第百十四話 幕間・知ってしまった女たち
今日も馬鹿な男たちを騙して大金を手に入れたと、ヨシワルラの女たちが笑みを浮かべながら、仕事終わりの一杯をする中、女堤防のボス、ポルノヴィーチは極めて上機嫌にはしゃいでいた。
「でゅえへへへへへへ! ついに~、ついにメムスがアレを自然習得したのだ! でゅえへへへへへへ!」
いやらしい笑みを浮かべながら、街をスキップしながら跳ね回るポルノヴィーチ。
するとその後を、
「くっ、ま、待て、狐! よ、よくも覗いたな! ええい、待て!」
顔を真っ赤にして追いかけ回すメムス。
今日はたまたま麓にメムスが来ていたようだが、そのメムスがポルノヴィーチを必死に追いかける。
なぜ? それは……
「ついに、ついにメムスが一人エッチを覚えたのだー! 部屋でイジイジ、ん……ジオ♡ と呟いてたのだ! でゅえへへへへへへ!」
「えええい、待て! ちょ、あれは我も訳が分からぬ内に自然としていて……よく分からんが言いふらすな! というか、なんなのだ? 一人エッチとは! ええい、待て!」
「恥ずかしがるななのだ! あれは、むしろわらわたちの仲間入りとも言える儀式であり、呼吸のようなものなのだ! カイゾーと仲違いしなくなった今でも、わらわも毎日スルくらいなのだ~!」
くすくすと、街に居る組織の構成員の女たちが微笑んでいる。
つい先日までは、元七天のカイゾーを筆頭にして、山奥の村で徹底抗戦の構えを見せていたはずの、大魔王の娘であるメムスが、今では普通に麓の街まで遊びに来て、自分たちの組織のボスと追いかけっこをしている。
それが何だか面白く、そしてどこか温かい気持ちになって皆も笑っていた。
当然それは、最高幹部である彼女たちも……
「あらあら、メムスさん、見られてしまったのですね、コンコン」
「オシャマは見られても平気。オシャマも毎日する。ムコのこと考えて」
「お、オシャマちゃん、そ、そんなこと、女の子が言ったらダメでしゅ!」
「そういうタマモだって、同じだろう。ウチも、ダーリンのことを考えて、それこそ毎晩枕と一緒に濡れて……」
九覇亜として名を轟かせる四人の女たちも、メムスの気持ちを理解しながら微笑み、同時に彼女たちも各々の愛しい想い人の顔を思い浮かべては、切なく溜息を漏らす。
「はぁ~、まだ数日ですが、チューニくんは大丈夫でしょうか……妙な女に引っかかっていないか、お姉さんも心配です、コンコン」
「ムコ……浮気心配……ムコは世界一カッコいいから、好きになっちゃう雌が居てもおかしくない……」
「寡黙でありながら、何でもできるマシンさん……かっこよかったでしゅ……」
「ダーリンは……他の女……抱きまくっているのだろうな……他の女を抱くのを許容が結婚条件だったが……やはり、寂しいな」
男たちが旅立ってから、まだそれほど時は経っていない。
だが、そんなもの恋する乙女たちには関係ない。
会いたいときに愛する者に会えないという切なさは、彼女たちにとってはこの上なくつらいものであった。
だからこそ……
『ちょっ、そこに居ますのは……我がフィアンセのオジオさんではありませんの!?』
「「「「ッッッ!!!???」」」」
そんな彼女たちだからこそ、突如、夜空の月に映し出された光景と……
「ぬおっ!? あ、あれは……お、お嬢なのだ!?」
「ぬっ? なんだ? あの、派手な女は……オジオ? オジオとは誰の……こと?」
そして、そこに映る女たちが発する……
『マスターと? 意味が分からない。マイマスター・チューニは……私のマスター……私だけのマスターです。あなたが独占する? 邪魔者は消し去ります。マスターは私のモノです。ジオはフェイリヤお嬢様のモノ』
「「「あ゛??」」」
その発言を聞き流すことが出来ず、メムス、オシャマ、コンの顔つきが変わった。
