第百六話 まだ先へ
酔った勢いなら仕方ない。
初めて酒を飲んで、少年はそう思えた。
気分が高揚し、普段言えないようなことも言える。
何かやらかしても、「仕方ない」で皆も済ませてくれそうな気がした。
しかし、今のジオの言葉は、酔っていた自分でも目が冷めるようなことを、ガツンと言われたような気がチューニには感じていた。
――チューニ。お前は、『ここから先』も行く気はあるか?
と、ジオはチューニに言った。
チューニはその言葉を聞いた瞬間、たとえジオに『そのつもり』はなかったとしても、チューニにはこうも聞こえた。
――ジオパーク冒険団として、これから先の世界に足を踏み入れる勇気はあるか?
と。その言葉を聞いて、チューニは自身の心に問いかけた。
(多分、こういうイベントでも、ガイゼンやマシンだったら、腕試しも兼ねて迷わずに頷くんだと思う。でも、僕は違う。そもそも戦いなんて嫌だし、酔った勢いに任せてリーダーとガチバトルなんてゴメンだから。僕は今までのように戦いからはなるべく距離を置き、いざとなったらガイゼンの後ろに隠れる。それでいいと思っていた……なのに……)
心は正直で臆病なまま。しかし、それでもチューニは気づけばジオに向かって言っていた。
「お、お手柔らかに御願いしますなんで……」
「それは一番苦手だ」
「ひいいいい」
自分の意思に反して出た言葉だったが、チューニは不思議と驚きはなかった。
それこそが答えなんだと思ったからだ。
(もし、ここで「ここから先には行かない」と言ってしまったら、何となく僕はここが僕の限界で、リーダーともマシンともガイゼンとも、一緒の世界でこれからは過ごせないような気がする。三人は、僕を四人の内の一人として見てくれる。でも、ここで僕がリーダーの誘いを断ったら、僕は四人の内の一人じゃ居られなくなる……)
たとえジオにその気はなかったとしても、チューニは今のままではジオたちとこれからも旅を一緒にし、同じ世界を見ることができなくなる。
その気持ちが、自分の心の「戦いは嫌だ」という気持ちを上回った。
「う、うう……うわああああああっ!」
恐くて仕方なく、怪我など心から嫌だった。
もう酒の酔いなど抜けている。
「くはははは……来いや!」
だが、それでもチューニは、ここから先に行かないとダメなんだと思った。
だから踏み出した。
「ライトニングッ!」
先ほど、自身の思いつきでやった、魔力を体に纏っての光速化。
しかし、これで先ほどはジオの不意を突くことができた。
もう一度これでジオの背後に回りこんで……
「たとえ、俺より速かったとしても、動きが丸分かりすぎだぜ?」
「ッ!?」
チューニがジオの後ろに回りこんだ瞬間、ジオが背に居たチューニに振り返った。
完全に見られている。そう気づいた瞬間、チューニは思わずゾッとした。
「うるあ!」
戸惑ってる場合ではない。ジオが振り向き様に拳骨するように右パンチを……
「いでええええ!?」
右パンチを繰り出し、チューニが反応しようとした瞬間、ジオがチューニの右足の太ももに蹴りを入れていた。
鞭のような音を響かせて、チューニの足に鈍器で殴ったような一撃を与える。
その一撃で、チューニは自身の意思とは関係なく、その場で崩れ落ちた。
「簡単なフェイントに引っかかるんじゃねえよ。まぁ、どんなに光速化しても死角からの攻撃には反応できねぇか」
「っ、いぐっ、ひっ」
「そして、身体能力は向上しても、動体視力が向上してるわけじゃねえしな」
見下ろしながら告げるジオの言葉は、正直チューニの頭に入らなかった。
それほどまでに、一撃でチューニの心は激しく揺れていた。
(これは、ローキックっていうやつだ! 学校に通ってた頃、クラスメートの奴らが「魔法を使えないお前のために、技を教えてやる。体で覚えるんだな」とかって、ふざけて僕にやってきた技だ。足が痺れて立てなくなった僕を、あいつらは笑っていた。痛くて泣きそうになった。でも、技の名前は同じでも、リーダーのこのキックは全然違う……一発で僕の心を足元からへし折るような……それでいて、豪快で、思いっきりで……あいつらのような陰湿なものとは全然違う……)
一発でチューニは膝をついて、痺れて立ち上がれない。
「ぐっ、ううう、ぐっ、つ」
そんなチューニの姿に、流石に広場に集ったチューニ軍団も、そしてオリィーシも顔を青ざめさせた。
「チューニッ!?」
「あ、あのチューニくんが、い、一撃!?」
「あの魔族……まさか、チューニくんより強いのか!?」
そして、本来『戦い』なら、この時点でチューニの負けだ。
そのことを思い知らされ、チューニは「そもそも勝てるわけがない」と呟こうとした。
だが……
「多分、学生の頃のお前は……」
「ッ!?」
「この時点で倒れたままで、そして後はクラスの奴らの言いなりになるか、耐えてやり過ごすか……それとも……逃げ回って隠れるか……だったんだろうな」
