第百二話 気持ちを理解
「嘘……信じられない……本物のあなたが……ここに」
その少女、オリィーシは溢れる涙を抑えきることが出来なかった。
いつも弱気になったりすると握りしめていたお守り代わりのオモチャの指輪も、この時ばかりは何の効力も無い。
しかし、それは無理もないことであった。
なぜなら、その指輪を自分に与えてくれた張本人が居たからだ。
「神様って……本当に居るのね……一番会いたかった……ずっと会いたかったあなたが……」
思い出の中に、そして胸の中に閉じ込めていた想い。
正直、何故その思い出の男の子がここに居るのか分からない。何故大勢の者たちに騒がれているのかも分からない。
しかし、今はそんなことはどうでもよかった。
目の前にその男の子が居ること以上に大切なものなど、オリィーシには無かった。
「チューニ……」
気付けば、その名前を呼んでいた。
そして、握っていた指輪を取り出して頬に寄せながら昔を思い返す。
――これは……プレゼントじゃないんで……お祭りで当たったけど、僕はいらないし、親の指にも入らないし、なら、そのままゴミ箱に入るものだから、つまりタダで誰かにあげても問題ないものだから、そしてたまたま僕の家の隣に指輪が指に入りそうなのが居たから、丁度いいと思っただけなんで……だから……
――えへへへへ……ありがとう……チューニ……あのね、わたしね、これ、ず~~~~っと大切にするからね。
――いや……も、もう好きにすればいいと思うんで……
――うふふふふ……ねぇ、そうだ、チューニ~、あのね、結婚式ごっこしよ!
――え、いや、恥ずかしいんで。てか、そんなの友達に見られたら馬鹿にされるんで。
――うそだもん、チューニは友達いないから大丈夫だもん。恥ずかしがるのダメ! ウジウジするの、きもちわるいって皆に言われたでしょ?
――ひうっ……うっ……
――恥ずかしがっちゃダメ。しょーらいの、れんしゅうなんだから!
もう、何年も昔の話だったが、オリィーシは今でも覚えている。
幼いころから、決して色あせることなかったものが再び鮮明になり、オリィーシは気付けば駆け出していた。
「チューニッ!」
「へ……?」
呼ばれた声に、騒ぎの渦中に居たチューニが振り返る。
そして、オリィーシの声が響いたとき、騒がしかった新生黒姫派・チューニ軍団もつられて振り返り、そしてそこに立っていたこの都市で最も有名な人物でもあるオリィーシにギョッとした顔で驚愕した。
「ちょっ、お、おい!?」
「十賢者序列1位の……」
「聖域少女・オリィーシちゃんっ!?」
この都市において、選ばれた十人にのみ与えられる称号の中でも、更に最高ランクの存在。
順位だけで言えば、彼らが掲げる黒姫より、そして敵対する白姫よりも上の存在。
「……チューニ……久しぶりだね」
「……えっ?」
「「「「えっっ!!!???」」」」
そして、そんなオリィーシが目尻を涙で潤ませながら、恋する乙女のように紅潮した頬でチューニにそう言って微笑みかけた。
当然、そんなオリィーシの姿にチューニ軍団は口を開けたまま固まる。
これまで衝撃的な才能を披露して皆の度肝を抜いてきたチューニ。ここに来て更に、この都市における最高峰の天才である少女とも知り合いであり、そして只ならぬ関係なのかと。
ましてや、オリィーシ自身が十賢者としての優秀さだけでなく、単純な性格や容姿ゆえに男女問わずに人気があり、そのうえ本人は何人もの男に告白されても断り続けた存在。
「ずっと……会いたかったんだよ?」
「「「「ぬあにいっ!!??」」」」
そんなオリィーシが、自分たちが見たことのない、恋する乙女の表情でチューニに微笑みかけている。
驚くなという方が無理である。
「……え? えっと……え?」
一方で、チューニ本人は頭に「?」を浮かべて、目の前に現れた美少女を誰なのかが未だに分かっていない様子である。
首を傾げながら戸惑っている。
すると、そんなチューニにオリィーシは悲しむよりも、むしろ機嫌よく笑った。
「あー、私のこと、気付いてないのね」
「……ッ、あ、えっと……」
「ふふふ、仕方ないか。最後に会ったのは、八年ぐらい前だもんね……」
「……八年?」
八年という月日。しかし、その数字を出されてもチューニはまだピンと来ていない。
そこまで来ると少し寂しいと感じ、オリィーシはワザとらしく頬を膨らませる。
「んもう……まだ分からない? じゃあ……大ヒント♪」
