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第百十一話 敵の敵作戦

 未だに夜は終わらない。

 体力の有り余っている若者。いつも徹夜で勉強や研究をしている者や、夜通し遊び通している者たちが多いため、いい意味でも悪い意味でも皆が夜更かしに慣れていることもあり、まだ誰も「そろそろお開きにしよう」などと言う者は居ない。

 そんな若者たちの盛り上がりを見ながら、透明化したジオは壁に寄りかかって座りながら落ち着いて息を整えていた。


「……ジオ様♡」

「ん?」

「うふふ……んふ♡」


 その傍らには、事を終えたばかりで幸せいっぱいの表情のエイムとナトゥーラが、ジオの両脇を挟むようにしてジオに体を預けてしな垂れ掛かっていた。


「ジオ殿~♡」

「おう」

「……素敵でした~♡」


 もう満腹で大満足だと幸せな笑みを浮かべる二人にじゃれつかれながら、ジオは少し苦笑しながらも二人の肩に手を回して自分に抱き寄せながら、落ち着いていた。


「……で……なんか、まったりしてっけど、何であたし抱いてくんねーの?」

 

 そんな三人にむくれ顔のギヤル。自分もどさくさに紛れて、ジオに軽く「抱いてくれ」と言ったが、結局ジオはギヤルには手を出さなかった。


「……いや……だから、そういうノリで男に頼むのやめとけって。後で後悔すんぞ?」

「はっ? 何言ってるし! あたし、別にヤリまくりの女だから気にしねーし!」

「……いや、ほんと……処女を貰うのは気が引ける……だからやめとけって」

「しょ、処女じゃねーって言ってるっしょ!?」


 あくまで自分は初めてではないと言い張るが、もうジオもエイムもナトゥーラも既に分かり切っていた。

 しかし、だからと言ってここまで頑なに認めないのも少し気になる。


「なぁ、お前……どうしてそこまで処女じゃねーことにこだわるんだ?」

「い、いや、あ、あたしは何を言ってるのか……」

「ここには俺らしか居ねーし、もうこの二人にはバレてる。別にどんな理由でも言いふらしたりしねーから、教えてくれよ」


 だからジオは、とりあえずからかうのはやめて、少し真面目な顔をして聞いてみた。

 そもそも、当初からかなりズレた展開になってしまっていたが、元々ジオがこの地に来たのは、ギヤルの力になるためである。

 ならば、ギヤルがその抱えている悩みのような物があるなら……


「だ……だって……」

「ん?」

「い、今さら……ゴニョゴニョ……」


 人差し指をくねくねイジイジさせながら、顔を真っ赤にしてブツブツ何かを言っている。

 そして……


「だって、あたし……ママンに育てられたのは、本当に田舎の辺境で……」

「……は?」

「それまでは、地味で、根暗なモッサリ女で……友達いなくて……」

「……ほう……」

「だから、学校通うことになったら友達欲しくて……見た目に気合入れて、明るく勢いある自分になろうと思って……色んなこと吹きまくってたら……」

「……」

「気付いたら経験豊富なヤリまくりエロ女だと思われるようになって……」


 恥ずかしそうにしながらも語り始めるギヤルの真実。

 

「そんで、調子に乗って友達の恋愛相談乗ったりしてたら、それがたまたまうまくいって……したら、後輩とかも相談来るようになって……皆があたしに憧れだして……」

「……歯止めがかからなくなったと……」

「ッ、だ、だって……今さら本当のこと言えねーじゃん!」

「お、おう……そうか?」

「だ、だから、じ、ジオチンがスゲー女慣れしてて……んで、けっこういい感じっぽい奴だったから……」


 本人は恥ずかしさに耐えながらも明かしているために、一応ジオも真剣に聞いていた。

 そして、ギヤルもギヤルなりに切実で本気で悩んでいるのであった。


「くだらないですね」

「ッ!?」


 だが、そんなギヤルの切実な悩みを、エイムはバッサリと切り捨てた。


「そんな下らない理由で、殿方に抱かれようなどと……安い女ですね」

「ッ、て、テメエだってヤリまくりじゃんかよ! 何が清廉清楚な白姫だっての!」

「私がするのはあくまでジオ様だけ。それは生涯変わらぬこと。白姫だった私は偽りの私。今が本当の私です。しかしそれでも、自分の価値まで下げた覚えはありません」


 ツルツルテカテカの肌で、先ほどとは打って変わって落ち着いた様子で冷たく切り込むエイム。

 ムッとしたギヤルが立ち上がって反論するも、エイムはツンとした態度でソッポ向きながら、ジオの胸に頬を寄せて甘えだす。


「まぁ、お決めになるのはジオ様です……たまにはジオ様も別の肉を食らいたいと仰られるのであれば、止める気はございません」

「私もです~。こうして、またジオ殿の女になれたのですから~、私はそれだけで十分です~」


 ギヤルに対してはあまりいい感情を持たないものの、最終判断はジオに委ねるとし、二人はそれ以上言わない。

 が、正直、ジオ自身も乗り気ではない。


「この都市には結構将来有望なエリートが他にも居て、別にダークエルフを差別してるやつもそこまで居ないだろうから……俺にこだわらなくても、他の男でもいいんじゃないのか?」