『……ん? マシンにーちゃんと、ガイゼンじーちゃんは? ちなみにマシンにーちゃんは、ニコホとナデホのモノだから、そっちにも手を出されると困ります』
「……は?」
そして、ついでにぶっこんだセクの言葉に、タマモの顔つきも変わった。
そして、それは他の地にも起こっていた……
「……あの金髪の女が口にしていたオジオというのは……ジオで……」
「はい、その傍らに居る女の子は……チューニくんの名前を口にしていました……」
そこは帝国の宮殿。
『ちょっと、そこの耳の長いお二方! 名前を名乗りなさい! ……そう……エイムさんと、ナトゥーラさんと言いますの』
アルマの私室のテラスから、騒がしい月を見上げて、アルマ、そしてアザトーは顔を強張らせていた。
「ッ!? エイムッ? ナトゥーラ? ……エルフのエイム姫とナトゥーラのことか!? まさか、ジオは今……エイム姫たちと一緒に……?」
「そ、それにチューニくんの名前も……今、ジオパークの皆さん、一体どこに……それに、月を通して話をするって、いったいどういう展開なのでしょうか!? だ、大体、あの女の子、チューニくんのことをマイマスターって……どういう関係ですか?」
月に映るフェイリヤとセックストゥム。その二人のことを、アルマとアザトーは知らない。
しかし、二人の口からジオとチューニの名が出たことで、二人が関わっていることを知り、動揺を抑えきれない。
『はあ? お、オジオさんが、お尻ではなくオッパイが好き!? 何を根拠に……んなっ!? お、オジオさんがつい先ほどまでお二方のおっぱいを……モミモミ……チューチュー……ッ!? ど、どういうことですの、オジオさん! ワタクシというものがありながら、火遊びにもほどがありますわ!』
「ッ!? な、ちょ、ま、まさか……え、エイム姫とナトゥーラは……ジオと……ッ……そうか……まあ、当然だろうな。あの二人は……私やティアナと違い、罪は……ッ、な、ないからな……」
『そこの黒いエルフ、今の発言は聞き捨てならない。チューちゃんとは、マスターのこと? マスターが……トキメイキモリアルでモテモテ? おっぱい担当いっぱいのチューニガールズ創設された? ……そこkwsk……』
「トキメイキモリアル!? チューニ君は今そこに……って、お、おっぱい担当でモテモテチューニガールズ!? な、なんで? チューニくんに一体何が!?」
月に映し出されているものは、フェイリヤとセクが一方的に話している内容しか、世界中には知られない。
しかし、それでも分かる者には分かってしまうのである。中途半端な情報だが、それでも衝撃的な情報を。
そして……それは、当然彼女にも……
「……状況から見て、あの月に写っているフェイリヤ嬢は誰かと話しているようね……そして、そこには……エイム姫、ナトゥーラ……そして……ジオ……あなたが居るのね」
帝国から離れた辺境の地で、空を見上げながら少し寂しそうにしながらも微笑む一人の女。
「姫様、恐らくは……隊長も……そこに……」
「でしょうね。あと、ジュウベエ、もう私は姫ではないわ」
「い、いや、し、しかし……」
「ふふ、慣れてもらわないと困るわ。今の私は、王位も私財も全てを放棄した、ただの罪人なのだから……」
「……そ、それは……」
「でも……ジオも……相変わらず、女たちとのトラブルに巻き込まれているようだけど……この様子だと、元気なのでしょうね……」
自嘲気味にほほ笑みながら、ティアナは自身に片膝ついて頭を下げるジュウベエにそう告げた。
「……姫様……いえ、ティアナ様……話の様子だと、隊長は今、トキメイキモリアルに……」
「よしなさい」
「ッ!?」
「もう二度と……私たちはジオの人生に関わることも、視界に入ることも、不快にさせることも許されないわ……」
