第百十六話 救助
『ムキー! わ、わ、ワタクシだって、オジオさんに、オ、パンツを見られましたわー! え? あ、あなたはオジオさん好みの下着を穿いては脱がしてもらい、時に、は、穿いたまま指でずらして……ゆ、指でずらして何なんですの!?』
『今こそ言いましょう。マスターのファーストキスの相手は私です』
光り輝く月で、やかましく叫ぶ二人の女。
その内容はジオとチューニにとっては恥ずかしいものであり、今すぐにでも黙らせたかった。
だが、恋する二人の乙女に黙る様子は微塵もない。
ならば、この状況を止めるには一つしかなかった。
「オシリスをぶっとばす! いくぞ、チューニ!」
「了解なんで!」
全ては、妙な魔法のようなものでこの状況を作り出している、元凶ともいえるオシリスドラゴンを倒すこと。
想いを一つにしたジオとチューニが同時に駆け出した。
「今、あの女の子と話をしているの。だから、チューニもあなたも黙ってて!」
だが、そうはさせないと、オシリスドラゴンの額に乗っているオリィーシが動く。
両掌に魔力を漲らせ、放出された光球。手の平ほどの大きさの光球を、オリィーシは地上に向けて無数に放出した。
「メガ・マイン!」
放出された光球。しかし、それらは一つもジオとチューニに着弾することなく、全て地面に降り注ぎ、そのまま何の衝撃も変化も起こらず、全て地面に吸い込まれたかのように消えてしまった。
「どこを狙っ……いや、この魔法は!」
「えっ? なに? えっ?」
一瞬、オリィーシのコントロールが悪いのかと思ったが、ジオはすぐにハッとした。
そして、動こうとするチューニを慌てて制した。
「動くな、チューニ」
「えっ? なん……」
「周囲に地雷を埋められた……下手に動いたら、ふっとぶぞ?」
「ッ!?」
「あの女……かわいいツラして、なんつーエグイ魔法を……」
かつて、戦場でも大きな力を発揮した、「地雷」というトラップ。
それを思い出し、ジオは引きつった笑みを浮かべた。
「そうです。地中に埋めた魔法は、私の任意で好きなタイミングで爆発させられます。チューニは魔法を無効化できても、爆発による衝撃とかは無効化できないよね?」
炎や氷や雷など、直接魔法としてぶつけられたなら、チューニは無効化できる。
しかし、爆発によって吹き飛んだ地中や衝撃、そして爆風等までは無効化できない。
戦闘経験の少ないチューニにとって、自分の穴を指摘されたようで、ゾッとしていた。
「ふふふふ、流石は御主人様……恐いですねぇ。今だって、僕様の体内に爆弾をしかけ、万が一僕様が命令を逆らっても爆破できるのですから」
そんなオリィーシの力を、自身も命を握られているというのに面白おかしくオシリスは賞賛した。
「けっ、だが俺をこの程度の地雷で命を奪うことはできねーぜ? せーぜい、防御魔法のできねーチューニの手足をもぎ取るぐらいだ。それとも、チューニの自由を奪って飼うか?」
「いやいやいや! リーダー、それ重傷! すっごい重傷だから!」
皮肉を込めてふざけて言ったジオの言葉。だが、その言葉を受けてオリィーシは少し頬を赤らめて……
「そ、そうですね。こ、こほん。もし、チューニがそうなっちゃったら……私が一生面倒を見て、飼おうかな」
照れながら言うオリィーシに、ジオとチューニはゾッとした。
なぜなら、その目はジオのふざけて言った言葉を、真に受けているような目をしていたからだ。
『ッ!? マスターの自由を奪って飼う!? そこの四番目、さっさと私を転送しなさい! マスターを飼って、檻に閉じ込めて自由を奪い、首輪を嵌めて、猫耳をつけて、一生誰の目も届かない所で飼育するなどという、うらやま……無礼なことは私が許しません!』
