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第百二十話 終わらぬ戦い

 広い平地を進む『建物』があった。

 その建物は、少し浮いた状態で道を進んでいた。

 

「えっほ、えっほ」


 しかし、それは浮いているのではない。ある怪物に「担がれている」のであった。


「あの、ガイゼンさん。そろそろ休憩されたらどうでしょうか?」


 建物の窓から顔を出す一人の女。黒い礼服に身を纏った、シスターであった。

 そして、怪物……ガイゼンが抱えている建物……それは、屋根の上に十字架を掲げた、教会のようなものであった。


「ん~? 別にワシは疲れておらんぞ~。それに、さっさとマシンに追いついて、リーダーとチューニの状況を知りたいしの~」

「ですが、その……ゆっくりでも、上下に建物が揺れて……子供たちの中には少し気分が悪くなる子も……」

「おお、それはいかんのう!」


 シスターに言われて、ガイゼンは両手で担いでいた建物をゆっくりと慎重に地面に下ろす。

 すると、建物の扉が開いて、中から三人のシスターたちが、水筒、食事、手拭いなどを持ってガイゼンへ駆け寄った。


「ささ、ガイゼン様……お水をお持ちしました」

「お食事をお持ちしました」

「汗、お拭きします」


 三人のシスター。三人とも、若くはないが、中年というほど歳を重ねている容姿ではない。

 ほどよく肉つきのあり、熟れた瞳でガイゼンに頬を赤らめながら擦り寄る三人は、三十代前半から後半の年齢の女たち。

 三人に擦り寄られたガイゼンはニンマリと笑みを浮かべて一人一人に笑顔で応える。



「うむ。かたじけないな。シスター・ジュックージョ、シスター・マダアム、シスター・アダルート」


「「「いえいえ……」」」」


「礼にこの休憩時間……短いかもしれないが、可愛がってやるわい。ささ、近うよれ」


「「「んまあ……♡」」」



 いやらしい笑みを浮かべるガイゼンに、より一層顔を赤らめる三人のシスターだが満更でもない様子。

 しかし、それを邪魔する小さな影たちが一斉にガイゼンに飛び掛った。


「ガイゼンじーちゃん、あそべー!」

「いっくぞー、とつげきー!」

「とりゃー!」


 まだまだ幼い子供たちが、イタズラっ子の笑みを浮かべて一斉にガイゼンに飛び掛る。

 シスターの礼服に手を入れてまさぐっていたガイゼンは、溜息を吐きながら手を抜き、子供たちを迎え撃った。


「これ、ウヌらは気分が悪かったのではないのか?」

「とりゃー! とりゃー!」

「これこれ……ったく、さてはウヌら退屈で仮病を使っておったな? こうなったら、お仕置きじゃー!」

「わぁ、じーちゃんが来たぞー、みんな逃げろー!」


 遊べと絡んでくる子供たちに豪快な笑みを浮かべながら追い掛け回すガイゼン。

 子供たちは皆が嬉しそうに外を走り回って、鬼ごっこのように逃げる。


「ふふふふ、もうガイゼン様はすっかり子供たちの人気者ですね」

「こんなこと……数日前までは考えられませんでしたね」

「ええ。それに、マシンさんも子供たちからは、ヒーローだって憧れられてますしね……」


 数秒前までは紅潮した熟れた吐息を漏らしていたシスターたちも衣服を整え、どこか温かい眼差しでその光景を眺めていた。


「野盗に襲われ……そこに偶然通りかかった彼らが居なければ……私たちも子供たちも……この孤児院はどうなっていたことか……」

「はい……おまけに山の上の孤児院からの引っ越しも……これまで住んでいた家を捨てて、トキメイキモリアルでの新しい生活のために旅立たなければいけない中で……」

「まさか……『家ごと』引っ越しすればいいだなんて……お二人には感謝の言葉しかありませんね」


 教会、修道院、その建物の中身は孤児院。

 そしてそこには……


「ねー、おじーちゃん?」

「ん? なんじゃ?」

「あのね……さっきから……『マリアまーま』が全然元気ないの」

「……あ~……そうか……」

「うん。いつもね、マリアまーま、ニコニコしてるのに……お空に恐い顔のお兄ちゃんが見えてから、すっごい悲しそうなの……」