今、ジオがどこに居るのかも分かった……が、それをジュウベエが口にした瞬間、ティアナはそれ以上を言わせまいと制した。
「私たちはただ……自己満足でも、せめて少しでも償いを……そうやって生きていくのよ……」
心の底から愛した男。全てを欲し、幾度も共に歩む将来を描いていた。
しかしその全ては幻に消えた。自分が全てを壊した。
今では愛を抱くことすら許されない身だと自身で戒めながら、ティアナは夜空で騒がしく輝く月に背を向けた。
「それより、ジュウベエ、あなたまでついて来る必要は無かったのよ? 今の私に身分は無く、そしてほぼ無一文。日銭はギルドで稼ぐしかないのよ?」
「いえ、某はどこまでもお供致します。切腹すらも償いにならぬと知った以上……某もティアナ様と共に世界を渡り、少しでも誰かを救って贖罪をしたく思いまする……『あやつら』も同じ気持ちです」
「そう……」
愛しい男を想うより……過去の思い出に浸るより……悲しむ暇があるなら少しでも償え。
そう生きていくしかないのだと、ティアナは空から聞こえてくるフェイリヤの声を聞きながら、自分に言い聞かせる。
ジオと他の女たちとの関係で、嫉妬深く怒るフェイリヤの声。かつての自分もそうだった。
他の女たちとの繋がりが多かったジオに対して、いつも嫉妬の感情をぶつけては喧嘩していた。
しかし、そんな日々もまた幸せだった。
愛する男が関わることで「怒ることができる」という、自分にはもう既にない資格。
今のフェイリヤは、ティアナから見れば幸せの中に居るように思えてならない。
しかし、それを羨むことは出来ない。それを手放したのは自分自身なのだから。
「では、『三人』の買い物が終わったら出発するわよ。もっとも、今頃三人も街で月を見上げて呆然としているでしょうね……ジオの名前が出ているのだから」
「……そうだと思います。親衛隊の三人にとっては……隊長は……」
「……ええ……分かっているわ。でも、いつまでもノンビリできないわ。例の『五大魔殺界』が……ハウレイム王国に向かっていると分かった以上……放ってはおけないわ」
そして、そんなティアナの気持ちをジュウベエも理解し、それは彼女たち二人とこれから旅を共にする者たちも同じ気持ちであった。
『むきーっ! 怒りましたわ! ちょっと、そこで待ってなさいな! オジオさんがどれだけワタクシとラブラブか、目にもの見せてやりますわ! ニコホ、ナデホ、すぐに来なさい! 出発ですわ!』
『マスターに群がる蟲は排除します。今すぐそこに行きましょう。クァルトゥム……生体兵器同士は通信の他に『転送』システムがあると私のデータに残っています。転送しなさい』
自分の意思で好きな男の元へと自由に行ける。そんな女たちに切ない気持ちを抱きながら、ティアナは振り返らず己の道を進もうとする。
そしてそのとき……
「あら? 何かしら、アレは……」
夜空を猛スピードで、一頭の竜が通り過ぎて行った。
あまりにも速かったため、ハッキリと確認することが出来ず、気付けばその竜は彼方へと消えていった。
そしてそのドラゴンは……
「グガアアアアアアアアアアアアアアアア! ムコ~!」
怒り狂ったように咆哮し、その背には……
「ジオめ……私には手を出さなかったくせに! 許さん!」
「うふふふふ、誰ですか~? 私の坊やを穢すのは……コンコン♪」
「マシンしゃんの超絶合キンはわたしましぇん……」
「ボスが『行ってきていいのだ』と仰ったとはいえ、ウチまで……まっ、いいか。ダーリンに会えるしな」
「村の外初めて……恐い……ねーちゃんも今、コワイ…………」
角の生やした銀髪の女、額に青筋を浮かべた狐女、戸惑う幼い狐女、半笑いのラミア、そして幼い人間の幼女が乗っていた。