「セクッ!? 誰もそんなこと言ってないからね? いや、セクはふざけて言ってるんだよね? 成長して冗談を覚えたんだよね? セクにもそんな願望があるとか、そんなことないよね!?」
そして、当然セクも黙っていない。オリィーシに怒りをぶつけながらも自身の欲望を暴露し、誰にも止められない状態が続いていた。
「つか、オリちゃんやりすぎっしょ!」
「確かに、ジオ様に地雷を仕掛けるなど、無礼にもほどがありますよ?」
「はい~。ジオ殿を傷つけることは~、流石に許容できません~」
だが、それでもオリィーシのやることはやり過ぎだと、三人のエルフが声を出す。
常識を持つ味方がまだ居たのかと、ジオは安堵の溜息を……
「じゃあ、その人に何かあったら、エイム先輩たちが……一生面倒を見ていただくってことでは……ダメ……ですか?」
「「下の世話も、おまかせあれ!!」」
「おいこら、お前ら俺がこの三年間何があったのか分かってて言ってんだったらぶん殴るぞ!?」
『ちょっとー! 流石にそれは許しませんわ! オジオさんを一生飼う!? あなた方に飼われるぐらいなら、このワタクシが飼いますわー!』
「テメエも少し黙れええ!」
ジオの面倒を一生見る……すなわち、一生一緒に居れるという言葉にアッサリと陥落するエイムとナトゥーラ。
安堵で溜息吐きそうになった瞬間、ジオは噴出した。
「くそ、どいつもこいつも! だが、まずはオシリスからぶっ殺す!」
色々とぶん殴りたい相手が多すぎると思う一方で、しかし優先順位として倒すべき相手はオシリスであるということに変わりはない。
「地雷で動けねーなら、魔法でぶっ殺す! おい、そこの十賢者一位の女! 死にたくなけりゃ、逃げるんだな! いくぞ、チューニ!」
「う、うん。ほんと、避けて欲しいんで!」
無闇に動いて地雷に巻き込まれるなら、魔法で遠距離から仕留める。
幸い、この場には大魔導士であるチューニも居る。
二人なら……
「デカイ図体じゃ避けきれねーだろう? そして、刻まれろ! 荒れ狂う天変地異の暴風! ジオストームッ!」
「天に広がる星の友。煌めく星光は闇夜を照らし、心を照らす。今こそその光を邪しき魔を滅するための裁きとなりて降り注げ! 天星魔法・メガスターライト!」
巨大なオシリスドラゴンへ向けて放たれる、全てを吹き飛ばす暴風と、天より降り注ぐ流星群。
ジオにとってもチューニにとっても、大量の魔力を消費する魔法。
しかし……
「ぼっしゅーと!」
「「ッッ!!??」」
暗黒の天変地異も、天より降り注ぐ流星も、全てが一筋の光すらも照らさぬ闇に飲み込まれた。
「ッ、ま……魔力吸収!? こ、こらぁ、ギヤル!」
「えっ、どういう意味!?」
怪物すらも滅することが出来そうなほどの魔力と破壊力を秘めていたはずの魔法を包み込み、自身に取り込もうとする。
ジオは舌打ちし、初めてその力を目の当たりにしたチューニは驚愕する。
一方でギヤルは涼しい顔をして……
「いんや~……あたしも迷うところだけど……やっぱ、チューちゃんとジオちんと一緒にこれからもこの街で遊ぶの楽しそうだな~って、思ったっしょ」
「テメエエエエエエ!!??」
オシリスと違い、またエイムたちとも違ってこの中でもまだまともなようで、根本的な「楽しそう」という方を選ぶギヤル。
「っていうか、魔力吸収てなに!? それって、僕の魔法無効化よりヤバイと思うんで! だって、僕は単純に無効化するだけだけど、向こうは僕らの魔法を吸い込んでパワーアップしちゃうんでしょ!?」
