第百十八話 戦いのケツ末
「ターミニーチャンシリーズには本来備わっていない武器が多数見られるねぇ……恐らく、研究所跡などからパーツを調達してバージョンアップさせたのだろうが……残念ながら、君様と僕様ではベースとなるスタートラインが違う。だから、お尻も違う」
あくまで余裕の姿勢で相手を見下すオシリスに対し、マシンは光速の動きで、削り、砕き、斬り、穿つ。
「色々と試してみよう。……ドリル砲」
マシンの右腕のドリルが切り離されて、砲撃となってオシリスに突き刺さり、体内に突き進んでいく。
だが、オシリスの質量からすれば小さなドリル。
オシリスに何の影響もない。
「ふふふふ、それがどうかしたのかな? こんな小さな逸物では、僕様のお尻は満足できないよ?」
「やみつきになられても気持ち悪いだけだが……そうがっつくな。まだ、自分の装備は多数ある……電導カッター」
「ほう。面白い。試してみなさい」
圧倒的質量のオシリスドラゴンを翻弄するように宙を駆け抜けて、その腕をドリルに、カッターに、そして時には鋼の拳で攻撃する。
次々と肉体を奪われて無残な姿に成り果てていくオシリスドラゴン。
だが、その表情は変わらず余裕のまま……
「ふふ、あはははははは! 頑張るじゃないか、マシンくん! でも、残念だけど僕様を機能停止させるには至らないなぁ!」
あえてマシンの攻撃を回避することなく、全てをその身で受け続け、そしてある程度肉体が失われたら即座に再生して元に戻る。
「荷電粒子砲」
「無駄だよ、無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ! ……破壊力は大したものだけど、僕様を一瞬で消滅させるほどの質量はない」
「なるほど……」
「そして、君様もノリを良くするなら、そこはオラオラだよ? 勉強しないとね」
胴体を貫通するほどの穴を空け、しかしそれでも変わらず笑うオシリス。
マシンの表情も変わらずクールなままではあるものの、決め手に欠けている様子だと、その場にいた者たちには感じ取れた。
「所詮、光学兵器も人型ターミニーチャンが放つ程度の力では、僕様を消滅させるには至らない。そろそろ、君様の計算式で、僕様を倒せるかどうかの結論は出たかな?」
「……………」
「ちなみに、僕様の力を使えば……こういうこともできる!」
今度は自分の番だと、オシリスドラゴンが動く。
再生された竜の腕を掲げる。すると、これまでマシンに砕かれていた鋼鉄の破片が揺れ動き、破片が大きくなり、そして形を変え、無数のオシリスドラゴンの分身を生み出していた。
「んなっ!?」
「ふ、増えた!?」
「まあ~、あれほど大きな竜が……」
「ちょ、どうなってるんで!」
「ジオチンチン! パンツ脱げえええぇ! まずは口で!」
「おまっ、ギヤル! この状況で何やらかそうとしてんだよ!」
ただでさえ、巨大な影を落すオシリスドラゴンと同等の質量の竜が増え、その全てが鋼鉄の翼を羽ばたかせて空を覆い尽くす。
その事態に、ジオたちも驚愕するしかなかった。
「僕様は空気中の塵から鋼鉄を生み出し、自在に操作する。僕様の破片から同じ分身を生み出して操作することも可能。なんなら……この空どころか、世界も埋め尽くそうか?」
それは、ジオたちの想像を遥かに超える力だった。
「さあ、一斉攻撃! お尻で潰してあげるよマシン君!」
「……やれやれだ……」
次々とマシンを押しつぶすかのように、無数のオシリスドラゴンが一斉に攻撃を仕掛けた。
「全方位あらゆる空間から襲いかかる……召鉄弾ッ!」
「亜音速」
「ははははは、いつまで逃げ切れるかな?」
空を埋め尽くす鋼鉄の弾幕がマシンに襲いかかる。
マシンも超速で回避しようとするが、全てを完璧に回避することが出来ず、衣服や鋼の体にダメージが刻み込まれていく。
「ちょ、やべーぞ、あれ! チューニ並みに反則だ!」
「あんなの、しかもあんなにたくさん、どうやって倒せばいいんで!」
当初のジオたちからすれば、いかに巨大な質量でも、これまでの言動ややりとりで、そこまで大した敵ではないのではないかと、オシリスを侮っていたこともあった。