そして、オリィーシはむしろ、「それ」を見せたくて仕方ないとばかりに、むくれた表情を一変させて満面の笑みになり、自分の宝物でもあるオモチャの指輪をチューニに見せつけた。
「じゃーーーん!」
「……?」
「ふふふ、これ、な~んだ?」
「ゆび……わ……」
「そう。あなたが……私にくれた……私の宝物なの」
それは、ほとんど愛の告白も同然のようであった。言った後、更に恥ずかしいと思ったのか、オリィーシはより頬を赤らめてしまうも、もうそれでも構わないと堂々と胸を張ってチューニに自分の正体を示すための指輪を見せつけた。
「え? ぼ……ぼ、僕が……指輪をあげる……女の子に? いや、でも八年前なら子供で……あ~……お祭りで……」
「うん!」
「あ~……あ~……ひょっとして、昔引っ越した……」
「……うん?」
しかし、一方でチューニにとっては、忘れてはいないものの、そこまでハッキリと覚えているわけではなさそうであり、少し反応が鈍かった。
それどころか、むしろ相手の反応に逆に戸惑う感じになってしまい、とりあえずチューニは……
「えっと……どうも、お久しぶり……です」
「……え?」
特に、大きなリアクションをするわけでも、笑顔を見せるわけでも、感動を見せるわけでも、それどころか熱い抱擁などする様子は微塵もなく、手を挙げて軽く会釈するだけであった。
「……うん! そう、オリィーシよ!」
「あ~……あの、お元気そうで……」
「あ、う、うん。げ、元気だよ」
「あ、そうすか……」
「………?」
「…………」
そして、チューニの想像とは違うリアクションに、オリィーシも少し戸惑い始めた。
正直、驚き、感動し、そして笑顔で喜び合うという展開をオリィーシとしては期待していた。
だが、チューニは「離ればなれになった幼馴染との再会」というより、「近所の顔見知りに久々偶然会った」というような反応だった。
「……でも……チューニだもんね。恥ずかしがり屋の……」
「はい?」
「うん。よくよく考えれば、そうだよね。うん。仕方ないか。でも……」
しかし、オリィーシも落ち着いて考えてみれば、チューニとはこういう感じだったなと無理やり自分を納得させようとしだした。
少し残念ではあるが、だがそれでせっかくの運命的な再会を台無しにしたくないと、無理やり笑みを浮かべる。
でも、これでは寂しいということで、オリィーシは最終兵器を使う。
さっきはチューニも微妙な反応だったが……
「ねえ、チューニ。覚えてる? この指輪を渡してくれた時……あなたとどんな話をしたのか」
オモチャの指輪を乙女の表情で愛おしそうに見せるオリィーシ。
この場に居る者たち、そして陰から様子を見守っているジオとギヤルはそれだけでハッとした。
((((小さいときに子供が指輪を渡す際にする話なんて十中八九……))))
知らなくても、これだけのヒントがあれば誰だって予想がつくというものだ。
オリィーシもまた、僅かながらそういった「打算」もあった。「これなら、万が一忘れてても気付くだろう」と。
そして……
「……思い出した!」
「ッ!」
チューニはハッとして手を叩く。オリィーシはドキドキしながらも期待に胸を膨らませ……
「お前なんか友達いないくせにって……ウジウジしてて気持ち悪いって言われた……」
「うん! …………えっ? ……あ、あれ?」
「……ぼく、皆には優しいあんたに、まさかそんなこと言われるなんて思わなくて……なんか、もう何も信じられなくなって、ショックで……」
思っていたこととはまた違い、オリィーシの笑顔が固まった。
「いえ、あの、い、言った……けども、そ、そこじゃなくて……あ、あれ?」
その言葉を言った記憶は、オリィーシにもあった。
しかし「そこ」を抜粋されるとは思わず、余計に戸惑ってしまった。
そんな光景を見せられて、物陰に居たジオとギヤルは……
「ば……馬鹿かあいつは!」
「お、お前の仲間なんなん!? つか、この状況で女が言って欲しい言葉が分かんなくて、人の気持ちの何が分かるっての!?」
「いや、ひょっとして恥ずかしがってワザと別の答えを言っている可能性……ねえな……あの顔を見る限り」
「つか、イライラすっし! なぁ、あたしが行って、あいつの頭ぶんなぐってきていい!?」
気持ちを同じにして、二人はチューニにイライラしていたのだった。