「た……確かに……ん? いや! 違う!」
脅威の魔力吸収に驚くしかないチューニだったが、そこでジオはあることに気づいた。
「そうだ、魔力吸収ってお前の魔法無効化と違って、『体質』じゃなくて、『魔法』の一種だ! つまり……」
「つまり?」
「あいつが魔法を吸収しようと、黒い霧みたいなの出したら、お前がそれに触れて消しちまえばいいんだ!」
「あ……おおお!」
そう。ギヤルの魔力吸収は体質ではなく魔法なら、その魔法をチューニが触れることによって無効化してしまえる。
つまり、ギヤルの魔法は確かに脅威であるが、やはりランクで言えばチューニの魔法無効化の方が上なのである。
だが、それだけではなく……
「くふ……くふふふふふ、いや~、天賦の神童とも言うべき魔法ですね~……ダークエルフのギヤル氏。ですが……戦闘経験があまりないのですね~……魔力吸収の弱点をよく分かっていないようですねぇ」
「あん? 弱点?」
「ふふふふ、つまりどうやって魔力吸収を破るかとか、そういうことを考える必要はないんですよ、ジオ氏」
形的にギヤルに助けられたオシリスドラゴンだが、不気味な笑みがより一層増して言葉を発した。
「おい、どういうことだよ、オシリス!?」
「ええ。ジオ氏も知らないようですが……セクハウラ女史の研究データによると……魔力吸収にはとてつもないリスクがあるのですよ」
魔力吸収によるリスク。それはジオも全く知らなかったため、慌ててギヤルへ向く。
すると……
「ッ、えっ……? っ、あつ、体が! 熱い! なんなん、体が!? っ、うぐっ!?」
それは突然だった。
先ほどまで、ゆるくヘラヘラとしていたギヤルが、突如胸を押さえて苦しみ出し、蹲ってしまった。
「ギヤル!?」
「えっ、ど、どういうこと!?」
「ギヤル先輩!?」
「ギヤル……」
「ギヤルちゃん!」
今まで笑ったり怒ったりと感情豊かだったギヤルが、苦痛に顔を歪ませて声を上げる光景には、流石にジオとチューニだけでなく、フェイリヤとセクと話をしていたオリィーシやエイムとナトゥーラも驚いて声を上げた。
一体、ギヤルに何があったのか?
すると、苦しみ出したギヤルの体が突然闇に包まれて……
「はあ、はあ……ジオチンンッッ!」
「ッ!?」
闇が突如ジオの背後に出現し、その闇からギヤルが出現し、ジオの首を掴んでそのまま押し倒した。
「なっ!? こ、こいつ!?」
「うそ、い、一瞬で? しゅ……瞬間移動!? っ、リーダー!」
「ジオ様ッ!?」
「短い距離とはいえ、あんな簡単に……禁忌とも言える瞬間移動を!?」
瞬間移動という、十賢者すら驚愕する魔法を披露したギヤル。
そしてそのギヤルは……
「う、あ、アアアアアアアアアアアアアアッ! ジオチンンンンン! ジオチンンンン!」
「ギヤル! おい、どうしたんだ! 気をしっかりと持て!」
ジオの首を掴んだまま地面に押し倒したギヤルは、普段の面影が完全に消え失せて、まるで狂戦士のような形相で雄叫びを上げる。
正気を完全に失っており、ジオが必死に叫ぶが、まるで声が届いていない。
「ジオ様! 今、そちらに……」
「っ、来るんじゃねえ、エイム姫! 地雷が埋まってる!」
「し、しかし!」
血相を変えてエイムが駆け寄ろうとするも、地雷の存在を思い出してジオが慌てて止める。
「ちっ、どうしちまったってんだよ……くそ、おい、オシリス! どうなってんだ! 答えろ!」
何故、ギヤルが急にこうなってしまったのか。
その答えを知るオシリスドラゴンはニヤけながら……