「で、でも、処女だってバレちゃうし……」

「いーじゃねえかよ! むしろバラしとけば、案外それが逆に可愛いとかって思われて、印象が更によくなるかもしれねーぞ?」

「いや、そうじゃなくて! あたしは、男にはどう思われてもいいんだけど……あたしに憧れてくれてる子とか、女友達とかにはガッカリされたくねないわけっしょ!」

「じゃあ、抱いてもらった奴を口止めしとけばいいだろうが!」

「つか、そこまで露骨に断んなし! 別にあんたエロエロのジオチンチンなんだから、別にいーじゃん! つか、それとも黒いエルフ嫌なん? それとも、あたしがエロい気分にならないぐらい……ぶ、ブスだってーのかよ。それとも好みじゃねーとか……」


 ジオの態度に段々と女としての魅力に自信が無くなってきて、ギヤルが少し不安そうな顔をする。


「別にそんなことねーよ。お前は、ツラもいいし、いい体してるし、嫌いじゃねーし……」

「お、おお、そ、そうなん? な、なんか照れるし……」

「だから……多分逆なんだと思う」

「はっ?」


 正直、抱ける抱けないの二択であれば、ジオとしてはギヤルを抱くことが出来る。

 しかし……


「だから、なんつーか……お前は……フツーに恋愛して……フツーに幸せになったりすればいいなとか……そう思う。幸せにできねーと分かり切ってる俺が手を出すんじゃなくて……なんだろうな……うまく言えねえけど、なんかお前は俺なんかと関わるよりは、フツーに生きりゃいいと思った」


 うまくは説明できないが、ジオはギヤルには無理して純潔を散らして大人ぶるよりは、普通に誰かと恋をして、そして幸せになるなど、普通に生きればいいと思った。

 だから何となく、こんな純粋な女に自分が手を出すのはどうかと、手が伸びないのである。


「は、はあ? フツーって何だし! 大体、それを言うなら、エイむんとナッちんはどうなんだし!?」

「いや……だって、こいつらはもう過去との経緯もあり……手遅れだしな。むしろ、こいつら相手に意地になって遠ざけるような真似をしたり、拒絶し続けたりする方が恐いし……この二人には……この二人なら……受け入れてやってもいいかなって……そう思った」


 過去の女たち。自分を忘れ、傷つけ、時間を奪い、そして修復不可能なほどのわだかまりが出来てしまった。

 しかし、それでもジオは、エイムとナトゥーラの二人は、『自分のことを忘れていた』ということ以外にわだかまりはない。

 ならば、この二人ならばもう一度……そう思ったのだった。

 それを聞いて、エイムとナトゥーラがジオの胸元で小さく互いにガッツポーズをし合っていたのをジオはチラッと見えてしまったが、もうそのことは気にしないことにした。


「……い、意味わかんねーし……じゃあ、受け入れられなかった女はどーなんだし……」

「そりゃ互いの問題だろうが。お前だって、仮にいきなり出会った見ず知らずの男に『やらせてくれ』なんて言われて、誰彼構わず受け入れるのか? それができねーから、今まで誤魔化し続け、んで拗らせてんだろうが」

「そ、そーだけどよ……」

「大体、もし仮に女友達にバレて失望されて失うようなダチだったら、とっとと切れとけ。大したダチでもねえ」


 あくまでジオのスタンスは、「安売りするな」とギヤルの要求を跳ねのける。

 ギヤルもジオの言っていることは分かってはいるのか、それ以上は感情的になって反論しようとはしない。

 

「本当のことがバレて失望するような奴らは友達じゃねーって言われても……あたし無理だし……そんな勇気ねーし……」

「……なに?」

「どんな形でも……友達いっぱい作って……ママンが世界のどこかであたしの噂を聞いても、安心できるような……そんなあたしで居たいんだ」


 ママン。その言葉を聞いて、ジオもふと思い出した。このギヤルの育ての親のことを。


「七天のオカーマンのことを……お前は……そこまで? お前の故郷や同胞を滅ぼした奴なんだろ?」


 先ほど深く聞くことが出来ないままだった、ギヤルの生い立ちとその育ての親のこと。

 本来なら全ての憎しみをぶつけるような相手のことを、ギヤルは本心で慕っている。


「そう言われても……でも、……やっぱ、あたしのことを本当にかわいがってくれたし……大切にしてくれたし……あったかい思い出ばっかだもん……ママンも自分の過去を打ち明けるとき泣きそうだったけど……実の親には申し訳ねーかもだけど……しゃーねーじゃん。憎もうったって……やっぱ……好きなんだからしゃーねーじゃん」