しかし、「世界を埋め尽くそうか?」というオシリスの言葉は、まんざら誇張にも聞こえない。
「荷電粒子砲」
「同じネタはつまらないね。そんなものを何度も受けてやるほど、僕様もビッチではないので……電磁シールド!」
「ッ!?」
「ふふふ、驚いたかい?」
「シールド装備を持っていたか……」
「ああ……ターミニーチャンシリーズは持っていないんだったね。ふふふ、ここでもスペックの差が出てしまったねぇ」
ついには、マシンの十八番でもある強烈な光線をも、オシリスドラゴンは身の回りから発生させたバリヤのようなものでかき消してしまった。
マシンの要望を考慮して、オシリスを任せたが、自分たちが力を合わせて倒すほどの相手なのではないかと、ジオも感じ始めていた。
「確かに恐るべき能力だ」
すると、マシンも無表情ながらもオシリスの力を認めた。
「お前を倒すには、お前の機能を司る核を破壊するしかない。しかし、これだけ巨大な質量になられてしまえば、ピンポイントにそれを撃ちぬくのは困難だ……」
「ふふふ、そういうことだよ。ようやく、そのポンコツな人工知能でも理解できたようだね。もっともそんな理解の足りない知能だからこそ、勇者の自作自演を止められなかったのだろうけどね」
一方で、オシリスはマシンを見下し、そして挑発して煽るような言葉を続ける。
だが、それは決して口だけではなく、実際に脅威であることはジオもチューニも理解した。
「マシン! 俺も手を貸そ……うおおい! おま、どこを触っ、やめろ! それは食い物じゃねえ!」
「だって、エイムんもナッちんも旨そうにコレを!」
「ちょ、リーダー、ほんとこういう状況で何をしてるんで! こうなったら、僕が……」
「行かせないよ、チューニ。無暗に動くと……地雷を爆発させちゃうよ?」
自分たちも助太刀に行くべきだが、のっぴきならない事情ですぐに駆け付けることのできないジオとチューニ。
だが、意外にもマシンはこの状況でも冷静沈着であり、特に慌てた様子もない。
「リーダー、チューニ、問題ない。自分一人で十分だ」
マシンは決して自信過剰なことを言ったり、ハッタリを言うようなことはない。
常に語るのは事実のみ。
ゆえに、ジオもチューニも今の発言で、マシンは本当に「問題ない」と確信していると感じ取った。
「ほ~。僕様を? 言うじゃないか。この僕様を倒すにはそれこそ、『大魔王を倒した一撃』くらいの破壊力が無いとね! そう、君様を騙し、地獄の底へ送り、盗んだ力で地上の天変地異を操作して他国に多大なダメージを与えた、あの勇者のようにね!」
「大魔王を倒した一撃……X線レーザーか……」
「そうだねえ! あれぐらいの破壊力が無ければ、僕様の核は撃ち抜けない!」
一方で、そんなマシンの言葉に、オシリスはワザとらしく、そして大げさに、まるで劇団員のようにオーバーリアクションで反応する。
マシンはオシリスの反応に対して何も思っていないようだが、ジオとチューニは返って不気味に感じていた。
そして……
「……撃てなくはないが……」
マシンがズボンのポケットから何かを取り出した。それは、ワイーロ王国で、勇者オーライからマシンが没収した道具。
ジオは、未だに勇者オーライが使った力がよく分かっていないが、その力を使うための道具はマシンが持っている。ゆえに、マシンはその力を使える。
「……なにい? げげげげげ、そ、それはー端末」
「これで、お前を衛星砲で撃ち抜けなくもないが……」
「ソンナー、ナンテコッター」
そのことをオシリスは「知っていた」のか「非常にヘタクソなリアクション」で驚いたように見せていた。
「……あいつ……あの反応……知ってたのか? マシンがあの道具を持ってるって……なら、なんで? ワザワザ誘導するようなマネを……」
オシリスの反応を見て、ジオも違和感を覚えた。
今の反応からして、これまでの流れ、つまりマシンに勇者オーライが使った力を使わせるために誘導しているように思えたからだ。
しかし、そんなことをして何の意味があるのか?
あの規格外の力を使えば、いかにオシリスとはいえ無事ではすまないはず。
それなのに、マシンを挑発し、煽り、そしてヘタクソな芝居をしてまでその力を使わせようとする真意は?