「いや、俺がちょっとお仕置きを兼ねてぶん殴ってやる! 女の気持ちを理解しないやつは……やつは……やつ……は……」
だが、ジオは言いながらもすぐに言い淀んで……
「ま、まぁ、仕方ねーんじゃねぇか? ほら、あいつもまだガキだしな」
「……いや、あんた、急に何言ってんの!?」
あまり自分も人のことを言えないなと感じながら、ジオは引きつった笑みを浮かべた。
だが、そんなジオに……
「んふふふふ~……ジオ殿のビンビンの香り~、相変わらずクラクラします~」
「ジオ様……移動式御手洗いが参りました……さあ、存分に用を足してください……さぁ……さぁさぁさぁ!」
「「ッッ!!??」」
背後から迫る、白いがどこか禍々しい瘴気を背負った二人が不意を突いた。
その白い瘴気が、ジオを、そしてギヤルを同時に包み込んで二人はその場から姿を消した。
ゆえに、今のチューニを殴る者は結局現れず……
「チューニ……あの……」
「え、あ、はい……」
事態は、そして歯車が徐々に狂いだす。
そして……
「特典? 数年に一度更新される、十賢者の序列1位には都市から特典が与えられるの? パナイ興味深いね。何それ?」
そして、場面は水晶の前にて向かい合う二人の男たちに移る。
「おや、フィクサ若頭は知りませんでしたか? 意外でしたね。尻と一緒に僕様が教えて差し上げましょうか?」
「尻はいいや。俺は女の子の尻さえ知ってれば。で? なんなの?」
「おやおや、残念」
水晶の向こうで身を乗り出して興味深そうにする男に対して、男もまた答える。
「……十賢者序列1位の特典は……あの都市の地下深くに封印されし、研究所跡を教えられ、そこに足を踏み入れることが出来るのです」
「……研究所……跡?」
「はい。もう死んでいて、何もできない遺跡のようなものですからねぇ」
「な~んだ。好きな女をいつでもどこでも抱き放題とか、そういうんじゃないんだ。っていうか、死んだ研究所なんか見てどうすんの?」
その答えを聞いてガッカリした表情を見せる男……フィクサ。
すると、フィクサの反応にクスクスと笑いながら、男……オシリスは続ける。
「死んだ……と普通の人ならそう思います。でも、生き返らせることが出来るかもしれない……そういう期待を魔導学術都市の上層部は思っています。しかし、危険な存在にもなりうるので、故に十賢者1位にしか教えられなかったということです」
オシリスの話を聞き、フィクサは全容を気付いたようで頷いた。
「あ~……なるほどね。そーいう遺跡が……そこに『も』あったんだ。キョーミなかったから、知らなかった。でも……ふ~ん、そっか……どの程度の力がその研究所にあったかは知らないけど、確かに危険だね……勇者オーライがそうだったしね」
「ふふふふ、そういうことですね」
「まぁ、トキメイキとアレが交流あったってのは聞いてたけど……そういえば、そういう文化が残ってるんでしょ?」
「ええ。音楽やアダルトグッズ、本……僕の大好きなボーイズラブなサブカルチャーも……ふふふ、実際その文化を研究する十賢者も居ますしね」
「ほ~、へ~……」
フィクサは特に興味を示す反応は無いものの、それでも何か思うところがあるようで、天井を見上げた。
だが、フィクサは再び身を乗り出す。
「君は使えるの? 十賢者1位しか教えてもらえないことをワザワザ調べてるぐらいだし」
「ふふふふ、さぁ、どうでしょうかね? 僕様にはあまり面白い使い道が思いつかなかったもので」
「ひはははははは、思わせぶりでムカつくな~、君の親父さんに文句言っちゃうよ?」
「……オヤジ? ふふふ、『血の繋がらない』父親に言われても仕方ないですよ?」
「そっ? 君を拾った育ての親に酷いんじゃない? って、そういえば君の親父の組長は長期で出張って聞いたけど、いつ帰ってくるの? 今月の上納金が増えてたから、褒めようと思ったんだけどさ」
少し逸れた話題に対し、オシリスはニッコリと微笑みながら……
「さぁ、いつでしょうねぇ。あまりにも僕様にうるさいんで、一か月ぐらい前、海に沈めて魚の餌になって、フンになって海中を漂ってる頃でしょうから……帰ってくるのはまだまだなんじゃないでしょうか?」
その答えを聞いてフィクサは掌を叩いて納得した。
「な~んだ、そうだったの。じゃあ、仕方ないか」
「ええ。仕方ないです。おかげで、今月のアガリは僕様がまとめて頑張らないとでしたから」
そう言って、男たちは軽口で笑い合っていた。