「い、いや、あやつは恐くないぞ。意外と良い奴じゃぞ?」

「でも……マリアまーま泣いてるの……」


 一人の幼女が泣きそうな顔でガイゼンに縋る。

 ガイゼンは気まずそうな顔をして建物の扉の中を覗き見ると、そこには……


「……じお……」


 窓辺で悲しげな表情で佇む一人の女神が、一人の男の名を何度も繰り返していた。

 






 一人の少女が全身から蒸気を発して降り立った。

 無表情に固めたその顔だが、明らかに怒っている様子が誰の目にも明らかだった。


「マスターに群がる羽虫……ギリッ……」


 瞳に光は無く、どこか病んだ様子すらも感じさせるほど禍々しい雰囲気が少女から漂う。


「あわわわわ、せ、セク……」

「……この子……オシリスと同じような雰囲気を感じる……一体……」 


 ゆっくりと近づいてくるセックストゥムに対して、どこか恐怖を感じるチューニと、警戒心をむき出しにするオリィーシ。

 しかし、二人がそうして一緒に居れば居るほど、セクから溢れる怒りの蒸気はより一層激しくなる。


「私のマスターを返してもらいます」

「ふざけないで。何で、あなたのような危険な子に? 私たちはようやく一緒になれたの。邪魔をしないで!」


 セクは危険な存在。それを理解しつつも、オリィーシは引き下がらない。

 チューニは渡さないと、覚悟と決意の眼差しで立ちはだかる。


「量子分解されたいのだと判断」

「あなた、太陽面爆発って知っているかな?」


 それは、その場に居たチューニには理解不能な難しい単語であったのだが、それでもなんかヤバイということだけは、感じ取ることが出来た。


「ちょ、ケンカはダメだってばーっ!!」


 恐いが、この二人をぶつけてはダメだと本能的に察知したチューニが震えながら両者の間に入る。

 しかし、二人の女の殺気は納まらない。


「マスターどいてください、そいつ殺せないです」

「大丈夫。私が守ってあげるもの、ね? チューニ」


 むしろ狂気が増した。


「ぐっ、だ、ダメだ……う、そ、そうだ! リーダーは!」


 この状況を打破するには自分だけでは無理だ。

 そう判断したチューニが、ジオに縋るべくその視線を向けると……


「うがーーー、どーやったら、ジオチンチン復活するんだし! ジオチン気を失ってるし!」

「やれやですね。仕方ありません、お節介をしましょう。ナトゥーラ」

「はい、姫様♪ え~、セクハウラ女史の残した『はうとぅ・たまらん・どえむだんしいくせいじゅつ』という古代本によると……前立――」

「ちょっ、そんなところに指を入れますの? あ、お、オジオさん!? ……ちょ、代わりなさいな! わ、ワタクシも後学のために……んまあ……これがオジオさんの……」


 ……チューニは顔を青ざめながらすぐに視線を戻した。


「ダメだ……まるで役に立たないんで……」


 チューニにとっての最高クラスの尊敬数値のジオだったが、その数値が今の瞬間で大幅下落するほどのドギツイ光景がそこにあったので、チューニはもう見ないことにした。


「いや、そうだ! 今のリーダーなんかより、最高に頼りになる人が居るんで! 神様・超人様、マシン様!」


 そう、今ここにはマシンが居る。

 こういう状況でも決して流されたり、追いつめられて女たちから蹂躙されることも無い、強く逞しいマシンが居る。


「よさないか、セク」

「ッ!?」


 そして、チューニの願いは届いた。

 マシンが、狂気に満ちたセクのメイド服の襟首を捕まえて止めた。


「っ、に、……ニーチャン……」

「チューニを困らせるんじゃない。想いを抱いて尽くすのは構わないが、線引きはするんだ」

「……なん……っ……で……」


 マシンからの厳しい言葉。それは、セクを狼狽えさせるほど重みのある物だった。


「この世は、人と人、魔族は魔族……そして、今の時代、人と魔族が結ばれる時代も来ているのだろう……だが……どんな世の中になろうと、自分もお前も……異物……本来は存在しないはずの物……」