「そうか、君様は偽勇者オーライが盗んだ力を取り返していたんだな! 君様を騙し、海の底へ放り棄て、世界を騙し、都合のいいように操作し、そしてその力を使って世界を自分の都合のいいようにしようとしていたあの偽勇者から!」
「別に……あいつは偽物というわけでは……」
「いいや、偽物だね。大体……数年前の世界全土を襲った天変地異と世界的食糧危機……あれを引き起こしたのはオーライ自身だろう? そして、周辺の国を食糧危機に陥れ、無傷のハウレイム王国が農作物を他国に売って貿易で潤う……全部、勇者オーライの自作自演なのに、世界の人類はオーライを称え、そしてそんな偽の英雄を戒めようとした君様に悪評を押し付けた! 本当なら、君様がその力を使って大魔王を倒し、世界を救う勇者になっていたはずなのに!」
挙句の果てに、また訳の分からないリアクションと演技で狼狽えだす。
「随分とおしゃべりがやかましい……だが……何が目的かは知らないが……どちらにせよ、この衛星の力を自分は使う気はないぞ?」
「……ん? ……なに?」
「そもそも、目の前の問題を解決するために衛星を利用する……それではオーライから没収した意味がないからな。自分は……自分の備わった力でお前を穿つ」
しかし、マシンのその返答だけは予想外だったのか、オシリスは一瞬だけ素の反応を見せた。
「いやいや、マシン君、それは流石にムリゲーだと思うけど……」
「無理かどうかは、試してみるさ……いや……」
勇者が使った「あの力」を使わなければ、自分には勝てないと言おうとするオシリスに対し、マシンは落ち着いた表情から……
「お前はもう……負けている」
「……えっ?」
突然の勝利宣言。そして……
「ガっ、ハッ……」
突如ムセ、そしてその巨体を痙攣させるオシリスドラゴン。余裕の様子が突如変わり、鋭い目つきでマシンを睨みつける。
「ど、ドリルが……ぼ、僕様のお尻を貫いた……」
その言葉の意味が理解できないジオたちだったが、次の瞬間マシンは淡々とオシリスに告げる。
「最初にお前に撃ち込んだドリル砲は、お前の内部を突き進み、駆け巡り、そしてついにお前の人型である本体と核を貫いた」
「ッ!?」
「お前は別に巨大な竜化したわけではなく、単純に鉄の竜の装甲を纏っただけ。だからこそ、身に纏った装甲が内部から破壊されているのに気づかなかったのだろう」
「き、君様がドリル砲を撃ち込んだ後も攻撃を続けたのは……じ、時間稼ぎと、他の攻撃に気を取らせてドリルの存在に気づかれないため!?」
「そうだ。自分が放つ光学兵器などでお前の外装を破壊し、お前自身がノーダメージだと笑っている間、ドリルは着々とお前を探して駆け巡っていた」
ドリルが尻を貫いた。それは比喩等ではなく、言葉の通りなのである。
マシンの腕から放たれたドリル砲がオシリスドラゴンの内部に侵入し、内部に居るオシリスを、正に尻から突き刺したのである。
あくまでマシンは淡々と語っているが、その真相を知った時、ジオもチューニも顔を青ざめさせた。
「謀ったな、マシンッ!! しかし、僕様とて生体兵器として無駄死――」
「いい加減、この星の者たちに理解できぬ遊びはやめることだな。もう自分たちは……この世界で生きる、この世界の住人なのだから」
「ッ!? うぐっ、がっ!?」
マシンの手に嵌り、致命的な痛手を負ったと思われるオシリスは、ついには自分の分身体も維持できなくなったのか、他の分身は次々と落下。
そしてオシリス自身は……
「お前も堕ちろ。そして自分の全力をくれてやる」
「ッ!?」
鋼鉄の拳を握りしめるマシン。その手は周囲の空間すら歪ませるほどの振動を放ち……
「超音波振動……プラス……」
「さ、させないさ! 電磁シールド!」
「そんなものを貫通する……自分のパーツとなり生き続ける同胞たちの力……」
「……え?」
「……反物質」
「ッ!?」
振動する拳で、オシリスドラゴンの頭部を叩く。
オシリスドラゴンが纏っていたはずのバリヤのようなものを、粉々に打ち砕いたのだ。
「超音波振動反物質拳!」
「ば、バカな!? は、反物質は、そ、その力は……一番目の―――――」
空も大地も揺れ動くほどの規格外のエネルギー。
その威力に堪えることのできなくなったオシリスが勢いよく落下して地面に叩きつけられる。
そして……