 仕方がない。そう言って複雑な表情で俯くギヤル。


「だからさ……そんな七天とかってのが、あたしの親だし、そこはあたしも隠さない。だから……真面目な白姫派は、あたしのこと敬遠すっし……だけど、そんなの関係ねーってあたしの友達になってくれる奴らいっぱいいて……でも、そいつらに失望されて、友達じゃなくなっちったら……」


 単純に、背伸びをしたいから純潔をさっさと散らせたいという想いより、もっと複雑で切実な問題であった。

 ただ、そんな状況の中、エイムはサラッと……



「しかし、それはそれとして……今日は色々と有耶無耶になりましたが……あなたのお友達の黒姫派が大量に追放になっている事実は変わりませんので、あなたのお友達は明日からこの街には居ませんよ?」


「……あっ……」


「お、おま!?」



 冷たくサラッと言うエイムの言葉に、ハッとして口を開けて固まるギヤル。

 それを見て、ジオは……


「おま、そこで……私が友達になるぐらいは言えねーのか?」

「ジオ様が命令されるのであれば……」

「いや、それは意味ねえし……」


 心を開いていない他人に対してはとことん冷たいエイムの態度に引いてしまった。


「どわあああああああああ、まぢかああああ!? うえええええ、まぢいいい? あ、あたし、ボッチに!?」

「い、いや、クビになってねえ他の奴らも居るかもしれねーだろ?」

「でもよ~! ううう~~、あー、もう! ジオチン! もう、いっそのことチューちゃんと一緒にこの街に住まねえ? 二人の魔力なら合格間違いなしっしょ!」

「いやいや、んなわけにはいかねーよ」

「頼むっしょ~! あたし、ぼっちは耐えられね~! つか、そーだよ、ジオチンもチューちゃんもこの街に一緒に住めばいいっしょ! んで、ジオチンがあたしの友達になって、エッチッチも教えてくれて、んで、エイむんもナッちんも喜ぶっしょ!」


 エイムの言葉にショックを受けたギヤルは、もう藁にもすがる様にジオに泣きついた。

 挙句の果てに、ジオにこの街に住んで自分の友達になって欲しいとまでお願いする始末。

 流石にその願いを聞いてやることは出来ないと、ジオが苦笑したとき……


「……あ~、なるほど~……そうですね~」

「確かに……その方がいいのかもしれませんね」


 そのとき、自分にジャレついていたエイムとナトゥーラが静かに、しかし何か決意したかのようにハッキリとそう言った。


「冒険を望むジオ様のお気持ちを尊重したい~……そのお気持ちは変わりませんが~……」

「こうして抱かれて女である自分を取り戻した今……全てを犠牲にしてでもジオ様を……もう二度と失わぬよう……今度こそお傍に置くのが一番平和ですね」


 何を犠牲にしてでも……その言葉に込められた、重く息苦しいほどの愛情をジオは感じ取った。

 とはいえ、その願いを聞き入れることは出来ないと思うと同時に……


(つか、もうこいつらが友達同士になってくれた方が一番……)


 何とか丸く収められないかと考えた。そして、その時ある事に気づいた。


(まてよ? こういう……仲の悪い者同士を仲良くさせる方法は……俺がいつもやってるみたいに一度腹を割って喧嘩をさせる……そしてもう一つは……)


 自分はこの地に残る気はない。しかし、ギヤルをこのまま放置もできない。

 ジオとしては、エイムとナトゥーラと普通に友達にでもなってくれればいいと思っている。

 ならばそのためには……


「なら……お前ら……」

「「「??」」」


 ジオの考えられる手としては、一度互いにぶつかり合って、気付けば仲良くなるパターン。

 そしてもう一つは……



「三人がかりで俺と戦って、勝つことが出来たら、お前らの言うことを聞いてやる……とか言ったら、どーする?」


「「「……ッッ!!??」」」



 対立する者同士の共通の敵となる。つまり、敵の敵は味方という考えだ。


「ジオ殿……それは……」

「本当でしょうか?」

「脳筋アイディアだけど……ジオチン倒せば、みんなハッピーってこと?」


 だが、このとき、ジオは一つとんでもないミスを犯していた。

 それは、このジオの提案は、あくまで自分が戦って負けないということが前提であるということだ。


 エイムとナトゥーラの力を自分が知る三年前と同じように見ていたこと、そしてギヤルがこう見えても天才であるということ。


 その判断の甘さが、ジオを予想外に追い詰めるのである。

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書籍書影(漫画家:ギャルビ様) 2022年4月6日発売

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