ん♡」
瞬殺するかと思われたセクが、返り討ちにあった。
その予想外の出来事に、チューニも、マシンたちも驚愕して固まる。
そして男は笑みを浮かべながら辺りを見渡して……
「グッナイ……キュートガール……そして……ユーたちもトゥデイはグッナイ。トゥデイはイカした三人のグッドガイたちをリスペクトし……バトルライブはこれでフィナーレだ」
男がその指先で弦楽器を奏でる。耳が潰れるほどの激しい音と男の叫びが響き渡る。
そして次の瞬間には、突如意識を失ってしまったかのように、集った何百人ものチューニ軍団たちが一斉にその場で失神して倒れていった。
そして、逆にその騒々しい音で……
「な、なんだ? このやかましい音と……音痴な歌は……」
下半身丸出しだったジオが目を覚ましたのだった。