「空気を取り込む肺活量や、食事を取り込む胃袋と同じ……生命は魔力を取り込むことが出来る許容量には限界があります。いかに、大魔導士の素質あるギヤル氏にも、それは例外ではないということです」
「ッ!? そ、それじゃあ……」
「そうです。魔力の許容量の限界を超えてしまった……そういうことなのです」
少し前の戦いで、ギヤルが魔法を吸収したとき、ジオは自分の魔法をあれだけ吸収しておきながら、ケロッとしているギヤルの様子に驚いていた。
だが、実は問題なかったわけではない。ちゃんと限界はあったのである。
そして今、ジオとチューニの大量の魔力を吸収してしまったギヤルは、その量に耐え切れず、ついには精神を乱して狂ってしまった。
「じゃあ、ギヤルはどうなっちまうんだ!」
なら、ギヤルはこのままどうなってしまうのか? 緊迫した重い空気が場に流れる。
「ふふふふ、セクハウラ女史の研究データ……許容量を超える魔力を取り込んだ人は……」
ひょっとしたら、最悪の場合、このまま精神を狂わせたまま、死―――
「大量に取り込まれた魔力がそのまま……性欲に変換され……ハイパースケベなバーサーカーになります」
「「「「「( ゜д゜)?」」」」」
オシリスの口から語られる爆弾発言。
そして、ジオを押し倒したギヤルは、ジオの衣服を乱暴に掴んで……
「シタイイイイイイ、ジオチンチンホシイイイイイイ、ジオチンンンン、ジオチンチンチンチンンン! はっ♡ はっ♡ はっ♡ はっ♡」
そのまま、色々な意味で襲おうとしていた。
「……オシリス……」
「はい? 御主人様」
「……チューニだけを救出して」
「承知しました」
呆然とする面々の中、最初に正気に戻ったオリィーシがそう告げると、オシリスドラゴンはニッコリと笑って静かに下降し、呆然としているチューニをドラゴンの手で掴んでそのまま攫っていこうとする。
「えっ、ちょ!? あのおお!? リーダー!」
「落ち着いて、チューニ。多分あのままだったら……ギヤル先輩に巻き込まれていたかもしれないから……」
「いや、それならリーダーもついでに助けてあげればいいのに!」
オシリスドラゴンに掴まれてそのまま空へと連れて行かれるチューニ。
その光景に月では……
『いやああああ、お、オジオさんが、淫乱なダークエルフに犯されてしまいますわー! ちょ、おやめなさい! ワタクシのオジオさんの股のオジオさんに何をしていますの!』
『マスターが攫われる!? 今すぐその手を離し、私を転送しなさい! 四番目!』
「ジオ様!」
「ジオ殿―!」
各々の想い人が押し倒され、そして連れ去られてしまう状況に発狂する乙女たち。
しかし……
「荷電粒子砲」
その時だった!
「「「「ッッッ!!!???」」」」
突如、眩い閃光と同時に放たれた極太の光線が、オシリスドラゴンの腕を貫いた。
その事態には、オシリスも驚いたのか、笑みが固まった。
そして……
「うわ、えっ? な、なに? な、うわあああああ!」
オシリスの腕から開放されて落下していくチューニ。
すると、火を噴く一つの影が落下するチューニへ向かい、そのまま受け止めた。
「……えっ? あ……あーーーーっ!」
落下する自分を宙で受け止めた何か。その正体にチューニが気づいた時、涙も入り混じった歓喜の声を上げる。
そして……
「四番目という名前が気になって……自分一人でも先に来てみたが……正解だったようだ」
口調はクールで、しかしその言葉の端々からは……
「とりあえず、四番目……リーダーとチューニに危害を加えるのなら……お前は自分が機能停止させよう」
熱のある言葉で仲間を救出するため、あの男が颯爽と現れた。