チューニを見下ろすジオは、まるで今のチューニの心の中を見抜いたかのようにそう言った。
それはまるで、「このまま終わるなら、何も変わってない」と、言われているようにチューニは感じた。
「ち、違う……」
「ん?」
「違うッ!」
ジオにそう思われたまま、このまま終わってはダメだと、チューニはジオに向けて掌を向ける。
「チューニスペシャルッ!」
「おっ!?」
カッコつけの詠唱なんて今は必要ない。いや、カッコなんて気にしている場合ではない。
今は、「このまま終わってはダメだ」という想いがチューニを突き動かした。
「リーダー、油断なんで!」
チューニの魔力砲を目の前で受けて全身を飲み込まれたジオ……だが……
「くく……くはははは、……いてーじゃねえか」
「……うぇっ?」
「油断? 男気だと言ってくれ」
包まれた魔力の光の中から出てきたジオは上半身の服が消し飛び、額に流れる血が更に広がった。
だが、それでも一切うろたえることも、弱味を見せることもなく、笑ったまま。
「り、リーダーって……痛いの平気なの……?」
まるで堪えていないジオに、チューニが顔を青ざめさせてそう尋ねると、ジオは笑い飛ばした。
「んなわけあるか。痛いのなんて嫌に決まってんだろうが」
「そ、そんな風に見えないけど……」
「くはははは。だが……あのヘナチョコのお前が怯えながらも俺に向かってきてるんだ……なら、嫌だけど受けてやらねーとな……リーダーだしな」
「ッ!?」
「で、同時にお前も……歯を食いしばれ。痛みは男がレベルアップするための経験値だ!」
次の瞬間、ジオはチューニの後ろに回りこみ、チューニの尻にジオの平手を叩き込んだ。
「ほ、ほわああああああああああああああああっ!!」
尻への衝撃。チューニはそれだけでふっとび、地面に体を打ちつけながら激しく転がった。
「いっ、いたい! いたいたい! お、お尻があああ、い、痛いッ!?」
「あんまり、泣くんじゃねえぞ?」
「ふぐっ、ぐっ、うう、うぐっ……」
またもや、再び立ち向かおうとした心を打ち砕くかのような一撃をチューニは受けた。
泣くなと言われても、既に瞳は涙目で、足の痺れと尻の痛みで、四つん這いになって立ち上がれない。
「ぶばっはーーーー! 男が男のお尻に攻撃! それは果たして攻撃なの? それとも愛のスキンシップ? 分かってる。男は全て尻に終わる! それぞ、正にケツ末! ぐふふふ腐腐腐腐腐、ぶばっはっ!?」
「おい、また十賢者のフジョウちゃんが鼻血を噴出して倒れたぞ!」
騒がしいことが別に起こったようだが、ジオもチューニも特に気にしない。
今はただ、チューニは折れかける心を辛うじて保ちながら、戦う「意志」を見せることだけしか考えてなかった。
「チューニフライッ!」
「ん? お……」
すると、戦う意志を出しても、肉体がどうしても立ち上がれないチューニは、魔力を放出しながら「浮け」と命じた。
それは、魔法使いにおける「飛行」の力。
足で立てないなら、浮けばいい。それを咄嗟に実現できる力がチューニにはあった。
「チューニスペシャル連射!」
そして、一撃ではダメなら、今度は連射。
再び魔力玉による弾幕攻撃をチューニはジオに放った。
だが……
「す~~~~……」
ジオはその場で避けようとも、捌こうともせず、ただ大きく息を吸い込んで……
「どるああああああああああああああああああ!!!!」
一言で言うなら、それは気合。
気迫の雄叫びを上げ、まるで街が大きく揺れ動いたかのような衝撃が駆け抜け、誰もが耳を塞いで圧倒された。
その気迫は、先ほどまで有効だった弾幕攻撃を全てかき消した。
「う、そ……」
流石に、呆れて口を半開きにして驚くチューニ。宙に浮いたまま、呆然としていた。
そんなチューニに、ジオはドヤ顔で……
「一つ勉強になったな、チューニ」
「り、リーダー……」
「お前は想像したことが大抵なんでも出来ちまう。間違いなくスゲー才能だ。だがな……現時点では、俺はお前の想像を遥かに超えているんでな」
自信を持って告げるジオに対し、もうそこまでくれば、チューニの頭に過ぎったのは勝てるとか、勝てないとか、戦うとか、戦わないとか、そういう想いを超越していた。
「す……すごい……」
それは、どこか憧れのような気持ちも込めて、チューニは自然とそう呟いていた。
そしてジオもまた、戦うとか、戦わないとか、そういうことは聞かない。
「チューニ。まだ、先へ行く気はあるか?」
明らかにチューニより痛々しい傷を負いながらも、まるで遊びに誘うような雰囲気で告げるジオに、チューニは自然と……
「……うん……まだ……行きたい!」
「そうこなくっちゃよ!」
引きつらせながらも、それでも僅かな笑みを浮かべて答えるチューニに、ジオも嬉しそうに笑った。