「ちなみに……自分の目は……魔力の流れを読み取る機能を持っている。閉じていたチューニの経穴もこの目によって位置を把握して、突き、そして開かせた」
「ッ、ぐっ、ま、マシン……はあ、はあ、な、にを?」
「その用途は、他にも魔法使いと戦う場合において相手に魔法を使わせなくすることや……ダンジョンなどで、罠魔法を見破ることにも使える」
「……?」
「だから分かっている。お前の足元の地中に多くの爆破系の罠が仕掛けられていることを」
「……あっ……」
「危ないので、自分が爆発させて処理しよう」
ボロボロになってうまく動けないオシリスの表情が固まり、その瞬間、チューニを押し倒していたオリィーシも気づいた。
地中に大量の爆破系魔法を仕掛けたのは……
「わざと地中に自分が砲撃し、一緒に魔法も誘爆させれば……」
「ちょ、マシン君! そ、それは、シャレにならな―――」
そして、空中からマシンがオシリスの周囲の大地を砲撃する。
それは巨体なオシリスを破壊するには心もとない小さな爆発。
しかし……
「ほげえええええええええええええ!!」
無数の砲撃が大地を撃ったとき、連鎖するように次々と大爆発が起こり、激しい轟音と爆炎にオシリスドラゴンが完全に包み込まれてしまった。
「ぼ、僕様が負けた! なぜだー!」
「…………」
「ノリが、わ、悪いぞ、ま、マシン、く、そこは、坊やだか……ほげええええええ!」
全てを吹き飛ばすかのような爆風が吹き荒れる中、まるで断末魔のような声が響いた。
「は、ははは、流石マシン……」
「すげ……」
「オシリス!」
「何とも激しい破壊力……」
「姫様~、危ないのでもう少し下がりましょう~」
「頂きまーす。ぱく」
あれほどの脅威を顔色一つ変えずに葬り去るマシンの姿に、ジオたちも呆れたように笑うしかなかった。
「ふぅ……少しエネルギーを消費しすぎたが……こんなところだろう……それにしても……」
しかし、一方でマシンは爆風を浴びながら、少し訝しげに爆心地を見つめる。
「どういうことだ? 4番目……本当にどういうつもりだったのだ? もっとまじめに力を使えば……もっと強かったはず……これで本当に終わりなのか? ……最後まで不可解な存在だっ……ッ!?」
この勝敗にどこか納得がいっていないようで、疑問を思わず呟こうとしたとき、マシンはハッとして慌てて真上を見上げた。
「……月……まさか……」
何かに気づいたマシン。
しかし、その疑問は誰にも聞こえず、一方で爆炎の中では……
「ふ、は……は……予定とだいぶ変わったな……衛星砲を使わずに僕様を倒せるとは……でも……まあ……これはこれで……結果は予定通りということで……」
止まることのない爆発によって、ドラゴンの外装は完璧に砕かれ、炎で溶かされ、人体の四肢も奪われ、股を裂くように鋼の螺旋が胴体を貫いて、正に絶体絶命の危機の中……
「ふ、ふふ、世界よ……知ったか? 勇者は偽物……後悔しろ……絶望しろ……そして、懺悔しろ。僕様の……『弟』に悪評を押し付けた人類よ……世界よ! 未だに世界の混乱を危惧して真実を語れぬ連合のクズ共め! 尻に火が付いて慌てふためくがいい!」
その男は笑いながら月を見上げ……
「そして……今、この世界を破壊しようとした化け物を倒したのは……誰なのか……真の英雄を知り……讃え……ッ、がはっ……償え!」
全ての炎と爆風に包まれて、その男の声はもう誰にも届かない。
しかし、全てに満足したかのように男はそのまま地面に突っ伏して……
「ふふ……そして……これで世界はもっと面白く混乱するはず……ねぇ? ……若頭……」
男を周りの炎が完全に飲み込み……
「そうだ……最期に約束は守らないとね……六番目……転移。……ははは……ほんと……ポンコツな妹や弟を持つと……苦労――――」
その言葉が最期だった。
全てが終わった頃には、もうそこには何も無かった。
そして……
「ちょ、ちょっとー! ここはどこですのー! お、落ちますわー! セク、早くどうにかしなさいな!」
「ようやく転移された……ッ、マスター! マスターを押し倒すゴミを排除!」
「待ってって、セクちゃん!」
「きゃー、助けてー! ま……マシンさーーーん!」
月に映し出された光景がプツリと消え、同時にその月を背に四人の女が出現したのだった。