「ッ!?」

「望まれるのなら構わないかもしれないが……お前の一方的な感情プログラムで、チューニを困らせるんじゃない。本来……人と生体兵器の恋愛など……」


 しかし、チューニとしては、セクを止めては欲しかったものの「何もそこまで……」という気持ちで、少し言い過ぎではないかと感じていた。

 その証拠に、セクはみるみる……


「でも、ニーチャン……だ、だって……」

「だってではない」

「っ、う……でも、わ、私のマスター……私だけのマスター……」

「そのマスターの顔をよく見ることだな。お前のかける迷惑に、どれだけチューニを困らせていると思っている。これ以上、嫌われても自分は庇うつもりはない」

「っ、き、嫌われ!? わ、私が、ま、マスターに……き、嫌われ……」


 体が小刻みに震えだし、光の失せている瞳からは徐々に水分が溢れ、歯をガチガチ鳴らし……


「う、え……ひっぐ……やら……ますたーに……うっ、ひっぐ……」

「ふん……くだらない。どうせ、それもセクハウラ女史にプログラムされた、男を堕とすための泣き真似だろう?」

「うう、ちがう……もん……ニーチャンのいじわる……ばかァ……ばかぁ……」


 その超人的な力や能力や武装に関わらず、今は見かけ通りの少女らしく、セクは嗚咽し涙を流した。


「ちょっ、マシン、ちょ、す、少し言い過ぎなんで! べ、別に、ほら、僕はセク嫌ってないから、あ~、セク、ほら、泣かないで!」

「やだ……マスター……きらいにならないで……すてないで……いいこにするから……ひっぐ……マスター……ごめんなさいごめんなさい」

「ああ、分かったから。ほら、いいこいいこ。セクはいーこだから、捨てないから、ね? 泣かないで?」

「わたし、マスターの……およめさんに……なりたくて……ひっぐ、がんばっ……だけど、マスターにとっては私は迷惑で……」

「迷惑じゃないって! ねっ? そんなことないからさ、ね?」


 慌ててセクに駆け寄るチューニは、反射的に子供をあやす様に、頭を撫でながらセクを抱擁した。

 そこに、男女の恋愛観などはなく、あくまで泣いている子をあやすためのもの。

 だが、その時、この状況に戸惑っていたオリィーシは見てしまった。


「ッ!?」


 チューニに抱きしめられているセクが、突如自分に顔を向けた。


「……どやぁ……」

「ッ!?」


 チューニにはその顔は見られていない。しかし、明らかに勝ち誇った顔を自分に向けた。


 その瞬間、オリィーシの中で何かがまたキレた。


 ああ……邪魔だ……爆破して肉片ひとつ残らず消滅させたい……と。


「……コロシ――—————」


 決定的な一言。それをオリィーシは叫び散らそうとした。

 だが、その時だった。



「「「「「チューニくーーーーーーん!!!!」」」」」


「ジオのニーサンも、ギヤルちゃんたちも居るはずだ、行くぞー!」


「白姫様ぁ!」



 都市の方から聞こえる大勢の人の声。

 それは、オリィーシやセクにとっても想定外。

 これほどの騒ぎ。いかに、夜遅くで皆が寝静まっていたとしても、起きないはずがない。

 自分たちが掲げる象徴たるチューニたちの存在を追い求めて、外へと飛び出してきていたのだった。

 その数は数百人に達する。全てを葬って闇に消すことは不可能と判断し、オリィーシは歯噛みする。

 


 そして……ジオは……丸出しだった。


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書籍書影(漫画家:ギャルビ様) 2022年4月6日発売

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